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夢幻のソリスト・ウォーカー  作者: 槻影
第二章;銀衝剣リースグラート

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第十八話:銀衝剣リースグラート⑨

 一瞬何を言っているのかわからなかった。聞かされた言葉が衝撃になり、目の前が一瞬暗くなりかける。

 飛び込んできた時の興奮が落ち着き、何故か満面の笑顔のリースグラートに聞き返す。


「聖……剣?」


 聖剣。聖なる剣。精霊が形になった意思持つ最強の武器。

 心配そうな目つきでレビエリが、そしてリースグラートと一緒に入ってきたフレデーラが俺を見上げている。


 昨晩の襲撃を思い返す。

 変幻自在に奔る金属の糸は確かに恐ろしい攻撃だったし、ユリが魔術の気配を感じなかったと言っていた。

 だが、それでも俺の中には聖剣かもしれないという疑問はなかったし、ワレリー達も一言も聖剣なんて言葉、出していなかった。


 動悸が激しくなり、レビエリが差し出してくれた水を受け取る。咳き込みながらもそれを飲み干し、もう一度目の前を見る。

 信じられない話ではあるが、当の聖剣が言っているのだ。


「それは……間違いないのか?」


 聖剣? 聖剣が何故騎士を殺す? いや……殺したのは聖剣ではない。それを操る者だ。レビエリだってリースグラートだって、担い手がいなければ大した力は使えない。


 聖剣の担い手――勇者?


 リースグラートがぐいと身を乗り出し、俺の至近距離に顔を突き出す。輝くような銀髪に銀の眼はひどく真剣だ。シャワーでも浴びていたのか、髪はまだ僅かに湿っている。


「間違いありません、勇者様! あの剣は――僕の妹の鉄砂剣です」


「いも……うと?」


 妹。確かに、リースグラートには二振りの姉妹剣があると聞いていた。


 だが――


「剣の形じゃなかったぞ?」 


 レビエリが言っていたはずだ。リースグラートとその姉妹剣は有名で――その理由は、剣の形をしているからだと。レビエリは盾だったが、俺達を襲ったあの攻撃はそれよりも得体が知れない。


 リースグラートがそれに答える前に続ける。

 説得している気分だった。そんなので事実が変わったりは……しないというのに。


「大体、俺達が狙われる理由がない。聖剣ってのは担い手を選ぶんだろ?」


「それは――」



 いや……襲われるに足る事情がある可能性もある、のか?

 だが、銀衝剣リースグラートの姉妹剣。その性格もリースグラートに似てるんじゃないだろうか?

 先程の襲撃は一方的な虐殺だった。抵抗すら碌に許さない虐殺だ。リースグラートは割と頭があっぱーだが俺には彼女がそんな事を出来るとは……思えない。


 仲間のレビエリやフレデーラもその事情を知らないのか、リースグラートは二人の視線を受けて、しかし俺に向かって言った。


「勇者様……僕は最強の聖剣です」


「お、おう」


「絶対無敵の斬れ味を持つこの世界に切れない物なんてない聖剣です。ほんっと強いです。勇者様が持てば、魔王なんてわんぱんです」


 ほんっと強いのか……お、おう。

 ……わんぱん。


「ですが、僕を作った鍛冶師は……父さんは、僕を生み出しただけでは満足できなかった。それは僕に足りないものがあったからです」


「足りないもの……」


「なんだかわかりますか?」


「……」


 期待を込めたリースグラートの眼。いつもと違い敬語だが、言っている内容はあまり変わってない。

 仕方なく、眉を顰め指折り数える。足りないもの……果たして俺の指の数で足りるかどうか……。


 リースグラートは指を折り始めた俺を見て絶望の表情をした。


「そ、そんなにないですよ!? 勇者様! 一個だけです。一個だけ!」


「一個……? 一個って……何個だ? ベストを言えばいいのか?」


「も、もうッ! じゃー言ってみてください」


 リースグラートが頰を膨らませて子供っぽい表情で言う。


「とりあえず斬れ味を落として衝撃波を出なくしてくれ」


 あれ、使いにくくて仕方ない。宿の上が吹っ飛んだんだぞ!? 下手したら大量殺人である。今回は死人しかいなかったから大丈夫だったけど……。


「え!? 斬れ味落としたら……ぼ……僕のアイデンティティが……」


「いいからさっさと言えよ」


 レビエリもフレデーラも呆れたように見ている。そういう所がお前の評価落とす要因になってんだよ。


 リースグラートはこほんと一度咳払いして続けた。指を一本立て、何故かやるせない気分にさせる仕草をする。


「僕の足りなかった点は……担い手を選ぶところです」


「あー……」


 こいつ、担い手選びすぎて意識失ってたんだっけ。何気に欠点多いよな……こいつ。

 他の二人も納得の表情で頷いている。そんな二人を見て、何故かリースグラートは満足げ。


「最初、父さんの最強の剣のイメージは持ち手を選ぶ剣でした。然るべき勇者にのみ振るうことを許された万物を薙ぎ払う最強の聖剣が銀衝剣です」


「自己評価高いよな、お前」


 それだけ聞くと、全く別の剣に聞こえる。


「ですが、父さんはすぐに自らの失敗を悟りました」


「……何故だ?」


「僕が何年たっても担い手を選ばなかったからです。いい人いなかったので」


「自業自得だ」


 そりゃ失敗も悟るわ。こいつ昔から成長してないじゃねえか!

