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ウラギリモノの英雄譚  作者: ぬくぬくぬん
プロローグ
5/19

デアイ――ソシテ、彼ハ彼女ト


 あの後、カナメの通報によって駆けつけた警察とヒーローについて事情を説明することになる。

 ヒーローしか襲わないはずの仮面の怪人が民間人を襲った。

 このことはおおやけにとってもかなり衝撃的だったようで、要は仮面の怪人について延々と同じ話を述べ十人の相手にするはめになった。

 今後は、仮面の怪人への対策も一層強化されるらしい。

 事情聴取じじょうちょうしゅが終わる頃には既には、既に終電が終わっていた。


 パトカーが要を家まで送ってくれることになったのだが、念の為にと二人の警察官に加え、プロのヒーローが一人、パトカーに同席していた。

 プロのヒーローと言っても、常に変身しているわけではない。見てくれは、ジャージを着た二十代ぐらいの普通の男だ。


「後ろにも二人も乗せてると、まるで容疑者を護送しているみたいだね」

 やけに明るい声で隣のヒーローが口走った。

 自分は容疑者かよ、と要は思ったが、あえて口は出さないことにした。

「はは……」

 前の警察官は乾いた笑いを返す。


紫雲しうんくん。君も災難だったね。まさか怪人におそわれるなんて」

 隣のヒーローが話しかけてくる。

 彼に対し名乗った記憶はなかったのだが、苗字を口にされた。

 何十人にも話をした調書ちょうしょの中で要の名前を知られたのかもしれない。


「ヒーローしか襲わないはずの怪人が民間人を襲った。しかもその怪人はヒーローを何人も病院送りにしている強力な怪人だってんだから、うちらの業界は大騒ぎさ」

「ええ。とんでもない目に合いました」

「しかし、仮面の怪人は本当に民間人を襲うようになったのかな」

 ヒーローの目が、要を見る。

「……というと?」

「怪人にとって、紫雲君が一般人のくくりに入るのだろうか? と、疑問に思ってるんだよ」

「どういう意味ですか?」

紫雲しうん かなめくん。君は俺達の業界じゃちょっとした有名人さ。なにせ、君がヒーローになれば怪人は絶滅するとまで言われていた天才だったんだからね。……いや、昔のように神童と呼んだほうが一般的なのかな?」

「……やめて下さい、昔の話です」 

「何人もヒーローを返り討ちにしている件の怪人を相手取っても、君は傷一つ負っていないじゃないか。こんな君が、果たして一般人と言えるのかな?」

「買いかぶり過ぎですよ……」

「どうして君は認定試験を受けなくなってしまったんだい? 君なら、合格は間違いなかっただろうに……」


 要はヒーローの話をわずらわしく思いながら、「ええ……」「はぁ……」と相槌を繰り返した。

 そうこうしている間にパトカーは要の家に着く。

 後半、隣のヒーローが何を話していたのかは覚えていない。要は、そそくさとパトカーを降りた。

「じゃあね。君と一緒に戦える日を楽しみにしているよ」

 パトカーを降りる際、ヒーローがそんな言葉を投げかけてきた。

 要は、「ありがとうございました」とお礼を言ってドアを閉め、走り去るパトカーを一礼して見送った。

 庭に置かれた盆栽ぼんさいわきを通って、玄関の鍵を開ける。

 要は、なんとなく仮面の怪人のことを考えていた。

 ヒーローしか襲わないはずの怪人。これに要は襲われた。

 怪人の思考について考えるなんて、不毛なことかもしれない。

 だけど、もし……仮面の怪人が要をヒーローだと断定して、襲いかかってきたのだとしたら……。

「迷惑な話だ……」

 玄関を潜る。

「だって僕は……ヒーローにはなれないんだから……」

 要は玄関げんかんとびらを閉めた。




 私立英明高校しりつえいめいこうこう

 かなめの通う普通科の高校だ。県庁やオフィス街が近いこともあり、学校の前には、学生の列に混じってサラリーマン風の大人も多く歩いている。

「いよう、かなめっ。おっはよー」

 門の前辺りで、背中を叩かれた。

 振り返ると、背後にはやたらさわやかな雰囲気の好青年が立っていた。えくぼの目立つ爽やかな笑顔に、やや茶色がかった爽やかな頭髪。朝練上がりのこの爽やかは、要の幼馴染、中生カナオ 正宗マサムネだ。

