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田中先生はちょっとおかしい  作者: おだやか
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第二話

 「高橋くん、ちょっと話があるんだけど…」

 「へ?」


 一限目の授業が終わり、短い休憩時間。

 次の授業も移動する必要のない科目の為、さっきの授業の復習に勤しんでいるところに、クラスメートの関川さんから声を掛けられた。

 校則が緩いこともあって、このクラスの女の子は、髪を染めている子も少なくない。

 が、関川さんは、まるでそんなことに興味がないのか、純粋な黒色の髪で、三つ編みに眼鏡。化粧気のない顔。――委員長と言うあだ名に相応しい真面目っ子だ。

 別段、俺も不真面目と言うわけではないのだけど、こういう女子との接点はほぼないと言っても良い。彼女が俺に声を掛けてくるのも、今回が初めてかもしれない。


 「話って、何?」

 「ちょっとここでは…」


 教室内で出来ないお話。

 多少、嫌な予感がする。


 普通、こういうパターンって、男としては嬉しかったりするのだと思う。

 いや、俺も、ほんの数日前までなら、期待をしていたのではなかろうか。

 関川さんは、先ほど言った通り、クラスの中では、真面目で物静かな部類で、リア充、と言う感じのグループからはちょっと外れている子だ。

 けれども、それが=可愛くない、とか、そういうことには、ならない。

 クラスの中では、割と彼女に好意を抱いている連中は少なくないだろう。言葉は悪いかもしれないが、某大人数のアイドルグループみたいに手の届きそうな存在――けして高嶺の花ではない存在に見える。

 勿論、そういう存在は得てして、実際は手の届かない場所にいるわけではあるが。


 「それって、すぐに終わる話?」

 「ん、解らない…」

 「それじゃ、今じゃない方がいいんじゃないかな?」


 時計を見る。授業間の休憩は10分しかない。

 何だかんだであと5分程度。彼女の話がどのようなものかは解らないけれど、余裕をみておいた方が良いのであれば、長い休憩時間の時の方が良いだろう。


 「いつなら、大丈夫?」

 「そうだなぁ…」


 考えてみる。昼休憩は45分ある。その後で掃除の時間があり、午後からの授業が始まる。

 時間があるのは昼休憩、放課後。ただ、昼休憩に女の子と二人になるのは難しい。


 「放課後かな。昼休憩は、先生が来るし…」

 「あ、うん。また田中先生と御飯食べるんだね…」

 「そうだね。何故か良く分からないんだけど」


 誤魔化しつつ――良く分からない、などと言ってしまう自分に少し罪悪感を覚える。

 理由など一つでしかないのだ。彼女がこの教室に来る理由。

 それは――。


 「…まぁ、とにかく。放課後で」

 「うん、わかった。放課後まで、待ってる」


 待ってる、か。

 何だろう。この甘酸っぱい感覚。

 あれかな。青春って、こんな感じなのかな。










 




 午前の授業の終わりを告げる鐘と共に、教室の戸が開く。

 数学の羽田先生が教室を出るよりも早く、田中先生はすたすたすたと教卓の前に立った。


 「昼御飯よ!!」


 そうですね。

 教室の中の皆が、彼女に頷き返す。彼女は満足げに頷くと、僕の机の前に立った。

 

 「高橋くん、さて、飯を食おうではないか。ふふふ」


 含み笑いを漏らしつつ、背を逸らす。腰に当てた手から、大きな袋が二つぶら下がっている。


 「さっそく教室を出よう。出ようじゃないか」

 「先生、皆の視線が痛いんですが」

 「お前ら、視線のレーザービームを高橋くんに向けるのはやめなさい。彼の身体が焦げるだろうが」

 

