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夢幻のソリスト・ウォーカー  作者: 槻影
第二章;銀衝剣リースグラート
20/47

Prologue:勇者としての条件

お久しぶりです、作者の槻影です。

一度は終わった話になりますが、この度、昔作ったプロットを読んでたら書きたくなったので連載を再開します。

更新頻度はまちまちの予定です。まぁ、お暇な時にでも読んでいただけると……。

 現実と何ら変わらない太陽が燦燦と大地を焼いている。


 むせ返るような熱気の中、俺は刃を下ろした。殺意を切れ味に昇華するという呪いが込められているらしい漆黒の刃が、太陽光を吸い込み強い熱を持っていた。


 刃を突き立てる。地面が鈍く震えた。漆黒の大剣は本来、鍛え上げられた騎士でもまともに振れない代物らしいが、今の俺にとっては大した負担にはならない。


 ガリオン王国騎士団が日頃訓練を行っている第一訓練場は、死屍累々の様子を見せていた。

 俺よりも遥かに図体のでかい、鍛え上げられた騎士たちが地面に倒れ伏している。二人組の医療班が担架を持ってやってくると、そいつを乗せて訓練場の隅まで運んでいった。


 怪我はない。初回は怪我をさせてしまったが、こうも長く続いてしまうと《《手加減》》にも慣れてくる。倒れている理由はただの疲労だ。


「次だ」


 俺の言葉に、訓練所の隅に並んでいた半裸の男がこちらに歩いてくる。


 腕の太さは俺の倍、身長もまた俺よりも頭ひとつ分高い。強面の壮年の男。

 誰がどう見ても、俺の方が弱い。弱い、ように見える。その手には、直刃の片手持ちの剣と、身体の半分程度を隠せる大きさの盾が持たれていた。剣も盾も、本物である。重量もかなりあり、訓練を受けなければ満足に扱うことは出来ないという。


 俺は、右手に握った剣を軽くそちらに向けた。腕に付けられたリストバンドに、両足に取り付けられた金属の輪は俺に少しでも負荷をかけるためのもの。だったが、身体は羽のように軽い。集中した際に覚える、重力から解放されたかのような錯覚は現実世界ではまず味わえない類のものだ。


 その感覚は、たまに忘れてしまうこの世界が夢の中であるという真実を思い出させてくれる。


 男が、この国、ガリオン王国の正規軍、騎士団の一人である男が、眉を歪め咆哮に似た叫びをあげた。


「では……ゆきますっ! ――勇者殿ッ!」







§ § §





 喧嘩一つやった事がなかった。やろうとも思わなかった。

 勿論、フィクションでは暴力が溢れていた。漫画だって読んでいたし、格ゲーだってやっていた。


 しかし、俺の学んだ規範では暴力は悪だったし、全ては話し合いや、あるいは金や権力などの暴力以外の要素で解決できると思っていた。


 そんな俺の心のどこに勇者になるだなんて英雄願望が潜んでいたのか、今もまだわからない。


「……さすが勇者殿、我が国の騎士団が傷一つ付けられないとは……」


「一対一だからな」


 恐らく、集団で連携して襲われたら苦戦する事になるだろう。だが、それでも負ける気はしない。心身に漲る力はそれを確信させるに十分なだけの実感を与えてくれる。俺は果たしてここまで……自信を抱くような性格だったか? ここまで自分に自信を抱いたことがあっただろうか?


 さすが勇者殿。その台詞ももう……聞き飽きていた。


 気静剣レビエリの顕現化、竜殺しを達成してからの二週間、何度聞かされたかわからない。

 もう、うんざりだった。そもそも、能力自体俺が努力して手に入れたものではないのだ。竜殺しも偏にレビエリの力あってこそであり、自らの功績でもない事で褒められても嬉しくもなんともない。


 一度、はっきりそう言ってやったが、結果は『欲がない』と褒められただけだった。この国の人間、頭おかしい。


「ふむ……それでも、一月もせずにハンデ付きでも敵わなくなるとは……我が軍もまだまだ鍛錬が足りてないようだな」


 男が低い唸り声をあげた。


 ガリオン王国の擁する軍は凡そ十万。

 正規軍、その総司令を務める大将軍、リバー・グランド。王国の軍神とも呼ばれる男だ。俺が訓練をやりたいといった際に、王様が紹介してくれた男である。

 身の丈二メートルを超える巨躯、年齢は既に五十を超えているそうだが、威圧感は訓練中に相対した騎士たちの比ではない。顔の右半分に、右目を貫くような深い傷跡が残っているが、隻眼ではない。傷の奥、爛々と輝く眼が俺を見下ろしていた。


