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強さの理由

作者: 霊闇レアン

 ――強くなろう。


 そう決意したのは今から十年も昔だ。現在俺は十七歳だから小学校に上がってすぐくらいだろうか。はっきりとした時期は覚えていないが何がきっかけだったかは鮮明に覚えている。


 当時、今の俺と同じくらいの年の姉がいた。正義感が強く俺が悪戯しようものならこっぴどく叱られたし、俺が泣いている時は泣き止むまで隣で慰めてくれた。今思えば若干年が離れすぎな気もするが両親の事情など俺は知らない。いつでも毅然としていて憧れの対象だった姉を俺は好きだった。いつか姉の隣で胸を張って歩きたいと思っていた。しかし、それの機会は予期せぬ形で失われた。


 俺の軽はずみな行動で姉は強面の男に絡まれ、あろうことか取っ組み合いの喧嘩になった。どう控えめに見ても男は喧嘩慣れしていそうだったが、姉とて合気道を嗜んでいるため簡単に負けるとは思えなかった。むしろ姉に分があると信じていた俺の期待は、あっさり第三者によって打ち砕かれる。


 滅多に車など通らない細い路地で争っていたことが災いして緩いカーブを曲がってきた車は公道を走るような速度でつかみ合っている二人に突っ込んだ。当然ブレーキは間に合わず、相手に夢中になっていた男と俺も車に気付くことはできなかった。だが、姉だけは気付いた。猛スピードで突っ込んでくる車を目にし、驚愕の色を見せたが即座に男に向き直り、突き飛ばした。男は足をもつれて道路の端に倒れ、姉は反動で道路の真ん中に躍り出た。


 その後のことは覚えていない。思い出そうとすれば白い靄がかかったように記憶が閉ざされてしまう。心に根ざしているのはあの時俺が男を相手にできるくらい強かったら姉は死なずに済んだということだけだ。


 あれから独自に自らを鍛え上げた俺は、今まさにその力を発揮するべき場面に直面している。というよりも真っ最中だ。

 俺と一つしか変わらない妹がガラの悪い大人たちに絡まれていた。昔の俺と同じようなシュチュエーション――

 しかし今一番の問題は、三人の男が容赦なく襲いかかってくる状況で対するのが俺一人ということだ。小柄なのが二人と大柄なのが一人、他にも二人いたのだが今は床に転がっている。もちろん俺とて無事ではない。服はぼろぼろだし体のあちこちに打撲やら擦過傷やらが見て取れる。そんな様子を妹は後ろの柱の影に隠れて見ているはずだ。


 ――相変わらず絶望的な状況。残りは三人、さっきのように敵同士の接触を狙うわけにはいかない……。ならば一人ずつ潰していくしかない。


「シッ」


 短い気合とともに小柄な男が拳を放つ。体を左前に屈めながらそれを躱し勢いをそのまま拳に乗せ男の腹部へと叩き込む。男が怯んだところでさっきとは逆の腕で顎を狙い打ち抜いた。


「かはっ」


 ばたんと倒れる男を無視してもう一人の男へと体を向ける。途端に左肩に衝撃を受けた。確認するまでもなく小柄な男のもう一方が持っていた鉄パイプで殴られたのだ。かなりの戦闘時間のため今では痛みこそ感じなくなったものの明らかに体はダメージを負っている。


「へへへ、やるねぇ兄さん。でも俺を相手にするにはちょっとリーチが足りないかなぁ」


 男はにやっと口の端を吊り上げ、右手に持つ鉄パイプを持ち上げる。


「そっちこそガキ相手に三人もやられてちゃ笑えないな」


 負けじと強がってみるが実際のところ俺の体はもう言う事を聞かない。気力であと少し動けるかどうかだろう。


「確かになぁ。ま、それもここまでだから……よ!」


 先程と同じ位置へ獲物が振り下ろされる。まだ痺れがとけていないので腕で受け流そうとせず右へ転がる。立ち上がる前に次弾が降ってきたがさらに右へと転がり反動で起き上がる。

