悪役令嬢という立場だけどギャフンと言わせてやりました
短編第2弾
「それで、貴方はそこのお嬢さんを選ぶというのね、ルビウス?」
「申し訳ございませんエリザベス様。ですが私には彼女が必要なのです」
とある学園の大広間で対峙するのは、筆頭公爵家令嬢のエリザベス・エトカーレとその執事のルビウス・フランジュール。ルビウスの横にはしっかりと彼の服を掴んで離さない女生徒が、まるでヒロインのように不安げに瞳を揺らしている。
「彼女に出会って私は変わりました。エリザベス様の執事として生涯を生きるよりも、大切な人をこの手で守りたいとそう思えるようになったのです」
「ルビウス様...」
エリザベスの眼前で繰り広げられる茶番に付き合っていられないと、彼女はその艶やかな唇をひらいた。
「そうですか...ならば勝手にするといいわ。此方で執事派遣協会には貴方の解雇を通知しますので、貴方は安心してそちらのお嬢さんのもとへ行きなさいな」
「え、それはどういう...」
ルビウスは理解できないとばかりに困惑の表情を浮かべるが、エリザベスには知ったことではない。
「もう貴方はエトカーレの執事ではないということよ」
「なっ!?そんなことエリザベス様の一存では決められないはず!!」
解雇されることに焦り元主人に口答えする姿は執事失格だ。エリザベスはとても残念なものを見る眼でルビウスを見た。
「ねえルビウス?貴方、執事派遣協会で習わなかったの?執事は主を第一優先しなければならない。主の意に背くような行動は決してしてはならない。その際は如何なる理由があろうとも解雇の対象となる...確かそうだったわよね?まさに今、貴方は規約を破ったのよ?」
クスクスと笑いながら金色に輝く長い髪を揺らすエリザベス。その姿はまさに美の女神。
「あと言ってなかったかもしれないけれど、貴方は私専属の執事だったからすべての決定権は私にあるの。だからお父様にお伺いをたてることなく、独断で解雇することができるのよ」
「エリザベス様...」
膝をついて絶望するルビウスを見ても、可哀想だとは思わない。だってこれは自業自得なのだから。
「本来なら今まで貴方に費やした金銭を返金してもらいたいのだけれど...そちらのお嬢さんに返せるとはとても思えませんね。まあ、それはいい勉強になったと思いましょう。それではお2人ともお幸せに。私はもっと優秀で忠実な執事を新しく選出しなくてはいけないので」
軽やかに身を翻し、エリザベスは茫然とする2人のもとから颯爽と去るのだった。
そして3日後、エリザベスの隣には見目麗しい男が並んでいた。美しいエリザベスと並んでも劣ることない彼は、まるで恋人のようにエリザベスに寄り添っている。
「エリザベス様!!」
そんな2人の前に現れたのは誰であろうルビウスだ。自身の身勝手で主人であったエリザベスに捨てられた彼が、今更一体エリザベスに何の用があるのだろうか。
「あらフランジュールさんごきげんよう。私になにか用かしら」
ルビウスの登場にも動ずることなく、公爵家令嬢らしく振る舞うエリザベス。
「エリザベス様、彼女とは別れました!だからもう一度...」
「貴方があのお嬢さんとどうなろうが、私には知ったことではありません。それに、私にはもうすでに貴方よりも優秀な執事がいますから」
「その男...ですか?」
ギロリとエリザベスの横に立つ男を睨み付けるルビウス。睨まれている当の本人は気にもせずエリザベスを愛しげに見つめている。
「そうよ。貴方と同じように協会から派遣されたの。彼は協会の中でも特に優秀なんですって。ミハエル、自己紹介でもしたら?」
「そうですね。初めまして、エリザベス様にお仕えしています、ミハエル・グラディウスです」
「グラディウス...伯爵か」
「そうですね。私はそこの3男なので家督も継がなくてよく、こうやってエリザベス様にお仕えすることができるのですよ」
まるで挑発するようにルビウスに告げるミハエルに、悔しげに歯を食い縛る。
「貴殿には感謝しなければいけませんね。貴殿が取るに足らぬ女性に心移りしてくれたお陰で、私はこうやってエリザベス様のお側にいることができるのですから。これからは私がエリザベス様を公私共に支えて参りますので、どうぞお気になさらず色事にお走り下さい」
「そういうことなので、これ以上私に関わらないで下さいね?」
「行きましょう」とミハエルを伴いエリザベスはスタスタと歩き出した。残されたルビウスはその後、執事派遣協会から登録抹消され、学費も払うことができず学園を去ることになる。
さて、あの後のエリザベスとミハエルは...
