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薄氷にふれる(ユニーク6000お礼)

《2017年元日かその前日にユニーク6000きました。

いつも読んでいただきありがとうございます。

これと、20000PVの話がバジルさんとヤナさんのあれこれの前振りです。》





 湖の底に居を構えてからの時間は、数えていなかった。

 その数字が長いとか短いとか、そういうことを考えることすらエンディミオンには無意味で、ザクロやブドウの木の手入れのために季節を知ることの方がよっぽど重要だった。


 そんな彼が、自分の望みに関わらず時間の流れを感じるようになる期間が時々だがあった。

 それは人間と関わる時。


 エンディミオンは、少年と青年の狭間のまま時が止まってしまっているが、人間は時間の経過とともに老いていく。そして、老いて死ねばいつか自分を訪ねてこなくなる。

 その流れを感じている時だけが、彼の中で時間が季節とは違った風に意味を持つのだった。


 彼が存在した時間の中で、特にその流れを長期にわたって感じていた時がある。

 つまり、それを感じさせてくれる人間との付き合いがそれだけ長かったということだ。


 彼の名はバジーリオ。

 もともとハルキノ姓を持つ筈だった彼は、産まれた時に、その右肩と左足の甲に女神の印である蓮の花の魔術痕を持っていた。

 彼が産まれた当時、女神の眷属は二十人を超えて存在していた。人数が多いからか国が安定しており、それほど早く故郷を離れることはなかった。それでも四つになった年に、彼は母親達と共に王都にある、女神の眷属に与えられる領地へやってきた。





 俺ってば、めっちゃ出来のいいお坊ちゃんで、十になるまでに大体の勉強も終わってて。みんながひーこら言ってる魔術だって、十二くらいん時には王都にいる魔術士の中ではぶっちぎりトップだったわけ。

 で、なーんか、できないことがなさすぎて、逆に嫌になってさ、去年リュートかついで家出したんだよね。あ、リュートは趣味だぜ。

 でもさ、慌てたのはお袋とかその周辺だけで、女神の眷属が多かったから、王達からは追跡もかかんなくって。

 あ、違うな。追跡かけても、俺を追っかけられるような奴が俺以外にいないから、諦めたって言ってたな。


 以上、一年間くらい国内を放浪していたバジーリオが、出会ったばかりのエンディミオンをとっ捕まえて、一気に語った言葉。これで一部である。

 因みに趣味と言っているリュートに関してもプロ並みの腕前である。

 エンディミオンの彼に対する第一印象は、よく喋る美少年。しゃべりすぎて、むしろそれが残念な奴、だった。


 バジーリオが十四の時に出会って、彼が死ぬまでの六十年間は楽しかったと思う。


 彼のせいで多大なる迷惑を被った者は数多存在することを知っているが、エンディミオン自体には迷惑なことは起こらなかったので、どうでもいい。

 その中でも一番迷惑を掛けられただろう者はエンディミオンも共通の知人だけれども、彼女も人ではないのだから、それくらい水に流すだろう、と他人事のように思った。


 彼女にとっての迷惑の始まりのもっともっと前。

 それが花でいうと蕾、いや、それよりも芽といった方がいいだろうか。

 とにかく狂気の何歩も前にあった時に、エンディミオンはバジーリオと会っていた。


 それを彼女に伝えてやれていたら逃げたのだろうけれど、生憎、まさかバジーリオが聞きたいと言ったことが彼女の事だとは、思いもよらなかったのだ。



 彼はいつも前触れなくやってきて、成人してからはエンディミオンの家の庭先で、 飲みながらリュートを弾いているのが定番だった。


 でもその日は珍しく、やってきてすぐに声を掛けてきた。


「なー、ディー。ちょっといいか?」


 既に飲んでから来たのか、酒には強いはずのバジーリオが、見た目にもだいぶ酔っていた。


 彼はエンディミオンの家の中に招かれると、まるで自分の家であるかのように定位置にどかっと腰を下ろした。

 背中まである彼の綺麗な黒髪の間から、大きな三日月のピアスが見え隠れしながら揺れている。


 いつだったか、ハルキノ出身のくせに月のアクセサリーなんて変わってるな、とからかったことがあるが、バジーリオから返ってきたのは、本当にヴァレーダの奴なら満月だよ、という言葉だった。

