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夢幻のソリスト・ウォーカー  作者: 槻影
第二章;銀衝剣リースグラート
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第二十三話:銀衝剣リースグラート⑭

 なんで俺はこんな所でU字磁石を持った男に剣を向けているんだろう。


 今のシチュエーションに激しい疑問をいだいている俺に、カルーがにやりと唇を歪め、舌なめずりでもするような笑みを浮かべる。

 ぷらんぷらんと糸に釣られたU字磁石が揺れている。ご丁寧に半分は赤色に塗ってあるのでもうU字磁石にしか見えない。


 彼我の距離は十メートル近く離れているが、多分剣を一振りすればカルーは死ぬ。剣先が届かなくたっていい、衝撃でふっとばすだけだ。


「お前……馬鹿か?」


 居心地の悪さに、吐き捨てるように言った瞬間、カルーが叫んだ。


「見よ、これぞ名高い変幻自在の――鉄砂剣、ルーセルダストッ!!」


 U字磁石――ルーセルダストが淡く輝く。地面がずずっと不自然に揺れ、そこから黒い粒のようなものが集まっていく。多分鉄なのだろう、砂鉄を集めるから鉄砂剣――どうでもいいが、U字磁石なのほんとやめて欲しい。


 そもそも磁石の域、明らかに超えてるし。というかそんなに地面に砂鉄混じってないだろ!?


 広範囲から集められた黒の粒が男の吊っていた磁石に収束する。この間に攻撃したかったが、俺はそれをぼーっと見ていた。


 出来上がったのは歪な剣だった。磁石を中心に右腕全体を――いや、右半身を包み込むようなフォルムで生み出されたそれは槍にも剣にも、そして鎧にも見える。

 刃も装甲の表面も微細に流動しており、ふと飛んできた一枚の枯れ葉が表面に触れ、滑るように流される。剣先が触れれば弾かれるかもしれない。まさに攻防一体の鎧。聖剣……かどうかは置いておいて、強力な兵装なのは間違いない。


 もしも最初からその姿で俺の目の前に現れてくれたらもう少し緊張感があったはずなのに、U字磁石のインパクトが強すぎて何も言えない。


「初めからそれ出してくれよ」


「くっくっく……鉄砂剣はとんでもないじゃじゃ馬よ。ここまで操作できるようになるまでどれだけの鍛錬が必要だったか……」


 カルーが慎重な足運びで間合いを測る。まるでサイボーグのような右腕にいやがおうにも視線が取られるが、その動きには練達している様が見て取れた。元武闘大会優勝者というのは本当なのだろう。


『勇者様、ルーちゃんを真っ二つにしましょう。そうすれば死にます。勇者様がいれば僕は最強。最強の聖剣は僕一人で十分です』


 仮にも姉妹剣に対して容赦のない意見。だが、ルーちゃんとやらを真っ二つにした時にはカルーは真っ二つになっているだろう。リースグラートにそんな手加減できないのだから。




 そして、俺は間合いを気にする事なく、容赦なく目の前の憐れな男に向けて銀衝剣を振り下ろした。


 その名の由来である銀の衝撃が飛ぶ。砦をふっ飛ばした時よりも光は弱いが、鉄屑を吹っ飛ばすくらいなら十分だ。


 地面を砕き迫る衝撃に、カルーが驚愕したように目を見開き、そして光に飲み込まれた。



§



『やったー、ぶっころした?』


「どうでもいいけど、切ったかどうかわかんないのも不便だよな」


 手応えがないというのはデメリットでもある。

 後、多分ぶっころせてない。


 光が当たる寸前、確かに見えた。背に纏った外套が、そして右腕を包んだ装甲が蠢きその形を変えるのが。


 何もかもを切り裂く銀衝剣の一撃。

 斬撃の跡に残っていたのは黒い塊だ。地面を砕き上位竜すら押し返す斬撃を受けて目立った傷はない。

 カルーの打ち震えるような声が夜闇に響いた。


 黒い塊がゆっくりと開き、カルーの歓喜の表情が表に出る。


「これが……銀衝剣リースグラート――鍛冶師ロダの生み出した至高の一振り……素晴らしい」


 恐ろしい反応速度。形状変化は振った後に起こっていた。もしも自分で操作しているのならば尋常な練度ではない。

 だが、恐らくそういう話ではないだろう。


 カルーが咆哮する。鉄砂剣が剣の形状に戻りその切っ先を俺に向ける。


「だが……勝てる。鉄砂剣ならば、勝てるぞッ! 相性は最高……無傷だ、聞いていたとおりだ!」


『ああああああああ、受け流された……ルーちゃん、器用なんです。ねぇ、もう一回振ってくれませんか?』


 恐らく、戦い慣れているのだ。こちらは戦い慣れても大した事はできないが、鉄砂剣側が銀衝剣に慣れている。ただの鉄の硬度ならば吹き飛ばせるが、受け流された。相手、U字磁石なのに。


