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第三話

 ずっとひた隠しにしてきた。

 誰にも勘付かれないように、普通や偶然を装って。

 そう祖母に躾けられた。

 だから知っている人間は身内のみ、ごくわずかなはずだ。

 しかし、どこからともなく秘密はわずかずつ漏れ、近所の住人から『魔女』と影で呼ばれていることも事実だった。

 

「赤毛で緑の瞳の娘は魔女と相場が決まっている。

 少し調べればすぐにわかる」

 男の言葉にエミリアは背中に広がる赤銅色の髪を思わずかばうように掻き抱く。

「だからって魔女よ? 巫女じゃない」

 知られてしまった…… 

 国の中枢を担うに似た立場の男に…… 

 

 得体の知れない恐怖が躯に広がる。

 もしも魔女だなんて事が知れたら、投獄下手をしたら火あぶりだ。

 

「『巫女』も『魔女』も元来同じものですから。

 祈りも呪いも同じ能力です。

 神殿に抱えられれば『巫女』として遇され、野に放たれれば『魔女』として恐れられる。

 あなたが今、家に戻ったらどうなるかな? 

 巫女候補として神殿に呼び出されたことはもう近隣に広がっていよう。

 それが戻されたとなれば、魔女のレッテルはもうはずしようがない。

 そうなった時、家族はどうなる? 

 まだ小さな兄妹が居るそうだな? 」

 男はエミリアを見据えると脅迫とも取れる言葉を告げる。

 

 遠まわしに、もはや逃げ道はないと言われているようなものだ。

 戻ったところで魔女の噂が広がればあの土地を家族ともども追い出される。

 そして国中どこにも受け入れてくれるところはないだろう。

 

「…… 」

 エミリアは唇を噛んだ。

「……わかり、ました」

 そっと睫を伏せると、不承不承口にする。

 一番下の弟はまだ五つだ。生まれつき足が悪くわずかだが引きずっている。

 その弟に国中を彷徨い歩くような生活はさせられない。

 

「身の処し方はわかっているようだな」

 老齢の男は満足そうにこれ以上ないほどの極上の笑みを浮かべる。

 

「では…… 

 誰か居るか? 」

 男はエミリアから視線をはずすと、ドアに向かって声を張り上げる。

「お話はお済ですか? 」

 昨日エミリアを迎えに来た若い神官が数人雪崩れるように部屋に入ってくる。

「ああ、今度の巫女様は聞き分けが良くて助かりましたよ」

 ちらりとエミリアに視線を向け、男は言う。

 

 嘘つき! 

 

 喉からでかかった言葉をエミリアは呑み込む。

 聞き分けたわけじゃない、脅されたのだ。

 逃げ場のない境地に追いやられて。

 

 その間に、目の前の男は周囲を取り巻く若い神官に手伝われローブを着替え宝冠を被る。

 銀色に輝く山の形の被り物に大きな水色の宝石が据えられ光を放つ。

 この国の神殿を束ねる神官の長の象徴だ。

「……まさか、大神官様? 」

 思わず口をついて出る言葉。

 この国の神殿を支えるすべての神官の頂点に立つ大神官。

 普段神殿の奥に居る大神官が庶民の目に触れるのは十数年に一度不定期に行われる『大祭』の時だけだ。

 それも神殿の正面上部の桟敷では、あまりに遠すぎてその顔さえもはっきりしない。

 それだけ遠い存在だった。

 その人物が今目の前に居る。

 しかも間近に迫って自分を脅迫しているのだ。

 

 あまりのことに困惑してしまう。

 

「では、巫女様」

 身支度が整えられてゆく男の姿を目の当たりに呆然としていると、遠慮がちに声をかけられた。

 先ほど湯殿で身支度を手伝ってくれた女だ。

 

 女に向き直ると肩からふわりと軽いベールを掛けられる。

「こちらへ…… 」

 手を引かれ部屋を出ると先ほどの廊下に出る。

 辿ってきた方角とは反対の方に導かれ、回りこんだ廊下の先には大きな両開きの扉がある。

 見上げるほどに巨大な扉には見覚えがあった。

 中央神殿の祭壇の間。

 エミリア程度の下層の身分の人間にはあまり縁のない場所ではあるが、数年に一度の大祭が催される時にだけ出入りが許された。

 以前一度だけ祖母に手を引かれてきたことがある。

 