「ミハエルったら、あれは言い過ぎではなくて?」
専用のテラスで、ミハエルの淹れた紅茶を楽しむエリザベスは、カップを置くと後ろに控えるミハエルに視線を送った。
「あれとは、あのルビウス・フランジュールへの発言ですか?」
美麗な笑みでエリザベスを見るミハエル。まるで先程のことなどなかったかのように振る舞っている。
「ですがエリザベス様。彼の諸行は執事として、同じ男として赦されることではありません。自らの命よりも主であるエリザベス様を第一に考えなければならないのに...」
「でもそのお陰で、私は貴方と会えたわ」
エリザベスは、ルビウスにも見せたことのない笑みをミハエルに見せた。その笑みを見て一瞬目を見開いたミハエルだが、すぐにそれは至上の恋人へ向ける笑顔に変わる。
「私も、エリザベス様という素晴らしい女性に出逢えて幸せです。ですから私以外に目を向けるなんてこと...しないでくださいね?私には、もう貴女以外目に入らないのですから」
ミハエルはそう言うと、エリザベスの白魚のような手をとり、自身の薄い唇を落とした。それは、執事として、エリザベスを愛した一人の男として忠誠を誓う証である。エリザベスはその手をするりと抜き取ると、ミハエルがしたのと同じように自らの手に熟れた唇を落とす。
「ふふふ...貴方との関係をお父様が知ったら、きっと腰を抜かしてしまうでしょうね」
エリザベスの行動に瞬間頬を赤らめるも、さすがは優秀な執事だけあり、すぐに執事の顔へと戻る。
「そうでしょうか。私は御当主様には初めからエリザベス様への好意を隠してはいませんでしたから、例え知ってもさほど驚きはしないと思いますよ?私はエリザベス様のお噂を聞いていた頃より、貴女に恋焦がれていたのですから」
エトカーレ家令嬢にして社交界の大輪。誰もが見惚れ振り返る美しさと類い稀な知性を兼ね備えたエリザベスは、様々な家から結婚を申し込まれる。そんな彼女の噂は様々なところを飛び回り、執事協会に在籍するミハエルの耳にも届くことになる。ミハエルはエリザベスについての噂だけで彼女に惹かれ、恋をしたのだ。そして偶然にも協会に赴いていたエリザベスと出会い、彼女の執事の座を手に入れることが出来たのだ。
「エリザベス様が学園を卒業するまで、私は執事として貴女を支えてまいります。けれど卒業したら...貴女を愛するただの男として、生涯寄り添うことを許していただけますか?」
「許すもなにも、私は初めからそのつもりよ?ミハエルには夫として、女公爵になる私を支えてもらわなくてはね」
公爵家にはエリザベスしか子がいないため、必然的にエリザベスが次期公爵となる。それもあり入り婿の座に納まろうと考える男は後を絶たないのだ。だがそれもミハエルの登場により潰えることになるだろう。
「エリザベス様を生涯愛し支え抜くことを我が命に懸けて誓います」
その後、無事卒業式を終えたエリザベスは、女公爵としてその名を轟かせ、歴史に名を残すこととなる。またミハエルは、夫としてエリザベスを生涯支え愛し、公爵家に嫁いだ執事として妻のエリザベスとともに有名になる。2人の愛の結晶である子供にも恵まれ、エリザベスとミハエルは末永く幸せに暮らしましたとさ。
Fin