 リースグラートを見下ろし、俺は頬をぴくりと引きつらせた。


 伊達に敗北してねえな、こいつ。


 もう一度振る。瞬間、カルーが不自然に横にスライドするようにして斬撃を回避した。衝撃の余波を鎧の表面が受け流す。

 よく見ると装甲が広がり、左足も包んでいた。足元周辺の地面にも広がっている。

 まさか移動にまで使えるのか。俺の知ってるU字磁石と違う。詐欺である。


 カルーの身体が滑るような動作でこちらに迫る。ルーセルダストの切っ先は微細に振動している。

 なんだっけ? 振動すると? 切れ味? 上がるんだっけ?


『勇者様、来ますッ!』


「知ってるよッ!」


 役に立たないリースグラートのナビゲート。

 振り下ろされた剣に剣を合わせようとした瞬間、相手の剣先が三つに別れた。剣身に触れた一本がリースグラートに切り飛ばされ、しかし他の二本が槍のように俺の顔に向かってくる。ありえん。


 リースグラートの軌道を無理やり変えてそれを打ち払う。力を入れて振るのではなく受けるつもりで対応したのが功を奏した。触れるだけで切り飛ばされた二本の切っ先はすぐさま砂に変化し、装甲に吸収される。確認したその時、腹に強い衝撃を感じた。


 後ろに吹き飛ばされる。息が一瞬つまる。

 吹き飛ばされながらも、カルーの装甲から伸びた太い杭のような物が見える。どうやらアレに貫かれたらしい。貫かれたっていうか、傷はついてないけど。


 体勢を整え、地面に着地する。痛みはないが、普通の人間だったら今の一撃で死んでいただろう。

 アメーバのような不定形。ルーセルダスト、本当に恐ろしい聖剣である。


 強く握ったリースグラートが喚く。


『ああああ、勇者様、油断しないで!』


「してねえよ。純粋に性能差だろッ!」


『ええええええ!?』


 近距離で想定外の状態であれは絶対に避けられない。本来人体が攻撃する際に生じる予備動作が全くないのだ。あんなの持ってたら子供だって最強の剣士になれるわ。


 磁力操る能力だろう、とかそういうレベルじゃない。普通に死ぬ。


『そ、そんな不安になること言わないでください! 勝って! 斬って! 僕の選んだ勇者様ならできるよッ!』


 おまけにリースグラート、多分今までの敗因がわかってない。あれを相手に生身の身体で近接戦は絶対にやばい。剣が途中で枝分かれしたんだぞ!?


 だが、向こうからしてもこの結果は想定外だったのだろう。

 カルーの目つきが変わっていた。油断のない険しい視線。


「今ので殺せないとは……剛力の勇者……戦闘スキルなくして竜を屠る者、か」


 どこから聞いた? 噂くらいはあるだろうが、相手はこちらをはっきり勇者だと認識している。

 情報はある程度秘匿されているはずだが、どこからか情報が漏れてる。


 装甲からまるで蛸のような動きで触手が伸び、側の木に巻き付きへし折る。持ち上げられたそれが朧月を隠す。歓喜の、しかし同時に僅かに強張った凶相が俺を見下ろす。


 U字磁石? 磁力が、なんだって?


