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夢幻のソリスト・ウォーカー  作者: 槻影
第一章:気静剣レビエリ
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第一話:どうせ夢ならば①

 夢。しかも夢だと自覚している夢だ。

 明晰夢と呼ぶのだろうか。何度か経験があるので違和感はなかった。


 なるほど、夢ならばこの映画のフィルムの一部を切り取ったような唐突な場面変化も現代日本には在るまじきファンタジックな時代・場所設定も納得がいく。

 俺は焦るのをやめた。夢ならば時間が経てば覚めるはずだ。ずいぶんと長い夢に思えるが、覚めてしまえばあっという間のように感じるのだろう。よくある話である。


「おお、もう理解したか。さすが異界の勇者だ」


「まぁな。……だが俺は勇者なんかじゃないぞ」


 勇者じゃないし、勇者になりたいと思ったこともないが、夢にまで見るということは案外、英雄願望と呼ぶべきものが眠っていたのだろうか。英雄症候群ヒロイック・シンドロームとでも呼ぶんだっけか?


 王様もお妃様はどこか納得したように頷いた。


「なるほど、謙遜とは、勇者殿は人もよくあられるようだ」


「……いや、そんな事はないが……ふむ」


 王様から視線を外し、周囲を観察する。


 思ったよりもこの夢は秩序だっている。支離滅裂感が薄い。


 どうしたものか。


 この夢がどのようなシナリオを持っているのかわからないのである。唯一分かるのは俺が勇者らしいという事くらいだ。

 そして、しかしながら勇者と呼ばれているわりには剣の一本も持っていない。


 自身の格好を見下ろす。

 なんということか、俺の格好はいつも寝る時に使用しているジャージ姿だった。王様やお妃様は勿論、王様に駆け寄った壮年の男もマントのような物を羽織っているため違和感が甚だしい。

 夢であり、勇者なのであるならばそれらしき姿をしていてもいいというのに、融通の利かない事だ。


「……俺はどうしたらいいのだろう?」


 そしていつ目が覚めるのだろうか。

 夢の登場人物に聞くのもどうかと思うが、事情がわからないので仕方ない。

 王様がその立派な格好に似合わぬ申し訳なさそうな表情を作る。口調は暗く、同情してしまいそうになる悲痛さが感じられた。


「勇者殿には召喚術により我が国に召喚させていただいた。いきなりの事で申し訳ないが、我が国には危機が迫っておる」


「ふむ……それで?」


 召喚術と言うものはよくわからないが、どうやら俺は異国から呼び出された設定らしい。案外わかりやすいストーリーだ。俺の堅物な脳ではその程度しか考えられなかったのだろう。

 俺の反応は予想外だったのか、王様は若干気が抜けたように口調を和らげる。


「勇者殿には魔王を倒していただきたい」


 なるほど。王道ストーリーだな。

 RPGなどでよく見られる形だ。ポピュラーな英雄譚である。

 王様の言葉を聞くに、この夢はRPGをベースにされているのではないだろうか。しかも古き良き時代のRPGだ。何より、複雑さがなくていい。


「いいよ」


 まぁ夢なので適当に引き受けておくとしよう。

 どうせ魔王を倒す所まではいかないだろう。中途半端に目覚めるはずだ。いいところで目覚めてしまうのは夢を見る際の鉄板だ。


 王様が今度こそあからさまに呆気にとられた表情をした。

 自分で頼んでおいて何がおかしいのか、兵たちも王様に駆け寄った偉そうな壮年の男――この際一般的なRPGの法則に則り、彼を大臣と呼ぼう――の表情も驚愕にゆがんでいる。


