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Error  作者: ken
第一章 
8/29

第七話 =それは突然訪れる=

 ピリリ……。

 生活感溢れる龍ヶ峰学園学生寮の一室に、乾いた機械音が響き渡った。室内は綺麗に整頓されており、主が几帳面で綺麗好きある事が想像出来る。

 音が鳴った直後、部屋の隅に置いてあるベッドがもぞもぞと動いた。そしてゆっくりと、部屋の主はベッドから上半身を起こす。薄いピンク色のパジャマを着た愛だった。

「ん……朝?」

 寝ぼけた瞳をこすりながら呟く。

 目覚まし時計を止めた後に持ち上げてみる。現在7:00。

 今から昼食を作り身支度を仕上げれば、全寮制の龍ヶ峰学園の朝のHR(ホーム・ルーム)には十分間に合う時間だ。

『おはよう』

 何気なく時計の針を見つめていた愛に、一つの声が挨拶をする。声の方向を見てみると、そこには誰もいない。携帯や教科書が、備え付けの勉強机に置いてあるだけだった。だが愛には、今の声が幻聴などでは無い事が分かっていた。

 声の発信源は、彼女の携帯からだ。愛にはその確信があった。

 何故ならそれこそが、彼女の持つ超能力。「機械の声を聴く能力」なのだから。

「うん、おはよう」

 微笑み、返された愛の言葉に携帯は答えない。所詮は、声が聴けるだけ。こちらの声は、向こう側には届かない。言わば機械は、彼女にとって『口』。ただ語るだけで、こちらの言葉を受け入れてはくれない。だが、それでも良かった。普通の人には分からない機械の声が、想いが、意思が彼女には分かる。聞こえる。それだけで、誇るには十分すぎるものだった。

 愛は再び視線を足もとへ向け、未だにおさまらない脳の怠惰に身を任せる。

 完全な無意識。彼女の脳裏をよぎったのは、信頼するFクラスの面々の中でも、最も彼女が会いたいと願う人物の顔。

 その神秘的で魅力的な無表情を思い、愛は思わず顔を赤くする。寝起き独特の気怠さも吹き飛んでしまった。

「……お弁当作ろ」

 自分に言い聞かせる様に呟き、愛は身体を起こし、キッチンへと歩いて行った。







「……という訳です。皆さん分かりましたか?」

 社会の授業中、社会科教師である遠山京子の声に、Fクラスはだるそうに答えた。中には答えない者もいたほどだ。はっきり言って、やる気が全く感じられない。中には、返事すら返さない者もいる程だ。

 いつもの事ながら、京子は呆れた表情で小さく息をいた後、またすぐに板書を開始した。

 そんな中、返事を返さなかった組の一人である航太郎は、左肘を机に付けてその上に顎を乗せ、窓の外をじっと見つめていた。完全に心ここに在らずと言った感じである。彼はいつも、こんな態度で授業を受けているのだ。机には一応教科書とノートが広げられているが、何かを記入した形跡は全くと言っていい程にない。まるっきりただの飾りと化している。それでもきちんと教師に当てられれば正答を返すのだから、やはりこの少年は分からない。

 そんな時、ふと航太郎は自分の二つ前、窓側二番目の席を見つめた。この動作も、彼の日常の一つ。そして、そこが空席となっているのもまた、日常の一つだった。

 入学式の日から今日まで航太郎との面識がないどころか、席の主は学校に顔を出した事すらないのだ。一度、百花に席の主について問うた事がある。彼女曰く「あぁ、あの人はちょっと放浪癖があって。テストの日以外は殆どクラスに……と言うか、学校にいないの。何度も注意したんだけど、聞く耳持たずでね、困ってるんだ……しかもそれで成績優秀者だから、尚更ね」との事。

 一体どんな生徒なのか。百花が言うには今年3年生らしいが、航太郎にとって少し気になる存在だった。

 その時、かすかな悪寒が航太郎の感覚を刺激する。同時に航太郎は、首を少し窓の方へずらした。刹那、ものすごいスピードで『何か』が彼の横をかすめていく。ちょうど、先ほどまで航太郎の顔があった所に伸びてきたそれは、チョークだった。