「この俺に話が来たのも納得だ。死んでもらうぞ、勇者。そして――」




「このカルーの伝説の礎となるのだッ!」


 気合の篭った咆哮。

 鋼鉄の触手が蠢き、一抱えもある木が弓矢のように軽々と飛んでくる。前。左右。上。あらゆる方向から飛んでくるそれにリースグラートを振り下ろした。



§



 リーチ。威力。担い手の強度。これがこちらの強み。

 精密性。汎用性。そして――学習能力。それが向こうの強み。


 交戦してすぐに相手がリースグラートに慣れているという予測は確信に変わった。

 まともにぶつかり合うのではなく包み込むように刃の側面を挟んで受ける。リースグラートの切れ味も所詮刃の部分だけだ。

 脚部を覆うことで人体の常識を超えた回避を可能とし、装甲にぶつかった衝撃は形状変化でうまく受け流す。どれも普通の剣では出来ない動作だ。


 リースグラートは鉄砂剣の事を殆ど知らなかったが、恐らく逆は違う。こちらの勝機は、担い手としての、勇者としての身体能力が向こうの想定外である点だけだ。


 絡め取られそうになる銀衝剣を力づくで剥ぎ取り、不意打ちを受けても動きは鈍らない。血すら出ない。

 鉄砂剣の防御性能はリースグラートを相手にできるレベルだが、攻撃性能は一般水準の相手を基準にしている。多才な防御手法とは裏腹に攻撃手法はどれも俺の防御を貫けない程度の威力しかない。


 だが、まるで得体の知れない怪物と戦っている気分だった。世界が敵に見えてくる。

 張り巡らされた鉄の網。いつの間にか地面は黒で染まり、軽い踏み込みでは勝手に滑る地面に足を取られる。戦いながら鉄を集めているのか、その攻撃規模がどんどん大きくなっている。


 空がふと黒く染まる。いつの間にか上空に広く展開されていた巨大な鉄の板。落下してくるそれを銀衝剣で吹き飛ばす。


『勇者様、互角です。いけますよッ!』


「やかましいわッ!」


 一撃で決めるつもりだったのだ。正面から相対してこの結果は予想外も甚だしい。

 そして、俺が常人ならば既に百回死んでいる。リースグラートが勝っているのは本当に切れ味だけだ。


 変幻自在。恐ろしい相手。しかしこちらの勝利条件はルーセルダストの完全破壊ではない。担い手を殺せば攻撃は止まる。


 距離を取る事にしたのか、数十メートル向こう、木の上からカルーが俺を見ていた。その下にはまるで沼のように広範囲に鉄が蠢いている。


 なんとなく操作の条件もわかってきていた。


 ルーセルダストの性能は決して一定ではない。近づけば近づく程その力は強力になる。正面から一騎打ちを臨んだのは自信があったからだろうが、その特性もまた一つの理由だろう。

 明らかに近づいてきた時の方が一撃一撃が重かったし、動きも精密だった。逆に遠のいた状態では攻撃は大雑把になるし力も弱くなる。


 だが、だからこそ逃げないのが不思議だ。既に俺は攻撃を何度も受けているが身体に傷はない。純粋な攻撃力不足。俺の攻撃も当たっていないが、スタミナは俺の方が恐らく高い。激しい動きをしているがまだ息は切れていない。ジリ貧になるのは目に見えている。


 抱きかけた疑問を、リースグラートの声がかき消した。


『んもう! 勇者様、早く倒しましょう。これ以上鉄を集められると厄介です』


「……ああ」


 その通りだ。鉄を集めているのも決して理由なくではないだろう。

 早めに倒さねばなにをしてくるかわかったものではない。


 打ち出される杭を回避しながら、リースグラートに問いかける。


「リース、砦をふっ飛ばした時の一撃、もう一度打てるか?」


 俺の案は単純だ。策なんてない。

 受け流されるのならば受け流せない程の、最強の一撃を叩き込む。数多の攻撃を躱し無理やり接近し、直接カルーを真っ二つにする。もはや躊躇いはない。


 俺の言葉に、リースが力強い言葉を返した。


『はい。任せてください!』


 下は鉄の海。ならば跳ぶ。恐らく俺の身体ならば鉄に押しつぶされても無傷だろうが、なるべくそれは避けたい。

 空中で受けるであろう狙撃は全て剣で打ち払う。大丈夫、もう慣れた。集中すれば問題ない。


 何がなんでも追い詰めて斬る。それだけだ。

 

 立ち止まり、カルーの方に威嚇代わりに剣先を向けた瞬間、木の上のカルーがニヤリと笑った。


「くっくっく、本当に頑丈だな、勇者。だが、既に賽は投げられた。今こそここで見せてやろう。鉄砂剣の真の力、一万の軍を単騎で殲滅したその真髄を……その目に焼き付けそして――死ぬがよい」


