ギルドにて
「すごいですねタクトさん、一体どんな魔法を使ったのですか?」
ギルドに戻る途中でニーナさんが決闘のことについて聞いてきた。
「いや、俺は魔法が使えないですから魔法は使っていないですよ」
「それじゃ一体どうやって―――」
「おーい、ニーナ。そういうことはあまり聞いちゃいけないことになっているだろ。ま、俺も気になっているがな」
いつの間にか目の前にジークがいた。後から出たはずなのになぜいるのだろう。
「お前らが遅いから見に来たんだがのんきにおしゃべりしていたとはな。ニーナ、あとで説教な」
「そんな、ジークさんが速いだけです。それに話しかけたのは今さっきです」
「ま、ニーナのことはタクトから聞くとして早く俺の部屋に行くぞ」
そういってジークは走っていってしまった。なので俺もジークについて行ったが、ニーナさんと美咲は途中で俺たちのスピードについていくことが出来なくなり、俺とジークがギルドに着いてかなり経ったあとに息を切らしながらやってきた。
「はあはあ。お兄ちゃん……ちょっと速い……」
「悪い、いつもランニングの時部長の後ろについていたから癖で」
「タクト……さんが……決闘で……勝てたのも……その……スピードの……おかげ……なんですね……」
二人とも息を切らしているがニーナさんの方が重傷みたいだ。美咲はたまに俺のランニングに付き合っていたからだと思うがスピードはさすがに無理だったようだ。
「さーてみんな揃ったから俺の部屋に行くぞ」
ジークが先頭に立ち、俺はその後ろを歩いていく。美咲はすでに回復したようで俺の横を歩いている。だがニーナさんはまだ回復できていないようで足を震えさせながらまるでお年寄りのように歩いている。そのせいかギルド内にいた魔導師たちに変な目で見られてしまった。ニーナさん、もう少し鍛えたほうがいいですよ。
ジークはギルドの奥まで行くと、立派な装飾がされた扉があった。ジークはその扉を開けて中に入っていった。
「ここが俺の部屋だ。そこにあるソファーに座ってくれ。ニーナ、お前は立ってろ」
ニーナさんが絶望した顔をした。そりゃさっき全力で走ってきたから座って休みたいところを立っていろと言われたら嫌だろうな。
部屋の中はかなり広い。教室が2つ、いや3つ分くらいの広さがある。部屋の真ん中にジークが言ったソファーが二つあり、その間にガラスでできたテーブルがある。その奥、入り口の反対側に机と椅子があった。なりやら紙のようなものがたくさん積み重なっている。そして部屋の両端には本棚が並んでおり、本がすきまなく入っている。とりあえずソファーに座ると入口横には作業台のようなものがあった。キッチンのようにも見えたがコンロやシンクがない。なのに棚の中に食器ややかんのようなものがある。一体何のために?
「そうだニーナ、立っているだけじゃもったいないからお茶の用意をしてくれ」
「もったいないってなんですか!でもそうですね。お客様が来ているのにお茶の用意をしないのはダメですよね」
そういってニーナさんは作業台の方に行き、やかんのようなものを手に取って
『ウォーター』
といった。するとどこからか水が出てきて、やかんに入っていく。そして次に
『ファイア』
というと小さな火が作業台の上に出て来た。ニーナさんはその火の上にやかんを持っていき、手を放すとなぜかやかんは浮かんでいた。その間にニーナさんはポットや茶葉のようなものなどを棚から出していた。
「ニーナのことが気になるのか?」
「いえ、本当に魔法を使っているんだなと思って」
「おいおい、まるで初級魔法を初めて見たかのような反応だ……な、ってまさかタクトは初級魔法でさえ使えないのか」
「初級魔法って誰でも使えるんですか?」
「そりゃそうだ。魔力の大きさによって水を出せる量や火の大きさは変わるが誰でも使える。先ほどニーナが使ったウォーターとファイアのほかにウインドとアースがあるんだが……本当に使えないのか」
「試したことがないので今やってみますね。えーと、危険じゃないのだとウォーターかな?『ウォーター』」
……何の反応もない。やっぱり魔法は使えないんだな。
「本当に魔法が使えないんだな。魔法を使えないやつが魔導師になりに来たと聞いたときは驚いたがCランクの魔導師を倒したんだから力はあるってことで魔導師になっていいぞ」
「本当ですか!」
「まあランク上げとか大変だと思うがせっかくなれたんだから頑張れよ。それでミサキの方なんだが―――」
美咲の話になったところでニーナさんがお茶を持ってきてくれた。お茶と言っても見た目が赤いので紅茶だと思う。
「おお、やっとできたか。このアルス茶はうまいぞ。滅多に飲めないものだからな。ニーナも自分の分用意して飲むといい。走ってきたから疲れているだろ」
