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夢幻のソリスト・ウォーカー  作者: 槻影
第二章;銀衝剣リースグラート
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第十六話:銀衝剣リースグラートの評価手帳

 『金』の属性を持つ聖剣。

 銀衝剣リースグラートは鍛冶師に生み出された聖剣だ。

 卓越したドワーフの鍛冶師、ロダ・グルコートは最強の剣を生み出すことを目標としてリースグラートを生み出した。


 聖剣は強力だ。

 リースグラートが預けられた、ガリオン王国は他の国では殆ど見ない程の数の聖剣を保持していた。


 征炎剣フレデーラ

 氷止剣アインテール

 気静剣レビエリ

 光真剣トリエレ

 孤閃剣フィオーレ


 五人も存在する聖剣のどれもが一撃必殺であり、特に有する神秘は、伝説に謳われる程の名工の手によるものとはいえ、恣意的に作り出されたリースグラートの比ではない。

 保持する能力こそその目で見たことはなくても、影響力という意味でただ斬る事しかできない銀衝剣は彼女達に遙かに劣る。

 それくらいは、余り難しい事を考えたりしないリースグラートにも分かっている。


 だが、同時にリースグラートは自分自身の『最強』を疑ったことはない。

 そのように生み出されたが故に、それの証明を存在理由とするが故に、一瞬たりともそれを疑ったことはない。


 盾の聖剣。あらゆる力を鎮める気静剣レビエリですら切り裂ける。リースグラートにはその自信がある。


 聖剣として力を失ってしまったのは単純な理由だ。


 最強である銀衝剣、騎士剣リースグラートは担い手を選ぶ。

 剣は所詮道具。最強の剣とはそれに相応しい勇者の手でこそ最強の剣となりうる。リースグラートにロダ・グルコートが言い聞かせたその言葉は今もリースグラートの根本にあるのだ。


『忠誠』


 それこそがリースグラートの顕現化(マテリアライズ)の基準。


 故に銀衝剣リースグラートが、自分に聖剣としての力を取り戻させてくれた恩のある勇者に、色々おやつをくれたり怖い先輩からかばってくれた優しい勇者に、仲間の魔導師をその身を呈して庇った高潔な勇者に、魔王の討伐を確信させる程強力な勇者に心を動かされるのは当然であり、投げ出されたその手を自ら取り自身を剣をして『道具』のように使うことを許すのは当然であり、リースグラートが打倒しなくてはならない敵に向かって振るわれた聖剣が対黒竜戦で発揮したものなど比べ物にならない最強の『斬れ味』を発揮するのは必然だった。


 振られた刃が光を放つ。いや、もはやその剣身は光そのものと読んでもいい。

 その銘の通り放たれた銀の衝撃は糸状の脆弱な『剣』を一瞬で切り裂き、天井を容易く通り過ぎ、上に三階分程続く上層を完全に『消し飛ばした』


 全てを薙ぎ払う銀の衝撃。

 身体全体に、心の中に喜びが溢れる。

 思考を浸す高揚が伴っているのは多幸感。

 最強の斬れ味を担い手に証明出来る。本能の欲求が満たされる事による快感。その感覚は今まで感じたあるあらゆる感情を遙かに上回っていた。


 柄を握られる度に感じる身体を弄られるような感覚も今や快感を後押しスパイスにしかならない。


 剣を振った最強の資質勇者が呆気にとられたようにその光景を瞠目する。間の抜けた顔で間の抜けた声を出す。

 その表情すら愛おしい。


「……は……はぁ!?」


 ――どうですか!? どうですか!? 勇者様ッ! 僕が! 僕が最強です!


 担い手の力量はなんとなくわかる。

 勇者の技は稚拙だ。今までリースグラートを握ってきたどの剣士よりも劣る。


 だが、そんなの関係ないほどに輝いていた。その能力に、感情に、行動の全てに、リースグラートの本能が『忠誠』を誓うよう囁きかけていた。


 その情動は恋に似ていた。今ならばわかる。何故、気静剣がこの勇者に全てを許したのかが。


 脳髄を貫く、対象を斬った感触。同時に本能でわかった。

 まだ……倒せていない。騎士たちを惨殺した糸は、黒の糸はただの武器ではない。

 リースグラートは剣だ。最強だが剣だ。遠距離に対する攻撃はおまけのようなものだ。目に見えない場所にいる敵を切り裂く力はない。

 それこそがロダ・グルコートがリースグラートを生み出したその後に二振りの聖剣を生み出した理由なのだから。


 だが、それさえもこの勇者ならば、この最強の勇者ならば、カミヤ・サダテルならばカバーできる。


――勇者様ッ! 追って! 敵を追いかけて! そして、勇者様の最強を証明してッ!


「で……できるかあああああああああああああッ!」


 リースグラートの興奮の入り混じった要請に、勇者は銀衝剣を床に放り出すことで答えた。



§ § §



 敵は消えた。先程まで無数の騎士たちを惨殺した糸は影も形もないが、決してそれは消滅したのではない、退いたのだ。

 リースグラートに生命反応を感知する能力はない。リースグラートに存在するのはただ相手を斬る事のみだ。

 だがそれでも、それを本能から理解出来ていたのはそれが運命だからだろう。


 リースグラートは戦うための剣だ。ロダ・グルコートはリースグラートを最強の剣として生み出したが、納得しなかった。リースグラートでは、リースグラートだけでは他の著名な聖剣を越える事はできなかった。