 物理的にな――田中先生のテンションがおかしい。いや、彼女は常におかしいわけではあるが。

 と、関川さんがおずおずと手を上げつつ、


 「あの、先生、最近、高橋くんと一緒にどこに行ってるんですか?」


 と尋ねた。他の生徒も気になっていたらしい。私も気になってた!俺もだ!と、その質問に好奇心を刺激されたクラスメートの視線が田中先生に突き刺さる。

 彼女はそれらの視線を浴びて、少しは気おされるかと思いきや。


 「…それは言えないな。だが、一つだけ言えるとすれば…」

 「言えるとすれば?」

 「便所飯ではないぞ。ふふふ。君たちが思うような臭い仲というわけではないのだ…」


 田中先生の余りのしょうもない発言に、クラスメートは一様に絶句した。

 俺も頭を抱えたくなったものの、その手は既に田中先生に捕まれていた。


 「では、私たちは、ドロンさせてもらうよ」


 28と言う年齢がそうさせるのか、彼女の言葉には、何とも言えない古臭さがあり。

 そして、それが、彼らに次ぐ質問を向ける気力を奪わせていた。

 どうせまたしょうもない答えが返ってくる、と理解したのだろう。それは正しい。





 ――二人がやってきたのは校舎の屋上だった。

 普段は立ち入り禁止のその入り口には、しっかりと施錠がしてあり、鍵がなければ開くことは適わない。

 無断持ち出しが禁止の筈だったが、田中先生は合鍵を作っていたらしい。ばれたら大変なことになりそうな気がするが、彼女はまるで気にする様子がない。


 「高橋くん、お弁当を作ってきました」


 しっかりと鍵を閉め終えた後で、にこやかに持っていた袋の一つを差し出した。

 てっきりコンビニの弁当かと思ったら――中に入っていたのは、大きな銀色の弁当箱だった。いわゆるドカベンって奴。初めて見た。


 「先生、お忙しくてお弁当を作る暇なんてなかったんじゃなかったですか?」

 「高橋くん、舐めてもらっては困るわ。私にだって、優先順位と言うものがあるのよ。そりゃ、今までは腐女子としての活動に重きを置かなければならなかったけれど、それよりも大事にしなければならないことがあるし」


 もじもじと両手の人差し指をつっつけあっている。年齢を考えろ、と言いたいものの、妙齢の美人は、何をしても様になるから困る。中身は腐女子だが――てか、腐女子としての活動って何だろう。想像するのはいささか怖い。


 「腐女子としての活動じゃなくて、社会人として、教師としての活動に重きを置いてくださいよ…」

 「教師としては就業時間の間、全力で向き合ってるわ。もう、全力で向き合い過ぎて腱鞘炎になるくらい」

 「手首をフル活用するような作業ってありましたっけ?」

 「こう…こう来た時、こう…」


 何故か先生はテニスのスイングをするように、腕を振って、手首を返した。

 時々彼女の行動は俺の理解の範疇を越えるところに飛んでしまう。――確か、部活の顧問なんてやっていなかったと記憶しているのだが。


 「何すか、それ」

 「…さて、時間も長くはないし、早くご飯を食べましょう」


 全力で誤魔化された。


 溜息を吐きつつ、弁当箱を開く。――構成は、白米が半分、おかずが半分だった。


 「一生懸命頑張って作ったわ!」


 ふふふ…ふははは。

 彼女はまるで大魔王のように哄笑すると、同じように開く。彼女の弁当の中身も、同じもののようだった。


 鶏のから揚げ、きんぴらごぼう、かまぼこ、卵焼き、シーチキンサラダ、味玉、キャベツの千切りのドレッシング和え。――結構手が込んでいる。鶏のから揚げも冷凍食品ではないようだった。


 「何か本当に美味しそうですね…」


 正直、凄く意外なんですが――。


 「美味しそうでしょう。そうでしょう。私もまさかここまで作れるとは思ってなかったわ。超意外だった」

 「…え?」

 「食べましょう。こうして作った以上は食べなければ嘘だわ」


 添えていた箸箱を口にくわえて、箸を取り出し――そうする意味がどこにあったのか解らないが――、彼女は勢いよく、弁当を食べ始めた。がつがつがつ、と言う音が相応しい。女性らしさと言うものを、地平の向こうに置き忘れたかのような勢いだった。


 「美味い、マジで美味い。これは美味しい…。やっぱり私は天才なのかもしれない…」


 目から溢れる涙。感涙。どうやら、目の前のこの弁当は美味しいらしい。その涙が不味さに世を儚んでのものであれば、全力で遠慮しようと思っていたのだけれど、どうやらその必要はなさそうだ。