 やがてそれは、ゆっくりと元の姿ながさへと戻っていき……持ち主である京子の手に収まる。

「こら、菅原くん! またよそ見してたでしょう!」

 怒った様子でぷんぷんと口に出しながら(・・・・・・・)、京子は言う。

 決闘の際、あれだけ航太郎に恐怖していた京子だったが「一晩寝たら忘れる性質」らしく、翌日からは普通に航太郎と接してくれていた。航太郎にとっては、ありがたい事だったが。

「…………先生」

「何? 言い訳なら聞かないよ。質問になら答えるけど」

 航太郎はしばし黙っていたが、やがて口をゆっくりと開いていき、

「…………肉じゃが」

 と口にした。クラス中が彼を見つめる。

「い、いきなりどうしたんだ? 航太郎」

 彩が問う。

「いえ、肉じゃがって美味しいな、と思って」

「まるで意味が分からんですぞ!」

 そう叫ぶのは、今日も絶妙な加減で淵を光らせる丸メガネを掛けた元春だった。

「藤原先輩は嫌いですか? 肉じゃが」

「フッ、愚問ですな……むしろ大好物ですぞ! 美味しい肉じゃがを作る事は、女子の必須事項と言ってもよいでしょう!」

「いや、コータロー先輩はそういう事を言ってるわけじゃないと思うんすけど……」

 苦笑交じりに、新がツッコミをいれる。

「……確かにもそうかもしれませんね」

「納得しちゃったんすか!?」

「あーでも気持ちは分かるな。おふくろの味っつったら、肉じゃが思い浮かべる人って多いし」

 波川先輩まで何言ってるんすか! と、新は狼狽する。そして、味方を探そうとクラスを見回した。

 百花は頭を抱え、何やら呟いている状態で、汐音は相変わらず我関せずと言った様子で目を伏せている。彩に関しては、仁と二人で「ヒーラギは料理とか無理そうだなぁ」「失礼な! 私だって女だぞ、料理くらいする!」と、何やらわけの分からない口論を繰り広げており、美鈴はその様子を、面白おかしく観察していた。

 彼女らはおそらく頼れない。そうなると、最早新が頼れるのは、彼と同学年の二人だけだ。

「愛ちゃんからも何か言って下さいっす!」

「航太郎さん、肉じゃが好きなんだぁ……練習しようかな」

 新の声など耳に入っていない様で、愛は一人、独語を放っていた。

 愛もダメ。となると、残る味方は一人しかいない。

「陽くん! もう陽くんだけが頼みっす! お願いするッす!」

 それまで腕を組み目を閉じ、何やら熟考していた陽だったが、新の懇願に応じて目をゆっくりと開いた。

「…………一理ある」

「陽くぅぅぅぅぅぅぅぅん!!!???」

「ちょっとみなさん! 今は授業中……」

 キーンコーンカーンコーン……

 京子の叫びも空しく、授業の終わりを告げるチャイムが、校内に鳴り響いた。

「うぅ……」

「現実って言うのは非常っすね……」

 心からの同情の言葉を、新は京子へと優しく投げる。声音だけではなく、表情もそれそのものだった。

「仕方ありません……今日の授業はここまでとします……」

 京子はハァ――――、と大きく溜息を吐いて教室を後にする。その背中からは、哀愁が漂っていた。






「しっかし、本当に菅っちは切り込み隊長だよなぁ」

 昼休み。いつも通り愛と昼食を取っていた航太郎に、仁が声を掛けた。

 航太郎と愛は、ゆっくりと彼の方へと視線を向ける。

「何の事ですか」

「社会の時だよ。授業中のよそ見は良くある事としても、まさか肉じゃがとはね」

「ただの言い訳ですよ」

 素っ気なく答えて再び箸を進める航太郎を見て、仁は苦笑する。

「そうだとしても、何で肉じゃがなんだ?」

「深い意味はありません。ただ、好物なだけです」

「ほぅ、航太郎は肉じゃがが好きなのか」

 話に割って入ったのは、彩だった。

「えぇ、まぁ。と言うより、肉じゃがが嫌いって言う人、そうそう見かけませんけど」

「確かにそうだね」

 今度は百花。

「やっぱり慣れ親しんだ味だからなのかな。子供の頃から結構皆食べてるものだから、親近感があるっていうか」

 授業中に話題にする事じゃ無い事は確かだけど……と加える百花の表情は穏やかだが、どこか怒りを抑えている様にも見えた。生真面目な性格の彼女にとって、それは当然の反応なのだろう。Fクラスが言って素直に聞く様な連中の集まりでは無い事も、重々承知しているが。