「え、いいのですか?」
「ああ、俺の隣に座って飲め」
ニーナさんが今までで一番の笑顔になり、カップを持ってきてジークさんの横に座った。
「それでミサキのことなんだが、ニーナ。本当にあの属性晶が白く光ったのか?」
「はい、間違いなく白く光りました。タクトさんも見ていたので証言してほしいのですが」
「ああ、間違いなく白だったが一体何だったんだ?」
「ミサキは光属性が適正なんだ」
ジークが真剣な目で言ってきた。光属性っていうとイメージだと回復が得意だったような。攻撃より守りといった感じだったが。しかしそれがどうしたのだろう。
「へー、光属性か。美咲は知っていたんだよな」
「うん、知ってたよ。なんか回復魔法に長けているらしいんだ。もしお兄ちゃんが怪我をしても治せるよ」
「あのな、光属性が適正な奴はほとんどいないんだぞ。ここ、メルティアにだって1人しかいないんだからな。色々問題が出てくるんだ」
「光属性が適正って貴重なんだな。しかし問題って何だ?」
「はー、先ほどミサキが言っていた回復魔法はな、光属性が適正の奴しか使えないんだ。しかも魔力がすごければ蘇生までできると言われている。まあ蘇生が成功した所を見た人はいないから噂話だと思うがな。それは置いといて薬を飲まずして魔法で回復することが出来るのはすごいことなんだ。ミサキがどのくらいの怪我を治せるかは知らないが、もし光属性が適正だと知られたら取り合いになるかもしれないってことだ」
「取り合いってまさか」
ジークの話を聞いて最悪なパターンを想像した。それがジークにも伝わったのか
「そう、ミサキが攫われたり、実験に使われたりする可能性がある」
「先ほどジークが言っていた光属性適正者はどうしているんだ?」
「王城にいるぞ。たまたま俺が適正だと知ったから王様に預かってもらうよう頼んだんだ。もし何か争いでけが人が多数出たときにすぐ回復魔法を使えるようにな」
「まさかミサキを王城に連れて行くつもりか」
「そんな怖い目で見るなよ。先ほどの適正者は今のように説明して本人から承諾をもらって連れて行ったんだ。その適正者は今も王城で楽しく暮らしているよ」
いつの間にかジークを睨みつけていたらしい。美咲を王城とはいえよくわからないところに行かせるのはごめんだ。
「お兄ちゃん、そんなにジークさんを睨みつけないで。私はずっとお兄ちゃんのそばにいるから」
「そうか、ありがとな美咲」
俺は美咲の頭を撫でてあげた。美咲も嬉しそうな顔で撫でられている。その姿をニーナさんは微笑ましく見ていたが、ジークはため息を吐いていた。
「一応この件は王様に報告してもいいか?もちろんこの国に縛り付けるようなマネはしないが」
「ああ、もしそんなことしたら俺が許さないと伝えておいてくれ。しかし美咲の力が必要となったらなるべく協力するってことも伝えておいてくれ」
「さすがにタクト一人で国を相手にするのは無理だと思うがそう伝えておく。ああ、ミサキはもちろん魔導師になれるぞ。ただ適正属性は水属性にしておく。水属性は回復魔法とまではいかないが回復能力を促進する魔法があるからな」
「ところで今更だがジークって何者なんだ?王様に頼んだりすることなんて一般の人だったらできないだろ?」
「言ってなかったか?俺はここのギルドマスターだぞ。王様との謁見の権利もあるんだ」
ニーナさんの態度から上の人だとは思っていたがギルドマスターだったのか。そりゃ偉いわ。でもそれだとニーナさんの態度、少し軽い気がするが。
「取り合えずギルドカードを作るのに時間がかかるからカードのことはニーナに任せてもう少し俺たちは話をしよう」
そういわれたニーナさんはアルス茶を飲みほして、もう1杯飲もうとしたところでジークさんに止められた。ジークさんの顔を見たニーナさんは何か怖いものを見たかのように怯え、すぐに部屋から出て行った。ジークさんの顔は横からだと少ししか見えなかったが笑っているように見えた。
「それでタクト、決闘でどうやってギドーを倒した。もちろん話さなくてもいいが魔法が使えないのに勝てたのが気になったんでな」
「えっと、他の人に言わないと言うならギルドマスターに話してもいいですが」
「おいおい、ギルドマスターだと知ってからそんな堅苦しくなるなよ。今までの話し方でいいぜ。それにジークでいいぞ。もちろんここで話したことは誰にも言わない。内容によって王様に話さないといけないときは話していいか聞くがな」
「わかりました。俺が勝てたのはスキルのおかげなんだ」
「スキル?なんだそれは。聞いたことがない」
「決闘で使ったのは『瞬歩』といって俺が見えているところならすぐに行くことが出来る。さすがに壁や人は通り抜けることはできないが」
