第一章 1 『悪魔と呼ばれた女』②
「どないしたんやぁ、ビオラちゃ____」
刹那、その船員は喋りきることも無くその場に倒れ込んだ。気を失っている。無表情のままの少女が彼のうなじに一撃を食らわせたからだった。
少女は金色の髪をたなびかせながら振り返りもせず闇に紛れ船上を駆け始めた。
先程までの屈託無き表情は欠片もなく、武器も持たずにして、息も乱さずたった1人で次々と自分より大きな体躯の船員達をひとり、またひとりとなぎ倒して行く。
最小の動き且つ最短の時間で。ほとんどの船員がビオラのその動きに気付くことはなかった。的確に顎、喉、うなじ、みぞおちを狙われその場に倒れる。
夜の暗闇と一朝一夕では身につかない技術がそれを可能にしていた。
「なんやぁ?上がうるさいなぁ·····!まさかぁ、帝国軍が嗅ぎ付け来よったんかぁ?!」
甲板でのさっきまでと異なった音に気がついた男が自室を飛び出す。狭い階段を駆け登り勢いよく甲板に出る。
「な·····なんやこれぁ。」
先刻まで元気に働いていた船員達が1人残らず倒れていた。その内の1人の船員に駆け寄り無事を確かめると気を失っているが、殺されてはいなかった。その近くに倒れている船員も、同様に気を失っている。
「帝国軍かぁ?·····ちゃーなぁ、見当たらん。」
無音。否、波と風の音だけが響く。
髭面の男は異変に気づいた直後まで帝国軍に襲われたと思ったが、自船以外に1隻の船も周囲に見当たら無いことで、何故船員が倒れているのか理解出来ずに立ち尽くしていた。すると気配もなく彼の背後から
「おい。アルニアの賊軍。」
黒い布を頭まで被った人物が呼びかける。声から察するに若い女。ビオラだ。口調に違和感を覚えるが、彼女の声だ。
「ビ·····ビオラか·····どうなってんやぁ·····何があったんや。おまえは大丈夫なんかぁ?」
焦ったような表情で振り返ろうとする彼に少女は告げた。
「動くな、アルニアの民よ。帝国の名のもとに貴様を拘束する。貴様には黙秘権がある、が、全て正直に吐いてくれ。いくつか聞きたいことがある。よって貴様には起きていてもらいたい。手荒な真似はさせないでくれ。」
暫く呆気にとられていた男であったが、ことの経緯を理解したのか、突如振り向き様に腰に挟んでいた拳銃を抜き少女の額にその銃口を向ける。
「お·····お前かぁ·····、儂の仲間ぁやったんはお前かぁ!雌餓鬼ゃ!どういうこっちゃねんなぁ·····儂の嫁になる言うよったろうがぁ·····何や·····何者じゃぁビオラぁ!」
緊迫した様子の彼。小さく奥歯を噛み鳴らし、拳銃を握るその指先も小刻みに震えている。
対して銃を向けられても一切微動だにしない少女。
「拳銃ごときでは無理だ。大人しくしてくれ。話を出来る状態で居てもらわないと困る。」
淡々とことを進めようとする少女に対してイラつきを見せ、片眉をひくつかせる男。
「ちゅーかぁさっきから何やぁーその喋り方ぁー!気色の悪いのぉー!!クローディアの奴らみたぁな喋り方しやるからに!」
「私は帝国軍兵士だ。」
そう、ビオラと呼ばれる少女は帝国軍の兵士で偽名を名乗り潜入していたビビアンハート・アルヴァレット中尉であった。
「はぁ?ざけんなやぁ!儂らと同じ訛りで喋りよったらぁがぁ!他の国の奴らが10年かかったしても完璧に言えるわけあらんさぁ!」
「確かに、貴様らの言葉はアルニアの中でも特に訛りが強い。ただ、私には出来るから、ここに居る。」
余裕綽々、冷静沈着のビビアンハート。その様を見た男は諦めたのか銃を下に手放し、同時に膝から崩れ落ちるようにその場にしゃがみこんだ。
「·····そうかぁ。あれやぁ。お前かぁ·····お前があれかぁ。前に軍の奴らの噂聞こえたぁあった·····そうかそうかぁ·····帝国のなんやらぁ。·····極彩の悪魔言うやつかぁ·····」
ぶつぶつと1人で小言を喋り続ける男。
そんな男にビビアンハートは色々と問いかけるも反応を見せず、ひたすらに聞こえるか聞こえないかの独り言を垂れていた。焦点の合ってないような男は、当然彼女と視線を合わせることはない。何を言っても無駄だと判断したビビアンハートは全船員を手際良く拘束し明け方にやってくることになっている帝国軍を待った。
程なくして帝国軍の軍船がやってきた。その間もずっと独り言を言い続けていた男。
帝国軍が来たのは捕虜として彼等を回収する為だ。
ちょうど予定通り明け方の頃だった。そして思いの外静かな戦場の跡を見た帝国軍海兵は愕然としながらビビアンハートに話しかける。
「お疲れ様です!ビビアンハート・アルヴァレット中尉!いやぁ、いつもえげつないですね。本当に·····1人でやったんですよね。」
「··········うか·····そ·····が本··········か·····。」
「ん?いつもの事だよ·····後よろしく。··········今回も、成果は無しか·····。」
賊の後始末を軍兵に任せビビアンハートは船の柵にもたれながら海を眺めていた。
水平線の橙茜の朝焼け。瑠璃色の海面に輝く白銀の陽光。佇むは金色の髪をたなびかせ、深い翠碧の瞳と藤の如き紫紺の首飾りを携える少女。