 とりあえず、鶏のから揚げから、食べてみる――。


 ――美味い。身はしっかりと柔らかく、味がちゃんと浸み込んでいる。ジューシーな肉汁が毀れ、冷えていて尚美味しい…と言うよりも、冷えてしまうことすら計算に入れていたかのように美味しい。

 こんなに美味しいから揚げ、食べたことない。


 もしかして、この隣で涙流しながら弁当を食している人は、実は女子力が半端なく高い人なのでは、ないだろうか――いや、まだ、まだ、判断するには早過ぎる。


 「料理ってこんなに美味しいのか…これからはもっとちゃんとすることにしよう。今まで損してたなぁ…。今までの昼御飯の時間を取り戻したい…。全力で取り戻したいよ…」


 ――彼女のそんな言葉を聞き流しつつ、食べていく。すべてが旨かった。信じられないくらいに、旨かった。市販の材料を使っている為、それ以上、美味しくなりようがない筈なのに、驚くほど美味しく感じられた。


 「先生…」

 「ふぁ…どうしたね、高橋くん」


 幸せそうな顔で陶然としていた先生が、とろんとした目をこちらに向ける。


 「旨かったです。本当に…」


 もう、困ってしまうくらいに。本当にどうしてくれよう。


 「そうだろうそうだろう。私もまさかここまで美味しいとは思わなかった」

 「先生が作ったんですよね、これ」

 「そうだね。私が作ったんだよね、これ。どうやって作ったんだろうね、これ」


 ――完全に他人事のように口にする田中先生。

 …何だか、あやしぃ。


 「あの、これ、本当に先生が作ったんですか?」

 「高橋くん、ちみぃ…。このお弁当を持ってきたのは誰ですか?」

 「先生です」

 「そして、この私は現在一人暮らしであることは、君に伝えたばかりだと思いますが?」

 「…そうですね…」

 「となると、これを作ったのは、誰ですか? はい、高橋くん」

 「せ、先生ですね。間違いないんですよね?」


 ニコニコ、と先生。一かけらの疑念を抱かせる余地のない笑顔。

 もしも、これで嘘だと言うのなら――先生は一流の詐欺師になれるに違いない。


 「…本当に、凄いんですね、先生って。何でも出来るんだなあ」

 「惚れ直したかね?」

 「いや、元から惚れてないっす」

 「…ぶー」


 とは言え――。

 実際のところ、驚いてしまった。

 正直、田中先生は家庭的な部分は致命的に終わってる人だと思っていた。

 てか、割と人間的にも破綻している、と言う勝手なイメージがあったのだけど。

 しかし、こうして出来るところを見てしまうと――。



 「…何かますます、俺なんかでいいのかな…」


 と言う気にさせられてしまう。

 ――これはとても、隣の人には、言えないことではあるのだけども。

 手渡した空のお弁当を袋の中に閉まって、彼女は大きく伸びをした。

 そして、横になる――俺の後ろにそっと腕を伸ばして。

 パンパン、と手で俺に横になれ、と指図する。


 「…腕枕をするのは、男の方じゃないでしょうか」

 「そんな法律はない」

 「…そら、そんなもんが通ったら、立法組織の敗北だと思いますが…」

 「いいから」

 「良くないです」

 「…押し倒すぞ?」

 「…」


 ――まだ、力づくで為されるよりは、自分の意思で動いた方がいいのだろうか。

 どちらにせよ、強制的に動かされたことには、変わらないのだろうけれど。


 彼女の腕を枕に、僕も横になった。

 外気は冷たいけれど、上着の下にはしっかりと着込んでいることもあって、そこまで気にならなかった。

 それにしても、食べ過ぎた…。空は晴れ渡っていて、柔らかな陽光が差し込んでいる。


 眠気がゆっくりと忍び寄る。午後からはまだ授業がある。眠るわけには…。


 「…くー」 


 いかない。顔を横に向けると、しっかりと田中先生は寝ていた。何て寝つきの良さだろう。口元からだらしなく涎を零して――10も年上とは思えないほど、愛らしい顔だった。


 12年前、自分はこの人に恋をしたらしい。そして、ラブレターを送った。大人になったら――どういう気持ちで送ったものか、今の俺には、皆目見当もつかない。

 ただ、もしも、今の俺が、この人にラブレターを送るとしたらどうだろう。どのような気持ちで送るのだろうか――それこそ、大人になったら…きっと、その時よりも、ずっと具体的な、大人、だ。漠然としたものではなく、彼女の隣に相応しい大人だろう。