 俺のつっこみをよそに、リースグラートが悲しげに続ける。


「父さんはいいました。やっぱり剣は振るわれてこその剣だ。担い手も選ばず家でぐーたらしてる剣なんて剣じゃない」


「ぐーたらしてたのか」


 もうなんか力抜けるから本題入ってくれねぇかな。

 本心からそう思った瞬間、リースグラートが衝撃的な事を言った。






「だから、僕の後に作られた姉妹剣――金閃剣アグニムと鉄砂剣ルーセルダストは担い手を一切選びません」


「……は?」


 担い手を……選ばない?

 一瞬聞き間違いかと思ったが、レビエリとフレデーラもその言葉に呆然としている。


「ちょっと待て……誰でも使えるってことか?」


「使えますね。見つける事が出来れば」


「勇者じゃなくても?」


「一応、剣を握れる手がなければさすがに無理だと思いますが……」


 リースグラートが少し不安げな表情で言う。そういう意図で聞いているんじゃない。


 リースグラートが担い手を選ばずに役に立たなかったから次の聖剣は担い手を選ばなくした?

 何だそれは。理屈はわかるが……酷すぎる。そして、そのリースグラートの父さんとやらはリースグラートと同じくらいに大馬鹿者だ。


「知ってたか?」


「し……知らなかったわ。確かに鉄砂剣と金閃剣はその武功が異常に広まってたけど……」


 フレデーラの驚く表情は新鮮だ。俺の視線に、ふるふると首を横に振る。


 担い手を選ばない聖剣? この世界の聖剣は兵器だ。剣の域を超えている。形が剣じゃないやつもいるし。

 それを……自由に使える……? 盗賊でも誰でも使える?


 だが、聖剣には自我があるはずだ。聖剣の意思はどうなってるんだ?


 必死に自分を落ち着かせている俺に、リースグラートがそこそこ大きな胸を張る。


「姉としては酷く遺憾です」


 ……全てが全てこいつのせいだった。なんか、もう眼、覚めないかなぁ。

 半ば本気でそう思いかけたその時、リースグラートがはっきりとした口調で言った。


「――だから、僕はその責任を取って、るーちゃんを止めなければいけません」


「止めなければ……ならない」


 止めなければ……ならない。


 呟く俺に、リースグラートが身体を寄せて、俺の手を握る。剣の時とは異なる柔らかい感触、しかし何故か俺には目の前のこの少女と剣が同一の存在だという事を実感していた。


「勇者様……僕に力を貸してください」


「力……」


 俺は今まで彼女たちの力を借りる側だった。だが、今はこうして求められている。その身を振るう事を。


「だが……俺に勝てるのか? 相手は聖剣だろ?」


 違う。そんなの関係ない。求められるならば俺は振るうだけだ。

 どちらにせよ襲撃を受けた以上、放ってはおけない。


 だが、口から出た言葉も本心である。

 聖剣。レビエリとリースグラートだけだが俺はその力を良く知っている。そして他の――フレデーラやトリエレもそれと同等かそれ以上の力を持っていることも。

 俺は未熟だ。場数はまぁ踏んだが、そのほとんどを俺は身体能力のみで押し切ってきた。

 相手が聖剣だという事はそれを使う者もまた、存在するという事。策略、残虐性、そこから想定するに相手は、恐らく俺なんぞ比べものにならないくらいに熟達しているはずだ。


 ぞくりと首の辺りに寒気が奔り、身体を震わせる。だが、手はリースグラートに握られたままだ。

 いつの間にかレビエリとフレデーラはいなくなっていた。


 弱気を吐き出すべく一度ため息をつき、リースグラートの手を握り返す。


 求められるならば応えよう。勝てるかどうかはわからない。無責任な話だが、ここは夢だ。夢の中でくらい許されるはずだ。


「……わかった、リース。付き合おう。俺に力を貸してくれ」


 盗賊のアジトは山の中にあるという。使いづらい衝撃波も思う存分飛ばせるはずだ。

 俺の言葉に、リースグラートが花開くような笑みを浮かべた。涙を滲ませながら、俺の手に頰をこすりつけてくる。


「ありがとうッ、勇者様。大丈夫、勇者様ならるーちゃんの担い手をぶっ殺せるよ!」


 ……しかし、言い方もうちょっと何とかならないのか、こいつは。






 ……ん?


 ふと言い方が気になり、まだ手をすりすりしているリースグラートの顔を上げさせて、聞き返す。


「……今、俺ならって言ったか?」


「はい。勇者様ならきっとぶっ殺せるはずです。僕をおいて最強となるべく作られたくせにやたら斬れ味の悪い鉄砂剣と、その担い手を!」


「……ツッコミどころが多すぎて追いつかないが一個だけ教えてくれ。お前……今まで鉄砂剣と戦った事はあるのか?」


「え……? 勿論、僕とるーちゃん達は戦う運命にあるから何回もありますけど?」


 リースグラートがさも当然の事でも言うかのように言う。

 その情報初めて知ったし、そもそも……。


 先程まであったほんの少し殊勝な態度は鳴りを潜め、リースグラートはいつも通りの間の抜けた表情に戻っていた。

 頗る悪い予感を感じながらも、リースグラートに尋ねる。



「ほう。勝敗は?」


「今まで四回戦って四回とも殺されちゃいました」


 そして、リースグラートが特に何の感慨もなさそうに答えた。


 ……こいつ、死神かなんかじゃないだろうな。

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