47 闘いの終わり
総攻撃が始まってから、既に三十分が過ぎている。
全祓魔師が参加したことで、美術館防衛の祓魔師は悪魔を押していった。
発電所で怪我を負ったハミルたちも帰還し、先程までは美術館の悪魔はもう指で数えられる程しかいなかった。
今は、もう悪魔の姿は見られない。
「館長、あたしたち、勝ったんですか?」
チェルシーは、隣に立つクロエにたずねる。
彼女たちの前には、フィーネの『宝石』が落ちている。
フィーネと戦っていたチェルシーは、クロエの力を借りて勝利を収めた。
彼女たちの前だけでなく、美術館の周りには大量の『宝石』が落ちている。
「そうだな。我々祓魔師の勝利だ」
クロエははっきりと勝利と言った。
美術館前にいた祓魔師は全員、レンは死んで『宝石』になって、ロザリアも今頃死んでいるだろうと思っている。
だが、チェルシーはそう思えなかった。
「私はウィンズに報告してくるからな。鉱山の悪魔は死んだ、と」
そう言って、クロエは去っていった。
「みんな死んだの? レンもロザリアも死んだの?」
と、チェルシーは言う。
誰も返事を返そうとしない。
そもそも、チェルシーの言葉すら聞こえていないだろう。
「じゃあ、あいつはどこ行ったの?」
チェルシーは歓喜の声をあげる祓魔師たちの片隅で、独り深刻な表情をしていた。
「みんな……あいつを忘れてるの? そんなの、だめだよ。あいつだって……仲間なんだよ」
「負けだ」
うつ伏せに倒れたレンは、そう言った。
「みんなが勝ってくれるって、おれは信じてるんだ。おれは、一生懸命に戦ったんだ。だからもう、悔いなんてないんだ」
レンは、先程の一撃を受けてから戦意を喪失していた。
先程のシンクの一撃で、レンは右腕を失った。
槍も持てない状態で、勝つことはできない。
だが、
「ふざけんじゃねえよ」
レンが諦めることを、シンクは許さなかった。
「俺を、ぶっ殺すんじゃなかったのかよ」
シンクは倒れたレンの頭を踏みつける。
レンは起きようともしない。
「何で、そんなに怒ってるんだよ。お前、殺されたかったのか」
と言って、レンは涙目をシンクに向けた。
「俺が殺されたいんじゃねえ。俺は、てめえと決着をつけてえんだ」
「何の決着だよ。決着なら、もう着いているじゃないか」
先程の威勢はどこに消えたのだろう。
レンは自分の右腕を失ってから、別人かと思ってしまうぐらいに変わり果ててしまった。
「止めを刺してくれ。みんなが平和に生きられればそれでいい」
レンは、悪魔たちの勝利を信じている。
不意打ちはシンクのせいで失敗したものの、この条件なら勝てると信じていた。
だがクロエが降伏を諦めたことでそれは打ち砕かれた。
祓魔師の団結は彼の思う以上に硬かった。
祓魔師に情報が漏れず、不意打ちに成功していたら、祓魔師が防衛線を張る暇もなかったはずだ。
シンクがいなければ、悪魔は勝利していただろう。
だからこそ、シンクはレンが諦めることを許さなかった。
「止め? それじゃ、刺激が足りねえんだよ」
シンクはしゃがんで、レンの髪を掴む。
「相手に生きる執着がねえとな、後味が悪すぎるんだよ」
「もう、どうでもいい……」
そう言って目を閉じようとするレンの頭を、シンクは地面に叩きつける。
「どうでもいい? セビはよく言ってるけどな、その言葉を言うには、何をされてもいいっていう覚悟があるってことだろ? てめえにその覚悟はあんのか?」
「もう、どうでもいいんだ。未練なんて、ない」
「じゃあ俺がロザリアをぶっ殺してもいい、と?」
とシンクが言うと、レンは顔を上げた。
「てめえはどうでもいいって言った。だからロザリアのこともどうでもいいんだろ? つまり俺が殺してもいいってことだろ」
「……嫌だ」
レンは左手の力を使って這い上がるようにして立ち上がる。
「おれはどうなったっていい。でも、ロザリアは、殺すな。それだけは、それだけは死んでも許さない!」
その様子を見て、シンクは笑った。
だが、その笑いは五年前のような嘲笑でも冷笑でもなかった。
