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夢幻のソリスト・ウォーカー  作者: 槻影
第二章;銀衝剣リースグラート

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後日談:銀衝剣リースグラートへの評価手帳

 自室の椅子に座り、剥き出しになった右肩を観察する。


 大きく肩甲のように覆う鉄色の皮膚は鉄でありながら既に肉体の一部となっている。

 触れると硬いがもう冷たさは感じない、不思議な感触が返ってきた。痛みはない。痺れも。癒えぬ傷跡を完全に覆ったルーセルダストの権能は予想以上に融通が利くらしい。


 新たに鎖で繋げられ、首から掛けているU字磁石――ルーセルダストに触れる。鋼鉄の感触の中には強い力の脈動が感じられた。

 既に傷を受けてから一週間。大泣きしたレビエリに抱きつかれ、リースグラートが封印されかけたりしてから一週間が経つ。ルーセルダストはその間、一切精霊としての姿を見せなかったが、傷は絶えず改善されているように感じられた。

 今では特に何の不自由もなく、油断すると傷を受けたことすら忘れてしまいかねない程だ。


「……本当に便利だな……ルーは」


 武器の姿であっても声くらいは出せるはずだが、返事は返ってこない。カルーが意志がないと勘違いしていたのも今ではなんとなく理解できる。


 鉄砂剣は銀衝剣の後に作られた剣だと聞いているが、その性能差異からはコンセプトの違いがはっきり見えた。


 銀衝剣は聖剣だった。神域の切れ味という単純だが極めて強力な力を持つ意志持つ剣。

 ここで重要なのはリースグラートは自らの意志を優先していたという点だ。レビエリもフレデーラもそこは変わらないのだが、彼女達は自分なりの判断で勇者を評価し、力を貸すかを決定していた。いわば、それこそが聖剣の定義の一つでもあるのだろう。


 だが、鉄砂剣は違う。彼女は聖剣と言うよりはどちらかというと、強力無比な道具だ。誰でも使える一般的な剣とは変わらない、しかし隔絶した性能を持つ道具。何の因果か今は俺が使っているが、鉄砂剣が担い手を選ばないというのは嘘ではない。


 鉄砂剣は俺が動かした通りに動く。俺に話しかけたりもしないし、俺の意志に反したりもしない。

 唯一の例外はカルーが銀衝剣と鉄砂剣を比べた、あの瞬間だけだ。そして、あの光景を目にしていなければ俺もきっと鉄砂剣をただの道具だと思っていただろう。そのくらい、ルーセルダストは徹底している。


 別に聖剣達が己の意志を持つ事を否定しているわけではないが、それはそれで強い安定感があった。

 俺が騎士団を全滅させ、盗賊の頭の武具として死体の山を築いたであろう鉄砂剣に対し強い恨みを抱けないのも彼女自身がただの道具だからなのだろう。


 だが、それはそうとして、ルーセルダストを使うのはクソ難しい。

 

 例えるのならば鉄砂剣の権能は魔法だ。リースグラートは剣なのでそれを使うには振ればいいだけなのだが、ルーセルダストは違う。

 傷口の補完がうまくいっているのはルーセルダスト本人の協力があるためであり、俺がその操作を全部自発的にしようとしたのならば数年の鍛錬なんかでは決して無理だろう。


 言語化するのは難しいが、鉄砂剣の操作は例えるのならば――鉄砂剣を新たな自分の器官と認識し、意識をその外に延ばす感じ。存在していない器官を扱う感覚は今まで使っていなかった脳の部分を使っているためなのか、ひどく精神的に疲労する。

 せっかく力を貸してくれているので一度だけ力を試してみたのだが、極度に集中する必要があるし、鉄砂剣だけに集中すると他が疎かになる。慣れていないせいかもしれないが、とても戦闘に使えるような物ではなかった。


 そういう意味で、カルーは本当に血の滲むような鍛錬をしたのだろう。自動防御はルーセルダストの意志だったようだが、それ以外の攻撃が彼自身の操作によるものだというのならばどれだけの期間をそれに費やしたか想像すら出来ない。


 できれば味方として出会いたかったものだ。


 やるせないため息をつき、感傷に浸るのをやめる。

 痛みの全くない、いっそ不気味な肩をもみほぐし服を着終えると、俺は鍵のかかった引き出しから一冊のノートを取り出した。


 今回、俺はリースグラートの顕現化を行い、山を消し飛ばした。

 余り気が進まないが、レビエリの時も評価ノートを書いたのだ、今回も書かねばならない。


 ペンを片手に、椅子の上に足を組んでふんぞり返る。


 銀衝剣リースグラート。切れ味一点のみを追求した『金属性』の聖剣。顕現化の条件は忠義。


 金。レビエリの地やフレデーラの火と異なり、聞きなれない属性だが、それは頑丈だとか切れ味だとか、物理的能力に特化した聖剣の属性らしい。数が最も多い聖剣の属性の一つで、ロダ・グルコートを初めとした鍛冶師が生み出す聖剣は大体金属性になるとの事。


