ミラー越しの目
女だから。年をとったから。病気だから。
だから、何も本気でやれない理由にしていた。
「全員乗った?」
ライトバンの操縦席に乗り込みながら松永さんが聞いた。
松永さんの真後ろの席に座って、やっと今日の仕事から解放される安堵感に酔っていた私は、松永さんが室内ミラーをくいっとやったとき、一瞬彼の目を見た。
本気の目。多少体調が悪かろうがそれをおして仕事を本気でこなしている人の目。
ライトバンに乗った全員の命を預かって運転していく。
ああ。もう、二度目は見れない。矮小な自分と比べてなんて眩しい存在なんだろう?
外の景色を見てるふりして目線を合わせない。
いつから私はこんな情けない人間になりさがったんだろう?
本当に本気で生きていたときは、鏡に映った自分の目を見返して自信たっぷりに生きていたのに。
松永さんはあの頃の私だ。
どうすればあの本気をとりもどせるの?
年下の青年にこの上なく嫉妬する。そしてそれと同時に憧れを抱く。
複雑な感情。
「お疲れさまでした」
「南さん、明日も出てきてくださいよ」
「えーと…」
「俺がいるから同じ職場続いてるんですよね?」
「えっ」
いちいち言うことがキザだなぁ。
去ってゆくライトバンを見送って、私もああいうふうに生まれて生きてみたかったと思った。