第ニ話 =嵐の前触れ=
「あの……菅原さん」
入学式から2週間が経った日の昼休み。愛は隣の席の転入生、自分より一つ年上の少年である菅原航太郎に声をかけた。
航太郎は教科書を引き出しにしまう手を止め、ゆっくりと顔を上げ、愛と視線を合わせる。
「何?」
抑揚のない声で、航太郎は問いかける。
それを不機嫌だと捉えたのか、愛は思わず体を強ばらせた。
「いえ、その……えっと、ですね。い、一緒に、昼ごはん食べませんか!?」
顔を真っ赤にして言う愛に、航太郎は首を傾げた。
そんな事で、あんなに緊張した風だったのか、とでも言うように。いや、そう感じていたのは、航太郎だけではないだろう。
何せこの光景は、もはやFクラスでは当たり前になっていたのだ。
愛が航太郎を昼食に誘い、航太郎がそれを肯定する。いつもと変わりない、Fクラスの日常風景がそれだ。
しかし航太郎自身、見る者によって印象がころころ変わる不思議な少年だ。それだけでなく、見る者が同じでも、日時や場所が違うだけで、また印象が変わってしまったりもする。
いつも決まった印象を与えてもらえないだけに、愛も「今日は断られえるのではないか」と不安になっているのだろう。
とにもかくにも、航太郎は他に類を見ない稀な存在なのだ。
しかし、どんなに印象が変わろうと、彼自身クラスメイトを傷つけたり、その思いを無碍にする言動をした事は、まだ2週間といえど一度も無い事も事実である。
おそらく今日も、航太郎の反応は同じだろうと、Fクラスメンバーは思っていた。
そして案の定、その予想は当たっていた。
「いいよ、別に」
「ほ、本当ですか!?」
思わず喰い気味に航太郎へ顔を近づける愛。だが、航太郎はいつものペースを崩さない。
「こんな事で嘘ついてどうすんの。購買でパンを買って来るから、ちょっと待っててもらえる?」
「は、はい! ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げる愛に軽く手を振ると、航太郎はゆっくりと立ち上がり、教室の出口へ向かって歩き出した。
そしてドアに手を掛けた直後、廊下側一番前の席に座る彼女を横目で見つめる。
紅汐音。
少し眼にかかる明るめの茶髪と、切れ目ながらも少し大きめな赤い瞳を持つ2学年の少女。
ほんのりと暖かくなってきた季節だというのに、未だ黒のカーディガンを着用しており、委員長の百花曰く「夏でも脱がない」らしい。
そんな彼女をしばし見つめる航太郎。いつも通り左肘を机に立て、右手で携帯電話をいじくっている。
汐音はあまりクラスメイトと交流を持とうとしないため、航太郎も話した事がない相手だったが、どこか気になる存在だった。
しかし、航太郎は何をするでもなく再び視線を前へ戻し、後ろ手に扉を閉めると購買部へ向かって歩き出した。
心底安堵した様に、愛は大きく息を吐いた。
「愛ちゃんも毎日がんばるねぇ」
「っ!? な、波川さん……」
そんな愛に声を掛けるのは、ボサボサの寝癖頭が特徴の3年生「波川仁」。
「何でそんな、菅っちにこだわるん? 確かに見た目はイケメン少年だけどさ」
「えっと、何ていうんでしょう……何となく、気になってしまって」
愛自身、何故航太郎にここまでこだわっているのか分からなかった。確かに仁の言うように、わりと端正な顔立ちをしているのは事実だが、そんな事ではない様な気がする。もっと、彼の根本に惹かれている様な、そんな気がするのだ。
「うむうむ、青春ですな!」
「ふぁ!?」
突如聞こえた男声に、奇声で応える愛。
声の方向を見ると、そこに立っていたのは丸メガネをかけた長身の青年、「藤原元春」だった。
「いやいや良い事ですぞ、谷口氏!