「ほ、本当にいいのか? 突然拉致されたようなものなんだぞ!?」


「いいよ」


 王様も大臣もお妃様の表情にも困惑があった。

 大体断ってどうするんだよ。断ったら冒険が終わってしまう。せっかくのリアル風、英雄譚なのだ。楽しまなければ損だろう。

 俺の想像力の限界がどの程度あるのかも知りたいし。


 何が問題だったのか、王様、お妃様、そして大臣の三人で円陣が作られる。

 何事か相談していたが、やがて王様がその円から出ると、俺の眼の前で唐突にひざまずいた。


 突然の事に兵たちがざわめいたが、王様の威厳ある声に一瞬で収まった。

 顔を上げる。透き通るような碧眼からぽろぽろと雫が落ちている。

 泣いている。


 突然の事に俺はドン引きだった。

 大の大人が泣く姿なんてそうそうに見れるものではない。


「すまなかった、勇者『カミ』よ。私達は貴方がそう簡単に引き受けてはくれないだろうと誤解しておった」


「……ん?」


「謝罪させてくれ。詰ってくれてもかまわん。我々は勇者殿が引き受けてくれなかったら……魔道具で無理やりに従えるつもりだったのだ」


「へー……」


 なるほど、引き受けない場合の事も考えているなんて、俺の夢、やるじゃないか。

 設定の緻密さに内心で感心する。それにしてもこの王様、人がいいというかなんというか、言わなければ良い事をあえて言うなんて正直者である。


「まー別にそんなの構わないよ。許すよ」


「な、なんと!? 勇者殿は我らをお許し下さると、そうおっしゃるのか!?」


 だって夢の話だし、時効である。

 いや、時効とは呼べないか。しかし、何より許さなかったらどうなるというのだろうか。


 俺の言葉に、王様が隣の大臣と男泣きを始める。王妃様もほろほろと懺悔の涙を流す。

 兵たちの一部も泣いているのだろう。手にとった槍を落とす者が数人。


 俺は再びひいた。何このシチュエーション。

 外国人は日本人と比べて感情を露わにするとよく言うが、それにしてもこれは酷い。

 話が進まないじゃないか。


 しばらく待っていたが、いつまでたっても騒ぎが収まる気配がない。


 仕方なく、ひざまずく王様に手を差し伸べた。


「王様、気にしないでほしい。失敗は誰だってする。過去ではなく未来を見ていこう」


 王様を眼の前にやはりばりばりのタメ口である。だが今更敬語を使うのもどこか違和感がある。

 一度進んでしまった以上方向転換は難しい。咎められていないようだし。


 王様は俺の言葉に更に感極まったのか、しばらく滂沱の涙を流していたが、やがてよろよろと立ち上がり玉座に崩れ落ちるように座った。


 しかし明晰夢とはいえ、素晴らしいリアリティだ。全てが日本とは別物だが、風景は勿論王様の一挙一足に至るまで、どこにも違和感がない。


 全員が落ち着くのを待って尋ねる。

 何をするにしても、俺にはチュートリアルが必要だった。説明書は完璧に読むタイプなのだ。


「しかし、俺には剣も無ければそこの兵隊さん達のような立派な鎧もない。戦えるだろうか?」


「ああ……そこの所は心配いらん。勇者殿にはここに来た時点でスキルが取得できているはずだ」


「……スキル?」


 これまた現実では聞きなれない言葉だった。スキル……技術の事だろうか?

 自慢じゃないが俺には趣味もないし、人様に自慢できるような技術は持っていない。


 俺の戸惑う様子を見て、王様が言い換えてくれた。


「ふむ……一種の魔法のようなものだと思ってくれていい。目を閉じてこう念じるのだ。『オープン・ブラッド』と」


「魔法か」


 なるほど、わかりやすくファンタジック。

 王様の言うとおり目を閉じて念じる。


『オープン・ブラッド』


 ご丁寧に眼の前にゲーム画面のウィンドウのようなものが出てくる。さすが夢。しかし俺はここまでゲーム脳だったのだろうか。

 ゲームのウィンドウのようなものだが、ゲームと違って項目は少ない。

 不安に思いながら上からウィンドウを見ていく。


 名前:神矢かみや 定輝さだてる

 性格:マイペース


 余計なお世話である。

 気を取り直してスキルと記載された部分を見た。


 スキル:

 他言語化対応(全)

 オープン・ブラッド


 思ったよりもスキルが少ない。

 魔法のようなものだといったからファイヤーボールとかそういうのが出てくるのをイメージしていたのだが、『他言語化対応』か。

 響きの通りだとするのならば、日本人である俺が異国の王様と会話できるのはこのスキルのおかげなのだろう。微に入り細を穿つ設定である。王様が偶然日本語を話せると考えるよりは納得の内容だ。

 そんな細かい設定どうでもよかったのだが……


 しかし、オープン・ブラッドが今のウィンドウを出す魔法だとするのならば、俺は他言語化対応で戦わなくてはいけないという事になる。

 勇者の役割とは何なのだろうか。魔王とは外人の事で倒すとはコミュニケーションを使った外交の事をさしているのだろうか?

