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宿と杖と桜花と

 ニーナさんに言われた通りギルドから見て左に曲がり、歩いていると商店街のようでいろんな店があり、人も多く歩いていた。食べ物を売っているお店を横目に見てみると、前の世界と変わったものが売っているようには見えなかった。食に関しては特に問題はなさそうだ。そんな風に店を見ていると木に鳥が止まっている看板が見えた。看板の下には『せせらぎ亭』と書かれている。中に入ってみると


「いらっしゃい。初めて見るね。食事かい?それとも宿泊かい?」


 体格がいいおばちゃんが出迎えてくれた。机と椅子がきれいに並んでいて何やらいい匂いが漂っている。奥がキッチンになっているようだ。


「宿泊だが食事は別料金なのか?」


「宿泊なら食事も料金に含まれているよ。ここは宿泊客じゃなくても食事ができるからね。それで宿泊となると今二人部屋しか空いてないんだが大丈夫かい?」


「そういうことなら仕方がない。料金はいくらだ」


「1泊2食付で1人金貨1枚だよ。2人だから金貨2枚だね」


 1泊2食付で金貨1枚。2人で2枚だが2000円とはかなり安い。食事が付かないビジネスホテルでももっととるぞ。


「安いな。ではこれで」


 俺は金貨2枚を出しておばちゃんに渡した。受け取ったおばちゃんは驚いた顔をした。


「うちは食事つきだから他と比べて高いんだけど……それに二人はかなり若く見えるがどこかの貴族様?」


「貴族ではない。ああ、そういえば名前を言ってなかったな。俺は拓斗っていうんだ」


「私は美咲と言います」


「そういえば私も言ってなかったね。私はフォルティーナ。みんなからはフォルって呼ばれているよ。じゃあ部屋は『204』と書かれたところを使っておくれ。鍵はこれだよ」


 フォルさんはポケットから鍵を出して渡した。魔法の世界だから鍵も何かすごいものだと想像していたが、スケルトンキーのような鍵だった。


「うちは細かいルールはないけど、他の宿泊客に迷惑になるようなことや犯罪行為はしないでね」


「わかった。食事の時間は何時からだ?」


「朝は午前8時から10時、夜は午後6時から10時までだね。時計は各部屋にあるから大丈夫だよ」


 時間は同じようだし、時計もあるらしい。やはり魔法が発展しているおかげか生活しやすいのかもしれないな。部屋は2階だと言われたので階段を上り、『204』と書かれたドアに鍵をさして中に入った。

 中はベッドが壁際に二つ並んでいて、真ん中に小さな机と椅子があった。奥に窓があり、窓の向こうは中庭になっていて大きな樹が一本立っていた。そして時計だが、壁に何やら数字がうかんでいた。よーく見ると透明な板に数字が表示されていて、それが時間だった。少しハイテクなデジタル時計みたいだ。今の時刻は5時32分。夕食の時間まで時間があるので杖を買いに行こうか。


「美咲、夕食まで時間があるから杖を買いに行こうか」


「うん!どんな杖があるかな?」


「どんなものでも実際に見て触って美咲にあったものを決めるべきだな」


 部屋の鍵を閉め、再び1階に行くとフォルさんが出てきて


「おや、こんな時間からお出かけかい?」


「夕食まで時間があるから美咲の杖を買いに行こうと思ってな」


「もしかして二人は冒険者なのかい?」


「ああ今日、というよりついさっきなったばかりだけどな」


「そうかそうか。ならいいお店を紹介してあげよう。冒険者になったと言うことはギルドに行ったと思うけど、ギルドを通り過ぎたところにいい鍛冶職人がいるんだ。看板がないけどあのあたりに鍛冶のお店はそこしかないからわかると思うよ」


「それじゃそのお店に行ってみるよ」


「そうだ、もし声をかけても出てこなかったら多分作るのに夢中になっているってことだからその時は『おーいおチビさん。出ておいで』と言えばすぐ出てくるから」


「はは、なるべく言いたくない言葉だな」


 せせらぎ亭を出てギルドを通り過ぎると一気に賑やかさはなくなった。人はいるのだが活気がないと言うか、怪しい空気を感じる。看板が掲げられている店が少なく、それ以前にお店なのかさえもわからない。しかしフォルさんが言っていた通り鍛冶のお店はすぐに見つかった。その店、と言えるのかわからないが店の外まで杖や剣のようなものが出ていた。何とか店の奥に行けるような隙間はあるのだが入るのを躊躇ってしまう。


