一章 五
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「さて、どうしたものか……」
呟きながらも、私はどうするもこうするも、目的地は決まっていた。
しかし舞梛を一人、私の家に残したものの、早くも私は彼が心配だった。私もそうだが、彼も、私と繋がらなければ力は使えない。今のところ舞梛の力を見てはいないけれど。また鬼陣組の奴らが襲ってこないとも限らない。
早めに用を済ませて帰らなければ。
そんなことを考えながら、私は名弥の城の前に来ていた。
私は彼女に、宝玉とやらの情報を求めに来た。
彼女はそう、名弥の城の城主であり、この辺り一体の土地の所有者であり。そして、一国の頂点であった。
会うのは久しいし、気が引けるが、父のためとあらば仕方があるまい。
「何の用だ」
私が名弥城の門を潜ろうとした時、当たり前だが衛兵に声をかけられた。
「姫様に用がある」
私が言うと、衛兵は不審そうに私を見た。
「だから、何の用だ?」
「……一国の存亡の危機に関わる用件と言えば良いかな」
これを聞いて、衛兵の顔がさっと青くなる。何も言わずに私を中に促した。
もちろんだけれど、今のは嘘である。
私得意の、嘘八百である。
もう慣れてしまった城内を迷うことなく歩き、無駄に多い階段を上り、最上階。
最上階にある、何とも重圧感のある扉を、私は遠慮なしに押し開けた。
「ーーーあら」
彼女は、棒読みでそう言った。まるで私が来るのが分かっていたかのように、いつものように、薄い笑いを浮かべながら、窓辺で私を振り向いた。緋色の髪が揺れる。
「久しいな」
「本当、久しぶりね。……遣叉繰軌沙」
「そうだな。約一ヶ月と少し……くらいか。名苳薺」
薺は、長い着物の裾を引きずりながら、柔らかそうな座布団の上に静かに座る。それと同時に私も座った。私は床に直接だが、これはまあ、身分の違いというものなので仕方ない。
「あなたの……ええと、何だっけ?手綱だか何だか……見つかったんでしたっけ?」
「キズナだ。見つかったとも」
「ふうん……見つからないと思ってたのに……。ざぁーんねん」
クスッと彼女は私を馬鹿にしたように笑った。
相変わらず腹の立つ女だ。
「薺の方こそ、相も変わらず、性格はすこぶる悪いようだな」
「あら、ありがとう」
「褒めとらんわ」
「褒め言葉よ」
「…………」
軽く咳払いをして、本題に入る。
「今日は仕方なく来たのだが、用件は……」
早く話を終わらせようとする私とは裏腹に、薺は私を遮って言う。
「待って待って。せっかく来たのだから、話しましょ、ね?で、男?女?」
これは舞梛の性別を聞いているのだろう。
「……男だが」
「ぶっ」
吹き出された。
馬鹿にされた。
「あっはっはっは!男なの!へぇ!」
「な、何がおかしいのだ!」
「だってさぁ、何だっけ?手を繋ぐんでしょう?キズナだかを使うのに」
「……それが、どうしたのだ」
薺は、笑いすぎて涙が出たのか、目元を袖で拭う。
「男女で手を繋ぐって、恋仲に見える」
「……っ!?」
恋仲!?
「気づかなかったのね」
「あったりまえだ!意味が分からん!」
「顔赤いけどね」
「うぐ……生意気な口をききおって……」
まさかそんな風に見えるとは。もしかして舞梛は気づいているのか?気づいてて言っていないのか?嫌がらせか!
「姫だもん。生意気よ」
「わ、私は姫扱いせんぞ」
「知ってるわ。だから楽よ」
私はこいつが苦手だが……。
「そういえばあなた、衛兵に一国の存亡の危機だとか何とか言って入ったらしいわね。ここに」
「必要な嘘というのもあるからな」
「そうねぇ。同感だわ。それで、今日は何の用?」
「やっと本題に入れるのか……。聞きたいこのは、宝玉についてなのだ」
「ーーー宝玉」
心なしか、薺が眉を顰めた気がした。気のせいかもしれないけれど。
「『七つの宝玉』。知っておるか?」
薺は私を暫く黙ったまま見ていた。私も目を逸らさない。
ややあって、彼女は口を開く。
「蘭国のとある七つの土地にあるらしい宝玉。誰かが持っているのかもしれないし、ただ置いてあるだけかもしれない。そんな不確定なものよ」
「やはり知っていたか」
「一国の姫だから当然よ。どうしてあなたは突然そんなことを聞くのかしら」
「……それは」
本当のことを言うべきだろうか。
薺は迷っている私を見透かしたように言った。
「父親のためかしら?」
「…………」
「やだ、図星」
分かりやすい奴、と彼女は私を笑った。
「宝玉を集めてどうするの?お願いでも叶えてもらうの?でも残念、宝玉にそんな力はないわ」
「……別に願いを叶えてもらうとは考えていなかったが、それはどういう意味だ?」
「集めても金にしかならない、そういう意味。まあ、お姫様の私には関係ない話よねー」
「文字通り宝としての価値しかない、と?」
「そう。一部の収集家にはとーっても高く特別に売れるらしいけれどね。あなたの父親も収集家なのかしら?確かに、この国にある七つの宝玉は秘宝よねぇ」
確かに、行方不明になった父親は、珍しい物を手に入れては暫く家においてから売り捌き、また別の物を手に入れ、という繰り返しだった。今思うと収集家だったのかもしれない。
そんな父が、秘宝だと言われる宝玉を見過ごす筈もないだろうが、まさか私に集めさせて、楽をしようと言うのではないだろうか。
もしそうならば、会った瞬間に宝玉を全部砕くぞ。集められるかどうかは別として。
「一つ目はこの名弥の街から少し東へ行った、睦賀の村よ」
薺の言葉に、考え込んでいた私は顔を上げる。
「場所を知って……!」
「あったりまえー。お姫様なの、私。知らないことはないのよ」
「……私なんかに教えてしまって良いのか?」
「あら、『あなただから』教えたのよ?」
薺は立ち上がり、裾を引きずりながら私の方へ近寄る。
「……何を企んでる」
私の怪訝そうな目の前に、薺がずいっと顔を出した。
「ええ、よく分かってるわね。取引よ、軌沙」
ぶつかりそうなほどの至近距離で、薺は言った。
「私はあなたに、七つの宝玉の在り処を教えてあげる。お姫様の私に知らないことはないわ。その代わりーーー」
「…………分かった。取引成立だ。それと、鬼陣組……知っているか?」
「鬼陣組?なぁにその物騒な名前の組織」
「そうか……知らないなら良い」
私は一歩下がって立ち上がり、着物の裾を直す。
「では、またいずれ」
「ばいばーい。またね」
私は礼儀正しく礼をして、薺のいる部屋から去った。
名苳薺、面倒くさい女だ。
長い階段を降りながら、ため息をついた。
きっと彼女はまだ何か企んでいる。名弥の街の門から何から警備を強化して、何も企んでいないはずがない。とぼけていたが、恐らく鬼陣組のことも知っているはずだ。
ただ、まだ聞くべき時ではない気がする。
宝玉を一つ手に入れて、報告に来た時でも遅くはないだろう。
そう考えた。
「舞梛のところへ急がねばな……」
思ったよりも時間がかかってしまった。外はもう暗闇である。私は早足で自宅への道を急いだ。