 いやはや、この俺にそんな高尚な事ができるわけがない。知識もないし、口下手な帰来もある。何より、他者と話すことが好きなわけでもない。できれば誰とも会話せずに生きていきたいくらいなのだ。無理だが。


 固唾を呑んで見守る王様に聞く。しかし、こうして会話できるのも他言語化対応のおかげなのだろう。なかったらなかったで困ってただろうな。


「オープン・ブラッドを除くと他言語化対応というスキルしかないのだが、魔王とコミュニケーションとかすればいいんだろうか?」


「な、そんな馬鹿な。勇者殿、もう一度確認してくだされ。他言語化対応は召喚された者の全員が全員持つスキルなので他に固有スキルがあるはずです!」


 隣の大臣が代弁して答えてくれた。


 ……なるほど。標準仕様なのか。確かに言語なしで放り出されても困るだろう。

 俺の夢なので俺の他に呼び出されたものはいないはずだが、それにしても細やかな設定だ。

 しかし、いくら確認してもないものはない。


「……やはりないようだ」


「そんな馬鹿な……召喚術は失敗か」


「いやいや、そんな事はない――現に今まで召喚された勇者たちは……」


「しかし、カミ殿は――」


 おやおや、雲行きが怪しいぞ?

 大臣と王様が再び円陣を組みこそこそと話している。


 どうやら他言語化対応を有効活用して外交をやれというわけでもないらしい。

 スキルが他にないのはイレギュラーのようだ。やれやれ、どうせイレギュラーなんだったらスキルが大量にあるイレギュラーだったらよかったのに。尤も、俺の想像力ではそんなに沢山のスキルは出せなかっただろうが……


 王様がちらちらとこちらを見る。声がやや荒らげられているため、こちらまで聞こえてくる。


「戦闘スキル無しで魔王討伐はさすがに――」


「しかしカミ殿は人格が――」


「戦えぬ勇者に意味なんて――」


「どうせならカミ殿を生贄にして新たな勇者を――」


「とんでもない――」


 何やら物騒な会話がなされているようである。生贄ってなんだ生贄って。

 やがて待つ所数分、円陣が解放され、王様が申し訳なさそうに言う。威厳はあるしなかなかの二枚目なのだが、眉をハの字型にしてばかりなので情けない印象が強くなってしまった。


「申し訳ない、どうやら召喚の不備のようでスキルが付与されなかったようなのだ……前例からすると戦闘向きのユニークスキルが付与されるはずなのだが……」


 なるほど、そういう設定か。

 しかし召喚の不備というよりは俺が悪いのだろう。俺の夢だし。

 申し訳なさそうな表情をさせてしまい逆にこちらが申し訳ない。


「という事は、戦闘スキルなしで魔王を倒すのか……」


 それは大変なのだろうか?