「すみません、誰かいませんかー」


 言ってみたものの反応はない、しかしかすかに金属を打つような音が聞こえる。もしかしてもしかしなくても鍛冶に夢中になっているのだろう。あれを言うしかないのか。


「おーい、おチビさん。出ておいで」


「誰がチビだ!俺は22歳の立派な成人だ!って誰だ、お前」


 言い終わった瞬間、奥から小さな女の子が出てきた……え、22歳?成人?この子が?


「フォルさんに勧められてきたんだが、杖が欲しくてな。美咲、この子にあった杖はないか?」


「ふーん、フォルに勧められてきたのか……わかった。俺の名前はメルクだ。お前、適正はなんだ?」


「私の適正は水です」


「水か。ちょうどいい。今作っているのが水の素材を使っているから出来たのをやるよ。ちょっと待ってな」


 またすぐに店の奥に行ってしまい、カーンカーンと金属音が聞こえてきた。と思ったらすぐに止まり、先ほどのメルクが枝のようなものを持って出てきた。


「とりあえず持ってみろ。気に入ったのなら細かいところは調整する」


 メルクは美咲に向かって杖?を放り投げた。美咲は慌てながらそれを受け取り右手に持ってみた。すると何やら風が吹いた。一瞬のことだったがメルクも驚いた顔をしている。


「どこか持ちにくかったり、気になるところはないか?」


「えーと、なんか不思議なくらいにぴったりしています」


「ここまで相性抜群とは恐れ入った。よし、金はいらねえ。持って帰りな!」


「え、いいのか?」


「ああ、そこまで杖に気に入られたのなら杖にとっても本望だ。それでお前さんは杖はいらないのか?」


「俺は魔法が使えないしそれにこれがあるからな」


 俺は腰に下げていた桜花を指さす。するとメルクは初めて桜花のことに気付いたらしく


「それ剣だよな!お前剣で戦うのか?いいな、ちょっと見せてくれよ!」


 目を輝かせながら俺に近寄ってきた。なんだかおもちゃを投げる前の子犬のような状況になっている。


「わかった。とりあえず落ち着け。見せるだけだからな」


「俺にも持たせてくれよ」


「よくわからないがほかの人に渡すことが出来ないんだ、だから見せるだけな」


 俺は桜花を鞘から抜き出した。街の明かりに反射して刀身のピンク色が一層輝いて見える。


「おー。きれいな色だな。しかし何の鉱物を使っているかわからねえな」


「メルクは見ただけで何を使っているのかわかるのか?」


「ドワーフならあったりまえよ。でもわからねえなんて初めてだ」


 メルクはドワーフだったのか。しかしドワーフと聞くと毛むくじゃらのちっさいおっさんをイメージするが、メルクは小さい点しか当てはまっていない。喋り方はおっさんぽいか。


「最近剣を使うやつがいねえからな。いくら作っても誰も買わねんだ。俺は剣の方が好きなんだけどな」


「確かに魔法の方が便利だからな。しかし俺にはもう桜花があるしな」


「それオウカっていうのか。いい名前だな。もし刃がかけたりでもしたら見てやるからいつでも来いよ。そういえば女の方の名前を聞いたがお前の名前は?」


「拓斗だ」


「タクトとミサキな。覚えた。今後もよろしくな」


 俺たちはメルクと別れ、せせらぎ亭に戻ることにした。


「なあ、その杖でよかったのか?」


「うん、初めてなのに初めてじゃない感じで……うーん、うまく説明しづらいな」


「確かにこれだと思ったものは説明できない部分が多いよな。俺も直感で竹刀を選んだし。でもそれメルク曰く水属性の杖なんだよな」


「私も詳しく知らないけど大丈夫だと思うよ。なんとなくだけど」


「明日ジーク達に聞いてみるか」


 せせらぎ亭に着くと中はすでに賑わっていた。フォルさんと初めて見る女の子が料理を運んでいた。フォルさんが俺たちに気付き、持っていた料理をお客さんに運び終えたところで俺たちの方に来た。