恋こそ青春! 恋こそ学生! 恋こそ人生! ビバ、恋! ですぞ!!」
メガネの淵を光らせ、左手の人差し指をびしりと愛に突きつけ、元春は叫んだ。
しばしぽかんとしていた愛だったが、みるみるうちに顔を林檎の如く赤らめた。
その瞬間、仁がにやりと意地の悪い笑みを浮かべる。
「おっ、今愛ちゃんのオーラが桃色に変わったな。おそらくは図星かぃ?」
オーラ。それは仁にのみ視覚化する事が可能な、相手の感情を表すものだ。
彼の様な、「相手の感情をオーラで見る能力」を持つ者以外には、見るどころか感じる事すら出来ない。と言っても見えるのは「感情を表すオーラの色」だけであり、相手の心を直接読む事など不可能だ。そもそも心理読解能力を持つ者が、Fクラスに所属するわけがないのだが。
愛は仁からの追加口撃の影響で、更に顔を赤くし始めた。このまま行くと、頭からケムリでも出しそうな勢いだ。
「何を恥ずかしがる事がありますか! 恋は良いものですぞ!
先ほど言った事意外にも、何より人の心を成長させてくれるもの! むしろ誇りに思ってよいのです!」
「お前みたく、フィギュア相手に恋するのは少し異常かもしれんがな……」
苦笑を浮かべつつ、仁は言う。
「しっかし、恋ねぇ……俺にはよく分からんな。何せ経験が無いもんだからさ。しかも想い人が菅っちみたいな人間だと尚更ね」
隣でぎゃあぎゃあ捲し立てている元春を尻目に、仁が言う。
彼自身、決して航太郎の人柄を批判しているわけでは無い。むしろ彼の様な希有な存在に対しては、「面白い」と言って積極的かつ好意的に接するタイプだ。
「阿呆、女の恋と男の恋ってのは、また別もんなんだよ」
話に割って入ってきたのは、褐色肌が特徴の、女子としては長身の少女、「柊木彩」だった。
彼女の発言を聞くなり、仁は目を丸くする。
「意外だねぇ、ヒーラギにも女心がわかるたぁ」
「ケンカ売ってんのかい?」
「すみませんごめんなさい出来心なんです本当にだからぶたないでくださいお願いします」
早口に捲し立てる仁に、彩は呆れたように溜息を吐いた。
「しかし、同じ女である私にも分からんな。菅原は確かに面白い男だが、恋慕する様なタイプには思えん。もっと彼の内面を知った後ならまだしも、知り合って2週間しか経ってないんだぞ」
視線を愛に向け、彩は問うように言う。
愛は自分が航太郎に好意を寄せている前提で話が進んでいる事を少し気に病んだが、実際、自分がなぜ航太郎を気にしているのか、分からないでいた。
彼には、その性格を含めて謎が多い。何故転校してきたのか、何故能力の発現が他者より遅れたのか。そもそも航太郎の能力自体、何なのか分からないのだ。
そんな謎を具現化させた様な相手を、何故自分はこうも気にしているのだろう。
愛はおもむろに視線を空へと移す。だがそうした所で、彼女の疑問に応える声など、あるはずも無かった。
■ □ ■ □
「…………」
航太郎はレジを前に、無言で佇んでいた。
昼休みの購買部は、やはり混み合っている。
全寮制の龍ヶ峰学園なのだから弁当を作ったり、作るために早起きしたりするのが面倒なので、購買部で済ませるという者がいる事は、航太郎自身想定していた事だ。
彼が気になっているのは、そんな事ではない。問題は、今しがた購入したクリームパンである。
航太郎は、購買部を利用するのが初めてだった。いつもは自分で適当に昼食を作るからだ。
だが今日は「たまには購買を使ってみるか」と思い立ったので、こうしてクリームパンを購入している。
商品自体に問題はない。そこかしこで売っているそれと、大して変わりはない。
問題があるのは、値段だった。
「何故、こんなに高いんですか?」
思わず、航太郎は購買部のおばさんに問うた。