 俺はとりあえず、顔と身体の項目を適当に書いた。

 レビエリの時には気づかなかったが、この項目必要なかったなぁ……この世界の人たちは日本と比較して美男美女が多めだ。レビエリは突出して好みだったが、リースグラートも相当なものだ。綺麗な銀髪と銀の目は神秘的できっと日本でならばアイドルになれただろう。

 外見年齢がレビエリよりも高く俺のストライクゾーン圏内なので少しは意識しそうなものだが思い出して見ると全然意識していない。多分、性格のせいである。


 次に性能。破壊力は文句ない。

 ルーセルダストには全部受け流されていたが、これは相性の問題もある。

 通常攻撃も凄まじいが、本気を出した一撃は本当に聖剣の名に相応しい威力だった。山一つ両断する斬撃とか頭おかしいんじゃないだろうか? 本人曰く記録更新らしいけど、あれドラゴンの時に放ててたらレビエリ使う必要なかったよねとか思ったのは内緒だ。まぁ被害が過剰に大きくなりそうだけど。

 てか、威力だけじゃなく射程も剣にしてはありすぎるんだが、もしかして聖剣は皆こんな感じなんだろうか……?


 俺は少し悩んで、威力S、ただしもう少し落とせるようになって欲しいと書いた。

 後は性格がもう少しなんとかなってくれれば……彼女には深く考える力と空気を読む能力が少しだけ足りてないのだ。


 なんとも言えないもどかしさを感じながらノートに視線を落としていると、ふと袖を引っ張られるのを感じた。横目で見ると、いつかのルーセルダストがいつの間にかこちらを見上げていた。


 この精霊も大概謎である。唐突な出現に一瞬息が詰まるが、なんとか平静を装って言葉を出す。


「……ルー、お前、本当にリースの時だけ出てくるんだな……そんなに嫌いなのか……」

 

 ちなみに姿を見るのは初めての時から数えて今回が二回目だ。

 レビエリ達は、ずっと武具の姿でいるのはすごい大変だと言っていたが、その静かな眼差しからはとてもそのようには見えない。


 肩を触れるが、鉄の皮膚は問題なく働いているようだ。


 ルーセルダストは例によって何も言わずに、ノートのリースグラートのページを指差す。こいつ、本当にリースグラートに対抗してんのな。

 俺はその無言の圧力に負け、次のページに鉄砂剣ルーセルダストのページを作った。


「でも、まだルーの事は良く知らないからなあ……」


「……」


 俺はなんでもきっちりやる方だ。余り器用な方ではないが、評価に手心を加えたりはしない。

 まぁでも今の状態で機嫌損ねられたらやばいからリースグラートよりは上にしておこう。


「もう少しよく知らないと、適正な評価は出来ないよな」


「……」


「わかったわかった、書くから……」


 視線に負けて、仕方なくペンを紙の表面につける。


「そう言えば、お前の顕現化の条件って――」


「……」


「詳しい能力って……」


「……」


 ルーセルダストは何も言ってくれない。鍛冶師の人はもっとマニュアルみたいなのを作るべきではないだろうか。

 俺は困りに困って、U字磁石と書くと、ルーセルダストは俺の袖を握り涙目でぶんぶん首を横に振った。

 いきなりの感情発露に一瞬呆然としたがすぐに一つ思い当たり、恐る恐る聞く。


「まさかお前、好きでU字磁石やってるわけじゃないのか……」


「……」


「……なんか……その……悪かったな」


「…………」


 その日、ルーセルダストと俺は少しだけ仲良くなって、呼べば姿を見せるくらいになったのだった。


 やっぱりリースグラートより上かな……無害だし。



§ § §




 リースグラートは別に馬鹿ではない。

 ただ少しだけ忘れっぽく、深く考える癖がないだけだ。だから、リースグラートは村に戻ったその時まで、うっかりその先輩の事を忘れてしまっていた。


 血みどろの勇者の姿に、その穏やかでしかし同時に恐ろしい先輩は卒倒しかけた。勇者がとりあえずは無事であるとわかってからはリースグラートの方にその意志を向けた。

 リースグラートが封印されなかったのは、重傷を負った勇者本人がそれを止めたからだ。レビエリの感情は烈火の如く激しいが、想い人その人の意志を尊重する程度の理性を辛うじて残していた。