 そんなものになれるのだろうか。

 甚だ心もとない。彼女の隣に相応しい存在になるためにはどんな風に頑張ればいいのか、それさえ、良く分からない。

 彼女が好きなのは、過去の自分であり、今の自分なのだろうか。良く知りもしないまま、只、恋に恋をしているだけな気がしてならないのだ。――だとすれば、振り回されて捨てられるだけなのではないだろうか。


 足踏みをしてしまうのは、しょうがない。


 それも、男としては、情けない言い訳では、あるのだけれども。



 「先生、ここで寝たら起きれなくなりますよ?」

 「くー、大丈夫だ。実は私、午後の授業はないので」

 「…いや、俺が困るんですけど。っていうか、それでいいんですか」

 「いいじゃないか。二人で落ちよう。そして、周囲の人たちには二人で後ろ暗いことをしてるんだ、と下種な想像の翼をはばたかせてもらおう」

 「ゼッタイ嫌です。…てか、下手したら先生クビですよ?」

 「そしたら、専業主婦になるよ」


 駄目だこいつ。早くなんとかしないと。


 「先生がクビになるような状況なら、俺もクビですね」

 「…前途ある生徒の未来を奪うわけにはいかんか~」


 先生の腕が俺の頭を起こした。次いで、彼女は身体を起こして、大きな欠伸を一つした。


 「生徒と教師の禁断の関係と言うのは、甘い響きだが、現実は厳しいなぁ」

 「てか、やっぱり、昼休みに堂々と二人で消えるってのは、流石に外聞悪いですよ」

 「うーむ。外堀を自然と埋める、と言う高等戦術なつもりだったんだが」

 「高等すぎて困っちゃいますね。本当。主に俺が」


 ――確かに、外聞が悪いな。学年主任の西口に殴られかねん…。


 しみじみと呟いた後、田中先生は、空を仰いだ。


 「しかしだなぁ。この気持ちは抑えきれんよ。君を独占したい。この気持ちはプライスレス」

 「はぁ…」

 「はぁ、じゃないよ。もうちょっと覇気のある返事をしなさいよ。私に対する思いを口にしなさいよ。愛をささやきなさいよ。甘くささやきなさいよ」

 「…愛」


 思いっきり、耳元で甘く囁いてみた。

 ぷるぷる、と震えた後、彼女は俺を熱く見つめた。潤んだ瞳が、揺れて見える。


 「もう一度」

 「…愛」


 また、ぷるぷる、と震える。


 やっぱり、田中先生はアホだと思う。



 アホだと思うけれども。




 可愛いとも、思えてしまう。きっと、俺もアホなのだろう。それは、自他共に認めてもらって構わない。


 「愛」

 「くふぅ…」

 「愛」

 「あは…」

 「愛」

 「もっとぉ…」

 「愛」

 「…くは~」




 ――あかん。癖になりそうだ。






















 「昼休み、先生とどこに行ってたの?」


 放課後。帰宅途中に、関川さんが唐突にそんなことを聞いてきた。

 約束通り、二人きり。――教室を出る時の、クラスメートの視線が痛かった。

 きっと、連中の中では、俺と田中先生は完全に付き合ってると思われているに違いない。その中で委員長と二人で帰ろうと言うのだから、それはまぁ仕方がない。被害妄想ではないだろう。皆の目は酷く冷たかった。

