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ウラギリモノの英雄譚  作者: ぬくぬくぬん
プロローグ
13/19

サイシュウシケン――夢ノ結末

 本年度のヒーロー認定試験最終試験は、大串半島おおぐしはんとうの先端に作られた野外劇場やがいげきじょうテアトロンで行われる。

 瀬戸内の海を一望できるロケーションに、客席までもが白い石で作られた神殿の様なステージは、太陽の光を浴びて神々しく輝いていた。

 ステージの奥には、受験者者達のための控室が作られている。今回の受験者は要を含め八人。要の試合は八番目だ。要の付添人として、莉子リコ正宗マサムネが付いて来てくれていた。

 控室からほぼ満員の客席を見つめながら、「凄い人だなぁ」と正宗が呟く。

「プロのヒーローの戦いが観れる数少ないチャンスやけんね。最終試験の開催地はいつもちょっとしたお祭り騒ぎになるんよ」

「俺、こういうところ来るの初めてなんで、少し驚きました」

 田舎育ちの正宗には、人混みという物が珍しかった。

「要、人の目なんか気にせず、落ち着いていけ。お前なら優勝出来るって」

「いや、正宗……これ、別に周囲と競う競技じゃないから」

「そうなのか?」

「うん、観てて……」


 第一の受験者の試験が始まる。

 控室から出た受験者と試験官が、ステージの上で向かい合う。

 そして、両者同時に力を開放した。

「「変身――」」

 大地の龍脈から溢れた光り輝く粒子、英気えいきが両者の体を包む。

 光は体にまとわりつき、この世で唯一無二のヒーロースーツの形を成す。

 試験官は、若い女だった。濃青を基調としたヒーロースーツに身を包み、手には刃先の細い槍を携えている。

 対する受験者は身の丈二メートルはあろう長身の男。グレーを基調にしたヒーロースーツに身を包んだ男は、手にしたライフルを試験官に向けた。

 発砲音。男が迷わずに引き金を引いた。


 飛来する銃弾を、試験官は簡単に避けてみせた。

 狙いをそれた銃弾は真っ直ぐに観客席へ。

 このまま進めば、客席の男に当たる。しかし、銃弾は見えない壁に阻まれ、客席に飛来することなくくずとなってその場に落ちた。

「ステージ全体を見えないバリアみたいな物でおおっているから、まず客席に物が飛んで行くことはないよ」

「……にしても、凄い迫力だな」

 説明を受けた正宗が息を呑む。

 男は既に二発の弾丸を発砲していた。

 その凄まじい破裂音が、石でできた客席に反射して、まるで耳元で銃を撃たれたかのような臨場感りんじょうかんを以って迫力(を伝えてくる。

「元はコンサート会場として使われとる場所やけん、音がよく聞こえてくるんかなぁ?」

「ほんと、耳がおかしくなりそうだよ」

 ステージの上では戦いは更に激しさを増していた。

 男の遠距離攻撃に対し、距離を詰めた試験官の槍が渾身の突きを放つ。

 男は銃身でそれを防いでみせたが、その後は反撃に転じることができずにジリ貧だった。

 反撃も出来ないまま、数手の内に体制を崩され、槍を寸止めにされる。

「参りました……」

 男の口から、降参が宣言される。


「おい、負けちまったぞ。じゃあ、あの人は不合格なのか?」

「いや、そもそもこの試験で試験官に勝てる受験者はごく少数だよ。試合の中で自身の有用性をアピールできればそれで良いんだ」

「彼は遠距離攻撃ができる個性やったし、多分合格やろうね」

「そうなのか……」


 第一の受験者が控室に下がり、次の受験者の試験が始まる。

 次、また次と、試験が進むごとに、要の口数も少なくなっていった。


 そしてついに、要の順番がやってきた。

 名前を呼ばれ、控室から出ようとしたところで、莉子が声を掛けてくる。

「緊張してる?」

「はい。……多分……」

「そっか。じゃあ、ここから見とるけん」

「余計プレッシャーかけてません?」


 要がステージに上る。

 白い石を並べられて作られたステージは、登ってみると思ったよりも大きい。

 相手をするのは、最初の受験者を相手にしていた槍使いの若い女だ。

 既に変身したままの姿で、槍を肩に乗せて楽な姿勢をとっている。

「緊張せずに、日頃の成果を存分に見せて下さいね」

 ステージに上った要に、女はフレンドリーに声を掛けてきた。

「簡単に試験の説明をします。場外に足を着くかギブアップはその場で試合終了。一応何でもありだけど、これが試験であるということを忘れずに。それでは、変身したらいつでもどうぞ」

