きれいなまものとブサイクキツネ
急で悪いんだが、俺の話を聞いてくれないか?
まず、前提として俺は魔物だ。
…別に俺は狂っちゃいない。正真正銘、本物、マジモンの魔物だ。
小綺麗な顔して、人間を惑わすのが得意なんだ。
…そんな胡散臭い顔すんなよ。
まぁ、サケの肴に聞いてけよ、おっさん。
そう、その手のモンには俺ァ実に自信があった。
どんな美人な女でもすぐに惑わして、寝て、命を食い尽くしてやったさ。
気の強い健康的な可愛い女も、儚い清楚な美女も俺にかかればあっという間さ。
…何ィ?コツだと?あんたじゃあまず無理だね。顔と体で誘って、後は魔力で惑わすんだ。
まぁ何?こればっかりは生まれだな。
俺がそ~いうことをするのは人間が肉を食うようなもんなんだからな。
そういうのに長けてんの。長けてねぇと餓死しちまうしな。
まぁどんなお硬い女でも、すぐに落として喰ってた訳だ。
で、まぁ若いうちにはありがちなことなんだが、俺はそういうのに絶対の自信が合った。
だからこそ、馬鹿だった俺は無茶の一つでもしたく成っちまったわけだ。
俺ならばきっと女神でさえも落とせると。
そう思い至っちまったわけだ。
何?オチが見える?ウルセェ、最後まで聞きやがれ。
この俺が話してやってんだ、ありがたく思いやがれってぇの。
そう、だから、俺ァまず女神の居る場所を目指したわけだ。
すっるってぇと、聞くところによると、ちょうど近くに豊穣に属する女神の一柱が近くにいるって話じゃぁないか。
俺は喜び勇んで、まずオソナエモノを揃えることにした。
何?神酒、だかっていうアルコールのきっついライスで造ったサケを用意した。
他にもなんかあらたかなもんが色々あったんだが…俺は魔物だからなそういうものは流石に苦手でな。それしか持てなかった訳だ。
それだけじゃ不安だからな。清楚な格好をした。
…いかにも神様何てぇのはそういうのが好きだろ?
ちょいと反吐が出るような思いだったが、それでも完璧に清楚な格好に成った。
言葉遣いもこんなんじゃぁねぇ。もっとキメてったのさ。
で、だ。肝心の道中。
こっちはよぉ…まぁ人間の通り道にしちゃぁ随分な道のりで、まさに道なき道なわけよ。
村の奴らに聞くと、なんでも修行のためにあえて険しい道のりに成ってるんだと。
マジ意味わかんねぇ。なんでわざわざ苦しい思いなんてすんだろうな。
神様サドなの?それとも人間がマゾなの?
魔物の俺には理解なんてこれっぽっちも出来やしねぇ。
まぁ、俺ぁ魔物だからよ、そんな道もそこまで苦労はしなかったんだが。
ただよ、俺ぁ道中で一匹の痩せた狐を見つけたんだ。
こいつは道中でへばっててよ、よく見りゃ片足引きずってやがんの。
他の獣は俺に恐れをなして一切合切出てきやしねぇのによ、こいつは足を怪我して逃げ遅れたんだろうな、ってぇのが見てとれた訳だ。
しかもこいつ、呆れるほどに見てくれが悪い。
だって、毛皮は悪魔のように黒くて、目はぎょろっとしていて見るからに不気味。そのうえ毛並みはボサボサで骨が浮き出るほど痩せてやがんだぜ?
この銀の髪の美しい俺と比べりゃ、そりゃァ呆れもするってんもんだぜ。
全然苦しくもないのにちょいと歩きにくい道中で飽きが来てた俺はこいつを殺してやろうとしたが、自分を賢いと思い込んでいた俺はふと思ったわけだ。
神様は聞いたところによると試練だのなんだのが好きだという。
どんだけサドなんだかは知らねぇが。
つまり、これは女神にお目通りするための試練で、この見てくれの悪い狐を助けないと、女神に会えない可能性がある、と思ったわけだ。
あ?なんでそう思ったかって?
ばっか、おまえ。聖なるモンってぇのはとにかく慈悲深いやつが好きなんだろ?