 たとえ幾千の戦場を駆け抜けようと、稀代の名工として鍛冶師の名を歴史に刻ませる事ができようと、世界最強の剣に至ることはできなかった。


 戦闘後。人の形を取り戻したリースグラートがしたことは身体を磨くことだった。

 紅潮した肌、浮き出しだった気持ちを落ち着け、冷たいシャワーを浴びる。精霊に人のこなす生活は必要ない。だから、それは儀式のような者だ。


 頭を冷やし、精神を集中させ己を磨き上げると、自分の運命に感謝した。

 初めは呆然とした。積み重なる様々な惨劇の光景。恐怖もあった。だが今その身にあるのはふわふわした夢のような高揚だけだ。


 身体をタオルで吹き、すっかり着慣れたメイド服に袖を通す。

 白銀色の髪はまだ湿っているが、それに構わず浴室から出ると、ベッドに腰を掛けていたフレデーラの方を向いた。


 長い紅蓮の髪。前髪の隙間から炎のような目がこちらを覗いている。


 ――バレてる。僕が勇者様にこの身の全てを委ねた事が。


 一度浅く呼吸をしてフレデーラに、仲間の聖剣に要求する。


「フレちゃん……今回の件は……僕に任せて欲しい」


 その言葉に、切ない表情でリースグラートをじっと見ていたレビエリが口を開きかける。

 しかし、フレデーラはそれを手を伸ばして止めた。そして、真剣な目で問いかけてくる。


「……なぜ? 今は私の番のはずよ」


 聖剣にも序列はあるし、順番は皆で決めたものだ。ましてや、リースグラートは既に仮初であっても顕現化を遂げた身、その優先度は最後だった。

 だが、無理を言っているのは承知の上だ。リースグラートはその至極もっともな問いに、やや早口で答える。


「うん……だけど、今回は絶対に僕がやらなくちゃならない」


 リースグラートの目が鈍い白銀色に輝く。

 銀衝剣。その身に満ちる力は担い手の騎士の力に比例する。今のリースグラートの纏う力は最強の勇者をもって、過去かつてない程までに高まっている。


 忠誠。戦意。運命。義務感。その様にいつもの抜けた様子は微塵も見えない。


 最強を証明しなくてはならないという焦燥はもはや、仲間の聖剣など障害にもならないくらいに高まっている。たとえ倒せるかどうかわからなくても、挑むことを厭わないほどに。

 それでも、リースグラートがフレデーラやレビエリにそれを正々堂々要求したのは、それがけじめという奴だからだ。騎士は不義を犯さない。


 フレデーラの伸ばした細腕。その後ろからレビエリが震える声で問いただしてくる。

 あれほど恐ろしかった先輩が、今は何故か怖くない。


「な……何で今、ですか?」


「僕は……最強の剣だ。最強の剣、なんだ。勇者様の手でそれを証明する機会は絶対に逃すわけにはいかないんだ」


 レビエリが平和主義を標榜するように、リースグラートは己の身に誇りを持っている。

 かつて銀衝剣を生み出した鍛冶師はリースグラートに満足しなかった。最強の剣として生み出したにも拘らず、最強を諦め更に二振りの聖剣を生み出した。


 それは出来損ないの烙印だ。

 その事実がどれほどリースグラートにとって屈辱なことだったか、今やそれを知る者はリースグラートの他にいない。


 襲い掛かってきた理解不能の鉄の糸。

 リースグラートの目に入ってきたそれは衝撃だった。

 見紛うことなきその力はリースグラートが待ち望んでいたものであり、自身が担い手と共にいる状況で、向こうが担い手と共にある状況で出会えたのは千載一遇の好機に他ならない。


 リースグラートが熱の籠もった息を吐く。身体の中で魂が燃焼していた。もはやそれを止めることは自分ですら出来ないほどに。


 数十人の騎士にほとんど抵抗を許さず惨殺した剣。音一つ立てずに惨殺した剣。

 そう。あれこそは変幻自在。千変万化の聖剣。リースグラートが興奮の滲んだ声で叫ぶ。


「妹だ! あれは間違いなく、僕の姉妹剣――鉄砂剣ルーセルダストだッ! 僕はルーちゃんの担い手をぶち殺して僕が最強の剣であることを証明しなくちゃならない。これは僕の存在理由だッ! 存在理由なんだッ!」


 造物主が己を差し置いて生み出した聖剣。

 最強を証明するにはまずそれを打ち破らねばならない。銀衝剣の選んだ勇者様が、鉄砂剣の選んだ担い手を超えている事を証明せねばならない。


 騎士とは主に仕えるもの。剣とは所詮道具。

 最強の剣とはそれに相応しい勇者の手でこそ最強の剣となりうる。自らの力で主の最強を証明出来る事ほどの誉れがあるだろうか。


 フレデーラはその光景をただ黙って見つめていた。

 強い感情の滲んだ声。きらきらと輝く瞳。それらを順番に確認し、大きくため息をつくと、テーブルの上に乗っていた手帳をリースグラートに放る。


 それをキャッチする。聖剣皆で順番につけている勇者様に対する評価手帳。

 それは、フレデーラが順番を譲った事を示していた。


「……勝てるのね?」


 フレデーラが短く聞く。考慮するまでもないつまらない問いだった。


 リースグラートは黙って評価手帳を空中で開き、さらさらと勇者様への評価を認める。

 考える時間などいらない。リースグラートは選んだのだ。担い手を厳選するリースグラートが選んだ勇者なのだ。力も性格も意思も顔も、その何もかもはリースグラートのつける評価に影響しない。


 評価など満点に決まっている。欠けている部分はリースグラートがその力で埋めるのだ。


 手帳をフレデーラの方に放ると、リースグラートはフレデーラとレビエリの方に微笑んだ。


「勿論だよ。僕は――最強の剣だからね」


多分2016年最後の更新です。

一年間お付き合い頂きありがとうございました! 来年もよろしくお願いします!

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あああああああああああああ!!!!! 続きが見てぇよぉ!!!
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