龍ヶ峰学園では、商品に値札が付けられていなかった。航太郎もそれを疑問に思ったが、パン一個の値段ならたかが知れているだろうと思い、一つ手に取ってレジに並んだのだ。
そしてレジで最初に要求されたのは、学生証の提示だった。言われるがまま学生証を提示すると、確認後すぐに返され、次に投げかけられたのは「じゃあ、クリームパン一個で500円ね」という台詞だった。
パン一個が500円など、普通ありえない。下手なコンビニ弁当よりも高いではないか。
驚愕――と言っても表情はいつもの通りだが)――した航太郎は、思わずレジのおばさんに理由の提示を迫った、というわけだ。
「おや、兄さん学園規則集を見てないのかい? 龍ヶ峰学園の校則は変わっててねぇ。今の場合で言うなら、パンひとつの値段はAクラスが50円、Bクラスが100円、Cクラスが200円、Dクラスが300円、Eクラスが400円、そして兄さんのFクラスが500円って言う風になるんだよ」
航太郎の顔が、少し歪んだ。
「つまり、この学園ではクラスランクが全てを決めるってわけですね。どうりでクラスの皆が、あまり学食や購買部を使わないわけだ」
航太郎が言うと、おばさんは同情するかの様な表情を浮かべる。
「悲しいし理不尽な事だとは思うんだけどねぇ……これが現実なんだよ、ここの」
「……そうですか」
一言そう呟くと、航太郎は500円をレジに差し出し、「ありがとうございました」とだけ告げて購買部を後にした。
おばさんからの返答は、無かった。
■ □ ■ □
その頃、突然Fクラスの教室のドアが、何者かによって乱雑に開けられていた。
「やぁ、Fクラスの皆さん。ご機嫌よう」
その声を聴くなり、クラスの面々は心底うんざりした様に顔をしかめた。
入ってきたのは、激しく巻かれた黒髪を持つ少年だった。襟元には、Aクラスの者が付ける百合を象ったバッジが付いている。
3-Aクラスに所属する少年、「榎本士」だった。
彼の父親は、龍ヶ峰学園PTA会長であり、校内にて絶大な権力を持っている。それを鼻にかけ、士は度々「落ちこぼれ」と呼ばれるFクラスに訪れ、嫌味たらしい態度を取っているのだ。
「榎本さん、何の用です? ここはアナタの様な『優等生』が来る場所ではありませんよ」
いつもは誰に対してもお淑やかな態度を取る百花も、苛立ちを隠さないで告げる。
それを聞いた士は、嫌味たらしく笑いながら室内へ入ってきた。
「これはこれは、Fクラス委員長殿。なに、深い意味はありませんよ。ただ、Fクラスの皆さんはどの様な姿勢で、ここでの生活に打ち込んでいるのか、少々視察をね」
「アンタに見られるまでもなく、うちらは真面目にやっているが?」
次に士にたいしてそう口にしたのは、彩だった。彼女もまた、彼に対する敵意を剥き出しにしている。
「おやおや、そう怒らないでくれませんか、柊木さん。いくらAクラスとFクラスの差があるにしても、さすがに怖いですよ」
クラス内の雰囲気が、一気に重くなるのを、クラス中が感じていた。いや、廊下を歩く生徒たちすらも、思わず立ち止まってFクラスを除くほどに。
「? 何を黙り込んでいるのです? もしかして、僕の言葉が癪に障りましたか? それは変ですねぇ……僕は事実以外言った覚えは無いのですが」
わざとらしく首を傾げながら、士は言う。
さすがに、Fクラスの怒りは限界に来ていた。思わず彩が罵声を返そうとした、その時だった。
「訂正……してください」
それはとても小さい声だったが、静まり返ったFクラスにはよく響いた。
彩は思わず言葉を呑み、声の方向を見つめる。
見るとそこには、机に座ったまま俯いている愛がいた。
「おや、見慣れない顔ですねぇ。新入生の方ですか? 何とも運の悪い……こんなクラスに入らされてしまうとは」
再び、彩は士を睨み付けた。今にも殴りかかってしまいそうだった。