だから、こいつを助ければ、どのような形であれ女神には会える、と踏んだわけだ。
しかし、助けると決めたのは良いものの、困ったことに俺は包帯なんか持ってやしないし、大体、包帯なんてする様な怪我をすることもないから、どうすりゃいいのかもさっぱりだったんだ。
なんせ魔物は人間よりもずっと丈夫だからな。大怪我なんてしやしねぇ。寝てりゃすぐ治るようなのばっかだからな。
俺はその怪我をどうにかする術が無かった訳だ。
俺は仕方なく着てたものを千切って、見様見真似でそれを巻いてやったのよ。
しかし、そいつが地面を歩いたら解けそうだったもんで、そいつを抱えたまま俺はその社とかいう女神の居場所を目指したわけだ。
それからしばらく歩いたよ。
大したことないくせにただクソ長ェ道をひたすらブッサイクな狐を抱えて歩いたわけよ。
まぁ、人間なら半日かかるような道のりを、俺は3時間位で歩ききった。
で、だ。
社、ってとこには着いたんだ。
その神様が祀られてるって所に喜び勇んで行ったわけよ。
そうしたら、入り口によ、“女神外出中。少々お待ちください”とか書かれてんの。
なんだよサドとか思ってたのに神様随分フランクなのな。とか思いながら、どうすっかな、と思ったわけだ。
するよぅ、ブサイク狐がするりと俺の腕から落ちたのよ。
足怪我してるから受け身取られないでぼてって落ちてやんの。あいつ行動までブッサイクなのな。
しっかたないから、広い上げて、そいつが行きたそうにしてる方まで運んでやったのよ。
そしたらそこに聖なる泉とか湧いてやがんの。マジウゲーって感じでよ。流石にそんなのの近くになんて寄れないから距離とっておろしてやったわけ。
そしたらその狐、それに浸かって傷とか癒やしてんの。
すげーのなアレ。狐の傷がものの数分で完治しやがった。
まぁ何だ、きっとありゃあそこらで暮らしてるイタズラギツネだったんだろうよ。
…おう、そうさ。
結局その後、待てど暮らせど女神なんて帰ってきやしねぇ。
暇だなと思いながらもそこで元気に成ったブサイクとじゃれながら素直に3時間位待ってたんだが、その時間の中で俺は少しずつ正気に戻った訳だ。
そもそも、そんな聖なるものになんて触れもしないんだ。それなのに、聖水とかで水浴びするようなそんな女とどうやって寝るんだよって話だ。
俺はなんかアホらしくなって帰ってきたんだ。いやぁ、思いつきで妙なことなんてするもんじゃァねぇな。
あ?山もオチもねぇのかって?うるせぇ。
でもよ、なんも収穫がなかった訳じゃぁないんだぜ?
おい、こっちだ、ブサイク!
…ほら見ろよ。こいつが噂のブサイクさ。
ほんとにブッサイクだろ?こう、毎日見てると意外と可愛く見えるもんだ。
こいつ、助けたせいで懐いちまったのか、あっちいけって言ってもきゅんきゅんないて付いてくんだよ。
酔っ払わせて逃げようかとも思って余ってた神酒やって旨そうに飲みやがるしよ、なんか面白くなって連れてきちまったんだよ。
いやぁ、油揚げしか食わないわ、サケは好きだわ、風呂には入るわ、ほんとに変わりもんでよ、一緒に居ると意外と飽きないわ。
いやーあそこにいってよかったよ。
俺ぁ魔物だが、あそこの女神には感謝してるよ。
こんな楽しい道連れができたんだからな。
どんな女でも落としてきた百戦錬磨の俺がよ、こんなブサイク狐に落とされたって訳だ。
しかも妙に腹も空かねぇし…
その上コイツ、百姓みてぇに早起きでさ、おかげさんで夜の魔物のはずの俺が真っ昼間に平和に旅してんの。
笑っちまうよなぁ、ほんと。
お、なんだブサイク、サケはもう良いのか?
じゃァ宿にでも帰るか。もう眠そうだもんな、おまえ。
おう、話に付き合わせて悪かったな、おっさん。
これ、話聞いてくれた礼だ。…何、はした金だ、気にすんな。
あ?その狐、ほんとに狐なのかって?
馬鹿言うなよ、どっからどう見てもブサイクギツネじゃねーか。
…はぁ?何言ってんだあんた。
まぁいいや。行こうぜ、ブサイク。
あのおっさんも妙なことなんて言いやがる。女神っていやぁ、目も眩むような美女に決まってらぁ。
こんなブサイクな狐が女神な訳無いだろ。なぁ、ブサイク。
へへ、今日もひとっ風呂浴びてブラッシングしてやらにやァな。
ガリガリも随分良くなってきたし、次の街についたら綺麗に毛を整えてやるよ。
な、ブサイク。
なんとなく書いた話です。
まぁ、結果的には女神様がブサイクな狐だった、っていうだけのお話ですね。
女神が美人とは一言も言ってないのぜ!