 いや、品定め……か?。召喚された勇者の力量の品定め。


「騎士ではもう貴方の相手は不可能のようだな。スタミナも筋力も……」


 英雄召喚により、召喚された際に跳ね上がった身体能力は何年もの間休まず鍛えあげた騎士を遥かに超える。

 膂力、脚力、反射神経、動体視力。ド素人の俺の剣を、れっきとした体系だった剣術を学んだ『騎士』が受けられないくらいに、そこには絶望的な身体能力の差があった。


 受け流そうとしても受け流せない圧倒的な膂力。

 技術を叩き潰す圧倒的な力は本来獣の領分である。手足に付けられた重しは、少しでもハンデを与えるためだが、今の所まったく役に立っていなかった。この世界で最も重い金属で出来ているらしいが、俺にはまるで何もついていないかのように軽く感じる。


 これでは、訓練にならない。


 リバー将軍が、顎鬚をいじり、にやりと野性的な笑みを浮かべる。


「力で叩き潰す事は決して悪いことではない。それは、戦士にとって一つの到達点とも呼べるだろう」


「技術が欲しいんだよ、俺は」


 そうでもなければ訓練の意味がない。

 俺がやっているのは軽い身体、跳ね上がった能力で金属の塊を振り回しているだけだ。

 実戦経験は既にそこそこ積めている気もするが、もともとは剣道すらやった事がない人間であり、すべては我流。俺が倒さねばならない魔族の中には高度な技術を持った者もいるという。このままではいずれ苦戦する事になるかもしれない。


「ガリオン流剣術は人の能力を元に編み出されたもの。勇者殿の肉体能力を考えると、長所を殺す事にしかならないだろう」


 言っている事はなるほど、納得がいく。確かに、今の俺の腕力ならば手刀で人が殺せるだろう。そうなれば武芸なんていうものは必要ない。

 だが、それは危険な事でもある。何が危険って、俺の力はただの幸運で手に入れたものであり、努力によって身につけたものではないのだ。

 今、このぽっと降ってきたような力で勝利できる内はまだいいが、この力で敵わない敵が現れたその時に、どうしようもなくなってしまう。この世界がいくらただの夢だとは言え……正面から敵わなかった漆黒明竜ダーク・ブライト・ドラゴンの例もあるのだ。


「何か……ないのか?」


「……ふーむ……」


 俺の問いに、目を細め将軍が唸る。もともと強面で髭面、熊のような男が唸ると、かなりの迫力があった。

 やがて、将軍が顔をあげる。老いて尚頑健、豪傑に相応しく若い頃はその剛力で四方千里に名が轟いていたらしいが、今の俺よりも力は弱いらしい。身も蓋もない設定である。


「勇者殿に適した剣術となると……これはもう、竜人にでも教えを乞うしかないだろうな」


「竜……人?」


 初めて聞く単語だ。語感からすると、竜の……人だろうか?

 聞き返す俺に、将軍は答えずにやりと笑った。


「まぁ、必要あるまい。勇者殿が強くなるにはもっと手っ取り早い方法がある」


「てっとり早い方法?」


「左様」


 仰々しく頷き、将軍がぎろりと視線をそむける。訓練の準備をするための部屋。俺と将軍の他には誰もいない。

 染み付いた汗の据えた匂い、立ち並ぶ訓練用の剣の鉄の匂い、広々とした部屋の中、まるで声を潜めるようにして将軍が言った。


「聖剣の顕現化ができるようになれば……カミヤ殿の戦闘能力は跳ね上がる事だろう。そして、聖剣を使った戦術は既存の戦術の枠に当てはまらない」


「……武器の力に頼るのか」


 身も蓋もない意見。

 確かに、聖剣の力は異常極まりない。弱い方らしいリースグラートの『飛ぶ斬撃』一つとっても、既存の戦術の枠にはまらない力という表現は正しいだろう。

 だが、夢の中でくらい……自分の力で未来を切り開きたいものだ。


 不満が表情に出ていたのか、将軍が笑う。


「かっかっか、若い。勇者殿は……まだ若い。武具を使いこなすのも戦人としての重要な資質、事実、聖剣を使っても勝てない敵はおる」


「……」


 あれ使って勝てない敵がいるのかよ、おい!?

 初めて聞く情報だ。確かに、リースグラートの飛ぶ斬撃は竜相手に通じなかったが、直接の斬撃はあっさりと何の抵抗もなくその鱗を貫いている。あれで……勝てない?


 将軍が、節くれだった指でまるで懐かしむように右目の傷をなぞる。


「この右目の傷も……敵の聖剣にやられたものだ。一時の油断、今俺がまだ生きているのはただの……偶然にすぎない」


「聖剣に……」


 将軍の言葉は、この国で軍神とまで呼ばれている男だとはとても思えない。


 それほど深い傷には見えない。視力もちゃんとあるように見える。

 浅黒く焼けた顔の中、ぎょろりと眼球が動き、俺をまじまじと見た。


「勇者殿がまずすべき事は、一般的な訓練よりも先に……すべての聖剣を使いこなすことだろう。くっくっく、俺も聖剣に選ばれていれば――」


「……」


 聖剣を……使いこなす、ねぇ。


 俺はまだこの世界について何もしらない。せいぜい知っているのはこのガリオン王国王都の中と、その外の森の中くらいだ。


 だが、数十年この国を守ってきた将軍がそういうのならばそうなのだろう。

 聖剣を使っても勝てないような敵……想像も付かない、が。彼は今、敵の聖剣と言った。相手もレビエリやリースグラートと同格の聖剣を持っているのならば、勝てない敵がいるというのも納得がいく。