 ニヤッと笑った彼を見て性格悪いな、と思ったけれど、ハルキノ出身でむしろそれくらいの嫌味なら可愛い方か、と自己完結しておいた。


 いつまでも成長しないエンディミオンと違って、出会いから六年たった彼はもう大人になってしまい、身長もエンディミオンが見上げないといけないほどに伸びていた。

 あどけなかった表情は昔の面影を少し残したまま精悍な顔つきになり、前髪の間からのぞく、青灰色の瞳だけは昔のままだな、と思った。

 何があったかは知らないが、この一年くらいで彼の雰囲気が鋭さを帯びてきていた。


 バジーリオの正面に胡座をかいて座り、一応酒を用意する。

 飲むかどうかは相手に任せるつもりで。


 バジーリオは普通にその中からワインを一本を開けて、エンディミオンと自分に注いだ。


 挨拶がわりに杯を合わせると、バジーリオはそれを一気にあおる。


「おいおい、バジル。お前なんか今日おかしくないか?」


「いや、今日だけじゃなくて、最近俺はずっとおかしいよ」


 自覚はあるらしい。でもそれは、ダメな方向への自覚だった。

 バジーリオは、空になったグラスに間髪入れず、自ら瓶の首を持って赤い液体をそそぎ入れる。


「飲むなとは言わないけどな、俺に話があるんだろ? 先に喋ってから飲めよ」


「喋るために飲んでんだよ」


 それを聞いて、うわ面倒くさい、とエンディミオンは顔を引きつらせた。

 だいたい、バジーリオが酔っ払いになることは珍しい。

 人を酔わせることはあっても、自分が酒に飲まれたりはしないタイプの人間なのに。

 普段そんな風である男が際限なく飲もうとしているなんて、間違いなく面倒だ、と思う。


「何だよ、飲まなきゃ喋れないようなことって」


「……好きな人ができた、たぶん」


「はああぁぁ?」


「ディー、驚きすぎ」


「俺じゃなくても驚くよ。えぇ? 今まで取っ替え引っ替えしてた綺麗なおねーちゃんたちはどうしたんだ?」


「ああいうのは恋じゃないだろ。ただの遊びだって」


 向こうだって本気じゃないだろうし 、と真顔で言うバジーリオにエンディミオンは内心とても引いていた。本気じゃなかったら、お前、逃げ回ったりする必要ないだろうが、と。


