2023 アルフォンシーナお誕生日SS2(side エリク)
「Buon compleanno!」(お誕生日おめでとう)
クラッカーの音が二つ、部屋に響いた。
「ありがとう」
今日はアルフォンシーナの誕生日で、毎年のようにアルフォンシーナの家に集まっている。例年と違うのはユーリがいないってことだ。
「ユーリ兄、これないのね」
とロベルタが言うと、
「ティナさん、お腹に子どもいるし、無理させたくないんじゃないかな? 代わりにメールでおめでとうって貰ったよ」
ほら、とアルフォンシーナは、スマホの画面をロベルタに見せている。俺の友人は結婚してから、微妙な関係だった妹との間に、はっきりと一線引いたようだ。いや、側から見てても本当に微妙だった。
「そうよね、そっかぁ。……ユーリ兄がパパになるなんて、なんか想像できないなー」
「そう? ユーリ兄、優しいからいいお父さんになりそう」
「ずっとアルの保護者みたいだったから、慣れてそうよね」
「保護者って……」
「既に父だったみたいな」
「えー」
「本当のお父さんより、ユーリ兄の方がお父さんだったじゃん」
「確かに……」
仲のいい二人を見ながら、俺はビールを飲む。アルフォンシーナは明日仕事だからノンアルコール。ロベルタも。
「で、アルは兄離れできたの?」
ニヤっとしながらロベルタはアルフォンシーナを突いた。
「兄離れって……一緒に住んだことないし。確かに兄だけど、そんなベッタリだったかなぁ」
「ベッタリってことはないけど、アルって学校に行ってないでしょ。だから友達といるところより、ユーリ兄とセットで見ることが多かったから」
「ああ、そっか」
いやいや、アルフォンシーナが鈍感なだけで、ユーリはかなり妹を大事にしていた。まあ、ユーリと他の人間との付き合いも見ている俺だから気付くんだけど。妹の前だと表情が全然違うもんな、あいつ。
「ロベルタとエリク兄もうまくいってるし、ユーリ兄は結婚しちゃったし、私だけ遅れてるのかぁ」
今日の主役は机に突っ伏した。
「ヴァレーダの親戚の誰かと婚約するかもって話、どうなったの?」
ロベルタが言う。なんだそれ、俺は初耳なんだが。
「あったけど無くなった。父が『アイツは絶対ダメ!お前には合わない』って。私も会ったことない人なんて嫌だけどさ、断るならせめて会ってからのほうがいいんじゃないかな」
あー。アルフォンシーナの親父さんなら、誰が相手でも断りそうだな。娘ラブすぎる。
その証拠に、今日は花瓶に大きな花束が刺さっている。誕生日に合わせて親父さんから贈られてきたらしい。ポピー、デイジー、ヤグルマギク。近所の花屋でありったけ買ったみたいな量。あの人、限度ってものが分かってないからな。
何かにつけてデカい花束を送ってくる父親。アルフォンシーナは面倒臭そうにしながらも、とりあえず花は花瓶に入れるし、少しだけドライフラワーにして壁に飾ったりしている。
「会ったら余計断りにくいじゃない」
「そういうものなの?」
アルフォンシーナのきょとんとした顔を見ると、不安にしかならない。なんかこいつ、どっかでダメな男引っかけてしまいそうで、怖いんだよなぁ。折角、親父さんとユーリで守り固めてきたっていうのに。
「……エリク兄、どしたの?」
「いや、なんでもない」
歯痒さを感じていたら、アルフォンシーナが不審に思ったらしい。なんていうか、こう、俺は今とても無力感を味わっているわけだ。何も起こってないけどな。
「そんなこと言ってるけど、アル。本当はいい人いるんじゃないの?」
「いないって」
「じゃあ、そのネックレス誰から貰ったの」
それは俺も気になってた。飾り気のないアルフォンシーナが、珍しくアクセサリーをつけている。しかも、大ぶりのベネチアンガラス。鮮やかな青。
「ああこれ? 一昨日ユーリ兄のお家に遊びに行ったんだけど、その時にティナさんがくれたんだよ。誕生日プレゼントにって」
「仲良いんだ」
「うん、すごく良くしてくれる。ティナさん、男兄弟しかいなかったから、妹ができて嬉しいって言ってくれて」
アルフォンシーナは、一番大きな青い飾りをつまんで持ち上げた。それから、なんだか嬉しそうに言った。
「家族が増えるって、いいね」
そうか、アルフォンシーナは今まで減ることしか経験してないんだったな。親父さんの方の一族には冷たくされてるし、面倒を見てくれてたばあちゃんは、だいぶ前に亡くなったし。アルフォンシーナの母さんは親父さんに見つかるとややこしいって言うので、稀にしか帰ってこない。確かに、これ以上トラブルが起こるのはごめんだろうなぁ。
「アル?」
「なに」
「とりあえずさ、俺が酔っ払う前に写真とっとこーぜ」
