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一章 二

 2


「……は?」

「ああ、驚くのも無理はない。まさか自分がキズナなどという存在に選ばれるとは思いもしなかっただろうからね。ただまあ光栄に思いたまえ、舞梛。こーんな可憐で儚い桜のような少女と旅ができるのだからな。占水晶と私に感謝していいぞ?それで」

「いや、その、ちょっと待って下さい。えっと……遣叉繰、さん?」

「何だ?軌沙でいいぞ?」

「じゃあ、軌沙さん」

 べらべらと喋り続けていた彼女はやっとのこと黙った。

「その、『キズナ』って何ですか?」

「…………どひぇー!」

 三秒の間の後、どひぇー!という声とともに軌沙さんは後ろに倒れた。それにしても器用な倒れ方だった。

「あ、あの?」

 ガバッと勢い良く上半身を起こしたかと思うと、「知らんと言っているのか!?」と叫んだ。僕は頷く。

「何ということだ……まさか知らんとは……。遣叉繰軌沙、人生でここまで驚いたことは初めてだ」

「そこまでかよ」

「いや、失礼した。ではちゃんと説明させてもらおう。……と言いたいところだが」

「だが?」

「先程の奴を倒さないことにはゆっくり話もできそうにない。行くぞ」

 先程の奴……ってことは傑午のことか。倒すって?あいつを?

「僕は待ってるよ」

「そうかそうか、協力してくれるか。私ひとりでは……って待ってる!?生意気な!」

「生意気って……」

「舞梛、本気で言っとるのか!?そんなことをしたら私はあっという間にお陀仏だぞ!」

「お陀仏ってそんな大袈裟な。さっきあんな人間から大分離れた技を出していたような気がするけれど」

「だぁーから言っとるではないか!舞梛は私の『キズナ』なのだ!舞梛がおらんと私は何も出来ん!」

「僕がいないと?」

 長いため息をついて、軌沙さんは肩を落とす。

「正確には舞梛の左手、だ」

「もっと謎めいた」

「貴様さっき何も見ていなかったのか!私と舞梛で仲良しこよしと手を繋いでいただろう!」

 仲良しこよしと手を繋いだ覚えは全くないけれど、言われてみれば確かに、手を繋いでいた記憶はある。

「あれは私と舞梛の『繋がり』だ。あれを受けて私は初めて技が使えるのだ。つまり、舞梛がおらんと何も出来ん。分かったか?」

「まあ……何となく」

「よし、ならばついて来い」

「え、軌沙さん、あいつの居場所が分かるのか?」

 そんな僕の問いに、彼女はふっと鼻で笑った。

「これから探すに決まっておろうが。どの道遠くには行ってないだろう」

 自信満々について来い、などと言うものだから、てっきり分かっているものだと思ってしまった。

「あと舞梛」

「はい?」

「軌沙、と呼び捨てを許すぞ」

「あ、はあ……」

「むしろ呼び捨てろ」

「分かったよ」

「呼んでみるか?いや、呼んでみよ」

「今かよ」

「ふふん。さあ、呼ぶのだ。景気良く返事をしてやるぞ?」

 うーん。もしかして、呼ばれたいだけなのか?仕方ない、心の広い僕が呼んであげよう。

「き、軌沙……」

「おう!私は軌沙だぞ!」

 予想外に緊張してしまって少しどもってしまったが、軌沙は元気に、嬉しそうに返事をした。そして満足げに頷いて、歩き始めた。

 そういえば僕は元々、住宅街を歩いていたはずで、鞄も肩にかけていて……。それがどうしてこんな林の中にいるのだろうか。軌沙に手を握られたから?『キズナ』とかいう、訳の分からない現象のせい?

 いつの間にか鞄はなくなっているし。これも、さっきの傑午という奴を倒したら分かるのだろうか?

「……って」

 僕は足を止めた。軌沙が気づいて振り向く。

「どうした?」

「あ、いや……。さっき、傑午を倒すって、あんた言ったよな」

「確かに言ったが……。それが?」

「倒すってことは、つまり、その……殺すってことになるのかなって」

 軌沙は瞬きをする。

「ああ。それが?」

「え……」

「舞梛、あいつはお前を殺そうとしたんだぞ?生かしておくべきではないだろう。生かしておくと、恐らくお前が死ぬまで執念深くついて来るぞ」

「それは困るけど。でも」

「ああ、そうか」と、軌沙は腕を組んで考えた。

「舞梛のいた世界では、人を殺すのは罪だったのか。抵抗があるのはそれか?」

「何だ、知ってるんだ。そうだよ。だからーーー」

「ふむ。しかし慣れてもらわねばなるまい。良い機会だ」

 軌沙は微笑む。そんな機会はいらないのだけれど。

「軌沙、僕はそんな……人を殺すなんて出来ないよ」

「ん?いや、確かに二人で協力しないと倒せないのだからお前も罪悪感なるものを持っても不思議ではないが、実際に殺しているのは、手を下しているのは私だからな。気に病むことはないんじゃないか?」