「おはよう、正宗マサムネ

 要と彼は家が近いということ以外、趣味などの接点はほとんど無い。だけど、何となくクラスが一緒だったり、進学先が被っていたりと、一緒に居ることが多い奴だった。


「授業の前にうどん食いに行かない? 朝練したら腹減ってさー」

「いや、僕は普通に食べてきたから」

「普通にって。お前、今一人暮らしなんだろ? もしかしてアレか!? 噂の女子大生が朝ごはんを作ってくれたりしてるのか?」

「違うよ。普通に冷凍パスタを食べてきた」

「そっか。……で、うどんは食いに行く?」

「だからまさに麺類を食べてきたところだってば」

「別に出かける前に麺類を食べたことが、今うどんを食べない理由にはならないだろ」

「何で見た目は爽やかなのに、うどんのことになるとそんなに暑っ苦しんだよ」


 なんのかんのと言いつつ、要は正宗と近くのうどん屋に赴き、朝うどんを食べた後に学校へと戻った。

 昼休みに半ば嫌がらせのごとく「学食にうどん食いに行こうぜ?」という正宗の誘いをやんわり断り、自分だけ定食を食べた。

「そんなにうどんばっかりで飽きないの?」

「飽きないな」

「運動部なら、肉も食べようよ」

「じゃあ、今度から肉うどんにするか」

「どんだけうどん好きなんだよ……」

 そうこうしている内に授業が終わり、放課後になると正宗は部活の練習へと消えていった。


 帰宅部の要は、早々に家に帰ろうかと思い立つ。

 しかし、身支度みじたくを整えたところで、担任の教師から。「職員室に来るように」と、声を掛けられた。

 もしかしたら昨日の怪人の件かもしれない。そう思って職員室におもむいた要だったが、担任教師の要件は別にあった。

「進路希望調査についてなんだけど、紫雲くんは進学だったよね?」

「はい」

 要が頷く。


「いや、何かあったって訳じゃないんだけど。……この前の模試の結果、かなり成績も上がってきていたからね。もう一つ上の大学を目指しても良いんじゃないかと思って、相談させてもらったんだ」

「あー……上の大学ですか」

 考えたこともなかった話に、要は思わず聞き返してしまった。

「もしかして今の第一志望の大学で、やりたいこととか有ったのかな?」

「そういう訳じゃないのですが」

「もしかして、噂の女子大生がそこに通っているとか?」

「何の話ですか?」

 そして噂をしているのは誰だ。

 多分、正宗だ。

 後で問い詰めておこう。

 要はそう心に誓った。

「まぁ、少し考えてみてよ。やりたいことがまだ決まらないのなら、少しでも上の大学に行っておいた方が幅も広がるだろうしさ」

「わかりました」

 要がそう答えると、教師はそれ以上言及してこなかった。

 要が職員室を出る。

「やりたいことか……」

 そんなこと考えたこともなかった。

 校舎を出たのは、まだ夕日が眩しい時間だった。

「このまま帰って暇だな……」

 今日は里里が道場に来る予定も無い。 

「そう言えば紅葉こうようの時期だっけ……」

 そう思い立った要は、駅に向けていた足を栗林公園へと向けた。




 特別名勝とくべつめいしょう 栗林公園りつりんこうえん

 公園とは名ばかりで、その中身は広大な日本庭園である。

 世界的な観光ガイドで三ツ星を獲得かくとくするだけのことはあり、四季折々(しきおりおり)に顔を変えるその美しさは何度観ても飽きない。ゲームセンターなどのハイカラな文化にあまり興味が無い要は、暇を持て余してはここに訪れるのが日課になっていた。


