50 End of INNOCENT, Beginning of GUILTY
目の前には、黄色の服と、藍色の『宝石』が落ちている。
あれだけ言っておきながら、彼女は一度も人間を殺していなかった。
なのに、彼女に悪魔が人間をたくさん殺しているだなんて言ってしまった。
我が儘な理由で罪を犯す自分が生き延び、ただ生きる為に戦った彼女が死ぬという残酷な運命。
しかし、彼女はこの運命を決して憎んでいない。
彼女たちがもしクレアラッツの近くに住んでなかったら、死ぬことなんてなかったのに。
「ねえ、セビ」
濁声で、チェルシーは話しかける。
「あんたのこと、見直した。あたし、血も涙もない奴だと思ってた」
「……そうか」
すごく眠気がする。
体中に血がない様な感じがする。
終わりという言葉が頭を過ぎった。
ブレイズ鉱山の悪魔は終わった。
だが自分の目的は、まだ終わっていない。
終わりを迎えるには、まだ早い。
迎えるのは、始まりだ。
今は一人にしてほしい。
そう思っても、チェルシーにそのつもりはないようだ。
「あんたさ、何か、変わったね」
チェルシーは涙を指で拭く。
拭いたあとの目から、再び涙が溢れた。
「何が」
「悪魔を庇うなんて、あんたらしくないよ」
「ロザリアを殺す必要がなかった。それだけだ」
と言って、セヴィスはロザリアの剣に目を向ける。
持ち主のいなくなった剣は、太陽の光を浴びても輝いていない。
その剣だけが鮮明に見えた。
それ以外は、混沌だった。
しばらくすると、その剣でさえもぼやけてきた。
「ウィンズが放送を入れなかったら、あんたが死んでたんだよ。それでも庇うの?」
「じゃあ放送って……」
「実際全滅したのは美術館前だけ。放送は、ハミルが頼んでやってもらったものなんだよ。ロザリアを、精神的にいたぶって、倒す為にわざと早くやったんだよ」
つまり、俺はハミルに助けられたということか。
それでも素直に喜べない。
「そういう、ことか」
チェルシーから告げられた事実に、セヴィスは苦笑した。
ポケットから落ちそうになった皮袋を、さりげなく戻しながら。
「今のきみにこんなこと聞くのも酷なんだけどさ、フレグランスはどうしたの?」
「……さあ」
「さあって、見てないの?」
「……」
答える気力がない。
答えようという気もしなかった。
「帰ろう。もうこの場所に用はないよ」
そう言って、チェルシーは立ち上がった。
「分かった」
立ち上がろうとすると、身体が思うように動かない。
「ちょっと! 大丈夫!?」
チェルシーがふらついた身体を支える。
「こんな怪我で今まで……早く医者に診てもらわないと!」
「大丈夫だ。それより、少し、ここにいてもいいか」
「素直じゃないなぁ。休みたいならそう言えばいいのに……」
セヴィスが座ると、それに合わせてチェルシーも座る。
「ねえねえ」
「何だ」
「この戦いに、勝者はいないよね。みんな、引き分けなんだよ。あたしのせいだけど、あたしはロザリアの死を喜ぶような真似はしたくない。何でだろ。悪魔なんて大っ嫌いだったのに」
「そうだな、俺も……同じだ」
落ちついてから、傷はかなり痛い。
だが、そんなことはあまり気にならない。
欲望がある限り、人間は『宝石』を求める。
人間が『宝石』を求める限り、悪魔は飢える。
悪魔が飢える限り、欲は止まらない。
こんな絶望的な循環が続くこの世界。
それでも、生きたことに後悔がないのなら。
「それで、いいんだな」
いつのまにか日食は終わっている。
戦いが終わったクレアラッツの街には、ただ明るい日差しが差し込んでいる。
その暖かな日差しを闘いの傷に浴びて、少年はそっと目を閉じた。