 わざとらしく咳払いし、気を取り直してエンディミオンはグラスを傾けた。


「……で、今までのが恋や愛じゃなかったってのは一先ず横にのけといて、何でわざわざ俺に言う?」


「他にそんな話できる奴がいない」


 消去法かよ。

 そう半眼で彼を見据える。

 ついでに思う、それで最近おかしいって言ったんだな、と。


「なあ、ディー。こういう時どうすればいいわけ?」


「知るかよ、俺に聞くな」


「えー。相談した意味ねーじゃん」


「てか、そういうのはお前の方が得意だろうが。今迄おねーちゃん達と遊んでたスキルを活かせよ」


「だから、そういうんじゃないんだって」


「どういうのか分からないけど、一個言えるのは、お前が好きになったっていうその相手に、俺は深く同情するってことだな」


「まあ、そうだよな」


 うんうんと軽く頷く彼を見て、そこは否定しないんだな、と思った。

 目の前ではーっとため息をつく酔っ払い。

 多分、彼は自分の性質を、身をもって実感したのだろう。


 女神の眷属が誰かを好きになるということは、その相手に対する異常な執着心を表すことに等しい。

 そして、その執着心をもって実力行使に出てくるから始末におえない。これはもう一種の呪いだとすら思う。


 バジーリオも天才の名をほしいままにしているけれど、結局その呪いからは逃れられなかったらしい。


「で、お前どーすんの」


「今のところ、その人をどうこうするつもりはないよ」


「そうか」


 感情のこもらない彼の声を聞いて不思議にも思う。

 好きだと言っている割には、やけに冷静だ、と。

 もっというなら、女神の眷属『らしく』ない。


 訝しむエンディミオンの思考を遮るように、


「なあ、ディー。例えばなんだけどさ。仮に、俺がお前のことを好きで、王都に連れて行きたいって言ったら、どうする?」


「何だそれ、想像しろってか。気色悪いな。そんなの例えでも聞きたくなかった」


 エンディミオンの声の大きさが一段階あがり、目に見えて体を引いた。


「こっちは悩んでんだから、真面目に答えろよ。てかさ、そんなに嫌がられると地味に落ち込むんだが」


 バジーリオは苦笑する。

 エンディミオンは久しぶりに背中に走った寒気を振り払った。

 そして、言われたように一応真面目に考えて返答する。


「……そうだなぁ、お前に渡してる印を回収して二度と会わない。で、お前が死ぬまで、念のためこの家引き払って引っ越しする」


「ひっでーな。お前、イングラシアの守護のくせにそういう事するのかよ」


「自分の自由の方が大事だからな。お前が死ぬまでの数十年、俺がいないくらいでイングラシアは潰れないだろ」


「魔人のくせに、責任感薄くないか?」


「責任感なんて、マカオンくらいしか持ってねーだろ。あとは、みんな好き勝手やってるんだよ」


 バジーリオはグラスを傾けて、その水面が揺らめくのをぼんやりと見ている。

 その表情から彼の感情は読めなかった。


「女神の領域ではお前らには敵わないけど、外でだったら、俺から見りゃ子供みたいなもんだからな。お前ですら」


 そう言ってエンディミオンは、酔ってないくせにとろんとした笑みを浮かべた。

 その言葉に、そうだよなぁ、とぼそっと呟いた。


 でもお前なら、この国の人間相手だったら楽勝だろ、と言うと、バジーリオはだいぶ酔いが回ったのか、曖昧に笑った。


「しかし、想像なんてしたこともなかったが、女神の眷属に好かれるとか、最悪の罰ゲームだとしか思えないな」


「俺も、自分がそうなってみて、逆は絶対に嫌だと思ったな」


 クツクツと喉を鳴らすバジーリオ。

 エンディミオンは本当は何かもっと違うことを聞きにきたのではないかと思ったけれど、彼はここでその想い人に関する話を打ち切った。


 バジーリオが何を考えているのかは読めなかったが、その後二人はいつものように時間が許す限りのんびりと飲んで、リュートを弾いた。


 それからも何度かバジーリオがエンディミオンを訪ねてくることがあったが、彼が二度とその話題を口にすることもなかったため、すっかり無かった話になっていた。

 風の噂でも、彼が伴侶を定めたということも聞こえてこず、気が変わったかと思っていたのだが。




 あの話をしてから四年くらいたった時のことだった。


 エンディミオンは庭でダラダラと一人、昼酒を嗜んでいた。

 水面から転移させている光が柔らかく眠気を誘い、彼の好むような午後を楽しんでいた。


 そこに鳥が一匹飛び込んできた。

 やってきたのはエンディミオンが使う使い魔と同じ烏だけれど、その目の色は主人のものと同じ青灰色。

 バジーリオからだった。


 珍しい、あいつが俺に便りを寄こすなんて。


 そう思いながら、彼は使い魔から渡された手紙の封を切った。

 バジーリオらしい情緒も何もない文面に目を走らせて、エンディミオンは天井に見える水を仰ぎ見た。

 正直、やられたと思ったが、魔人である自分にこういうことを仕掛けてくる人間が皆無であるため、偶には良いだろうと苦笑した。


 すぐに調べてみれば、彼の想い人も人間ではなく、ディーのよく知る魔女だった。

 魔女を伴侶にするなど、前代未聞。

 今頃王都の彼の周りは騒がしいのだろうな、と彼が使い魔を寄越した理由を推測した。


 それにしても、彼女をよくぞ騙して連れて行けたものだ。

 その手腕と、あれから四年の歳月をかけて細工するという執念に驚嘆する。


 彼女に関しては、捕まったところで人間の一生の時間など短いのだから、せいぜいそこで大人しく彼が死ぬのを待っていれば良いと思った。

 この辺りが所詮他人事なのである。


 エンディミオンは手紙を懐にしまって、それまでと変わらぬ様子で酒を飲んだ。手紙に、今度酒を持ってくると書いてあったのが今から楽しみだ、彼女の失態を知るのも。

 地上では太陽はすでに傾いて、エンディミオンの顔に刺す光は赤く染まり始めていた。

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