 入場料を払って、中に入る。

 石敷いしじきの通路は迷路の様に入り組んでおり、進む方向によって観て回れる箇所も変わってくる。全体を歩いて見て回ろうと思ったら、二時間以上の時間がかかることを覚悟しなければならない。

 要は時計を見て、一時間程度観てから帰ろうと決心し、ゆっくりと庭園の景色を観て歩き始めた。

 緑色の針葉樹が脇に並ぶ石敷きの通路を一分も進んでいくと、紅葉の色が見え始める。

 針葉樹の緑と、紅葉の赤が交じり合い、いつも見ていた世界に突然、赤が溶け込んできた様な感覚を覚えた。


「さすがに平日のこの時間は人が少ないなぁ……」

 平日の、しかも閉園間近の時間帯ということもあり、普段は観光客で賑わっている公園も人気が少なかった。それでも、チラホラと人は居るのだが、それも公園の奥へと進むに連れてまばらになっていく。


 本当はこの公園は、夕刻よりも日中に人気が多い。要はこの人気のない時間帯の栗林公園が好きだった。

 日常とは違う演出で彩られたこの園内で、ただ一人で迷路みたいな道を歩いていると、まるで異世界にでも迷い込んだ様な感覚が味わえるからだ。


 紅い色の幹をした松を追いかけ歩みを進めた。

 芙蓉峰ふようほうから皐月亭さつきていの前の朱塗しゅぬりの橋を見下ろし、大茶室だいちゃしつと呼ばれた掬月亭きくげつていの周囲を迂回うかいして奥へと進んでいく。

 気が付くと、周囲からは喧騒すらも消え失せ、聞こえるのは砂利を踏む自分の足音だけになっていた。

 最南端に辿り着く頃には、人をほとんど見なくなっていた。

 奥に行けば人が少ないのは、いつものことだ。

 だが。


「おっと……?」

 人気のない公園の奥に、先客が居た。

 そこに居たのは、散り際のもみじの様に紅い、紅色の少女だった。

 彼女は紅葉した落ち葉の舞う庭園の真ん中で、空を見上げて立っている。


 美しい少女だった。

 冷たい風が彼女の長い髪を揺らす。

 足元の落ち葉が舞い上がる。

 差し込む夕日。照らされた彼女の白い肌が、赤の世界に溶け込んでいく。

 まるで美しい庭園の一部であるかのように、美しい夕暮れの世界の一端であるかのように、彼女はそこに溶けていた。


 夢でも見ているのではないかと、要は何度も瞬きをした。

 すると空を見上げていた彼女が、要の方を一瞥した。

 そこで要はふと我に返り、慌てて視線を逸らす。

 彼女はこの公園の風景ではない。ジロジロと見つめては失礼にあたっただろう。


 視線は既に彼女の背後の赤壁せきへきと呼ばれる大壁に向けられていた。

 しかし、要の脳内には、真っ赤な世界に溶け込んだ彼女の姿がくっきりと焼き付いている。

 彼女の年の頃は分からないが、おそらく高校生だろう。彼女は要と同じ英明高校の制服にカーデガンを羽織っていた。

 要と同じぐらいの年頃の人間と公園内で合うのは珍しい。


 すると、視界の端に見えていた彼女の姿が消えた。

「え……?」

 思わず彼女の居た方を向く。

 まるでお化けでも見たのかと思ったが、違う。

 凄まじく速い足運びで移動した彼女の姿が、要には消えたように見えていたのだ。


 砂利を踏み鳴らす音。

 再び彼女の姿が消え、現れる。

 突き上げた拳と大きく踏み込んだ足。

「スッ――」

 彼女は息を吸い込むと、落ち葉舞う庭園の中で舞い始めた。


 突如始めた彼女の動き。はじめは何事かと思ったが、見ている内に要は、それが格闘技の型であることに気付く。

 掌底、蹴り、受けては引いて……彼女はまるで踊るように、舞い始めた。

 キレのある蹴りが宙を掻く。

 一挙一動に、見ている者を魅了する力強さが秘められていた。

