45 執念を燃やす少年
「化け物ね、あなた」
「悪魔に言われたくない」
セヴィスは少し早口気味に言った。
この一言でロザリアは理解した。
セヴィスは何かの策略で速くなっているのではない。
彼は、焦っている。
トーナメントで見ていて分かったのは、セヴィスの戦法が敵の数を問わず、瞬殺向きであること。
つまり戦闘が長引く程、相手に攻撃を見切られて敗北に近づいていくということだ。
ロザリアとの決着を早めに着ける為、彼は速くなっていくのだ。
いくらセヴィスとは言え、彼も化け物ではない。
人間は、『宝石』を食べない悪魔と同じだ。
疲れも存在する。
「悪魔が嫌いだから、負けたくないのね。でも、そんな」
ロザリアは息を切らしていると悟られないように言った。
しかし、言葉は途切れてしまった。
彼に相当の怪我を負わせない限り、疲れ果てるまでの時間は自分の方が短いと分かった。
セヴィスは速く戦う程体力を多く消耗するが、今の時点ではロザリアの方が疲れている。
「そんな理由で、負けるわけには、いかないわ。ライと、長老の、仇よ!」
と言って、ロザリアは剣を振る。
だが、それよりも先にセヴィスは青いナイフのワイヤーを振っていた。
ロザリアが跳躍した為に、衝撃波はセヴィスの頭上を通り過ぎていった。
光るワイヤーも外れた。
だが、ロザリアが空中にいる間にセヴィスは赤いナイフを投げる。
「……くっ」
ロザリアの左足の太ももに赤いナイフが刺さった。
鋭い痛みと共に、すぐに電撃が全身を襲う。
青いナイフの明かりを維持することと、左腕にチェルシーの水弾を受けていたせいか、赤いナイフにはほとんど電気は通っていなかったらしい。
ロザリアを襲った電撃はほとんど痛くなかった。
電撃は痛くはなかったが、身体が痺れる。
これではトーナメントの時に、セヴィスと戦って敗北したチェルシーと同じだ。
さらにセヴィスは新たに取り出した赤いナイフを投げる。
痺れていて動けなかったロザリアに、二本のナイフが刺さった。
電撃が襲う前に、ロザリアは痺れた腕を動かして自力でナイフを抜いた。
ロザリアは意表を突かれていた。
青いナイフに変えたのだから、あとの四本は持っていないのだと思っていた。
こんな些細なことにも気づけないのは、自分も焦っている証拠だ。
互いに焦っているのなら、先に疲れるのは自分だ。
このままでは待ち受けるのは敗北と死しかない。
どうやってこの状況を覆す。
セヴィスは一方的に攻撃を受けていた状況から、今の状況にいる。
セヴィスは、走り回るのを止めた。
戦法を変えて状況を覆した。
ならば、自分も変えるまで。
一つ、ロザリアは思い出した。
それは、トーナメントでのハミルの戦い方だ。
あの時、ハミルは足に怪我をしていた。
それでも、ハミルは負けなかった。
あの時ハミルが取った行動を、ロザリアはしっかりと目に焼き付けていた。
ハミルはセヴィスの幼馴染だ。
そのハミルの戦法を使ってセヴィスを倒すような真似はしたくない。
だが、ロザリアは勝たないといけない。
「ごめんなさい、ハミル」
ロザリアは小声で言うと、セヴィスの元に無防備に突っ込んだ。
あの時、相手は気が動転した。
それと同じ様にはいかなかったが、セヴィスは少しためらった。
逃げるか。
受け止めるか。
どちらも安全への要求だが、葛藤の末、セヴィスは逃げなかった。
いや、突然のことで逃げる暇がなかった。
鈍い金属音が森に響く。
ロザリアの剣と、セヴィスの四本の赤いナイフが交錯していた。
ロザリアはさらに力を籠める。
火花が散って、互いの攻撃が弾かれる。
しかし、四本と一本では力はロザリアの方が上だった。
受ける反動は、セヴィスの方が大きい。
避ける暇など、作らせない。
至近距離から、ロザリアは衝撃波を放った。
「っ!」
別館前に規則正しく並べられたタイル。
そのタイルとタイルの間の溝を、川の氾濫の様に血が流れた。
ロザリアはしばらく攻撃を止めていた。
ロザリアが人間にこれだけの怪我を負わせたのは初めてだ。
倒れてはいなかったが、膝が崩れ落ちないのが不思議なくらいだった。
どれだけ痛いのかは、ロザリアには想像もつかない。
「制服を、だめにしてしまったわね」
「……」
ロザリアは、本当にどうでもいいことを言ったと自分で思った。
あの衝撃波で、ロザリアは彼の右肩から左の脇腹まで斬った。
その攻撃で制服も斜めに切れた。
切れた制服は、血で赤く染まっている。
「私、ライや長老のことでは怒ってるけど、あなたのことは素直に褒め称えたいわ。日食と停電がなかったら私は負けていた。こんな卑怯な手で勝ってしまったことは、許してほしい」
「もう、勝った気でいんのか」
傷をほとんど気にせずに、セヴィスは血を含んだ髪をかきあげた。
「俺はまだ死んでない。俺が死なないと、悪魔に勝ちなんてない」
疲れた彼は今までの彼とはまた違った顔だった。
改めて気づく。
彼が自分より年下の少年であることを。
こんなに怪我を負っているのに、まだ戦う気でいる。
ロザリアが先程中途半端だと言ったことで、白黒つけないと気が済まないのだろう。
それとも、悪魔が共存している世界で生き恥を晒したくないのか。
ロザリアは生き恥などないと思うのだが、彼は自分を曲げるつもりはないらしい。
ならば白黒つけるか生き恥を晒したくないかなど、どちらでもいい。
ロザリアは、黙って彼の気持ちに答えることにした。
「分かったわ。あなたには……生きていてほしかったけど」
剣が、ワイヤーの光を反射した。