「それで一瞬でギドーの横に行ったのか。俺でもぎりぎり追えたくらいだ。他にスキル、とやらはあるのか?」
「あるがそれはまたの機会で」
「またの機会か。しかしそんなものがあるとはな。魔法ではないしかなり便利だな。それで俺からばかりで悪いがその剣見せてもらえないか?」
ソファの横に立てかけておいた桜花を見ながら聞いて来た。別にただの剣なので見せてもいいが
「たぶん持つことはできないぞ」
「なぜだ?」
「美咲に渡そうとしたら何かが光ってはじかれたんだ。もしかしたら俺しか持てないのかもしれない」
「何か特殊な能力でもあるのか?」
「ない、と言っていたが俺にもよくわからん」
「とりあえず渡してみてくれ」
俺は桜花を持ってジークに渡そうとした。そしてジークの手が桜花に触れようとしたところではじかれた。事前に言っておいたおかげかジークは驚いてはいなかった。
「たまに認められた人にしか使えない杖があると聞くが似たようなものかもしれん。タクトは魔法が使えないからそれが相棒のようなものか」
「そういえば杖を持っている魔導師が多かったが何か理由があるのか?」
「杖を持っていると魔法の威力が上がったり魔力を節約したりすることが出来るんだ。なくても魔法は使えるが魔導師にとってはあったほうがいいからな。それに最初に持った杖は壊れない限り使い続ける物だ。だからいい杖を買えるよう依頼を頑張り、杖を手に入れることで一人前の魔導師になった証明にもなるかなるからな」
何でも使い慣れたものを使う方がいいと言うことか。俺もなぜか大会中にいつも使っている竹刀が消え、他の部員から借りた竹刀を使って試合に出たが、あまりよくなかったからな。一応試合には勝てたし、大会終了後に大会の人が見つけてくれたが。
「それじゃ美咲にも良い杖を買ってやらないとな」
「ほんと!ありがとうお兄ちゃん」
「おいおい、俺の話を聞いていたのか?確かに安い杖もあるが使い続けるものだぞ」
「ああ、安いものではなく高く良いやつを買うから大丈夫だ」
レティシアからもらった指輪の中にたくさんのお金が入っているからな。ちなみに入っている金額をイメージするだけで頭に入ってくる。入れてくれたお金はプラチナ硬貨50枚分入っている。最初見たとき入れすぎだと思ったがレティシア曰く『お金はたくさんあっても困らないでしょうから』と言われた。
「意外といいところの貴族なのか?しかし名前を見るとファミリーネームはなかったし」
名前を記入するときわざと名字は書かなかった。異世界では名字、ファミリーネームは貴族にしかつけられないことが多かったから間違われたら嫌だと思ったからだ。
すると扉をノックする音が聞こえた。ノックした人はニーナさんでカードが出来たらしい。
「入っていいぞ」
「失礼します。ではミサキさん、タクトさん、こちらがカードでございます」
渡されたカードは透明なカードで名刺ほどの大きさだった。どうやって判別したのだろう?
「ではそちらのカードに血を一滴垂らしてください。こちらの針を使うといいですよ。この針には回復促進魔法が付与されていて数秒で治りますから。指にさすと特にいいですよ」
ニーナさんに言われまず俺が指に針を刺した。血が出てきたのでカードに垂らす。するとカードが光り、透明だったのが灰色になり文字が浮かんできた。名前と年齢、ランクが出てきた。それを見ている間に針を刺した部分はすでに治っていた。
次に美咲がやってみると光るところまでは同じで、カードの色が青色になった。
「ランクはGランクからのスタートです。カードの色が適正属性となります。ミサキさんは光属性ですが水属性ということにしたので青色です。タクトさんは……無属性だと灰色になるのですね。無属性は初めてなのですみません」
「すごいカードだな。これも魔法か」
「はい、なのでなくすと再発行するのにプラチナ硬貨2枚必要になるので注意してくださいね」
再発行にプラチナ硬貨2枚、つまり2万円か。かなり高い。無くさないよう指輪にしまっておこう。
「依頼についてはまた受けるときに説明します。今日は決闘もして疲れていると思いますので」
「助かるよ。そうだ。いい宿知っていないか?とりあえずご飯がおいしいところがいいが」
「それならせせらぎ亭がいいですよ。料金もそこまで高くないので。場所はギルドを出て左に曲がって少し歩くと木に鳥が止まっている看板が道の右側にありますのでそこがせせらぎ亭です」
「ありがとう。じゃあまた明日依頼を受けにくると思うからその時もよろしくな」
「はい、お待ちしております」
ギルドの外に出ると空は赤く染まっていた。そういえばこの世界は時計や日にちはどうなっているんだろう。とりあえずまずはせせらぎ亭に行こう。人気の宿だと部屋が空いていないかもしれないからな。