 洗練されていた彼女の動きに、要は彼女が只者ではないことを理解する。

 もしかしたら、普段の要ならこうも女性を見つめることに抵抗を覚えたかもしれない。

 しかし、そんなことも気にならないぐらい、彼女の動きは美しかった。

 舞う落ち葉に彩られた彼女の演舞に、要はただただ魅了されていた。




 そして、どれほどの時間が流れただろう。

 演舞を終えた彼女の額に一筋の汗が流れる。

「ふぅ――」

 彼女が体内の熱を吐き出す。


 彼女を眺めていた要も、現実に引き戻される。

 じっと見つめてしまったことをおかしく思われたりしていないだろうか。

 彼女は近くにあった大きな針葉樹に歩み寄った。


「よっと」

 樹の枝に手を掛ける。

 そして、制服のスカートが際どくずり上がりそうになることもお構いなしに、木の上へとよじ登り始めた。

 ここの公園の木は、登ったりしても良い物だっただろうか? 庭師が丁寧に切りそろえた木々の枝でも折ろうものなら、ちょっとした事になりそうな気がする。


「おーい」

 少女が声を張り上げた。

 要に向けたものだろうか。

 彼女の方を向くと、既に三メートル以上ありそうな木の天辺に彼女は登っていた。


「何をしてるんだろう……?」

 要は呆然とその光景を眺めていた。

 すると、


 ――ふらり。


 彼女の上半身が大きく前に傾いた。

「え……?」

 そして少女の体は、頭を下にして真っ逆さまに砂利の上へと自由落下を始めた。

「ちょっと待て!」

 咄嗟とっさに要は彼女目掛けて駈け出した。

 だが、彼女が登った針葉樹までは15メートル以上の距離がある。


 とても間に合わない。

 そう判断した要は叫んだ。

「変身――ッ!」


 またたく間に要の全身をヒーロースーツが包む。

 同時に、五感が失われていく。

 要は、記憶に残った距離感だけを頼りに、針葉樹目掛けて地面を蹴る。

 要は夢中で足を動かした。

 真っ暗な世界の中で、地面を走れているかも分からない。


 落下する彼女の姿を想像した。

 イメージした彼女の姿が自由落下を始める。

 そして想像の中で落ちてきた彼女を、要は五感を失ったままの状態で受け止めた。


 変身を解除する。

 まず視界が回復した。

 そして、腕に中に温かい物を捕まえている感覚が広がってくる。

 逆さ向きではあったが、落下してきた彼女の体を要は確かに受け止めていた。


「間に、合った……」

 安心したら力が抜けて、思わず彼女を放してしまった。

いたっ!」

 頭から地面に落下した彼女は、「ごぐぉ……」と頭を抑えて地面に倒れ込んだ。

「ああ、ごめんなさい!」

 慌てて要が彼女を起こす。


「大丈夫ですか?」

「おでこ、めっちゃ痛い……まぁ、いいや」

 差し伸べられた手を振り払い、彼女は自力で立ち上がった。


「ようやく会えたね、要くん」

 彼女が制服の砂埃を払う。

 少女の顔が要の方を向いた。


 眉下で切りそろえた重た目の前髪の隙間から、猫みたいな瞳がこちらを覗き込んでくる。

 凛々しい眉には活発そうな印象がある。

 しかし少女の瞳には、どこか世俗離れした雰囲気を携えた。



「――わたしが君をヒーローにしてあげる!」


 おでこを赤く腫らした少女は要に向かって宣言した。 


 これが緋山ヒヤマ 莉子リコとの出会いだった。


ヒロインとの出会いを印象的にしようとして、自分のポエミーな力の無さに……懺。



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