 そんな会話を聞いて、愛は考えていた。

 航太郎は肉じゃがが好き。自分も料理は好き。肉じゃがの作り方も知っているし、作った事もある。

 そうなれば、愛が航太郎に掛ける言葉は決まっていた。

「あ、あの……航太郎さん」

「何」

「あの、ですね…………こ、今度、作ってきましょうか? その……肉じゃが」

 視線が愛へと集まる。航太郎はいつもの無表情で、仁は面白そうにニヤケながら、そして他の連中はぽかんとした顔で。

 それを感じ、愛は一気に顔を沸騰させる。

「あ、ちちち違います! ふ、深い意味は、無くて、ですねぇ……ただ……えと……」

 もじもじと机の下で手を動かす愛を、航太郎はしばし黙って見据える。

「め……迷惑……でしょうか」

 上目使いに問う愛。その問いに答えようと、航太郎はゆっくりと口を開く。

「全然。むしろ作ってもらえるなら、有りがたい」

「ほ、本当ですか!?」

 満面の笑みで、くい気味に言う愛。その時、

「フラグキタ――――――!!!!」

 唐突に響き渡る叫び声。原因は、元春だった。

 思わずクラス中が、彼を凝視する。

「これぞ青春! これぞ高校生活! 盛り上がって参りましたなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「相変わらず恋愛絡みになると、やたらテンションが高いなぁ。

 いやーでも健気だね愛ちゃん! ほかの女性陣も見習ってほしいもんだよ」

 仁の言葉に、愛と汐音以外の少女たちが凍りつく。

「聞き捨てならんな……言った筈だ。私とて料理ぐらいすると」

「私もです。ましてや昔から、お母さんに肉じゃがの作り方は教えられましたからね」

「女たるもの、肉じゃがの一つや二つ……造作もないもんね」

 一気に押し寄せる少女たちの重圧ことばに、仁は思わずおののく。

 その時、ガラリと扉を開き、一人の男性が入ってきた。

「んー? 何だお前ら、また何か騒いでんのか」

 そういって入って来たのは、立壁だった。

「下の職員室にまで聞こえて来たぞ。何やってんだ?」

「先生には関係ない」

「そうです。黙ってて下さい」

「教師は皆生徒から優遇されるとか思わないでね」

「お前ら……」

 頭を抱える立壁。その反応に、航太郎は少し違和感を覚えた。

「先生……何かありましたか」

「どうした菅原、藪から棒だな」

「いえ、ただ……反応がいつもの先生より薄い気がしまして」

 お前らの俺へのイメージってなんなんだ、とぼやく立壁。だが、航太郎がじっとこっちを見つめて来るので、逃げられないと悟り返答する。

「別に、何もねぇよ。少なくともお前らが心配する様な事は」

「そうですか」

 あまりにあっけなく、航太郎はひいた。

 立壁は内心胸をなでおろすと、すぐにまた会話を戻す。

「それより、お前らは何を騒いでたんだ」

「いえね。愛ちゃんが菅っちに肉じゃがを手作りするって言うから、健気だねって褒めたんですよ。そしたらこの3人が、「自分も肉じゃがくらい作れる」って息巻いてきましてね」