「そういう問題じゃなくて……」

 駄目だ。たぶん軌沙は分からない。きっと彼女は『殺す』ということに慣れている。慣れてしまって、違和感も、不快感さえも快感に感じているのではないだろうか。

 狂っている。

 僕の味方ではあるようだけれど、彼女もまた、危険人物だ。

「どういう問題なんだ、一体」

 軌沙は本当に分からないようで、人差し指をこめかみに当て、悩んでいた。

「舞梛。あのなーーー」

「……!軌沙っ危ない!」

 僕は咄嗟に軌沙を押した。僕もろとも、軌沙と地面に倒れる。先程まで立っていたところには、針のような刃物。

「ほう。まさか避けるとは」

「傑午……」

 木の枝の上に、傑午はにやにやとまた気味の悪い笑みで立っていた。

「のこのこ出てくるとは、探す手間が省けたわ」

 軌沙は笑いながら、傑午を見上げた。

「先程は油断したが……次こそ舞梛僅、お前を仕留めて見せるさ」

「僕を殺して何になるんだ?手間だろう、そんなこと」

「ふん。己の存在がどれだけ重要なのか分かっていないようだな。遣叉繰も教えていないとは人が悪い」

「貴様が邪魔なせいで話せていないだけだ。とっとと私に倒されてしまえば良いものを」

「笑止!倒されるのはーーーお前達の方だ!」

 傑午は針を僕らに向かって投げた。軌沙が手を出す。

「舞梛!」

「あ、ああ」

 焦る僕が左手を出す。軌沙がそれを握ると、淡い光が包んだ。

 静かに彼女は、左手を前に出した。

「防の術!風華!」

 僕と軌沙の前に、花びらが厚く重なる。それらは針を全て弾いた。

「すげえ……」

 僕の漏らした言葉に、軌沙は得意げに笑った。

「これからだぞ、舞梛」

 軌沙が立ち上がると共に僕も立ち上がる。花びらで見えなかったが、いつの間にか傑午は木の上から降りて、僕らの正面に立っていた。

「鬼陣組四番隊長、傑午よ。死ぬ覚悟は出来ているだろうな?」

「それはこちらの台詞だ、と言っておこう」

 傑午は姿勢を低くし、先程よりも長い針を構えた。

「生意気な奴だ」

 軌沙のその言葉とほぼ同時に、針が真っ直ぐこちらへ飛んでくる。軌沙は左手を構える。

「防の術。風華」

 これでは今さっきのと全く同じだ。傑午は何故同じことを。たかが針の長さが少し長くなったくらいでこの壁が突破できるとはーーー。

「曲!」

 声にハッとして、後ろを窺う。やはり、針は後ろに回ってきている。自在に操れるのか。

「軌沙、後ろ!」

「分かっておるわ。防より(かこい)鶴芽(つるが)!」

 軌沙は左手を前から後ろへ一気に引いた。

 すると花びらを散らしながら、蔓が四方八方に伸びる。その蔓は後ろの針を弾き、折った。

「くっ……」

 呻き声に視線を前に戻せば、傑午は蔓に絡まれ、身動きの出来ない状態であった。これはもう、勝負あったも同然だろう。

 ーーー勝ち。つまりは、軌沙が、僕らが、傑午を殺す。傑午は殺される。こんなに単純ではっきりとした勝敗を、きっと僕は知らなかっただろう。

「惜しい……とも言えないな。鬼陣組などこの程度ということか……」

 軌沙は呆れたようにため息をつきながら言った。

「遣叉繰軌沙……それに、舞梛僅。私が相手で良かったな……命拾いした」

 傑午は蔓に縛られながらも、声を絞り出して言う。

「三番隊長や、ましてや一番隊長は……お前らは敵わない。お前ら二人など……鬼陣組の敵ではない」

「本当に最後まで、口が減らない奴だ」

 軌沙は、僕の手を強く握り直した。手を包む光は、彼女の髪のような翠色に変わる。その光は段々と強く、はっきりとしていく。

「舞梛、慣れておけよ」

 僕は沈黙を返す。

「返事はどうした舞梛」

「……分かったよ」

 こう返事するしかないのだろうか。僕は残酷なことに慣れなければならないのだろうか。

「さあ、終わりだ」

 軌沙の手のひらが、傑午に向けられる。

「終の術ーーー紅鎌響華(ぐれんきょうか)!」

 どん、という衝撃と共に、紅い花びらが傑午に向かって飛んでいく。それらはかなり鋭いようで、傑午に切り傷を刻む。

「終焉」

 花びらは軌沙の声で、大きな一つの鎌のように形を変えた。まさに鎌鼬。

 紅い鎌鼬は身動きの出来ない傑午へ一直線だった。それは迷いもなく、首へ。

「……っ」

 大きな鎌鼬が花びらとして舞い戻る。綺麗で儚く、残酷な、紅蓮の花弁。

 咲くは紅の血、散るは命。

 鬼陣組四番隊長、名は傑午。

 ーーー落命。



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