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第四話

 

「はぁ…… 」

 大きなため息と共にエミリアはベッドに突っ伏す。

 

「疲れたぁ…… 」

 呻くように口をついて出てくる言葉。

 

 部屋の中には薄っすらと闇が広がり始めていた。

 何がなんだかわからない場所で目覚め、何がなんだかわからないままに引っ張りまわされた妙な一日だった。

 しかも、まだ解放されないことから見るとそれはまだまだ続きそうだ。

 

「巫女」なんて、絵空事か作り物だと思っていた。

 国中の宗教の束ねである都の中央神殿には巫女が擁されているという話は子供の頃から知っていた。

 その巫女様が清浄な大地と水をもたらしてくれていると。

 だけど、巫女は神殿の奥深くから姿を現すことは無く、姿を見られるのはほんの一部の人間だと。

 だからエミリアみたいに庶民になるとすでにそれはただの象徴みたいなものに思われていた。

 

 その巫女がまさか自分だなんて突然言われても…… 

 

「はい、喜んでお引き受けします」

 なんて笑顔で言えるわけが無い。

 

 確かに、エミリアには子供の頃から不思議な力があった。

 だけど、それが巫女の力だと言われてもぴんと来ない。

 というよりも絶対にありえないことだと思う。

 

「帰りたいなぁ…… 」

 ベッドに突っ伏し、枕に頭をうずめたままエミリアは呟いた。

 閉じた瞼の裏には小さな弟の笑顔が浮かぶ。

 

「早速ホームシックかい? 」

 掛けられた声に顔を上げ振り向くと今朝方の男の姿があった。

 

「何よ、あれ」

 慌てて起き上がるとベッドを降り、エミリアは男に突っかかった。

「あれって? 」

「持たされた鉢の植物が突然大きくなるなんて…… 

 わたし何にもしてないのに、どうしてあれをわたしがやったことになるわけ? 」

「ああ、あれはね。

 演出だよ。

 巫女の力は植物を育てる力ではあるけれど、人それぞれなんだ。

 例えば君の場合。

 摘んだ花が枯れもせず実を結ぶ。

 けど、それには摘まずに大地に残したままと同じだけの時間を要するだろう? 

 まさかあそこに居た連中が十日も二十日も神殿につめて、君の摘んだ花を観察するわけにも行かない。

 でも、神殿側としては大衆の面前で新しい巫女の力を見せ付ける必要がある。

 だからフェイクでごまかすんだよ」

「……やっぱり、大嘘つき! 」

 無意識にエミリアは口にする。

 どこからどこまでも、この神殿は嘘まみれだ。

「神様の居るところなのに…… 

 どうしてそんなことが通るの? 」

 視線を落としてエミリアは呟く。

「神様はね、常に奇跡を起こしてくれるわけじゃないからね。

 それでも神様の存在を人々に信じてもらうには多少の嘘も必要ってこと」

 言い聞かせるように男は言う。

 

「それで? わたしにまだ何か用ですか? 」

「ひどいな、その言いぐさ」

 男は苦笑いを浮かべると手にしていた籠を差し出した。

「お腹、空いてない? 」

 その言葉に誘発されるようにエミリアの腹部が小さく音を立てる。

「あ、その…… 」

 恥ずかしさに思わず顔に血が上る。

「気にしないでいいよ。

 君朝からほとんど何も食べてないよね? 」

 言われると確かにその通りで、ベッドから浴室祭壇と引っ張りまわされその後も休む間もなく、隙間にできたようなわずかな時間に軽いお茶とパンが供されたが、あまりに気が動転しすぎて喉を通るどころではなかった。

「ありがとう」

 差し出された籠に手を伸ばしてそれを受け取ると、傍にあった椅子に座る。

「簡単なもので悪いね。

 ありあわせのものしか用意できなくてさ」

 言われて籠の中を覗くと、硬く焼かれたパンと丸のままの林檎それに茹でた玉子。小さなビンに入ったミルクといった見慣れたものが出てくる。

「ううん、嬉しい…… 」

 ミルクのビンを手にエミリアはそっと呟いた。

 

 日中出された豪華なカップに注がれたお茶や塩漬けの生に近い肉の挟まれたパンは珍しかったけど、忙しさも手伝ってか喉を通らなかった。

 

「ご馳走様でした」

 空になった籠の中にミルクのビンを戻しながらエミリアは笑みを浮かべた。

 空腹が緩んだことで、少しだけ落ち着いて物を考えられる境地になった。

「あの、今日はありがとう」

 視線を下に向けたままエミリアは呟くように言う。

「何? 」

「礼拝堂、わたし一人じゃ足が竦んで歩けなかったと思うから…… 」

「普通はそうだろう? 