「何故に肉じゃが?」

 もっともな立壁の疑問に、仁は色々あるんですよと苦笑する。

「しかし、なるほどなぁ……だったら、こういうのはどうだ」

 名案が思い付いたらしく、立壁は右手の人差し指で天井を指した。

「谷口、赤井、冴嶋、柊木の4人が、明日菅原へ肉じゃがを差し入れするんだよ。それを菅原が実食して、うまかったそれが本当だったって事で良いんじゃないか」

「皆さんの料理の腕を心配しているわけじゃないですが、俺は毒見係ですか」

 何の感情もない声で、航太郎が呟く。それを受け、立壁はそういうなよ、と宥める。

「ふむ、なるほど……良いだろう。波川の固定概念を真っ向から叩き潰すいい機会だ」

「先生の提案というのが少し癪ですが……受けて立ちます」

「へへっ、面白くなって来たね」

 3人が、俄然やる気になった様に息巻いている。それをしばし見つめた後、航太郎は愛へ視線を移した。

「って事らしいけど……どうする、愛」

 航太郎に振られ、愛は一瞬の戸惑いを見せたが、やがて決意の表情へと変わった。

「わ、私だって負けません!」

「いや、勝ち負けじゃないと思うんだけど……」

 航太郎は一人、愛の言葉に疑問を抱いた。無論、愛の航太郎への好意を知っている他の者は皆、愛へと同情の視線を向けた。

「とにかく、これで決まりだな。健闘を祈るよ」

「女子力の見せ所ですぞ皆々様! 奮起下され!」

 言われるまでも無い、と言った風に、4人がそれぞれの闘志を燃やす。

 そんな光景を見て、航太郎は思う。

(一人で4人分も喰えるだろうか……)









 そして、翌日。HRが始まる5分前。

「どうだ皆。満足のいくものは出来たか?」

 仁の問いに、彩と美鈴は余裕の表情を見せる。

「愚問だな、波川。自分で言うのも何だが、かなり絶品のものになったと自負している」

「久々にやると、料理って楽しいねー♪」

 ……何はともあれ、それぞれ満足のいく料理が出来た様だ。

 それを全て食す事になる航太郎は、やはりいつもの無表情を貫いている。

「それにしても……」

 元春がそう言い、辺りをきょろきょろと見回した。

「言いだしっぺとも言うべき谷口氏と、それから冴島氏の姿が見えないのですが……」

「百ちゃんはさっき、愛ちゃんを呼びに行くって。多分もうじき来るんじゃない?」

 百ちゃん、こういう事には闘志むき出しだからねー、と楽しげに言う美鈴。

 だがそれを聞いて、航太郎は違和感を感じていた。おかしい。いつもなら、愛はHRが始まる10分前に、既に教室に入っている筈だ。よほど料理に趣向を凝らしているのだろうか……。

 その時だった。Fクラスの扉が、控えめな音と共に開かれた。

 一同がそちらを見ると、そこに立っていたのは百花だった。しかも体調が優れないのか、顔が青ざめている。一向に扉の前から動かない百花に、彩が声を掛ける。

「どうした冴嶋? 顔色が悪いぞ」

 彩の問いに、それまで黙っていた百花が、ゆっくりと口を開く。

 そして―――――告げた。

「た……谷口さん……谷口さん、が……」

 一気に。

 航太郎の足の裏から背筋まで、強い悪寒と寒気が走り抜けた。

 そして気が付けば、航太郎は席を立ち、愛の自室めがけて走った。全力で。全速で。

 愛の身に何かあった事は間違いない。しかも、百花の態度や顔色から察すると……

―――――ダメだ。

女子寮の扉を開き、中に入る。

――――考えるな。

愛の部屋がある2階へと続く階段を上る。

―――――考えてはいけない。最悪の事態を考えてはいけない。愛の姿を確認するまでは。

 そんな衝動にも似た思いに駆られながら、航太郎は走る。

 そして愛の部屋の扉の前に立った時、走ってきた勢いに任せ、その扉を開いた。

 


 ――――――瞬間、まっさき航太郎の視界を支配したのは、彼の視界を7割方占める紅でも、その色を持つドロドロの液体でも無かった。 

 航太郎の視界を支配したモノ(・・)。それは―――――



 ドアの奥の壁に持たれ、心臓から大量に血を吹き出しながら、虚ろな目で虚空を見据える、変わり果てた愛の姿だった。




 次回から(裏)となります。少し展開が早いだろうか……。

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