 波打っていた黒の海が吸い寄せられるようにしてカルーに集まっていく。右腕を中心とした半装甲の比ではない。鉄は身体全体を包み込み、そしてそれでも留まらない。

 不定形だった鉄が形を得ていく。カルーがいた木が音を立ててへし折れる。


 その形状変化が何を示しているのか、数秒たってようやく気づく。


 先鋭的なフォルム。

 頭、腕、胴、脚。


 形作ったのは巨大な人型。



 いや、それは子供の頃朝のアニメでよく見ていた巨大ロボットだった。

 堅固なフォルムにその姿から感じる巨大な重圧。多分細かい所は違うんだろうしただの鉄の塊なんだろうが、俺の目には区別がつかない。


 呆気に取られる俺を他所に、地鳴り――足音が響き渡る。右腕に握った巨大な剣は形は普通の直剣だが、サイズは数千倍はあるだろう。緩慢な動作で腕が動き、木樹を薙ぎ払う。ただの一撃で僅かに残った樹木は土砂崩れにあったように平らになってしまった。


 カルーの姿はロボに包まれてもう完全に見えない。いや、見上げなければその頭すら見えない。


 U字磁石に鉄砂剣の能力。三つ目の大ショックに思わず間抜けな言葉をつぶやいてしまう。


「ファンタジー世界じゃないのか……」


 世界観が息してない。何でもありかよ。


『的が大きくなりましたね』


 リースグラートが身も蓋もない事を言った。


 だが、リースグラートの言うとおりだ。俺の今の肉体が質量程度でなんとかなるとは思えない。

 巨大ロボが吠える。完全にカルーの姿が隠されているが、果たして俺の事が見えているのか。


 その家屋程もある脚――鉄の塊が勢いよく俺にぶつかってくる。蹴りなのだろうが、蹴られる側からすれば壁が迫ってくるようにしか見えない。


『勇者様ッ!』


 恐らく、ぶつかった所でダメージはないだろう。踏み潰されたとしても大丈夫かもしれない。

 つま先にはブレードのようなものが生え、足裏にも無数の棘が生えている。えげつない処刑具のような見た目のそれを目の前に、俺は高く跳んだ。


 足の甲に飛び乗り、思い切りそれを踏み抜く。ここまで大きいと表面を動かす余裕はないのか、足が半分程ロボの足の甲に突き刺さる。


 ロボが足踏みする。何度も何度も。地震など比にならない振動が全身に襲いかかる。だが、強化された三半規管はその衝撃の中でも冷静に物事を考えられる能力を俺に与えていた。


 大きさとは力だ。全てが鉄で出来ているのならばこの巨大ロボの重量はどれほどになるのか予想すら出来ない。ガリオンの外壁ですら蹴りの一つで壊せそうだ。


 その巨体に比べれば俺など蟻のようなもの。だがしかし、それでも俺を倒すには足らない。


 リースグラートの言うとおり、的が大きくなっただけだ。

 こんなもの木偶の坊だ。砦を一撃で吹き飛ばした銀衝剣ならば吹き飛ばせる。


 リースグラートを強く握る。その力に答えるかのように剣の柄がどくんと脈動する。

 一撃で決める。受け流しなどさせない。降り注ぐ幾度もの振動――足踏みの中、その切っ先を上空――巨大ロボの股の間に向け、聖剣に請う。


「リース、力を貸せ」


憧憬(デーシーデリウム)()(ラーミナ)


 そして、一条の光が放たれた。




§




 山すら切り飛ばす一撃を受け、巨大ロボが為す術もなく崩壊していく。

 鋼鉄の塊が結合を失い砂に分解され、まるで黒い雨のように山全体に降り注ぐ。


 足から飛び降り、数メートル下がる。カルーの姿は見えないが、ロボが結合を失ったということはその核は貫けたのではないだろうか。


 一息つき、右手のリースグラートに話しかけようとしたその時、気づいた。


 確かに握っていたはずの剣が、銀衝剣がない。いや、剣どころか――


 力が入らない。遅れて、右肩に強い熱が奔っているのに気づく。まるで骨が焼けているかのような熱。


 ――何だこれは?


