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第25話―勇者召還

 少し時間がさかのぼって大陸北側の国ヘルダーリン皇国では勇者召還の儀式が行なわれている最中であった。

 それは皇国中央に位置する皇室の中で国王ハルトヴィヒ・ヘルダーリンを中心に国内の大魔道士10名で直径10メートルはある魔法陣を囲み大魔道士全員の魔力を注ぎこんで行なわれており、それを皇国の各長達が見守っている。


「神より導かれし勇者よ。此処に顕現せよ!」


 詠唱が終わると同時に魔法陣が眩しいほどの光を放つと轟音と共に物凄い地響きが鳴り響き、しばらくすると魔法陣の中心に一人の青年が姿を現した。

 その姿を見た国王と大魔道士達は召還が成功した事を確信して「オー!」と喜びの声を上げた。

 その青年は年齢30歳くらいの黒髪黒目の凛とした顔立ちで背格好は170センチくらいの標準体型でこの世界では見た事も無いような上下同じグレーの布素材を用いた奇妙な形の衣服で、魔法陣の中央に腰を抜かしたように座っている。

 国王がその青年の格好を見て驚いていたが、召還に成功した事を知った長官が


「この地に顕現されたし勇者様!どうぞこちらへ!」


 長官は促すようにその青年を事前に用意していた隣の部屋に連れて行ったのだが、その青年を見て国王は少し訝しげな表情を浮かべていたのだった。

 隣の部屋はこの日のために用意された勇者専用の部屋であり、広さは現代で言う所の30畳ほどの洋室で傍らには豪華なクイーンサイズのベッドに少し高級なソファーセット、装備や普段の衣装などが保管されているクローゼットがあり専属のメイドが2人と教育係のような正装をした男性が立っていた。

 召還されてずっと放心状態だった青年は、我に帰ったかのように隣にいた長官に捲くし立てるように質問した。


「此処は一体何処ですか?僕はなぜここに……?」


「貴殿は我がヘルダーリン皇国に勇者として召還されたのだ。」


「召還?勇者??何が何だか……。」


 まあ無理も無いのだろう、急に見慣れない所で本でしか見た事も無いような中世ヨーロッパ風の装いの人達に囲まれ、召還だの勇者だの言われても混乱するのは当たり前の事だ。

 その様子を見ていた教育係の男性が


「お初にお目にかかります、私は執事兼教育係のラルスと申します。

 今後は私が勇者としての振る舞いから戦闘に到るまで教育をしますので、何か困った事があれば何なりとお申し付け下さい。

 それと勇者様のお名前をお伺いしても?」


 青年はラルスの言葉を静かに聞いた後また混乱したかのように


「名前……!えっと……。思い出せない……。でもなんとなくなら……。確か……、せいや?しょうや?」


「??では、セーヤ様とお呼びしても?」


「ではそれでお願いします」


 そう言うと青年はキョロキョロと辺りを見回してラルスに


「此処は何処なのか?自分が誰なのかはなんとなく思い出せるんだけど良く分からないことばかりで正直混乱しています」


「では、セーヤ様少し落着く為にも一度湯浴みをされてから今後の方針について話をする事にしましょう。ルイ!ルナ!湯浴みの準備をして!」


 すると、メイド達が慌てたように準備をしだしたので、ルイとルナはこのメイド達の名前なのだろう。

 そうこうしているうちにメイド達が戻って来るとメイド服から着替えたのか完全に体が透けたガーゼシャツの様な物を羽織ってセーヤの前に現れて


「勇者様、此方にどうぞ。私共が湯浴み等のお世話を致しますので」


 と、促されるように浴場へと連れて行かれた。



 その頃現世では大智と幸希が目を覚ましたばかりで、朝のコーヒーを飲みながら今後の事などを話し合っていた。


「今日、会社に着いたら辞表を出そうと思う……」


 大智はずっと出向の打診をされた時から一人色々な事を考え、幸希の言葉を考慮した結果導き出した答えが辞職だったのだ。

 今まで幸希と二人で頑張って約20年必死に働いて来て幸希にも辛い思いをいっぱいさせて来た。これからは異世界と現世を行き来しながら二人で生きていこうと心に決め、また二人で未知の世界を歩んで行く事を決めたのだった。

 それを聞いた幸希は少し寂しそうな表情で


「そっか……。大智が決めたならそれでいいと思う。これまで色んな事があったけどおつかれさまでした。」


「今までありがとうな……。そしてこれからも宜しく!」


 そんな言葉を交わしながら大智はふっと幸希の手を取り自分の頬に当てた後手の甲にそっとキスをした。

 幸希も少し涙ぐんでいたが大智の手をグッと握り返しながら


「こちらこそこれからも宜しくね! さあ!これからいそがしくなるよ!」


 と言いながら洗面所に向かったので大智も出社の準備を整える事にした。


 大智は会社に付くと早速辞表を持って若い頃からお世話になった山戸専務の所へ向かい、喫煙ルームで朝のコーヒーとタバコを嗜んでいる専務に意を決したかのように話しかけた。