 そう言って、女が槍を構えた。


 女との距離を目で計る。

 思いの外、要は冷静だった。

 今日までの二週間、莉子が昼夜を問わず突然殴りかかってくる生活を続けていたせいかもしれない。突然差し迫ったこの戦いにも落ち着いて対応ができる。

 ステージに上った瞬間から、要の神経は自然と目の前の相手を倒すことに集中していた。

 女との距離はおよそ七歩。

 ここまでの試合で、女が受験者の相手をしたのは三回。

 この認定試験において、彼女は第一手で直情的な攻撃を行っている。

 試合が開始すれば、まず一手。彼女は要に真っ直ぐに攻撃をぶつけてくるだろう。

 そして彼女は変身すればいつでもいいと口にした。

 つまり、要の変身が試合開始の合図となる。

(だったら――)


 要が構えた。

「――変身」

 大地から溢れる英気えいきが要の身を包み、要は漆黒のヒーロースーツを身に纏った。

 同時に、視界が黒く染まり始める。五感が消えようとしていた。

 要は、即座に地面を蹴った。


 試験官に対し、イノシシの様な猛進。

「このっ」

 槍使いが矛先を要に向ける。

 一切ガードをする素振りを見せない要に、相手は一瞬戸惑う素振りを見せた。だが、槍の先端は要の脇腹に打ち付けられた。

「ギィンッ」

 要の体に突き刺さるかに思えた槍が、震えて悲鳴を上げる。

 要の体が硬すぎて、槍が突き刺さることが出来なかったのだ。

「おっ!?」

 目をむく槍使いのあご目掛け、要は拳を振り上げた。


 変身しているとはいえ、相手は人間だ。ある程度力加減はしないといけない。

 もしかしたら、避けられるかもしれないという懸念もあったが、試験で相手に大怪我をさせるわけにはいかなかった。

 世界がスローモーションに感じる。

 要の不安をよそに、拳は完全に試験官のあごを捉えていた。

 ここから避けることは不可能だ。

 防ぐにも、小回りの効かない槍では間に合わないだろう。

(――勝った)

 要が確信する。

 視界が完全に消えてしまう直前だった。


 朝や昼休みなど、時間のない時に限って襲い掛かってくる師匠のおかげで、短期決戦への心構えが出来上がっていた。

 この拳が当たれば、雌雄は決する。

 そう思われた。

「チィっ――」

 しかし、あろうことか試験官は槍を投げ捨て、要の攻撃に対する防御を固めたのだ。

 要の一撃は、わずかに逸らされてしまう。

(しまった――)

 要の拳は逸れながらも、直撃した。だが、相手の目から闘志が消えきっていない。

(仕留めきれていない。次の攻撃を……)

 そこで要の五感が完全に働かなくなった。


 世界が、閉ざされる。

 前後不惑ぜんごふわくの真っ黒な世界に閉じ込められ、またいつもの様に耳を塞いでひざを抱えた幼い自分が、目の前に現れた。


(くそっ――)

 苦し紛れに手を振り回すことを考える。

 当たっても外れても、要には分からない。

(一か八か……当たれ!)

 そう思って考えなおす。要は今変身をしている。下手をすれば、人を殺してしまえるかもしれない力を振るっているのだ。

 それは闇雲やみくもに振り回して良いものではない。


 では、どうすればいい。

 打たれ強さに物を言わせて、相手を抑えこむか。

 何も見えず何も感じない世界の中で、闇雲に手を伸ばし、宙を掻く。

 何かを掴んでいるのか、それとも触れることすら出来ていないのか、それさえも分からない。

 見えるのは、目の前の……何もかもを拒絶するようにして縮こまっている幼い自分の姿だけだった。


 要にはもう、試合が終わっているのかどうかさえも分からない……。


(何でだよ……)

 幼い自分を見下ろす。

(君がそうやって、何もかも塞ぎこんでしまうから……僕は戦えないんだろう?)

 歯がゆかった。

(いつになったら君は、目を開けてくれるんだよ……)

 勿論、幼い要は返事などしない。

 彼は要の精神が創りだした幻想だ。

 だけど、要が戦えないのは、こいつのせいだった。


 ……………………。


 そして、どれだけの時間が流れたかわからない。

 試合はもう終了を告げられたのだろうか……。

 何も出来なかった。

 きっと無様に笑われているか、あきれられているだろう。

 要は哀れ自分の姿を想像して、『変身』を解除した。


 まず見えたのは、青い青い空だった。

「おい……あれ……」

「何で変身解けちゃったの……?」

 遅れて会場のザワツキが耳に入るようになる。

 試験はまだ続いていたらしい。


 そうか。自分は地面に倒れていたのか。

 それは闇雲に手を振るったところで、何も掴めないはずだ。

(終わった……)