 いきなり連れてこられて何も説明の無いままあんなに人の居並ぶ中に連れ出されたら、君みたいな女の子は動けなくなっても仕方ない。

 口数が少ないにも程がある…… 」

 男はやんわりとした笑みを浮かべた。

「ひとつ、訊いていい? 

 わたし、どうして何も聞かされないでここに連れてこられたの? 

 きちんと事情を説明してもらって、納得してここに招き入れられたんなら不思議は無いんだけど、あんな誘拐まがいな…… 」

 何も聞かされずに香をかがされ気を失い、気がついたらここに運び込まれていた。

 どう考えても順番が逆だ。

「『神の花嫁』が神殿に入る時に『嫌だ』って駄々こねて泣き喚いたら示しがつかないだろう? 

 いつもそうだけど、ここの連中が迎えに行く時には本人の意思なんかまるで無視して決まっているんだよ。巫女になることが。

 だけど、君だって知ってるよね? 

 巫女の寿命が極端に短いこと。

 それが知れ渡っているから嫌がる娘も多い。

 特に恋人や子供のいる女性はね」

「だから、黙らせて連れ込むの? 

 そうして逃げられないように囲いこんで強引に巫女を引き受けさせるなんて…… 」

「そういうこと」 

「最低っ! 」

 口の中で小さく呟く。

「君には気の毒だと思うけどね、諦めてもらうしか…… 」

 何故か男の声は苦しそうだった。

 

「巫女様、お休みのお召し替えを…… 」

 今朝方の女が遠慮がちに声をかけ顔を出す。

「あ、はい! 」

 エミリアは慌てて立ち上がった。

 どうなっているのか仕組みさえ良くわからない衣装は人の手で着せ付けてもらったせいもあり、どう脱いだらわからない。

 無理に脱げば脱げるのだが、その場合傷つけてしまう可能性がある。

 見た目も肌触りもいかにも高価そうな衣装に傷をつけてしまったら申し訳ない。

 

「こちらへどうぞ」

 部屋の片隅に置かれた椅子に座ったままになっている男を気にする様子も無く残し、女はベッドの脇のついたての向こうにエミリアを移動させると手早く着替えに手を貸してくれた。

 

「では、お休みなさいませ」

 着替えの手伝いを済ませると、女はひとつ頭を下げて出て行った。

 その背中を目にエミリアはひとつ欠伸を漏らす。

 

 なんだろう? 

 

 全く予期せぬことに混乱して神経が高ぶっているはずなのに何故か異常に躯が重い。

 

 先ほど女が肩に羽織らせてくれたショールを取りながらベッドに入ろうとしてエミリアは凍りついた。

 

「あの…… 

 わたし少し寝たいので」

 てっきり女と一緒に、いや女より以前に部屋を出て行ったとばかり思っていた男の姿を見つけ、訴えるように言う。

「いいよ、お休み」

 口ではそういうが、部屋を出てゆくそぶりが無い。

「だから、出て行ってください」

 戸惑いながらはっきりと言ってみる。

「それは、無理」

「どうして? 」

 男の言葉にエミリアの顔がひきつった。

「答えは、僕が君の夜伽役だから」

 顔色ひとつ変えずに言う男の言葉に、エミリアの顔から血の気が引く。

 

 忘れもしない、今朝もそんなことを言って同じベッドの横になっていた。

 

「いや、添い寝役かな? 」

 その顔色を目に男が慌てて言いなおす。

 

「とにかく、出て行ってください。

 添い寝なんかしてもらわなくても一人で眠れますから」

 エミリアは言い放つ。

 相手は得体の知れない若い男だ、同じベッドに横になったりしたら、うっかり寝入った隙に何をされるかわかったものじゃない。

 そう考えるとおちおち寝てなんか居られない。

 だったら一人のほうが休まる。

「いいけど…… 」

 男はあっさりという。

「じゃ、とっとと出てって! 」

「僕がお役ごめんになったら、他の人間が来るだけだよ。

 それも、年寄りの好色じじぃだ」

 男は面白そうな笑みを浮かべた。

「どうしてそうなるのよ? 」

「また聞かされていない? 

 巫女の本当の仕事」

「祈ることでしょ? 」

 この国のすべての大地に含まれる毒を消すために祈ること。

 今朝方神官にはっきり言われたわけではないけど、巫女の仕事はそう言うものだって子供の時からずっと聞かされてきていた。

「だけじゃないんだけどな? 

 もっと大事なお勤めがあるんだけど…… 

 本当に聞いてない? 」

「何? 」

 その言葉にエミリアは首をかしげる。

 今朝方の神官の話はそこまでだった。

 


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