 流石に二連続で空振っていては体制も崩れる。がら空きの左脇に慣性に抗いながら蹴りを入れる。小さく呻いた男にさらに左でのパンチとそれによってできた時間を溜めに使った回し蹴りを頭部へ決めた。僅かな差で男は倒れ気を失った。

 ここに来て最大の集中力を発揮した俺は前の三人よりも時間をかけずに二人の小男を倒すことができた。


残る気力を振り絞り最後の大男と対峙する。


「ほう、まさか四人とも倒されるとは。やるな、小僧」


 いかにも首領のような風貌の大男は感心したように言った。しかし、俺へ向けられた双眸はまるで道端の蟻を見るかのようだった。

 荒々しい呼吸をなんとか抑え声を発する。


「はっ、ありがたいね。ならガキの努力に免じて今回は退いてくれないか」


 精一杯強がる。大切な、守るべき妹が見ているという状況が俺を前に進ませる。

 俺の戯言を聞いてか大男は豪快に笑いながら言う。


「はっはっは。根性も然ることながら度胸まで備えているとは」


 一瞬考えるような素振りを見せ言葉を続ける。


「いいだろう。だが、条件がある」


 よもや俺の戯言が実を結ぼうとは。案外言ってみるもんだな。なんて辛うじて保たれている頭で思考する。いや、大男は条件があると言っていた。全てはそれ次第になるだろう。

 俺の言葉を待たずして大男は話し出す。


「小僧、貴様が俺の部下を四人も倒してみせたその力はどうやって手に入れたのか、それを聞かせてもらおう」


 口調からして条件とやらはほぼ強制されたようなものだ。だが今の状況ではかえってありがたい。恐らく応えられる条件だからだ。


 力、今の場合は俺に魔力だのなんだのがあるということではない。この大男は純粋に強さを求めている。絶対に勝てるであろう俺に対しても何かを見出し、それ求めているのだろう。俺にはある種の確信があった。かつての俺もそうして強くなろうとしたのだから。

 ふらつく足でなんとか踏ん張り体を支える。同時に強い意志力をもってして大男の目を見据えた。


「俺は、俺の力は、大切なものを守るためのものだ。大切な人を、守るための」


 心の中では姉のためにも、そう続けた。


「なるほど。俺にはない力だ。大切な部下に戦わせて全員が気絶したとありゃ当然だな」


 納得と自嘲が入り混じった様子で頷く。

 本当は良い奴なんじゃなかろか、一瞬そう思ったが妹を襲おうとした時点でそれはない。ともあれ三十分と続いた悶着もケリがつきそうだ。

 大男は転がっている四人を次々と担ぎ上げ背を向けた。小柄とは言え男四人を軽々しく担ぐあたりどう考えても只者じゃない。


「約束通り今日は退こう。だからこれは条件ではないんだが」


 ――強くなれ。貴様はまだまだ強くなる。


 そう言って大男は去っていった。

 大男が建物から見えなくなると俺は糸が切れたようにその場に倒れ込んだ。正直なところしばらく動けそうにない。それどころか疲労の所為か激しく睡魔が襲ってきた。だが戦わなくてもいい相手なので大人しく負けることにする。


 仰向けになったことで見えた窓から差し込む日差しは赤く、俺の周囲を照らしていた。こんなところを他人に見られたら死んでるのかと思われるな。その時は笑って誤魔化そう。などと考えたがすでに意識は飛びかけている。どこからか駆け寄る音がするがもうその方向すらわからない。


 徐々に落ちていく意識の中で微かに声が聞こえる。


「ありがとう。お兄ちゃん。助けてくれて、本当にありがとう」


 ああ、妹か。認識することはできたが、泣くなよ。気にするな。そう言いたくても言葉を返すことはできなかった。

 視界が完全に閉ざされ思考も停止し数瞬後には落ちるであろう頭に、妹とは似ても似つかない声が響いた気がした。



 ――ありがとう。これからも、守ってあげてね。

お読みいただきありがとうございます。

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