「専務。少しお時間よろしいでしょうか」


「ん、桐原君か。どうした?この前の移動の話しかな?」


「ええ……。そのお話しなのですが……。お断りしようかと思いまして。」


 そう伝えた後大智は自分の胸ポケットにしまっていた辞表を取り出そうとすると、山戸専務は何かを察したようにその手を止めて


「ちょっと待て。君が何を取り出そうとしているのかは大体察しがつくんだが、先にそうなった敬意を教えてくれないか。」


 大智は山戸専務に


「セイコウに入社してからこれまで山戸専務にはたくさんお世話になりました。

 この会社で今まで頑張って来ましたがこれから子会社になるとしてもヤマトハウジングは他社です。どうしてもヤマトで仕事をしている自分が想像出来ませんでした。そんな事をずっと考えていたらもうここが潮時なのかなと思ってしまって……。退社して田舎に帰って農業でもしながら細々と暮らしていこうかなと思いまして。」


「そうか…… ある意味その選択は正解かも知れんな。どうやらこの合併は色々と問題があるみたいだからな。そして私も今回の合併で退社する事になったから余生は田舎に帰ってのんびりするつもりだったんだよ。そうなると奇遇だな。」


 その問題が何を指しているのかはわからないが、山戸専務は昔から先読みが上手で今回もそのスキルを生かして先読みしたのかなと思うとなんだか懐かしい気分になって来た。

 山戸専務はタバコの火を消すとスッと右手を出してきて


「では、預かろうか」


 と言ってきたので大智も直ぐに胸ポケットの辞表を取り出して山戸専務に渡した。


「なに、私が1から鍛えた部下だ。君は何処で何をしていようが必ず上手く行くさ」


 と言いながら辞表を受け取った山戸専務は少し寂しそうな表情になったが大智の背中をポンポンと叩くと


「ところで君の田舎は山口県だったかな?親御さんはもう居ないんだろう?大丈夫なのか?」


「はい、実は元々私の実家は農家でしたが両親が他界した後は叔父が継いでいまして……。そこでお世話になろうかなと」


「そうか、私は青森だからここを中心に全く逆方向なのだな。もう会うことも無いかも知れんがお互い頑張っていかないとな……。あと、引継ぎは北原君にしてやってくれないか」


 山戸専務は名残惜しそうに大智からの辞表をジッと見つめた後自分の胸ポケットに入れて、大地の背中をポンポンと軽く叩くと


「今までよくがんばったな。お疲れ様」


 と言いながら喫煙ルームから退出して行った。

 大智はその背中を見つめながら目頭に涙が滲んできたのだが、グッと堪えて深く頭を下げて「今までありがとうございました!」と叫んだのであった。



 大智が自分のデスクに戻ると、フロア内が慌しい雰囲気になっていたので近くに居る部下に尋ねてみたところ、北原が出社して来ないので、今日の昼からの社内会議に使う資料を探しているとの事だった。


「なんだって!北原から何か連絡はあったのか?」


「先程から携帯に連絡しているのですが電源が入っていないみたいで連絡が取れないんです」


 あの北原がこんな無断欠勤の様なことをするとは考えにくく、急病で動けなくなっているか、或いは何か事件や事故に巻き込まれている可能性があるとして直ぐに周りに居た部下達に次の指示を出した。


「君は北原のデスクのpcを確認!それと君は総務に実家等の連絡先を聞いてきて!君と君は社用車使っていいから自宅まで確認に行ってきてくれ。残った者は私と最悪な事態を想定して資料の差し替えをするから出来るだけ情報を集めてくれ!よし!みんなで力を合わせて乗り切るぞ!かかれ!」


 てをパンと叩いて一斉に動き出したフロア内は先程にも増して慌しくなり大智も次から次へと来る資料をまとめながら時間は過ぎて行ったのだった。

 そうこうしていると総務から戻った部下が


「戻りました!北原主任の実家に連絡したのですが留守中のようで誰も出ません。番号は控えて来ましたので此処から再度連絡して見ます!」


「ああ、頼む!」


 すると大智のデスクの電話がなり始め、見ると「内線:受付」とあったので受話器を手に取り


「はい、企画設計の桐原です」


「「あの、受付にお客さんがお見えになっております」」


「お客?どなたですか?」


「「それが…… そちらの北原さんの鞄を拾われて届けられたそうで……」」


「え!わかりました直ぐに向かいます」


 ここまで来ると北原を取り巻く何かが訳のわからない状態に成ってきて、少し戸惑ったが部下たちには「受付にお客みたいだから行って来る」とだけ告げて足早に受付に向かった。


