再会の儀
机の上には、見たこともない・・・とまでは言わなくても、豪華な料理が並んでいる。中華、フレンチなど様々であるが、どうやら、慌てて出前を取り寄せたらしい。
まだ温かい料理が、食欲をそそる匂いを振りまいている。午後6時半をまわり、ちょうど夕食の時間どき。お腹も減る時間帯である。
しかし、初瀬は、食欲のままに料理をむさぼる気には、到底なれなかった。
部屋の中には、現在、6人が円卓を囲んでいる。
初瀬、咲楽、権蔵の3人で話し込んでから、人数が倍増しているのには、理由がある。増えた1名は、三蔵の妻、すなわち咲楽の母親である桜間新子である。この人は、割と理由が明らかだ。いつのまにか部屋に登場し、笑顔で料理を並べ始めたが、状況から考えれば、そんなにおかしな話ではない。
むしろ問題なのは、残る2名だ。
「ううむ、おいしい。さすが、桜間社長の贔屓にされているお店ですな。」
「お褒めいただき、誠に恐縮です。」
「おろちゃん、この小籠包、すっごくおいしいわよー」
初瀬は、頭を抱えた。家にいたはずの、父親の初瀬三蔵と、母親の初瀬相子である。
「何で、前触れもなく登場して、遠慮なしに食べとんねん…」
「いや、だって、呼ばれたし。何か宴会だって。」
「そうよー。せっかくのお料理だし、いただかないと、もったいないでしょ。」
もうええわと、初瀬は両親への苦言を諦めた。もともとマイペースな二人なので、何を言っても聞きそうもない。
「権蔵さん、なんでうちの両親を?」
「春島家の先代当主にご挨拶しようと思ったのです。」
権蔵は、隣の席の三蔵にビールをついでから、答える。
初瀬は、桜間家の宴会に、何の疑問を差し挟むこともなく参加している両親を見やった。この脳天気両親には、聞きたいことがいっぱいある。桜間親娘の妄言に全く疑問を持たないその態度からして、だいたい先の展開が見えてきたが―
「オヤジ、知っとったんかい。」
「何を?」
「いや、春島藩がどうとか。うちが、その末裔だとか。」
「あれ、言ってなかったっけ」
「おろちゃん、忘れっぽいから、忘れたんじゃないのー」
「んなわけあるかい…」
(てことは、やっぱり、春島藩云々は、会長親娘の妄想じゃなかったのね……)
初瀬は、再び頭を抱えた。
「それと、もう一つ。なんで、オヤジじゃなくて、俺が当主みたいな流れで話が進んでるの?」
「あれ、それも忘れたのか。しょうがないなあ。俺は面倒くさそうだしやめとくわ、と親父に宣言してな」
(結婚したときに、オヤジが春島の名字を捨てたのは、そういうことだったのか)
初瀬は、母親の相子の姓だ。ずっと疑問だったことが、一つ分かったが、初瀬はあまり嬉しくなかった。
「そうすると、春島家当主の座は、じいちゃんから俺に、直接、受け継がれたと。」
「うむ、そうなるな。親父も、そう説明しとったけどな。10年くらい前に。」
「おろちゃん、ちゃんと人の話を聞かないからよ。いつも言ってるけど。」
「殿様もそそっかしいところがありますなあ」
(何か、俺が悪いみたいになってない?)
とりあえず、納得がいなかった。
「小学校入る前の子どもに、そんなん分かるかい!!」
「まあまあ、殿様。そう興奮せずに。熱燗もいい感じです。」
隣に座る咲楽が、とっくりとお猪口を差し出す。
「いや会長、俺、未成年ですよ。」
「とうの昔に元服されているのですから、堅いこと言わずに。」
「言いますよ!! 元服とか、いつの時代の話ですか。」
「実は冗談で、オレンジジュースが入ってます。」
ほら、と咲楽がお猪口に注いだ液体は、くっきりしたオレンジ色だった。
初瀬は背もたれに力なく背を預け、お猪口を受け取る。
(だんだん、どうでもよくなってきた……)
「では、殿様にご納得いただいたところで、改めて、主君と臣下の再会に乾杯しましょうでありませんか!」
「「かんぱーい!!」」
「いやいや、納得してませんからねーー!!」
暗くなった街角に、初瀬の声が響いた。
宴会編はこの回で終わりで、いよいよ学園編に戻ります・・・が、執筆ペース落ちる予定です。