 いや、所詮は俺の夢だ。いわばこの世界では俺が神とも呼べるだろう。

 どういうシナリオが待っているのかはわからないが、英雄願望の発露した結果がこの夢だとするのならばエンディングは勝利のはずだ。

 特に何の躊躇もなく、何も考えずに頷いた。


「まぁ、いいか」


「ちょ……よ、よくありません、勇者殿! まさか戦闘スキルなしで戦うおつもりですか!?」


「この国は困ってるんだろ? 仕方の無い事だ」


 俺の言葉に三度目の円陣が出来上がる。

 大臣も王様もお妃様も若干疲れたような表情をしている。


 ないならないで仕方ないじゃないか。ないものをねだっても仕方ない。王様達を攻めた所でそのスキルとやらが手に入るでもなし。

 大体俺の夢なのだからある程度ご都合主義で進んでいくのだろう。痛みもないし恐怖などあるわけもない。


 円陣からまたもひそひそ話が聞こえてくる。


「ここまで善人だと――」


「国宝のオーブを――」


「いや、あれは二つしか――」


「しかし滅ぼされたら結末は――」


「新たな勇者を――」


「リスクが――」


「性質が――」


 なかなか熱い討論が繰り広げられているようだ。

 高い天井をぼんやりと見上げながら待つ。ここで夢が覚めたら骨折り損だな。


 やがて先ほどよりも長い時間待った所で、円陣が解散する。

 王様の目はどこか強い決意に満ちていた。


「カミ殿、ご安心なされよ。我がガリオン王国には後天的に最上級スキルを付与するスキルオーブがある。それを使えば戦闘向きのスキルが手に入りましょう」


 なるほど、そう来たか。


「……しかしそれは貴重品なのでは?」


「……然り。我が王国にも二つしかございませぬ。しかし、カミ殿のような人格者に使用するならば――惜しくはない」


「いや、人格者などではないが……」


 別に俺は王様の事を慮って会話しているわけではない。

 全ては所詮夢、幻なのだ。割とどうでもいいのである。勿論口には出さないでおくが……


 やがて大臣が純白の宝箱を二つ程抱えて持ってくる。シャンデリアの光の元で煌めくそれは箱だけでもかなり高そうだ。

 しかし、その中に入っているものはそれの比ではないのだろう。


 恭しく開かれたそれから極光が溢れでた。凄いエフェクト。まるで映画みたいだ。

 あまりの眩しさに腕で目を覆う。


 一瞬で消失する光。残ったのは見たこともない美しい水晶球だった。

 それを正確に描写する語彙を俺は持たない。水晶球なのは確かだが、ただの水晶球でもない事は俺にも一目で見て取れた。

 まさしくそれは神秘である。宝石のようでもあり、同時に唯の宝石であるわけがない。近寄るだけでびりびりと内包する力が伝わってくるかのようだ。魂が揺さぶられるとでも言えばいいのだろうか。


 なるほど、俺の想像力も捨てたものではない。魔法など見たことないが、もし本当に魔法があったとするのならばこういったものなのだろう。

 二つの箱。オーブは二つあった。


「ささ、勇者殿。我が国の国宝、最上位のスキルオーブ『英雄の祭壇』です。ご使用ください」


「……二つあるようだが? 俺は一つで十分だぞ」


「念の為です。スキルオーブは所詮後天的な付与に過ぎませぬ。オーブによって一人の人間に付与できるスキルは一つ。付与されるスキルはランダムですが、二つ目を使うと新たなスキルを得る代わりに一つ目のスキルは消失致します」


「なるほど……ランダムなのか」


 自慢じゃないが俺のくじ運はかなり悪い。


「はっ、ほとんどのスキルは戦闘向き故、心配はないかと思いますが元より我が国はカミ殿の全てを賭けることに致しました。オーブは二つとも差し上げましょう。もし気に入らないスキルが手に入った場合にご使用ください」


 太っ腹な事だ。いや、これが自身の夢であるが故の主人公補正と呼ぶべきものなのだろうか。

 礼を言って一つ目のオーブを手に取る。吸い込まれそうな深い深い海色の輝き。


 本能的に使い方はわかった。

 国宝級のスキルオーブから得体の知れぬ力が全身に流れ込んでくる。

 俺の全身から青い光が溢れ出る。凄いエフェクト。変身ヒーローにでもなった気分。


 光はすぐに収まった。国宝と言っていたが使ったのは初めてだったのか、敬意のような視線がこちらに向けられていて酷く居心地が悪い。

 俺は静かに目を瞑ってオープン・ブラッドを念じた。


 名前:神矢かみや 定輝さだてる

 性格:マイペース

 スキル:

 他言語化対応(全)

 オープン・ブラッド

 レアリティ判定


「……」


 俺は無言のまま王様の方を見てレアリティ判定のスキルを行使するよう念じた。

 頭の中に情報が浮かび上がってくる。


 レアリティ:S


 ……なるほど、確かにレアリティ判定だ。

 王様はけっこうレアなのだろう。多分。


「……」


 おい、これどうするよ。何に使うんだよこれ。

 国宝級のアイテムを使って、いくらなんでもこれはない。

 俺は期待に満ちた表情をする王様達を前に、初めて表情がはっきり引きつるのを感じた。


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