 エレベーターを降りて直ぐに目に飛び込んで来たのは受付の前に立つ何処にでも居そうな普通のサラリーマンと見慣れた北原の鞄で、大智は慌ててその人に駆け寄ると


「どうも!この度は届けていただいてありがとうございます!少しだけお話しいいですか?」


 と言うとその人は笑顔で「いいですよ」と返してきたので、受付にお茶を出すように言ってロビー内のソファーまで誘導した。


 この人の話でわかった事は昨晩この人が駅前の焼き鳥屋で飲んでいると、鞄の持ち主が彼女と来店、最初は楽しく飲んでいたようだったのだが途中から口論になり、彼女の方が怒って先に出て行ったのだそうだ。彼女が店から出て行った後、一人になった北原は物凄いペースで酒を飲みだしてこの人が気づいた頃には既に泥酔状態だったらしい。

 泥酔状態で会計を済ませた北原はフラフラと店を出て行ったのだが、

 少しして北原が座っていたテーブルの足元に鞄が置き去りにされていることに気づいたが既に北原が帰って30分くらい立っていたので見つける事はできず、失礼を承知で鞄の中身を検めると名刺入れに入った北原の名詞を発見、自分の近くの会社だとわかり届けてくれたそうだ。

 情報はそこまでしか聞きだせそうに無かったので後日、北原にお礼をさせますと伝えて連絡先を聞いてその場は解散となった。


 泥酔状態で行方不明なわけなのだから不安感が心の底から湧いてくるのだが現状どうする事もできず、ただ連絡か出社を待つしか現在は方法がないので、無事に発見される事を祈りながら大智は北原の鞄を持ったまま自分のデスクに急いで戻った。



 その頃幸希は駅裏通り沿いのホームセンターに向かう為に幹線道路の歩道を歩いていて今日はやけに車が込んでいるなと思ったが徒歩は渋滞に巻き込まれないから快適ねなどと考えていた。


 駅前に近づいてくるにつれ渋滞の車が迂回している様なので工事か何かだろうと思っていると駅前から駅裏に抜けるガードをくぐった瞬間目に飛び込んで来たのは凄い数のパトカーと警察官達で、横断歩道のある道路を完全に封鎖して何人かの鑑識の格好をした人達が地面に這い蹲っており、その先の道路の中央付近にブルーのシートが敷いてあり明らかに物々しい光景だった。

 幸希はテレビでこのような光景を見た事があり、事故で誰かが亡くなったんだろうなとわかり、それを見ていた野次馬の一人に話しかけた。


「あのー。何かあったんですか?」


 するとその人は


「いや、昨日の晩にひき逃げ事故があったらしいよ。自分もさっき聞いたばっかりだから詳しい事わかんないけどね。被害者は身元もわからないらしいよ」


「そうだったんですね。ありがとうございます」


 その人に軽くお辞儀をした後幸希はその現場を横目で見ながら通り過ぎていたのだが何故か敷かれたブルーシートの端からはみ出した血液を見た瞬間ドキッとして立ち止まった。

 その道路に流れている血液を凝視した後、無意識に携帯電話を取り出すと徐に大智に電話をかけ始めた。



 その頃大智はデスクに座りあらかたの資料が揃った事を確認して纏める為の作業を部下に振り分けようとしていたのだが、急にデスクの上に放り出していた大智の携帯電話が鳴り出した。

 思わず、画面を覗くとそれは幸希からの着信でその画面を見た瞬間なぜか大智はただ事ではない雰囲気を察知したのだった。


「はい!どうした?何かあった?」


 すると少しの沈黙の後幸希は


「「大ちゃん……。駅裏……。事故現場に直ぐに来て!」」


 とだけ言って切れた。

 何がなんだかわからないのだが虫の知らせようにただ事ではないと感じ、周りに居た部下たちに


「誰か今日駅裏通った人いない?」


 すると部下の女の子が


「私駅裏方面から来ましたけどひき逃げ事故があったみたいです」


 それを聞いた大智はいてもたってもいられなくなり直ぐに山戸専務に内線電話をかけ、今日の会議は企画設計課の発表を中止しますとだけ伝えてフロア内の部下達にもその事を伝えた。