「おかえり、タクト、ミサキ。これから食事にするだろ。空いている席に座っていな」


 二人並んで座れる席を探し、座って待っていると先ほど見た女の子が料理を運んできてくれた。


「初めまして、タクトさんとミサキさんですよね。私ソルティーナって言います。ソルって呼んでください。よろしくお願いしますね」


「ああ、よろしくな」


「ソルさんよろしくお願いします」


 ソルさんが持ってきた料理は少し硬めのパンとスープ、それと肉を焼いたものだった。『いただきます』といつものように手を合わせた後、肉を食べてみると牛肉に似ていてとてもおいしかった。スープは透き通っていて味はコンソメス―プに近かった。

 昼を食べていなかったせいかすぐに食べ終えてしまったが、とても満足だった。この宿を教えてくれたニーナさんに感謝だな。食器を重ね、キッチンがある方に持っていこうとしたら


「食べ終わった食器はそのまま置いたままで大丈夫ですよ」


「そうなのか。いや片づけくらいはやらせてくれ」


「タクトさんは優しいんですね」


 ソルさんが優しいと言ったが食べた者が片づけるのは普通だと思う。家では夕食の後は必ず片づけていた。朝食はさち子さんが『学校があるのですから片付けは私がやります』といってやらせてはくれなかった。

 食器を片づけて部屋に戻ると時刻は午後7時を過ぎたところだった。いつもなら剣道の自主練をしている時間だが色々ありすぎたせいか疲れてしまった。寝るのにも早すぎるので椅子に座り、美咲と話をする。


「今日一日どうだった?」


「お兄ちゃんが死んじゃった時どうしようかと思った。異世界に来ることにはなったけど悪いところじゃないし、魔法も使えるしそれに目の前にはお兄ちゃんが生きているから本当によかった!」


「そうか、美咲がよかったのなら俺もよかったよ。明日からはギルドで依頼を受けていくことになるだろうが何とかなりそうだな」


「そうだね、でも危険な依頼は受けないでね。またお兄ちゃんが死んじゃったら私……」


 今まで我慢していたせいもあるのか美咲が泣き出してしまった。俺は美咲のところに行き、抱きしめる。


「大丈夫だ。今度は簡単には死なないから。約束する」


「約束破ったら針千本だからね」


「破るときはさすがに飲めないけどな」


「ふふふ、確かにそうだね」


 泣くのをやめ、やっと笑顔になってくれた。俺はこの笑顔を守るために頑張ろう。美咲の笑顔を奪うやつは絶対に許さない。


『いい雰囲気なところ悪いけど私のことも忘れないで欲しいなー』


 どこからか声が聞こえた。レティシアの声ではないのは確かだが……すると壁に立てかけていた桜花が光り出した。


「この姿では初めましてだね。桜花だよ」


 美咲とほぼ同じくらいの女の子が立っていた。その子は桜花と名乗っている。桜花ってあの刀と同じ名前だが……


「驚いているね。私は拓斗が持っていたあの刀と同じだよ。人間の姿にもなれるんだ」


「ちょっと待ってくれ。レティシア、女神はただの剣だと言っていたが」


「自分で言うのもおかしいけど、こんな刀がただの刀のわけないじゃないですか」


「……レティシアが嘘をついたと言うことか」


「そうなりますけど責めないでくださいね。彼女には理由があったのですから」


「わかった。おい、レティシア。出てこい」


 俺はレティシア呼んだ。桜花に色々聞いてもいいがレティシアがいたほうがわかりやすいからだ。しかしレティシアの声が聞こえてこないし、姿も見えない。よし、メルクを呼び出した時のように言ってみよう。


「おーい、駄女神。出てこいよ」


「誰が駄女神ですか!いくら拓斗さんでも怒りますよ!」


「おー、来た来た。じゃ、桜花について説明してくれ」


「なんで桜花さん、人の姿で拓斗さん達の前に出ているんですか!はあ、わかりました。言わないよう指示されていたのですが言わないとだめそうですね……」






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