 試合中に変身を解除するなど、戦いの最中に鎧を脱ぐようなものだ。

 要の不合格は決定しただろう。


「大丈夫? ギブアップでよろしいですか?」

 試験官がこちらに近付いてきた。

 彼女にもう要に対する警戒の色はない。

「大丈夫です……」

 諦めて上体を起こす。

 終わってしまった。


 観衆たちは既に要の試合から興味を失い、プログラムに目を落としていた。

 帰りの身支度を始めている人もいる。

 誰しもが、既に要を見ていなかった。

 だけど……。


 要の背後、控室から。

 確かに、彼女の視線を感じた。


『君を信じて、君の背中を見つめている人が、一人でもいる限りヒーローは必ず立ち上がらんといかんのよ』

 彼女の言葉がリフレインする。

 誰もが要を見ることをやめてしまった世界で。

 莉子だけが、要の背中を見つめていた。


「もっと頼りがいのあるヒーローなんて、いくらでもいただろう……何で僕なんだよ……」

「ごめん、何て言いました?」

 槍使いの女が首を傾げる。

 要が目の前の相手を見据えた。


「変身……」

 再び要を黒衣のヒーロースーツが包む。

「まだギブアップはしません。……いいですか?」

「そうで……」

 槍使いの声が聞こえなくなる。世界が黒に閉ざされる。

 何も見えない。感じることは何一つ出来ない。

 だけど、要の背中を見ている人物が一人いることだけは、分かっていた。


 わるあがきかもしれない。でも、要には立ち止まることが出来なかった。

 龍脈りゅうみゃくから英気えいきを吸い上げる。

 渾身こんしんのその先、限界まで身体能力を向上させ、拳を握りしめた。

 エネルギーが全身に充満している。

 勿論、こんな強力な力を人に向けては放てない。

(だったら――)


 要は、地面目掛けて拳を振り下ろした。

(想像しろ)

 要が殴ったのは、ステージを構成している白い石。

 強度は踏みつけた時に感じ取っている。

 今の一撃なら、ステージを砕けたはずだ。

「もう一発!」

 さらにもう一撃、拳を振り下ろす。

 先程の一撃が砕くための一撃なら、次は砕いた石を撒き散らすための一撃だった。


 そして要は『変身』を解除した。

 試験がどうなったかは分からない。


 視力が回復する。

 まず目に入ったのは、無残に叩き壊されたステージと、そのステージに足を取られて倒れている要と、試験官の槍使い。

 騒然そうぜんとしていた観客たちは、シンと静まり返って要の方を見ていた。


「試合終了……」

 凄い睨みをきかせながら、試験官の女がそう告げた。

 結果は、両者場外による引き分けだった。




「言いましたよね? 待てって。何で止まってくれないんですか? 故意こいにステージを壊すとか何を考えてるんですか?」

 試験官の槍使いの女にくどくどと説教をされた後、要は控室ひかえしつに戻された。

(……やり過ぎた。何であんなことしちゃったんだろう……)

 要は頭を抱える。

 しかし、控室に戻った要に送られたのは、賞賛しょうさんの言葉だった。

「すっげぇ……あんた何者だよ! あんなパワフルな攻撃初めて見た」

「槍も直撃してたのに効いてなかったよね?」

「なぁ、君。どこの道場通ってるんだ?」

 他の受験者達が要を取り囲み、やいのやいのとはやしし立てる。


 そして、すぐに合格発表が始まった。

 受験者八名中、今回の合格者は七名。結果として、かなり高い合格率となった。受験者のレベルが高かったのか、試験官の基準が緩かったのか。


 結果――要は、不合格だった。


 合格発表には、正宗マサムネが立ち会ってくれた。

 試験結果を告げられ、要以外の受験者は喜びの声を上げている。

 歓声と拍手の中で、要は与えられた『不合格』という結果を握りしめていた。


「…………」

「要の試合が一番凄かったのにな。……やっぱり、会場をぶっ壊したのはまずかったのか?」

「ううん、そうじゃない。多分、途中で『変身』を解除したのがまずかったんだ」

 正宗が心配そうにこちらを見てくる。

 だが、思いの外要は冷静だった。

「大丈夫」

 正宗に告げる。


 挑戦した。

 ダメだった。

 この試験が要にとっての最後のチャンスであり、もう要はプロのヒーローになることは出来ない。

 それでも、

「やる前から諦めてしまっていた時より、ずっと気分が良いんだ」


「そういえば、緋山ヒヤマさんはどこに行ったんだろうな」

 正宗が周囲を見渡す。

 要の試験後、莉子が姿を消していた。

 一緒に居た正宗いわく、気がついたら居なかったそうだ。

 結果発表の頃には帰ってくるかと思ったが、現れる気配はない。


「きっともう帰ったんだよ」

「そうかぁ?」

 要の言葉に嘘はない。

 結果は残念なものだったが、要はそれを受け入れていた。

 だけど、――

「あんなに僕をヒーローにしたがってたんだ」

 きっと彼女は、ガッカリしただろうな。

 そう思えてしまうことだけが、要には口惜しかった。




 何にせよ、二人の挑戦はもう終わった。

 思えば彼女は、要の目の前に現れた時から、要をヒーローにしたがっていた。そしてその試みは失敗に終わった。

 そして彼女は行方を眩ませた。

 ――きっともう、莉子が要の前に姿を現すことはないのだろう。


 要はただ漠然ばくぜんと、そう思った。




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