「訂正して下さいって言ってるんです!!」
だがそれを止めたのは、またしても愛の声。しかも今度は、怒鳴り付ける様な声だった。
これにはさすがに、Fクラスの面々だけでなく士、さらに隣のEクラスの生徒や、廊下を歩いていた生徒たちも、思わずFクラスの中をのぞいた。たちまちFクラスの前には、野次馬生徒の群れが出来ていた。
「これは何と……アナタ、誰に向かって口を聞いているのか、きちんとお分かりですか?」
あくまでも平静を装う士だったが、その声の震えからは、怒りにも似た感情が見え隠れしている。
だが愛はひるまず、士の前まで歩み寄り、更に怒鳴り付ける。
「確かに私の能力は、人を助けたり悪い人を懲らしめたりは出来ないかもしれません。でも、私はこの能力に誇りを持ってます! 機械の声が聴けるというだけの、機械と対話する能力者さんと比べたら陳腐な能力だけど、私はこの能力を持って生まれた事が、誇りなんです! それはFクラスの皆さんも同じだと思います!」
「これはこれは、面白い事を言いますね。たかが機械の声が聴けるというだけで、何になると言うんです? そんなゴミみたいな能力を誇りに思うなど、異常としか言い様がありませんね」
ぷちん。
愛の中で、何かが切れる音がした。
そして愛は感情を抑える事なく、叫ぶ。彼女の心からの思いを。
「アナタみたいな、能力でしか人を判断できない様な人間の方が、私にとってはよっぽど異常者です!」
しん……と。
静寂が空間を支配した。
Fクラスの面々は、目を丸くして愛を見つめる。あの汐音すらも、愛がしっかりと士を見上げ、睨み付けている様子を目に焼き付けたほどだ。
彩はぽかんとした様子で立ち尽くし、百花も彩と同様の反応を示して机に座ったまま動かない。他の者も、皆同じ様な反応だった。
唯一、仁だけは、今にも笑い出しそうな自分を堪えている様に見える。
途端に、士の体がわなわなと震えだした。底辺と見下していたFクラスの、しかも入って一ヶ月も経っていない新参者に言われたのだ。彼は自分のプライドを、ずたずたに引き裂かれた様な気がしてならなかった。
「良いでしょう……口で言っても分からないのなら」
言うや否や、士は右手を振り上げた。
「実践で教えてあげましょう、格の違いというやつを!」
愛は思わず、目をギュッとつむる。彩は愛を庇おうと駆け出す。百花は思わず、両手で顔をふさぐ。
他の皆も、固唾をのんでその光景を見つめていた。
だが――――
「あの……」
士の手が、愛に振り下ろされる事は無かった。
いつまでも痛みが来ない事を疑問に思った愛は、ゆっくりと目を開く。
そして次の瞬間、視界に入ってきたのは、右手を愛の左頬の前で静止させたまま背後を見つめる士と、彼の背後に立っている、クリームパンを右手に抱えたパーカー姿の少年、菅原航太郎だった。
「状況が良く分からないのですが……とりあえず、内履きの靴ひもが赤って事は先輩ですね。
それで……アナタはこのクラスの人じゃないですよね?」
この場の緊迫感に全く似合わない、淡々した口調で言葉を紡ぐ航太郎に、士はしばし目を丸くした。
だが次の瞬間、再び顔を歪ませ、体を航太郎へと向ける。
「当たり前だ! 僕をこんな底辺能力者と一緒にするな」
再び、愛と彩は怒りに顔をゆがめた。
だが航太郎は、やはりいつもの気だるげな態度を崩さない。
「だったら邪魔なんで、そこをどいてもらえます?」
「…………あ?」
今度は怒りを隠さず、威圧感のある声で士は文字を吐き捨てた。
「自己紹介が遅れました。俺、今年からこのクラスに転入した、菅原航太郎と言う者です。今購買部でパンを買って来たんですが、帰ってきたらドアの前に遮閉物が立ってたんです。とりあえず、アナタがいると俺は教室に入れないので、そこをどいてくれと言ってるんですが、何か?」
