48 最期の想い
ロザリアは何も言わず、全身を震わせている。
ロザリアはセヴィスが攻撃を弾いたから驚愕したのではない。
突き攻撃の途中から表情を変えていた。
何の前触れもなかったので、セヴィスにはわけがわからない。
「レン……」
ロザリアはレンの名前を呼んで、膝から崩れ落ちた。
その表情は、今にも泣き出しそうだった。
それでも泣かないのは、泣いた彼女を受け止める者がいないからだ。
「レン、私たち、勝ったんじゃなかったの……?」
レンが通話の魔力権の持ち主だと知らないセヴィスは、突然ロザリアが何を言い出したのかと首を傾げていた。
「何言ってるんだ、アンタは」
とセヴィスが言った数秒後、頭に聞き覚えのない声が聞こえてきた。
「やっと繋がった。てことは、お前おれたちを認めたんだな」
頭の中で誰だ、と思うと伝わったらしく相手から力のない笑い声が聞こえた。
「おれはレン。意思伝達の魔力権を持っている。これはおれの意思だから、今どんな状況か伝わらないと思うけど、信じてくれ。おれはこれから死ぬ。戦わなければ生きられるけど、戦うと決めたんだ」
「……死ぬのか」
「ああ。でも、おれの意思がこうしてお前に繋がった。だからおれは、お前を信頼する。おれの、最期の願いを託す。聞いてくれるか」
レンの話し方はとても今死にに行くようには聞こえなかったが、彼の思いは理解できた。
こんな自分にも理解できる程の、強い思いが感じられた。
「分かった」
「よかった。ロザリアがおまえのこと、優しい人だって言っていた。おれは最初信じられなかったけど、前言撤回。悪かったな」
俺が、優しい人。
そう思えるなら、ブレイズ鉱山の悪魔は随分おめでたい連中だ。
悪魔であることを忘れるぐらいに。
「おれは、お前を信じる。お前は騙すのが得意だから、おれたちが騙されているだけかもしれない。でも、もしそうだったら、お前はすごい役者だ」
「じゃあ、いくらでも騙されろ」
「ははっ変なこと言う奴だな。おれが人間だったら、多分仲良くなれたと思う。でも、おれは悪魔として生まれたこと、絶対後悔しないからな」
頭の中で、一度息を吸う音が聞こえた。
「じゃあ、言うぞ」
セヴィスは黙って答えを待つ。
レンは再び息を吸う。
「ロザリアを一人にしないでくれ」
「え……」
予想外のことを言われて、自然に驚きの声が出た。
「さっき彼女に死ぬことを伝えたら、彼女は自分も死ぬと言った。でも、そんなの駄目だ。まるで、悪魔であることを後悔したみたいだろ。でもおれはロザリアの元に行けない。だから、何でもいい。彼女を一人で死なせないでくれ。それくらいできるだろ」
「俺にそんなことが」
「怪盗フレグランスは、彼女の心を盗めないのか?」
レンはセヴィスの言葉を遮って言った。
「知ってたのか」
「今ロザリアに聞いたよ。フレグランスとS級を同時に相手したけど、セヴィスには勝てないってな」
「じゃあ……俺はお前に先を越されたんだな。先に彼女の心を盗んだのはお前だ」
「そうか、ありがとう。最期に、お前と話して、笑うことができて……本当によかった」
レンの声は聞こえなくなった。
目の前にいるロザリアは、自分とレンが会話していたとは気づいていない。
しばらく考え込んでいると、空からうっすらと淡い光が漏れてきた。
日食がそろそろ終わりを告げようとしている。
そして、この戦いも。
「……諦めるわけには、いかないわ」
突然、ロザリアの目に光が差した。
ロザリアは剣を手にゆっくりと立ち上がった。
「例え私が死んでも、悪魔は終わってないわ!」
繰り出された衝撃波。
あまりにも突然のことだったので、避けるだけでも足が痛んだ。
「セヴィス、私たちの戦いはまだ終わっていないのよ!」
と、ロザリアは叫んだ。
先程までが嘘だったかの様に、ロザリアは凄まじい攻撃を繰り返す。
だが、今のセヴィスには戦おうという気がしなかった。
それでも、今のロザリアは桁外れだ。
このまま攻撃をしなければ、自分が死ぬ。
どうすれば。
「……」
ただでさえ死と直面した状態で、何をすればいいのか分からない。
そう思った時、国内放送のチャイムが鳴った。
「報告する!」
ウィンズの声に、ロザリアは攻撃を止めて顔を上げる。
彼女は待っていた。
祓魔師が降伏する、という知らせを。
だが、彼女の希望と現実は正反対だった。
「我々祓魔師は、ブレイズ鉱山の悪魔との戦いの末、勝利を収めた! 悪魔側は全滅! よって、ここに勝利宣言をする!」
長い沈黙が訪れる。
ロザリアの身体から震えは止まり、力は抜けていた。
彼女の瞳は、わずかに顔を出した太陽へ向いている。
ブレイズ鉱山の悪魔は、終わった。
それが今、ウィンズの口からはっきりと告げられた。
俯いたロザリアは途方に暮れている。
その様子を見たセヴィスもまた、身体から力が抜けた。
血塗れた青いナイフが、小さな音を立てて地面に落ちた。
「終わった、のか」
横目でロザリアを見る。
ロザリアの表情は、変わっていない。
「終わったんだな」
彼女を殺せと思っていた。
だが、レンの言葉を聞き、願いを受け入れた今はとてもそんな気にはなれない。
そうだ、彼女を一人にしてはいけない。
戦いが終わった今、彼女の仲間は一人もいないのだから。
いっそのこと、殺して戦いの決着を着けるべきなのだろうか。
だが、それではレンの願いは成就されない。
彼女の生死は、彼女が決めるものだ。
「ロザリア。俺は、アンタを殺さない」
と、セヴィスは言った。
ロザリアは驚いて顔を上げる。
「生きるか死ぬか、自分で決めろ。生きたいなら、俺が祓魔師の目から離してやる。死にたいなら、自分で自殺しろ」
勝つことでしか許さないと決めたはずなのに、引き分けなら許すという自分がいる。
変な気分だ。
今まで、こんなこと一度もなかったのに。
ロザリアは黙り込んでいる。
その間だけは、セヴィスも無言を貫くことにした。
彼女を人間同様、認めたかった。
「……私は」
ロザリアの口がやっと動いた瞬間だった。
ロザリアの背後に、横から突然現れた光。
それに気づいたセヴィスは息を呑む。
「止めろ!」
時間が、奇妙なくらいゆっくり流れだした。
ロザリアの数メートル後ろに姿を現したチェルシー。
セヴィスの声も空しく打ち出された水弾。
ロザリアは水弾に心臓を貫かれ、人形の様に倒れ伏した。