1人で42人と戦ったとは思えぬほどの少ない返り血。まるで感情が無いかのように虚ろげな表情を浮かべている。
相反して、美しすぎる様々な色彩の景観の2つが残酷にもただただ綺麗であった。
その様を見つめる焦点の合わない髭面の男が、帝国軍の軍船に移されようとした時、先程までとはうってかわり狂ったように歯をむきだしながら叫び出した。
「悪魔ぁ!悪魔がぁ!帝国の悪魔がぁ!お前のせいで儂の娘ばぁ1人で死ぬんじゃぁ!!ドクソがぁ·····殺したるぁ·····殺したるからのぉ!!」
気がいかれたのか悪魔と叫び続ける男。対しビビアンハートは海を眺めたままだ。「黙れ!」という兵士の声にも耳を貸さない男だったが今度は突然笑いだした。
「·····クックック·····。クァッハッハ!おい!兵隊さんやぁ、さっきはあの女ぁの名前まで丁寧に言ってくれてありがとうなぁー。今しがたその女ぁの名前も見てくれのことぁも全部アルニアに伝令機で送りやったぁさぁ!」
「貴様!」と声を上げた兵士に船長は銃で殴られ倒れ込む。「もういい。」、と一喝したビビアンハートの仲裁によって止められたのも束の間、男は地に伏せながら薄ら笑いを浮かべ、再び口を開いた。
「あぁー·····これでお前も·····極彩の悪魔様も·····バレてもうたのぉ·····。今までお前が殺ってきた国々から死ぬまで狙われ末代まで殺され続ければええんじゃ!!」
兵士が「いい加減にしろ!」と拳を振り上げるが、ビビアンハートは横目でその滑稽な光景を見ながら小さく言った。
「私は大丈夫だ·····言わせておけばいい。私もたくさん·····奪ってきたのは事実だから。」
暴言を吐いた男を見つめる彼女の目は悲哀を写し、朝日のせいか、少し潤んで見える。そして、ゆっくりと黒い手袋を外しながら男へと近づくビビアンハート。
「おい!中尉さんよ!この景色!お前のその面ぁ!まさに極彩の悪魔様におあつらえ向きやぁなぁ!キラキラ後光まで差しよるからして!!あぁ、綺麗じゃぁ綺麗じゃぁ!!__」
ビビアンハートは皮肉みた捨て台詞を言い続けている男の前にしゃがみ、その頬を、あらわになった細く白い掌で優しく触れる。
「·····すまない。生かしておけなくなってしまった··········。」
ビビアンハートはそう言うと、男の頬から手を離し立ち上がる。そして彼女は朝日へと視線を向ける。
男はというと、目を開いたまま、呼吸も鼓動もその機能を失い、絶命していた。
再び手袋を着けたビビアンハートは、目の下をそっと拭っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そして現在 クローディア帝国軍 大佐室
「大佐。つまり、私に隊を率いよ、ということでしょうか?」
ビビアンハートがレインスコールに尋ねる。
「いかにも、さっきからそう言っているだろう。」
「しかし、お言葉ですが____」
彼女の言葉を遮るレインスコール。
「なにも、悪い話ではないだろう。今ではお前さんの通り名だけで十分他国への抑止力となっている。この話を受けてくれればその功績を讃え、二階級の昇進、もちろん給料も上がる。第一もう名も顔も知られておるのだから今までのようにはいくまい。」
はい。受けます。以外答えてはいけない雰囲気がレインスコールから漏れる。
「確かに、そうですが。私は、幼少含めこの軍に属してからも隊とは名ばかりの1人で生き、戦地にも赴いてきた故、大人数相手に指揮を執るなんて向いていません。」
事実彼女は特殊部隊隊長として属しているが、隊とは名ばかりの構成人数1人であり、直属の部下を抱えることなど過去1度もなかった。
「ガッハッハッ!そんなことか、心配せずともよい。お前さんの補佐役として優秀な者をつける。そういったことはそのものに任せれば良い。まだ何かあるか?それ以上はくどいぞ。」
笑っているものの上官の圧は笑うからこそより強くなる部分がある。これは断れないと諦めたビビアンハートが口を開く。
「·····はっ。お受け致します。」
「それにだ、これまで他国軍にすら正体を知られず上手くやっていたにも関わらず、3ヶ月前の賊ごときに甘い判断をした結果、賊ごときに正体を晒し、賊ごときに情報を流されたのはお前さんの失態だろう。なぁ嬢ちゃん。」
責められるビビアンハートはついに苦虫を噛み潰したように表情を崩した。それを隠そうとしたのか深々と一礼しながら言う。
「必ずやご期待に。」
そうは言ったものの顔を上げてもなお多少納得のいってないようなビビアンハートを見てニヤニヤと薄ら笑いを浮かべているレインスコール。
「うむ、下がって良いぞ、アルヴァレット中尉。いや、少佐。良かったな!飛び級の躍進だぞ!ガッハッハッ流石は極彩の悪魔殿!」
「·····あなたの命令でしょうが·····。」
ビビアンハートが蚊ほどの声で呟いた。
「ん?何か言ったか?」
「·····いえ、失礼します。」
大佐も地獄耳なのか聞き返すが、彼女はそそくさとその場を後にする。
仲がいいのか悪いのかと言った具合だ。しかしともあれビビアンハートは昇進し帝国軍少佐となったのだ。
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