 左手を伸ばし右肩に触れる。指先に感じるぬるぬるした感触。それを辿るようにして手を動かしていくと、すぐに冷たい無機質な感触に当たった。


 動かすと妙に肩がうずく。おかしい、俺の身体にこんな部品はなかったはずだ。



 そんな間の抜けた事を考えたところで、ようやく俺が感じているのが痛みだということに気づいた。


 ここしばらく、この世界に来訪してから全く感じていなかった痛みだ。焼けるような痛みに思考が揺らされる。


 今更、首をひねり肩を見る。視界の端に、肩から生えているものを確認する。




 それは――美しい装飾の柄だった。金色の光が絶え間なく伝わってくる痛みの中、何故か酷く鮮やかに見える。



「わかっている。重々承知だ、勇者。鉄砂剣では例え切り札を使ったとしてもお前は倒せない」


 背後から声が聞こえた。確かに破壊したと思っていた男の声。肩を握りしめながら、後ろを振り向く。


 カルーが立っていた。怖気を覚える満面の笑み。先程まで纏っていた鉄砂剣は既にない。


 傷。どうして傷がついた? 鉄砂剣でも、聖剣でも傷つかなかった身体だ。

 いや、違う。今必要なのはそうじゃない。今必要なのは――剣だ。リースグラートだ。


 混乱しながら周囲に視線を投げかける。リースグラートはすぐに見つかった。

 いつの間に落としたのか、地面に突き刺さっている。


 いや、そもそもいつ攻撃を受けたのか?


「だから、当初の計画通り切り札を使わせてもらった。化物め、さすがに万象を切り裂く剣ならばその身体も切り裂けるようだ」


 声を無視し、リースグラートの方に駆ける。痛みのない左腕を延ばす。その柄が手に届きかけた瞬間、身体が真横から突き飛ばされた。

 右肩に衝撃が走り、炎が再燃するように痛みが強くなる。


 地べたに伏せた状態で、カルーがゆっくりした足取りでリースグラートに近づくのが見えた。


 俺を突き飛ばしたのは――外套だ。纏っていた黒の外套がまるで体当たりするかのように飛んできたのだ。砂鉄を固めたもので出来ていたのか――全てのコントロールを失ってもまだ扱えるように。


 用心深さ。あの巨大ロボはブラフか。カルーは中にいなかった?

 今更濁流のように流れる思考の中、カルーが銀衝剣の柄に触れるのが見えた。



「これで……最強だ。このカルーが、伝説になる。金閃剣、銀衝剣、鉄砂剣、三振の聖剣があれば、たとえ魔王だって殺せる」


 金閃剣。


 肩に刺さった剣を見る。金色の装飾。鋭い痛みを送り続けてくる冷たい輝き。


 これが金閃剣か!?


 油断した。いや、油断したつもりはなかった。万物を切り裂く二番目に生み出された剣。癒えぬ傷跡を残す聖剣。

 よもや盗賊が聖剣を二振りも保持していようとは、神ならぬ身でどうして予測できようか。


「くっくっく、勇者、知っているか? 鍛冶師、ロダ・グルコートの聖剣は弱点が多いが――三振揃えれば弱点はない。故に、三振の聖剣は常に争いの中心にあった。俺が、初めてだ。初めて三振の聖剣の主となるのだッ!」


「三振の――聖剣」


 初めて聞く情報。痛みから目を背けるように、それに思考を傾ける。

 三振集めれば最強。事前に聞いていればカルーが二振り揃えている事に気づけただろうか?


 いや、今更考えても意味はない。カルーに、山賊の頭だった、騎士団を残虐に殺したこの男に聖剣を預けるわけにはいかない。

 

 剣だ、剣がいる。右肩に突き刺さった金閃剣の柄を朦朧とした意識の中、握る。焼けるような痛みを噛み殺し、ゆっくりとそれを抜いた。

 血がごぷりと流れる。夢のものとはとても思えない鋭い痛みに小さく呻く。


 そして、金閃剣を目の前に持ってきた瞬間、俺は何故カルーが初めから金閃剣を使わなかったのか理解した。腕が完全に切り落とされなかった理由も


 金閃剣はその名の通り金の輝きを持っていた。

 柄だけでなく、血に濡れた金色の剣身は妖しい魅力に満ちている。


 が、肝心の刃渡りが――ない。


 五センチ程しかない。柄は立派だが、バターナイフくらいの長さしかない。これじゃ正面から打ち合う事もできない。


 投げれば命中するか?


 そんな俺の思考を読み取ったかのように、再び鉄砂剣で装甲を生み出したカルーが言った。


「ロダ・グルコートは貧乏だったらしい。金閃剣がもう少し長ければもう少し使い勝手がよかったものの、それじゃ暗殺くらいにしか使えん」


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