殿様の初仕事
この回で、ようやく殿様の意味が分かってくると思います。江戸時代の殿様って、普段は何をしていたのでしょうね・・・
「あなたが現代のお殿様、ということですな」
「お、お殿様??」
意味が分からなかった。なにがどうしたら、現代にお殿様が存在する、というのか。
「お父様、殿様が混乱されているでしょう。」
あまり表情を変えずに、それでも少しあきれた顔をして、咲楽が割って入る。
「お祖父様かそのご先祖様の名字、「春島」ではありませんでした?」
「確かに、祖父は春島でした。父が結婚するときに、母の初瀬姓にした、とかで、今は初瀬らしいです。」
咲楽は満足げに頷く。
「では、次に。江戸時代に、岩手県南部に春島藩という藩があったことは?」
「いや、聞いたことありませんが……」
不勉強でと、少し申し訳なさそうな顔をしながらも、初瀬には、先の展開が読めてきた。ただ、いずれにしても間違いだ。自分の祖父はただの小さな農家だったし、そんな大それた家系ではないはずである。思い込みが強そうな会長親子のことだ。たまたま、出身地が岩手県で名字が重なったから、壮大な勘違いをしているのではないか――
「その藩主も、藩の名前と同じ、春島家というお名前でした。そして、その藩主の末裔が,あなたのお祖父様であり,殿様なのです。」
「いや、人違いじゃないですか。うちの祖父の家、ただの農家でしたし。」
「……そうですか。全く聞かされていない、というのは本当のようですね」
咲楽は悲しそうに首を振る。権蔵は、未だに満面の笑みを浮かべたままで、何を考えているのか全く分からない。
「家紋です」
「家紋?」
「先ほどのお守りと、その中に刻まれていた家紋です。殿様のお宅の家紋は、扇を3つ、円形に配置したものでしたね。」
「はい。それはそうです。」
「あのお守りの袋も、家紋も、藩主の春島家のもの。しかも、当主一族にしか許されないものなのです!」
ここで、権蔵が力強くカットインした。しばらくインターバルがあったで初瀬も油断していたが、またまた権蔵の顔が、ずずいと近づく。
「我ら桜間一族に言い伝えがあります。サンセンを探し、当主を探し出せ、と。」
ずっと疑問に思っていることが一つ。初瀬は、おずおずと挙手した。
「未だに分からないんですが。桜間家が春島藩の当主を探しているのは、どうしてなんですか?」
仮に、初瀬が当主一族だったとして、桜間権蔵や桜間咲楽とどういう関係があるのというのか。すごく気になるところである。
「そう、そこです!」
「ひいっ」
権蔵がさらに顔を近づいてきて、初瀬は情けない声を出してしまった。
「桜間家は、家臣として、江戸時代を通じて春島家に忠誠を誓って参りました。平成の世でも、その忠義に何らの変わりもございません。ご維新の混乱で生き別れた春島のお殿様を探しだし、一刻も早く忠義を示すため。維新から150年間、5代にわたって探してきたわけでありますが、ようやく巡り会えるとは……」
権蔵は涙ぐむ。
「それで、探して、どうされるのですか?」
「は――――?」
「いや、ですから、探し当てたとしても、その後の展開が読めないんです。」
それが、初瀬の根本的な疑問であった。
「その後、とは……」
「…………」
権蔵と咲楽は、目を合わせて、ぱちくりと瞬きをする。咲楽は、戸惑った表情のまま、
「正直なところ、考えたこともありません。」
「へ――――?」
今度は初瀬が戸惑う。
「私どもは、家臣ですから、決める立場にありません。何をするかお決めになるのは、お殿様です。」
あくまで冷静に、咲楽が答える。
「そこで、私どもといたしましては、何でも命じていただきたいわけであります。お殿様の命とあらば、火の中にもでも飛び込みましょうぞ!!」
がっはっはという、権蔵節が復活した。
「さあ、何なりと!! 何なら、エロいことでも構いませんぞ! 私でも、咲楽でも。」
咲楽も、父親に同調する。
「殿様の初仕事です!!」
無駄にハイテンションな親子に迫られ、逃げ場を失った初瀬は、叫ぶしかなかった。
「どうしてこうなったーー!!」