 何も言わずにあわてて上着を着た大智は携帯電話を握り締めて全速力で階談を駆け下り会社の玄関を出た後もそのままの勢いで事故現場がある駅裏へと急いだ。


 駅裏の事故現場には既に人だかりが出来ており、幸希を探していたのだが野次馬の中に一人だけ夥しいほどの殺気を放って立っているので直ぐに見つける事が出来た。

 幸希のもとに駆け寄るとその顔は明らかに大戦神が宿っており、これはマズイと思った大智は直ぐに幸希の手を引いて物陰に誘導した。


「どうしたんだよ!」


 すると幸希はフッと普段の幸希に戻った後大智と目が合うと大粒の涙を流し出した。

 その光景を目の当たりにした大智は大体察しは付いたのだが、先に確認する事にして幸希の手を握ったまま通り沿いに立っていた警察官に話しかけた。


「あの!すみません!ちょっといいですか?」


 すると不意に話しかけられた警察官は泣いている幸希をチラッと見て大智に


「はい、どうされました?」


「いや、被害者って身元わかりましたか?わかって無ければ特徴を知りたいのですが!」


 するとその警察官は大智達をまじまじと見つめたあと手元のボードを見ながら


「いえ、身元はまだですが……。特徴は中肉中背の男性で年齢は20代後半から30代前半、スーツ姿で飲酒の痕跡があります。何か心あたりが?」


 特徴を聞いた瞬間に当たって欲しくない大智の予想が当たった様な気がして、その警察官に大いに心辺りがあって今日無断欠勤している部下に特徴が似ている事を告げた。

 それを聞いた警察官は慌てたようにどこかに無線で話出して話しが終わったと同時に促されるように警察官とパトカーに二人とも乗せられた。


「今から運ばれた病院へ向かいますので、身元の確認をお願いします。今回はひき逃げ死亡事故となりますので、確認が取れ次第少しお話しをさせていただきたいのですが……」


 パトカーがサイレンを鳴らしながら動き出すと助手席に乗った警察官がそう伝えてきたのだが幸希の泣いている姿を見た後


「違う方だといいですね……」


 とつぶやいた。

 大智はその警察官の優しさに少し小さな声で「はい」と答えたが、既に幸希の状態を見てほぼ確定事項なのは間違いないと感じ気を張っていないと自分まで涙でボロボロになりそうだったので気を張りつつ車外の流れる景色を見ていた。


 病院に到着後は既に話は通っていたらしく看護士さんと警察官が先導して霊安室までスムーズに病院内を移動し、霊安室の前に着くと看護士さんに促されるように室内に入った。

 室内にはストレッチャーに乗せられた遺体があり顔の上にまでシーツが掛かっていた。

 頭の向こうには線香を焚くものとちょっとした祭壇があり遺体の傍に近寄っていくと看護師の方が顔のシーツを捲った。


「くっ……。あっ……くふー……う」


 と涙腺が崩壊してしまった。

 その亡骸は紛れも無く北原で顔の所々にまだ血痕が残っている状態だった。

 幸希はその場に泣き崩れ今まで聞いた事もないような声で号泣していた。


 大智は涙を手で拭いながら


「私の部下で間違いありません……くふー……うっうっ……」


 そして看護師が外の警察官を呼びに一旦外に出た時、大智は北原に手を翳しアルティメットヒールを唱えたのだが、唱えた瞬間に目の前にダイアロクがでてきてこう書いてあった。



 魂元がない躯は蘇生不可能



 何度やっても同じダイアログが出てくる。

 もうどうにもならないと悟った時には大智もその場に泣き崩れてしまい、一度入ってきた警察官は又出て行ってしまった。

 どれだけの時間がたっただろう?少し落着いたころ大地の携帯電話が鳴り出て見ると山戸専務からだった。


「「桐原君……。まさか事故の被害者は……」」


「はい……。うっ……くっ……」


「「そうか……。私もそこに向かうから場所を教えてもらえないか?」


 大智は病院の場所を教えると外の警察官に会社の上司が来るとだけ伝えて霊安室の外にある椅子に項垂れるように座りその隣に幸希が大智にすがるように座った。


 それから先の事は正直あまり覚えてなくて、山戸専務やその他の北原と仲の良かった部下達が処理してくれたそうだ。

 気づいた頃には確認から何日も経っていて葬儀まで終わっていた。

 大智は引継ぎを済ませた後有給消化の為自宅に篭りっぱなしになっていたようだった。

 自宅のソファに座りボーっとしている所に幸希が淹れてくれたコーヒーを持ってきて大智に手渡すと隣にそっと腰を下ろした。


「大ちゃん……。長く勤めた会社も退職して、それと同時に北原君もあんな事になっちゃったけど……。そろそろ私達も切り替えていかないとね。私達には使命があるから。」


「そうだな……。北原は可愛がっていた分物凄く辛かったけど俺たちには使命があるもんな。でも、いつかこの力で会える時が来るなら会って説教してやらないとな……。ありがとう、ずっと寄り添ってくれて。切り替えていかないとな」


 そう幸希に伝えると大智はコーヒーに口を付けて一息ついた後幸希に今日は向こうに行こうかと伝えた。


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