49 盗んだ心、命の終幕
「……!」
チェルシーは、驚くあまり指をロザリアに向けたまま硬直していた。
「なんで……」
セヴィスがあれだけ焦った理由など、レンの願いを知らない彼女には分かるわけがない。
「ロザリアは敵なんでしょ! だからあんたは怪我を負ってるんでしょ! なのにどうして止めるのさ! こんなのじゃ、まるであたしが敵みたいじゃない! なんで、なんでよ!」
チェルシーは溢れ出す涙を拭って、泣き出した。
持ってきた懐中電灯は地面に落ちた。
しばらく呆然としていたセヴィスは、しゃがんで倒れたロザリアの身体を起こす。
彼女の表情は、穏やかに笑っていた。
「何で、笑ってるんだ」
「長老が、言ってた。笑えるのは……嬉しいという証」
この期に及んでまで、あのグランフェザーの言葉か。
セヴィスは、初めて悪魔を殺したことを後悔した。
グランフェザーは、自分以上の悪党だ。
それに対してこの信頼の差は何だろう。
それを知る為に、あの長老には生きてもらった方がよかったのかもしれない。
だがグランフェザーが死ななければ祓魔師は降伏し、自分は大量殺人の罪で処刑されていただろう。
それに、グランフェザーが死んだというのが現実だ。
今更になって気づく。
そんなに自分の命が惜しいのかと言うべき相手はグランフェザーではなかった。
グランフェザーよりも自分の命を惜しいと思っていたのは、自分だった。
「私、嬉しい。レンがいなくても、あなたが……最期に、優しく看取ってくれるから……」
弱々しい声が、一つ一つ突き刺さってくる。
それでも、その目から涙が零れることはない。
「そんな、俺はレンの」
「……セヴィス、どうせ私は一人よ。少しくらい、夢を見させて」
そう言って、ロザリアは血だらけの手で傷ついた頬に触れた。
「あなたの正義は、偽物かも、しれない。でも、偽物でも、あなたに救われた人は……たくさんいる」
まだ温かい手が、頬に血を残し落ちる。
「偽物でもいい。貫いて、あなたの思う、正義を」
ロザリアの目が少し潤んだ。
「そんなの、今の俺と何一つ変わらないだろ」
「……いいえ。あなたは変わった。だって」
「もういい。喋るな」
時間がない。
彼女は喋ることに全ての精力を注いでいる。
「お前が、そのままの俺を望むなら、いくらでも貫いてやる」
「っ……」
「お前の『宝石』は盗らない。食われなければ、またレンと会えるかもしれないだろ。何の確証もないけど俺はそう信じる。死んだ後なんて、誰にも分からないからな。
だから、一人で死ぬなんて思うな。死ぬまでの間だけだけどな、俺はここにいる」
「私……」
「今は信じろ。それだけだ」
そう言って、血塗れの手で彼女の身体をそっと抱き寄せる。
彼女が驚いたのか、身体に力が篭る。
それはすぐに抜けた。
そして、彼女は自分の腕の中で続ける。
「ほら……以前のあなたなら、ここで私を、殺すはずよ」
返事は返さず、さらに強い力で抱きしめる。
怪我と疲労で思う以上に力が出なかった。
それでも、破れて露になった腕から温かいものを感じた。
その正体は涙だった。
彼女は、泣いていた。
「泣けるのは……信頼できる友が、いるという証。だから」
「ああ」
返事を返して、セヴィスは笑顔と呼ぶにはまだ足りないような表情をした。
「私、絶対に、後悔しない……」
そっと身体を離すと、声の出ない口が小さく動く。
読唇術を使えないセヴィスでも、ロザリアが何を言ったのか分かった。
「……」
腕に体重がかかる。
身体が熱を失っていく。
同時に、光が身体を包んでいく。
「生きたことを後悔しない、か……」
ロザリアが声に出せなかったことを言う。
特に誰かに聞かせたいわけではなかった。
ただ、繰り返したかった。




