家臣との学校生活
秋晴れの爽やかな朝。こんな日は、きっと外に出たら気持ちがいいに違いない。しかし、いつもどおり学校に向かうはずだった初瀬を出迎えたのは、かなり非日常のシチュエーションだった。
家の外に出たところで――
「おはようございます、殿様」
道に平伏する咲楽。
「いやいやいや、会長。何で家の前で待ってるんですか!」
「? 異な事をおっしゃる。殿様にお供するのは、臣下としての務めでしょうに。」
「いや、一人で行くから結構です……」
始業前の教室にて。
「会長、お願いがあります。」
「何でしょうか、殿様。」
「せめて学校では、その呼び方を止めてください。」
「? どうしてですか。殿様は殿様です。他の呼び方など、失礼でしょうに。」
「とにかく、お願いですから。」
「はあ。殿様がそうおっしゃるのでしたら。」
咲楽は、あまり納得がいかぬようであったが、一応頷いた。
「次のお願いです。」
「はい、何なりと。」
「教室で、お茶席の用意をするのは辞めてください……」
3時間目、体育の授業――
「オロシ様――!! ファイトですーー!!」
校庭でサッカーをしている初瀬に、授業中の校舎の窓から声援を送る咲楽。
「会長、お願いだから、自分の授業に集中してください……」
昼休み。昨日までは、全く接点がなさそうだった初瀬と生徒会長が、何故か急接近した件について、学校中が沸き立っていた。
「何で、あんな冴えない1年と会長が……」
「あの2人、付き合っているかな」
(聞こえてるが)ウワサ話をされる分には、まだいい。それより問題なのは、初瀬の机を何重にも取り巻いた生徒だ。同じクラスの連中だけではなく、同級生、さらには上級生まで様子を見に来ている。
「おい、どういうことだ。なんで、あんなに会長に構ってもらえるんだよ」
「付き合いだしたの? ねえ、ねえ?」
(どうすんだよ、これ。)
いかにして逃げだそうかと考えていた矢先、初瀬を取り囲んでいた喧噪が、ぴたりと止んだ。
「会長だ……」
「彼氏をお昼に誘いに来たのか――」
好きなことを言っている野次馬の間をかき分け、咲楽が悠然と現れた。
「オロシ様、お昼をお持ちしました。ここで召し上がられますか?」
そう言いながらランチマットを広げ始めた咲楽を、初瀬は手で制した。
「とりあえず、外に行きましょう」
冷やかし80%、羨望20%の野次馬のささやきを背に、初瀬は逃げるように教室を後にした。咲楽はというと、初瀬の後を悠然と追いかけた。
「会長、どういうことですか。」
昼食場所として生徒がよく利用するはずの屋上は、珍しくほとんど人気がなかった。
「? 何がでしょうか?」
「昨日、約束したじゃあないですか。学校では、今までどおりの生活をお互い送りましょう、って」
「ですので、私は、自分のクラスの授業にもきちんと出て、殿様のお側に侍って(はべって)いないではないですか。」
(会長の言ってたのは、そんな次元の話だったのかーー!!)
というより、昨夜、釘を刺していなければ、咲楽は、学年の違う初瀬の授業に押しかけて来るつもりだったのだろうか。初瀬は、背筋が寒くなった。
「それに、殿様――オロシ様のお言葉に従い、生徒会長としての務めも、一応、これまでどおり果たすつもりですし。」
「いや、一応とか言わないでください。会長に票を入れた人が悲しむので……」
自分をはじめ、と続けたかったが、初瀬は思いとどめた。
「殿様は、ひどいです。私に、我慢ばっかり。」
咲楽は、少しすねたように唇をとがらす。正直、ちょっとかわいい。
「とりあえず、お昼にしましょうか……」
咲楽と話をしているとさらに疲れが押し寄せてきたが、初瀬は、それ以上の空腹を感じていた。色々言いたいことは盛りだくさんだが、せっかく準備してもらった昼食に、興味がないわけでもない。積もる議論は後にすることにした。
「はい。」
咲楽は、花のような笑顔を浮かべた。
「今朝は、母と早起きしてこしらえました。殿様のお口に合うといいのですが」
「あ、そうだ。俺だけ先に食べる、なんて言わないでくださいね。一緒に食べましょう。」
「は、はい。ありがたき幸せ。」
あこがれの会長とはじめての食事だということは、初瀬もあまり意識していなかった。
「この煮付けは、桜間家伝統のお出汁を――」
昼休みは進む。もうすぐ午後の始業時間だ。
日常の学園編をかくはずだったのですが、さてはて。どうなることやら。