「貴様……俺を誰だと思ってやがる! Aクラスの榎本士だぞ! お前らみたいのとは格が違うんだよ!!! 落ちこぼれが!!!!」
いつもの態度口調を脱ぎ捨て、本性剥き出しのままの士が叫び散らす。
野次馬生徒たちは、思わず後ずさりした。Aクラスの生徒たちを怒らせるとどんな目に遭うのか、知っているからだ。しかもあの榎本士ならば、尚更のことだ。
しかし、やはり航太郎は態度を変えなかった。
「アンタがどこのクラスかなんて、俺は聞いていません。とりあえずFクラスじゃないんなら、Fクラスへの出入りを阻害する様な真似をしないでくれと言ってるんです。これは能力者云々ではなく、一般常識の話です」
士の顔が、みるみる青ざめていく。恐怖などではない。とうに限界を越していた怒りが、もはや士でも制御不可能なほどに跳ね上がっていたからだ。
だが、その時。
「ぷっ……あっはははははははははは!!!!」
この光景を目の当たりにして、笑い転げる男が一人いた。
その場にいた全員がそちらに顔を向けると、そこには床に寝転がり、腹を抱えて笑っている仁の姿があった。
「ちょっと波川さん! 笑っている場合では無いでしょう!」
「いやーごめんごめん! 今年は最ッ高に面白い連中が入ってきたと思ったら、くくっ……思わず我慢できなくなっちまってさ」
あーおかしかった、と言って仁は立ち上がり、愛を通り越して士の前まで歩み寄った。
「よぉ、榎本さん? アンタの言う所の格下から散々言われて悔しいだろう? だったら、やる事は一つなんじゃねーの?」
一瞬目を細めた士だったが、すぐにそれを見開く。
「貴様……『決闘』をしろと言うのか?」
決闘。
それは龍ヶ峰学園の生徒間で争い事が起こった場合、戦いによってそれを解決するというルール。
当然解決を目的としているため後腐れは無く、真に己の実力のみで雌雄を決するという、龍ヶ峰学園ならではの校則と言える。
だが、仁の提案に異議を唱える者がいた。Fクラス委員長の百花である。
「何を言い出すんですか、榎本さん!」
「まぁまぁ、良いじゃねぇか委員長。せっかく面白い事になって来たんだ。ここでお開きなんて勿体ない」
面白いって……と呟く百花を尻目に、仁は再び士に向き直った。
「お互い悪い話じゃないだろう? こっちとしちゃあ、勝てば今までの借りが返せて清々するってもんだし、アンタが勝てば、アンタの言う格の違いってやつを俺たちに見せつける事が出来る」
「…………ふん、身の程知らずめ。良いだろう。その決闘、受けてやる。
ただし―――――」
瞬間、士は航太郎をキッと睨み付け、この決闘のある条件を告げた。
「俺の決闘の相手は、この男だ!! この男以外との決闘は認めん!!!」
その言葉には、航太郎にたいする怒りや憎悪が顕著に表れていた。もしかしたら殺す気なのでは、と思わず思ってしまうほどだ。
だが、やはり航太郎の表情は変わらない。そんな航太郎を見つめ、仁は問う。
「って事らしいが……どうだ? 菅っち」
「構いませんよ、別に」
間髪入れずに、航太郎は答えた。そこには、何の迷いも見えない。
さも当たり前の様に、航太郎は言ったのだ。
それを聞き、士はニヤリと笑う。
「そうと決まれば、すぐにでも行おうじゃないか。場所は体育館。申請はこちらからしておこう」
「そうですか、分かりました」
返答を聞くや否や、士は航太郎の肩に思いきりぶつかり、足早にFクラスを後にした。
場に残ったのは、去っていく士の後ろ姿を見つめる野次馬たちと、面倒くさそうにポリポリと頭を掻く航太郎を見つめる、Fクラスの生徒たちのみとなった。
―――――――そしてこの決闘で、龍ヶ峰学園の生徒たちは思い知らされる事となる。
菅原航太郎が、彼らの常識では計り知れないほどの、真の「特異者」であるという事を。