 しかし、あれを敵に回すのか……嫌だな。


「訓練場は今まで通り自由に使っても構わない、が、俺の言葉も覚えておくといい」 


「……ああ」


「……まぁ、勇者殿には忠告するまでもない、か。勇者殿は俺と違って……」


 果たして、将軍の過去に何があったのか。


 中途半端に言葉を切り咳払いすると、将軍は立ち上がった。やや和らいでいた表情はすでになく、そこには長年王国を守り続けていた軍神の姿があった。

 身体能力は俺の方が遥かに上のはずだが、実際に一対一で戦えば叩き潰せるはずだが、こうして目の前にして……勝てる気がしない。それは果たして、それまでくぐってきた修羅場や覚悟の差なのだろうか?


「勇者殿は訓練の時間を減らし、その分を聖剣のために使うといいだろう。聖剣の能力は、その絆の強さによって増減すると聞く」


「……ああ」


 確かに、最近訓練の方に力を入れがちであまりコミュニケーションを取っていなかったかもしれない。

 レビエリは俺の屋敷にいるが、他の聖剣達は基本的に宝物庫に住んでいる。今の所、魔王の討伐に彼女たちの力を借りるつもりはないが……そう甘くもない、のか?


 退出しようとしている将軍に、ふと気づいた事を聞いてみる。


「将軍、その眼は何にやられたんだ?」


 将軍の足がぴたりと止まった。

 随分と古く深い傷だ。だが、その深さに比べて傷跡は大きくない。長剣ならばもっと長い傷ができるはずだ。少なくとも、俺の膂力ならば顔の半分を持っていける。

 そして何より、深い傷なのに将軍はちゃんと眼が見えている。


 数秒沈黙し、将軍が言った。


「……もう随分と昔の話だ。くっくっく……金閃剣アグニム、もしも相対する事になったのならば、注意されよ」


「金閃剣アグニム……?」


 ふと、思考にひっかかりを感じた。金閃剣アグニム……どこかで聞いたことがあるような……どこだったか。

 聞いたのは多分最近だったはずだが、思い出せない。


「奴の権能は――『不治』。その剣撃で受けた傷は決して……癒える事がない」


「……ありがちな能力だな」


 フィクションではよく出てくる能力だ。だが厄介な能力である。

 この世界は基本的に現実よりも文化が遅れているが、一部分に於いては現実を凌駕している。この世界には『魔法』という要素があるためだ。

 俺はまだ傷を受けたことがないので受けたことはないが、傷ついた騎士が回復魔法を掛けられるのを見たことがある。

 まるで動画を逆再生するかのように、癒えていく傷跡。

 即死クラスの深手を追わなければ死ぬことはないと思っていたが……恐らく、そのアグニムとやらの権能は魔法による回復すら拒絶するのだろう。


 自然治癒は勿論阻害されるんだろうが……ん?


「ちょっと待て……不治の攻撃を受けたのに、将軍の右目は――」


 確かに深い傷跡は残っているが、血などは出ていないし、視覚機能にも影響が出ているように見えない。


「ああ……」


 俺の疑問に、将軍は尤もらしく頷いてみせた。そして、あっさりと言い放った。


「全治の聖剣がなければ、今頃俺も墓の下だっただろうな……くっくっく、勇者殿も気をつけろよ」


「……は?」


 言うだけ言って、将軍は部屋から去っていった。

 しばらく将軍が去っていった後を眺めながらぼうっと考える。


 全治の聖剣? 今全治の聖剣って言ったか?


 まさかの回答である。不治の聖剣で受けた傷を全治の聖剣で治した?


「……とりあえず聖剣って言っておけばいいと思ってるんじゃないだろうな……」


 答えるものはすでにいない。


 この世界……聖剣多すぎじゃね? 本当に、一体全部で何本あるんだよ。

 この国には五本の聖剣がありますって言われた時点で多いなぁと思っていたが……。


 聖剣ってもっとこう、世界に一本しかないとか、そういう貴重な……あれ?


 誰もいない空間を睨みつけ、俺の使ったことのある聖剣、気静剣レビエリと銀衝剣リースグラートの事を思い出す。

 まさかあれクラスがうじゃうじゃいるのか!? 


 ぞっとしない考えが浮かぶ。

 このままじゃ魔王が聖剣を使ってきても不思議じゃないぞ……?


 聖剣が五人も(リースグラートを合わせれば六人も)いるのに魔王に滅ぼされ掛かっているというから一体何が原因かと思えばまさか――。


 嫌な予感に、肩を震わせた。確かに、将軍の言うとおり普通の訓練なんてやっている場合ではないのかもしれない。


 誰もいなくなった室内を見渡し、ため息をついた。


 しかし、この夢は本当に……いつ覚めるのだろうか。

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[良い点] 魔王も聖剣を使うという発想
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