 その件について、リースグラートは勇者に感謝してもし足りない。リースグラートの切れ味がその高揚により上下するのと同様に、気静剣の力も変動するのだから。


 そして、今、その恐ろしいレビエリ先輩は勇者の胸に下がっている鉄砂剣に悋気の炎を燃やしている。


 宝物庫の隅っこで膝を抱えながら、レビエリが呟く。


「うぅ……私もU字磁石になりたい……」


「レビ……あなた、それでいいの?」


 呆れたようなフレデーラの声。聖剣の武器の形態は決して自身の望んだ姿とは限らない。

 精霊が武器になるのではない、武器に精霊が宿るのだ。だが、その精霊であるフレデーラの目から見てもU字磁石という形態は余りに例を見ないように見えた。


 少なくとも、美しい炎の大剣である自身の本体を誇りに思っているフレデーラからしたら我慢出来そうもない。


 続いて、その隣にいたアインテールが呆れたような冷ややかな視線を向け、首を横に振る。


「大体、別に勇者が望んで付けているわけではない。羨ましがるのは不条理」


 既に事情は聖剣内で共有されていた。

 鉄砂剣を常時保持するという決定も相談して決められたことだ。

 何しろ、基本的に聖剣は手元にないと使えない。鉄砂剣はある程度の有効射程を持っているようだが、それでも肌身離さず装備していることに越したことはない。


 金閃剣の傷というのはそれだけ厄介なのだから。


 いつも無邪気なトリエレが珍しく少しだけ嘆息したように口を出した。


「金閃剣……かぁ。勇者様も油断したねえ」


「……全部、リースちゃんが悪いんです。リースちゃんを裁判にかけて処刑するべきだと思います」


「レビ、あんた……ボルテージ上がりすぎでしょ」


 フィオーレが若干引きつった表情で宝物庫に転がっている芋虫に視線を向ける。


 芋虫はリースグラートだった。鎖でぐるぐる巻きにされて猿ぐつわを噛ませられている。

 レビエリが「リースちゃんが動いているの見ると不安になるので……」という、理不尽な理由で与えた処遇である。無言で暴れるリースグラートを拘束するその様子に誰も口を出せなかった。


「でも、ルーちゃんに勇者様の命を預けておくなんて……不安過ぎます。何か考えないと……」


「んー、といっても、聖剣って大体攻撃特化だからねぇ……」


 レビエリの意見はガリオン王国の聖剣全員の総意である。

 鉄砂剣はもともと敵だということもあるが、それ以上に生体器官を代替するなど本来の能力ではない。一歩間違えれば死ぬ。勇者は今そんな状態だった。


 トリエレが順番に聖剣の顔を見る。


 征炎剣フレデーラ。

 氷止剣アインテール。

 気静剣レビエリ。

 孤閃剣フィオーレ。


 そして自分、光真剣のトリエレに、役立たずの銀衝剣リースグラート。


 全部で六振りもいるが、そのどれもがニーズにマッチしていない。

 各々の能力を完全に理解しているわけではないが、特殊な聖剣の能力に対抗するなら特殊な能力の聖剣が必要なものだ。


 トリエレはこの中ではレアリティLの聖剣だが、あいにく因果に逆らう能力は持っていない。


「金閃剣の癒えぬ傷跡……厄介だよねぇ……」


「薬や外科手術でも決して治らない」


 アインテールが付け加える。


 金閃剣は余り強力な聖剣ではない。有効射程は狭く使い勝手もよくない。例えばこの中の六人なら早々負けない、そういうレベルの聖剣だが、能力だけは厄介この上なかった。大体の場合戦場で致命傷を受けたら死ぬので治療なんて関係ないのだが、治すとするのならば相応の奇跡がいる。

 一番有名で実績があるのは全治の聖剣だが、それは行方不明だ。


「なにか……何かありませんか、傷を一時的にでもカバーする方法……」


「金閃剣の斬撃は奇跡。たとえば傷を受けた部分を抉っても無駄」


 アインテールの冷たい言葉に、レビエリが一瞬きっとした視線を向けるが、すぐに泣き崩れた。


 アインテールは聖剣についての造詣が深い。そして、嘘はつかない。勇者は能力が強化されている、恐らく治癒能力も人外になっているはずだが、その治癒能力を持ってしても金閃剣の奇跡には通じない。


 ロダ・グルコートの三聖剣。その姉であるリースグラートの方に視線を向けるが、猿ぐつわされた状態で首をぶんぶん横に振るのみである。レビエリは怨嗟の表情でそれを睨みつけ、もう一度他の聖剣達を見た。


「燃やす?」


「……凍らせる?」


「無理だと思うけど、傷の不当性を弾劾してみる?」


「わ、悪いけど、私は何も出来ないわよ!?」


 順番に返ってきたフレデーラ、アインテール、トリエレ、フィオーレの言葉に、レビエリはもう無理な事を理解した。

 燃やしたり凍らせたりすれば一時的に血は止まるかも知れないが、更に大きな傷ができてしまう。トリエレに至っては言っている意味がわからない。何も出来ないというフィオーレの言葉だけが唯一まともなのは皮肉である。


「……それなら鉄砂剣の方がマシです……私も勇者様の苦痛を安らかにする事しかできませんし……」


「レビちゃんって酷いよね。自分にできる事が一番やばいのに。」


 レビエリの苦痛を安らかには安楽死と同義である。何も解決出来ないどころかとどめを刺してしまう。


「……」


 訪れた嫌な沈黙に、フレデーラがため息をついてフォローを入れた。


「……いいんじゃない? 鉄砂剣って精霊の姿に戻らないんだし、勇者様の装飾品が一つ増えただけでしょ。まぁ、急いで方法を見つけなくちゃならないのは間違いないけど」


「……か、格好いい勇者様には格好いい装飾品がお似合いです。盾とか」


「そ、そう」


 レビエリの押し殺したような声に、困ったようにフレデーラが目を伏せた。

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