 委員長の言葉は、単なる興味本位のものなのか否か、判断つきかねるところで。

 もしも、そうであるなら、簡単に口にしたくはなかった。

 それは、先生への裏切りになる。――例え何をしても、彼女は気にしないような気もする。けれど、彼女の思いを越えた部分で、大切なところは、もっと違うところにある。

 それは、きっと、俺の中にあるものなのだろう。言葉に出来ない何かだ。プライド? そんな安いものではない。言うなら、まごころとか、そういう部類のものだ。

 そして、それは、委員長の中にある、何か、酷く触れがたいものから発するものであっても同じことだった。応えることは出来ない。


 「…」


 誤魔化す言葉すら浮かばないまま、ただ、黙り込む。

 それが答えであるかのように。


 「そっか。…ごめん、変なこと聞いたかな?」

 「ん、いや、別に…」

 「でも、ちょっと気になって」


 そりゃ、まぁ、気になるだろうね。

 これに関しては田中先生が悪い。間違いない。あの人は阿呆だからね。


 「あの人は阿呆だから、気にしてたらしょうがないよ」

 「そうだけど」


 あっさりと認めて、委員長は唇を尖らせた。


 「高橋くんも、付き合いが良すぎると思うよ」

 「そうだね」


 認めざるを得ない。断ることも出来るとは思うのだ。

 とは言え、結局は引っ張られてしまうのだろうけど。


 「先生だからって、無理矢理に生徒を引きづり回す権利はない筈よ」

 「そうだね」


 生徒の自由意思は尊重されてしかるべきだ。

 無論、そうだ。もしも、俺が委員長の立場だったら、憤然と生徒の意志を無視する教師に怒りを覚えるだろう。


 …いや、嘘ついた。もしも俺が委員長の立場だったら、どうでもいい、と思うだろう。

 或いは、羨ましいとさえ思うかもしれない。――いや、俺が委員長だとすれば、女性の立場から見るのだから――うーんどうだろう。



 俺は俺でしかないから、俺と言う存在でしか、第三者の存在の目になりえない。

 だとすれば、結局――。


 「好きなんだろうね…」


 溜息交じりに、自然と言葉が漏れる。

 何とも参ってしまう結論だった。


 「…」


 隣を歩く委員長が足を止めた。


 「どうしたの?」

 「…」


 彼女は、じっと俺を見つめた。


 「先生の事、好きなの?」


 そして、単刀直入に、尋ねてきた。


 「解らない」

 「解らないことないでしょ。自分の意思なんだから。解らないってことは、好きじゃない、ってことでしょ?」


 氷よりも冷たい視線に、曖昧な答えが宙に浮いた。

 困ってしまう。出来るだけ、棚上げしておきたかった答えを下ろさないといけないらしい。


 「そうとは、限らないよ」

 「そうよ。yesか、noか。好きか嫌いかなんて、二択じゃない」

 「…」


 そんなことはない。

 どのくらい好きか、ってのは、人それぞれだろうし。

 好き、ってはっきりと言えるのは、その好意が、はっきりと表明出来るレベルになってからだ。


 二択なんかじゃない。






 ――女々しい。あまりにも、女々しい。

 いや、田中先生や、目の前の委員長を見ると、女々しい、と言う言葉は果たして言葉として成立するんだろうか。

 けれども、雄々しい、とは、口が裂けても言えないことだ。



 「…」


 溜息が、漏れる。

 とは言え、どうして、田中先生本人ではなく、委員長に言わなければならないのか。


 考えてみると、むかむかしてきた。


 「…どうして、関川さんに言わないといけないのさ…」

 「どうして、って、それは…」


 彼女の目が戸惑いの色を帯びる。

 動揺が身体全体に広がる。

 俯いた彼女の身体が、震えだす。


 もしも、彼女が俺のことを好きだとするなら。


 ――しまった、これは、墓穴を掘ったかもしれない。





 顔を上げた彼女の眉間には皺が寄り。

 瞳はぎらついて殺意に似た迫力が漲っている。


 「私はッ…!!」

 「え、ええとっ…」


 ――俺は、田中先生のことが…!


 「山口くんが好きなのよぉぉぉ!!」


 …好きなんだと思うから………え?



 「山口?」

 「そう。山口くん」


 ――山口の顔が浮かぶ。

 いつも、いつの間にか、昼休みになると机を引っ付けてくる友人の一人。

 山口学。いつも穏やかな笑顔を浮かべている、男友達。


 そうかー、委員長、山口のこと、好きだったのかー。


 「えーと。そうなんだ。…へー」

 「へー、じゃないわよ!」


 あれ、何で、俺、委員長から怒られてるんだろう?

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