表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

一章

 

 0


 それは塾からの帰り道だった。

 冬だというのに季節外れの桜吹雪が舞うものだから、僕は足を止めてしまった。

 足を止めなければ、今こんなことになっている筈はあるまい。いや。

 足を止めていても、きっとこうなっていたに違いない。彼女は。

 遣叉繰(やさぐり)軌沙(きずな)は、僕の前に現れて、僕の手を取って、恐らく確実に、こう言うのであろう。

「君が……私のキズナ」

 こう、言うのであろう。


 1


 僕、舞梛(まなき)(わずか)は、高校三年生である。そして冬ともあれば、言わずとも分かだろうが、受験である。

 受験といえば勉強、勉強、勉強とこの二文字ばかりで、飽き飽きしてきた。僕は別に難関な大学を受けるつもりはないけれど、それでもそれなりに勉強は必要だったから、母に頼んで塾に通わせてもらっていた。

 そんなこんなで、今日も塾。帰りにはすっかり道は真っ暗で、街灯も少ないこんな田舎じゃあ寂しい雰囲気というか、暗い何ともいえない雰囲気が漂っていた。

 凍りつくような空気の中、僕は早歩きで家路を急いでいた。

 そんな時。

 ひらり、と何かが舞った。

 雪かと思った僕は、げんなりしながら歩くペースを上げる。その雪は、前に進むとどんどん増える。ひらり、またひらりと僕の横を流れていく。

 はた、と止まった。

 雪じゃなかったのだ。

 ふわりと飛んできたそれを手で掴む。

 桜。

 桜の花びらだった。

「え……」

 驚いて顔を上げる。突風が吹いた。僕は目をつぶる。

 突風とともに季節外れの桜の花びらが、僕にへばりついては飛んでいく。勢いが収まって、目を開けると、そこには。

「……初めまして」

 何とも奇妙な格好をした少女が立っていた。淡いピンク色の、言うなれば着物に似ているそれを身につけた少女。翠色の長く綺麗な髪が風に靡く。少女の金色の瞳が、僕を値踏みするように睨んだ。

 美しい、と思った。

 ただ単純に、ただ素直に、美しい。

「君の名前を、教えてほしい」

「な、何で……」

 透き通るような声に、僕はどぎまぎしてしまう。

「私が知りたいからさ」

「……僕は」

 僕の名前は。

「ーーー舞梛僅」

 少女は目を見開いた。そしてゆっくりと僕に近づいてくる。僕は逃げることも、目を逸らすことも出来ずにただ少女に目を奪われていた。

「舞梛……僅」

 少女は呟く。

「探していた」

「え……?」

「君が私のーーー」

 少女は僕の右手を取った。何、と訊く間も無かった。

「君が私の、キズナ!」

 瞬間、ばあっと景色が変わった。

 コンクリートで固められた道は、土の道に。壁は、森に。

「え、ちょっと……どうなって……!」

「やはりそうか!私の目に狂いはなかった!」

 僕の言葉には耳も貸さず、少女は高く笑った。金色の瞳が光る。

 僕は唐突に恐怖が湧き上がってきた。何だこの女は。気が狂っているんじゃあないのか。

「……っ」

 僕は止まっていたままの身を翻して、走り出した。

「はは!はーーーって何逃げとんじゃあー!!」

 バレるの早っ。いや、まあ目の前から逃げたんだからそりゃあバレるだろうけど!

「待て待て待てぇ!生意気なっ……」

 僕はそんな彼女を無視して、無我夢中に走った。木の枝にぶつかりながら、転びそうになりながら。

 どうなってるんだよ、ここ。さっきまでただの住宅地だったのに。

 大分走っただろうか、息を切らせて、限界まで逃げた僕は膝に手をついて止まる。

「はあ、はあ……どうなってんだ……」

 あの少女に手を触れられた瞬間、こんなよく分からない場所になるし、もしかしてこれは夢なんじゃないのか。それにしては木の枝で擦った傷が痛むけれど。

 やっと落ち着いて、僕は息をつく。

 さて、これからどうすればーーー。足を踏み出した時、足の数センチ先の地面に何かが刺さった。

「な!?」

「おや、もう少し前でしたか」

 声のする方を見上げると、目を疑いたくなるような格好をした人が。

「初めましてかな?」

 その男とも女とも分からない、まるで本やアニメで見たようなーーーそう、妖怪のような格好をした奴は、木の枝に立ち、僕を見下ろしながらにやにやと薄気味悪く笑って言った。