レンはしばらく何かに集中していたのか、目を閉じていた。
おそらく、魔力権を使ったのだろう。
「お前、ロザリアと料理やりたいんだろ? 俺はてめえらと何もかも違うと思ってたけどな、その点だけは同じだったな」
目を開けたレンから返事はない。
それでも、その表情は怒っていない。
「死んだら、ロザリアと一緒に料理教えてやるよ」
「ばか。おれが死んだら、何もくえねえじゃねえか」
レンは、シンクが昔からよく言っていた言葉を言う。
ぎこちない言葉ではあったが、その思いはちゃんと伝わった。
「う、うああああああっ!」
レンは絶叫して、素手のままシンクに体当たりする。
薙刀が地面に落ちる。
「そうだ、それでいい」
喜びに満ちたレンの肩に手を添える。
火炎に包まれた身体は、一つの『宝石』を残して消え去った。
「あいつ……」
深い青色。
レンが誰も殺していない、という証だった。
シンクはレンの『宝石』を目の前に、しばらく考え込んでいた。
レンが『宝石』へと変わる数分前。
ブレイズ鉱山の悪魔の中で唯一の生存者ロザリアは、激しく剣を振り回していた。
「見た目のわりに、あなた、しぶといわね。私、あなたを軽視していたわ」
セヴィスの素早さは序盤と比べたらかなり遅くなっているが、それでも一般人の肉眼ではかろうじて見えるぐらいの速さだ。
「できれば、軽視はしてほしくなかったな」
そう言って、セヴィスは口の血を拭う。
「あなたのことは認めるけど、負けるわけにはいかないの」
地面を蹴ったロザリアは剣を振る。
セヴィスはそれを横に飛んで避ける。
走りながらセヴィスは自分の敗因を考えていた。
まだ負けたわけじゃない。
でもそろそろ限界がくる。
腕の力はワイヤーの電気を維持するので精一杯だ。
ロザリアもおそらくは限界に近いはずだが、自分の方が限界に近い。
限界を超えることなど、できない。
魔力権を使い続けたことで、頭には激痛が走っている。
だがこのまま走り続けても先に死ぬのは自分の方だ。
先程の衝撃波を避けられなかったのは致命傷だった。
まさか、ハミルの様に無謀に突っ込んでくる相手がいるとは思わなかった。
それで形勢は一気に逆転した。
それよりもこの日食と停電という悪条件で、ロザリアを迎え撃とうとしたのが間違いだった。
前から暗闇は避けてきたのに、この様は何だ。
シンクをもっと説得すれば、フレグランスの予告状は避けられたかもしれない。
だが、シンクがいなければこの総攻撃の存在すら知らずに、もっと情けない様を晒していただろう。
死に場所が、この別館前。
祓魔師としては立派なのか、冴えないのか。
いや、そんなことはどうでもいい。
自分の死体なんか、晒したくない。
悪魔は死ねば『宝石』だから、死体を晒すことはない。
でも、悪魔を羨ましいとは絶対に思いたくない。
死体を晒したくないのなら、勝てばいい。
今までそう思ってきたが、もし勝てなかったらどうするんだ。
そんな質問を、戦う前の俺にぶつけてみたかった。
もう考えるのが面倒くさい。
何もかも、どうでもいいと思ってしまいたい。
それは死ぬことと同じだ。
そう思うと、何かがそれを許さない。
その何かは、多分過去の自分だろう。
今まで死に物狂いで『宝石』泥棒をやってきて、祓魔師として戦ってきた日々を死んで捨てる。
それを全てどうでもいいで終わらせるのを、自分が許さないらしい。
相打ちなんて許さない。負けるなんて問題外。
俺は自分を、勝つことでしか許さない。
明日からまた、『最凶祓魔師』として生きる。
それが、悪魔にとって一番腹ただしいことだから。
ロザリアの突き攻撃が繰り出される。
セヴィスは青いナイフを逆手に持って弾く。
ほとんど無心状態だった。
これ以上走り続けても意味がないと思って、防御を捨てた結果だった。
ロザリアは攻撃を弾かれて、一瞬攻撃を戸惑った。
その後すぐに赤いナイフで驚愕の表情のロザリアを切りつけた。
「うっ……」
ロザリアはその攻撃をまともに受けた。
いや、それを避けようともしなかった。
「何やってるんだ」
セヴィスは思わず口に出した。