 その扉がエミリアの足取りにあわせて待っていたかのように開かれた。

 とりどりの光が目の前に飛び込んできてきらめく。

 巨大なホールの中央正面には神を寓した白石の神像。

 その背後にしつらえられたステンドグラスから差し込む光で神像は黒い影になって浮かび上がっている。

 神殿の中は白い花で飾られ、その香気がふわりと躯を包み込む。

 ざわめく人のけはいに視線を泳がせると、扉から中央祭壇へ延びる通路を残し、部屋の中はたくさんの人々で占められていた。

「どうぞ、このまま正面までお進みください。

 祭壇の前まで行きましたら、そこに跪いて頭を下げてくださいませ」

 耳元で女は囁くと、曳いてきた手を離しそっと背中を押してエミリアを室内に押し込んだ。

 同時に居並ぶ人々の視線が一斉にエミリアに向けられる。

 自分の身に起こった予期せぬことに、思わずエミリアの足が竦んだ。

 

「…… 」

 声を発することもできずに息をつく。

 これから何が起こるのかも全く説明されずに、こんな聴衆の面前に引き出され、どうしていいのかわからない。

「巫女さま、このままお進みになってくださいな」

 先ほどの女が背後からそっと耳元で囁いた。

 

 ただ、今のエミリアはその言葉に従う気にはどうしてもなれない。

 この先どんなことが起こるのか全くの未知数だ。

 その情報の無さがエミリアによからぬ予感をもたらした。

 

 向けられた視線のあまりの痛さに居たたまれず、今すぐにここから逃げ出してしまいたい。

 

 そんな思いが頭を占める。

 

 反射的に踵を返してその場を逃げ出そうとしたところを、誰かに手を握られ引き止められた。

「あ…… 」

 視線を向けると今朝方部屋に居たあの男の顔がある。

「ひょっとしてまた説明なし、か。

 大丈夫だから。君はただ祭壇の前まで行って神像の前で頭を下げていればいい。

 おいで、他には何も起こらないから」

 困惑しているエミリアを安心させるように穏やかな声で言う。

 

 差し出された手に手を添えて引き出されるように歩き出すと、そこここからため息が漏れた。

 寄せられる視線に頬が紅潮する。

 

 程なく長い通路を通り抜け祭壇に近づく。

 言われたままに跪き頭を下げると、神官の朗々とした声による祈祷の言葉が室内に響き渡った。

 

「では、巫女殿、顔を上げてこれを…… 」

 祈祷が終わると神官は手にした金の鉢をエミリアに手渡した。

 

 両手でそれを受け取ると、ずっしりとした重い重量が伝わる。

 両手の平を合わせて広げたほどの大きさの鉢の中に真っ白な砂がこんもりと盛られ、その中央には親指の爪ほどの大きさの黒い種が載っている。

「な、に? 」

 受け取ったもののどうしていいのかわからずにエミリアはただ目の前の男を見つめた。

 と…… 

 

 手にした鉢の中の種が動いたような気がして、視線を移す。

 

 その瞬間ありえないことに鉢を持つ手が震えた。

 両手に掲げられた鉢の中の種が少し膨らんだような気がしたと思ったら、見る間に芽吹き、双葉を広げすっくりと立ち上がる。

 次いで双葉の間から小さな緑の葉が伸び茎を伸ばす。

 あっという間にその茎からは無数の葉が増え、枝葉を増やし気がつくと二の腕ほどの丈と太さの樹木になる。

 

「……うそ。

 わたし何にもしてないのに」

 手元の木を呆然と眺めながらエミリアは呟いた。

 

 それでも木は生育をやめず枝先に小さなつぼみをつけた。

 つぼみはたちまち膨らみ白い花が開く。

 花は程なく実を結び、膨らんだ実が真っ赤に色づいた。

 

 通常なら数年は掛かる木の生長を時間を縮めてみているような光景だった。

 

 礼拝堂に居並ぶ人々の口からどよめきが起こった。

 

「今までで、最短じゃないのか? 」

「木も大きいな…… 」

 

 誰ともわからぬものが呟くのが聞こえる。

 

「では、巫女殿」

 指先ほどの小さな実がたわわに実る木の植えられた鉢を手に呆然としていると、目の前の神官に呼びかけられた。

「それを、こちらに…… 」

 

 言われるままに受け取った鉢を返す。

 

 鉢は神官の手で神像の前に供えられた。

 

「では、エミリア・へリスト。

 そなたをこのモルサ神殿286代目巫女と認定する。

 今後は国の豊穣のためにその力を祈りとするように」

 跪いたエミリアの頭上に白い花冠をそっと置き、神官は良く通る声で高らかと宣言する。

 厳かなその声が礼拝堂の高い天井にこだまして消えると同時に、居合わせた人々の怒号にも似た歓声があがり、空気を振るわせた。

 

 


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