7 S級の事実
「ところでS級祓魔師について聞きたいの。戦闘は明後日見られると思うけど」
S級祓魔師、と聞いてハミルの表情が変わった。
悪魔を前にした祓魔師らしい、険しい表情になった。
まさかハミルもセヴィスを嫌っているのか。
ロザリアが聞く相手を間違えたかと勘違いする前に、ハミルは口を開く。
「ロザリアちゃん。S級は、祓魔師だけが貰えるって思ってるだろ?」
ハミルは真剣な顔のまま言った。
「違うの?」
また質問を無視するのかとロザリアは思ったが、そうではないらしい。
「やっぱり知らないんだな。確かに、二年前まではそうだった。でもな、去年優勝したのは、候補生だ。それも一年生」
「候補生が、S級? セヴィス=ラスケティアは候補生なの?」
この話が本当なら、明日すぐに彼の戦闘を見ることができるとロザリアは思った。
やはり明日は行くべきだった。
興味ないなんて言った自分が恥ずかしい。
「おっあいつの名前で噛まなかったな。クラスのみんなは言いにくいからってセビって呼んでるけど……ってそんなことはどうでもいいか。セヴィスはおれと同じ候補生なんだ。今年もあいつ優勝するのかな?」
ロザリアは首を傾げる。
候補生に最強の座を取られるとは、祓魔師の腕が落ちたのか、それともセヴィスが前代未聞の強さを誇るのか。
おそらく、後者だろう。
祓魔師の腕が落ちれば、悪魔に支配されるのも時間の問題となるからだ。
去年から悪魔の餓えはさらに悪化している。
そして、セヴィスがS級になったのも去年のことだ。
「あいつ遅いな。待ち合わせから十分遅れてるぞ」
ハミルが腕時計を見る。
時計は夜の七時半を指している。
「待ち合わせているの?」
「この近くに値段は高いけど美味いレストランがあってな、セヴィスが店長と知り合いらしいから安くしてくれるんだってよ」
まずい、とロザリアは思った。
ここに長居したらセヴィスが来る。
ハミルは騙せたがセヴィスは騙せるかは分からない。
彼に悪魔だと気づかれたらハミルも攻撃してくる。
戦い方の見当もつかないS級と、B級のハミルを同時に相手するのはさすがに無理だ。
「またナンパ?」
突然声と共に、ハミルの後ろから金髪の少年がやって来た。
ハミルと同じ青色の制服を着ているが、シャツには皺一つなくボタンも一番上まできっちり止められている。
手には、鞘に入った剣がある。
もしかして、この少年がセヴィスなのか。
そう思ったロザリアは身構える。
「モルディオかよ」
ハミルが少年の名前を呆れた表情で言ったので、ロザリアの警戒心は一言で解けた。
しかし、よく見ると彼の左胸にはA級の銀のブローチがある。
モルディオがA級の候補生だとロザリアは気づく。
ハミルの襟に着いているB級の銅のブローチと比べると、彼はハミルよりも強いのだろう。
解けた警戒がすぐにロザリアの中に戻ってきた。
「女の子見つけたらナンパだよね。あんなにフラれてるのによく飽きないね」
モルディオは不気味な笑みを浮かべて言った。
とてもいい笑顔には見えない。
彼の笑顔は人をばかにした、悪意に満ちた笑みだ。
「違うぞ。彼女が自分から話しかけてきたんだぞ」
「はいはい分かった。またあいつを待ってるんだね。あんな奴、待ってても無駄だって」
ハミルがモルディオに対し少し怒っていることにロザリアは気がついた。
他の祓魔師にセヴィスとモルディオが嫌われていることはよく分かった。
そして、モルディオの言い草からしてその二人の仲が悪いということも分かった。
正直、ロザリアはモルディオをあまりいい人間には思えなかった。
「明日僕に負けてS級の称号を失うのが怖いから、今のうちに少しでも史上初のS級候補生という名の余韻を楽しんでるんだ」
「んなわけねえだろ。どうせあいつのことだから、トーナメントすらどうでもいいとでも思ってんだよ」
と、ハミルが言い返す。
「まっ今年のS級は僕が貰うけどね」
そう言って、モルディオは頷きながら去って行った。
彼はセヴィスに勝てるのだろうか。
もし彼がセヴィスに勝ったら、ロザリアの敵は変わる。
「あんな奴、セヴィスにやられちまえばいいんだ」
堂々と歩くモルディオの背中に向け、ハミルは文句を吐き捨てた。
「……」
何て言えばいいか分からず呆然とするロザリアに、ハミルは小さく頭を下げる。
「あっごめん。置いてきぼりにして」
「いいえ。いろいろ教えてくれてありがとう。それじゃ」
「あれ、もういいのか?」
セヴィスが来る前にこの場を去ろう。
そう思ったロザリアは首を傾げるハミルと別れて慌ただしく河川敷の石階段を上がる。
セヴィスについてはあまり聞けなかったが、ここで彼と鉢合わせするのはあまりにも危険すぎる。
S級の候補生という実力は明日のトーナメントで分かるだろう。
それにしてもセヴィスが候補生というのは驚きだった。
ただでさえレベルが高いクレアラッツで、S級が候補生とは。
ロザリアは自分が明日を待ちきれなくなっていることに気づいたが、それ以前にロザリアはエルクロス学園の場所を知らない。
場所を知る為にまた聞きこみをしないといけない。
ロザリアは細い路地を通って大通りに戻る。
十数人の様々な武器を持った候補生がロザリアとすれ違って行く。
皆十分すぎる程に鍛え上げられている。
その中で、一際身長が高い長身の男の候補生が、ロザリアの目に止まった。
候補生なら少年だが、少年と呼ぶには大人びていて、全体的に端麗な顔立ちをしている。
この男の特徴を説明すると、耳朶から肩までの長さがある植物の葉を模った奇妙なイヤーフックと、首に三日月の形をしたネックレスをしていて、制服のシャツのボタンは第二ボタンまで開いている。
祓魔師を志す者が着けるだけで感激すると言われる、水色のクロスラインが入った藍色のネクタイはろくに結んでいない。
ぼさぼさとはねた暗い紫色の珍しい髪の色以外、見た目は普通の一般人とはさほど変わらない。
普通の服を着ていれば目にはつかなかっただろう。
だが普通すぎるからこそこの祓魔師候補生の青い制服を着ていると、目を疑う程に不気味だった。
候補生というのは、ハミルや先程通り過ぎた候補生の様に屈強な肉体を持つ者ばかりだと思っていた。
だが、この男は違う。
あくまでロザリアが見た限りだが、鍛えられていないわけではない。
だが汗だくになって鍛え上げている様子もない。全体的に細い。
この男は大した武器も持っていない。
あの体格ではハミルのような格闘術で悪魔に勝てないだろうと分かった。
ロザリアはこの男を祓魔師たちの補助をする人間と勝手に解釈して、それ以来この男については考えなかった。
こんな弱そうな男を考えるよりも、学園の場所のことを聞かないといけないのだ。