「だ、誰ですか……?」

「誰と聞かれてしまえば名乗らねばなりませんねぇ。しかし、ま、名乗らせるには自分から名乗るというのも礼儀でないでしょうか、ね?」

「僕は……舞梛僅」

「舞梛」

 そいつはギラリと目を光らせた。

「僕が名乗ったんだから、あんたも名乗れよ」

「はっはっ。こいつは失礼。我は鬼陣(きしん)組四番隊長、傑午(けつご)

「き、きしん……ぐみ?けつご?」

 混乱してきたぞ。傑午というのが名前で間違いないだろうけれど、鬼陣組とは一体全体何だ?

「ま、自己紹介というのも終わりましたし、舞梛僅」

 傑午はすっと僕に向かって手を向けた。長く鋭い、爪。

「ーーー覚悟」

 傑午のあまりの速さに僕は目で追うことすらままならなかった。気がつけば傑午は空高くにおり、重力に従って自然落下。そして爪は僕に向いている。

 僕はほとんど反射的にそれを避けた。辺りを土煙が包む。

 やがて見えた地面は抉れていた。自然落下の力を利用したってこうは普通ならない。傑午という奴、かなりやばい。

「また外してしまいましたか。しかし、ま、まぐれも続くまい」

 にやり、と傑午は笑った。勝ち誇ったような笑みだった。

「今度こそ、覚悟ーーー」

 そう、手を振り上げ、正に僕に爪を刺そうとした時だった。

「舞梛!!こっちだ!」

 ハッとして振り返る。傑午も同じ方向を見た。そこには先ほどの少女。

「手を取れ!」

 少女は手を伸ばしている。僕は迷った。この二人が、もしかしてもしかすると、仲間かもしれないではないか。

「何をしている!早く!」

「よそ見をしている場合じゃあないんですよ!舞梛僅!」

 少女と傑午に挟まれて、僕はやけくそだった。

「手を取れ舞梛!」

「死ね!舞梛僅ぁ!」

「ああもう、どうにでもなれ……っ!」

 僕は必死に手を伸ばし、少女の手を取った。瞬間、辺りは光に包まれた。

「くっ……」

 あまりの眩しさに僕は目を細める。やがて目が慣れると、僕の隣には少女が立っていて、僕の前には傑午が立っていた。傑午は先ほどまでの様子とは違い、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「舞梛、よくやった」

 少女は僕の方こそ見なかったが、笑っていることが分かった。

「鬼陣組四番隊長、傑午殿。残念だったなあ。よくも生意気に私のパートナーを殺そうとしてくれた。許しを請うても私は聞かんぞ。生憎私の心は狭いのだ」

「許してもらおうなんざ思っちゃいないさ。あんたなんかにゃ特にな」

「はっ。死ぬ間際まで口の達者な奴だ」

 何かもう、よく分からない状況だ。この少女は、傑午の敵だということしか分からない。少なくとも、僕の味方ではあるみたいだけれど。

 少女は握った手に力を込めた。

 今度は薄いピンク色の光が淡く手を包む。

「舞の術!桜華!」

 桜吹雪が、彼女の左手から舞った。それは激しく渦を巻き、傑午へ向かって勢い良くぶつかって行く。

「ちっ……」

「終の術……って、あぁ!こら!逃げるな!」

 少女が慌てて止めた時に、既に傑午の姿はそこにはなかった。

「逃げるなと言っておろうがー!!」

「敵に命令したって聞いてくれるわけないだろ……」

 呆れて僕が言うと、少女はきっ、と僕を睨む。

「あー……おほん」

 わざとらしく少女は咳払いをした。ここでようやく、僕と結んでいた右手を離した。

「自己紹介が遅れてしまったな。と言っても、私のせいではないのだが」

「すみません……」

 勿論僕が逃げたせいなので、ここは素直に謝っておく。

「私は遣叉繰(やさぐり)軌沙(きずな)。舞梛、お前は私の『キズナ』だ」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