毎回、みんなの誕生日には一緒に写真を撮っていたんだが、今年は忘れていた。というか、一人いないもんで撮ろうか撮るまいか考えてたんだが、どうでもいいわ。
「酔うまで飲まなきゃ良いのに」
「自信ねぇの! 酒、好きだから」
そう言いながら、来年はこの写真にユーリとティナさんと、それから赤ん坊と。3人増えるといいな、なんて思いながら、
「ほれ、もっと寄れって。俺が入りきってないだろ」
「エリク兄がデカいんだよ。ちょっと、ちっちゃくなって」
「無茶言うな!」
「もう、二人とも。カメラの方に向いてって」
ロベルタが苦笑しながら俺たち二人を引っ張る。そんなこんなで、画面に3人がぎゅうぎゅう詰めの、ユーリのいない写真が撮れたわけだが、誰もそれには触れなかった。
アルフォンシーナの家からの帰り道で、俺はスマホを取り出して、さっき撮った3人の写真をユーリに送った。ロベルタが画面を覗き込んで、もう4人で集まることはないのかな、とかポツリと言うもんだから、俺も空を見た。
「アル、ずっと一人だね。おばあちゃんが亡くなってから」
周りの迷惑を省みない親父さん。騙し討ちみたいな出会いの挙句、アルフォンシーナを産んだおばさん。おばさんはアルを大事に思ってるんだろうけど、そばにいる事で親父さんやその一族とのあれこれがアルフォンシーナに降りかかるのを憂いている。それでおばあちゃんがアルフォンシーナを育てていたんだけど、亡くなってしまった。
アルフォンシーナは、バイオリンの先生とか、演奏活動を支援してくれる人とか、恵まれてるような気がするけど、それって家族じゃないんだよな。ユーリは肉親だからずっと近くにいたけれど、結婚したから新しい家族の方に属する。というか、いくらアルフォンシーナが大事でもそこは一線引けよ、と思っていたんだが、杞憂だった。清々しい切り替えっぷりだ。
ロベルタが、ねえ、と俺を見上げた。
「アルね、クリスマスに色々あったらしくて。髪の毛短くしたのはそれとは関係ないんだけど」
「色々って、誰と」
「あ、これ、言わないでってお願いされてるから、知らんふりしててくれる? 多分、ユーリ兄は何となく気づいてると思うんだけど」
俺だけ知らなかったのかよ、と思わなくもなかった。しかし、話が気になるので、一応分かったと頷く。
「コンサートでアルと一緒に弾いたピアノの人。この人なんだけど」
スマホで画像を見せられる。おお、イケメンだ。……で?
「アルの先生の甥っ子さんで、ミカエラさんの息子さん。経歴もすごいの。在学中からオケと共演してるし、コンクールで賞獲ってるし」
「うん? ……まさかとは思うが、この人となんかあったのか」
「そう、そのまさか」
直感的にダメだろ、と思う。この人、ルカ・イングラシアだっけ? 会ったことなくて、今このロベルタに見せられてる以上の情報なんて持ってないから知らんけど。
「アル、こういう奴がタイプだったのかよ!?」
「違う違う、逆! この人に告白されたから断ったの」
おお、なるほどな。良かった、アルフォンシーナの知らない一面を見せられたのかと思ってびっくりしたわ。
「断ったなら、もうどうでも良くね?」
「それがね、アルもこの人のこと、嫌いってわけじゃなさそうなのよねぇ」
「えー……」
「急すぎて思わず断っちゃったって言ってたけど、今後も一緒に弾くことがある人だろうし。この人が諦めてなかったら、なんかあの子、どこかで絆されちゃいそうな気がする」
決めるのはまあ、本人だから、と言ってロベルタは画面を消した。
「泣かされそうだよな」
「心配しすぎ」
呆れたように言われるけど、アルフォンシーナは世間知らずだから、心配にもなる。このちっこい街でずっと過ごしてきてるから、こんなキラキラした世界に生きる男と合うのか? 無理だろ。
そんなことを思っていたら、スマホが短く鳴った。画面にはアプリの通知。
「ユーリだ」
「写真の返事? なんて?」
「アルがネックレスつけてるの見て、ティナさんが喜んでるって」
返信を見て、やっぱり来年はまた3人なんだろうと俺は思う。その方がいいんだろうな。ユーリの誕生日にはメール送るだけとか、前もってプレゼント渡すとか。今までと形が変わるんだろう。それが、俺には淋しいことには思えない。
「なあ。今から港、見に行かね?」
俺がそう言うと、ロベルタは首を傾げる。
「どしたの、急に」
「うーん、理由はないんだけどさ。散歩」
「? いいよ?」
記念日なぁ。柄でもないけど。ロベルタと会うたび、言わなきゃと思いながらポケットに何ヶ月も忍ばせてるものがある。箱が擦り切れて見ずぼらしくなる前に、今日こそプロポーズする。そう決めたけど、できるかどうか分かんねぇけどな。
ロベルタの手を握って引き寄せる。7月の夜は暑いのに、ロベルタは身を寄せてくれる。
形は自分で変えるもの。