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INNOCENT STEAL -First ECLIPSE-  作者: 豹牙
七章 最後の死盗
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42 命の代償

 B級と聞いて、セヴィスは少し安堵した。

これでA級だったら、なんて考えたくもない。


「あたしを祓魔師だと思い込んだのがてめえの敗因だ。ロザリアには言ってなかったが、あんたがフレグランスであることは、前にあんたに殺された悪魔に聞いたってフィーネから又聞きした」

 

 起き上がろうとすると、ライは自分の身体を押し倒してきた。

見かけに寄らず体重は重い。


 ライはさらに身体を押しつけてきた。

ほとんど密着した状態で、筋肉だけでできた様な手に両腕を掴まれた。

この体勢だと攻撃はできないが、ロザリアが来るまでは確実に拘束できる。

こんな強引な女に負けるとは、不覚だった。


 ライは顔を近づけて言う。


「あんたのせいで、仲間が死んだんだ! 悲痛な面を見せて、苦しんで死ね!」


 ライは自分の顔を殴ろうと腕を振り上げる。

その瞬間、右腕の拘束が解けた。


「うるさい女、だな」

 

 すぐにライの肩を掴んで、魔力権を発動する。

しかし、効いていない。

セヴィスの電撃が効かないのは、同じ魔力権か、ウィンズが持つような無効化の魔力権しかない。


「あたしはあんたと同じ魔力権持ってるから効かないぜ」

 

 セヴィスはすぐに青のナイフを取り出してライを斬りつける。

ライはそれを瞬時にのけぞって避けると、身体をセヴィスから離す。

それでも離れたのは上半身だけで、この女はまだ人の腹の上に跨がっている。


「このクソ悪魔が」

「はぁ? クソはあんただろ」

 

 ボタンを押して電流を流すと、ワイヤー全体が光を放つ。

これぐらいなら蛍光灯の代わりになる。


 だが魔力権は使いすぎると頭痛を引き起こし、限界を超えると気絶する。

チェルシーの様に日頃から使っていれば、長く続く。

必要な時しか使わないセヴィスではせいぜい四十分が限度だろう。


 日食の時間は約一時間といわれている。

暗闇でロザリアと戦う時は、素早くライとの決着をつけないといけない。

日食が終われば、ナイフだけでも戦えるのだが。


「ロザリアはな、あんたのことまだ信じてるんだ。このままじゃ攻撃もしてこないだろうな」


 ライは腹の上に跨ったままセヴィスの右腕を掴む。


「あたしじゃあんたは殺せねえ。でもな、ロザリアに殺させることはできる」


 ライは抵抗しようとする右腕を自分の心蔵の位置に持っていく。


「何を」

「どうせあたしは昨日から何も食ってねえ。『宝石』を食わないと、どれだけ人間の飯を食っても悪魔は死んじまうんだ。だから、あたしの命はロザリアに託す」

 

 そう言って、ライはナイフを持った腕を押しつける。


「じゃあな。あたしたちの命と、生きた証ほうせきを盗んだ最低野郎」


 ナイフが心の蔵を貫通して、血が噴き出した。

血反吐を吐きながら、ライが倒れる。

その数秒後、扉が開いてロザリアが入って来た。


「ライ!」

 

 ロザリアはライに駆け寄って、何度も揺さぶる。

その隙にセヴィスは起き上がって様子を見る。

隙だらけのロザリアに攻撃しようと頭は命令するが、身体は言うことを聞かない。


「あたしは……こいつにやられちまった……ロザリア、今までありがとな……あとは頼んだ」

「ライ! ライ!」


 セヴィスはあっけに取られて、動けなくなった。

まさか、自分の命を犠牲にして濡れ衣を着せるとは。

ロザリアの性格を利用した単純な方法だが、セヴィスには到底思いつきそうにない方法だった。


「セヴィス、あなたがやったの?」

 と、ロザリアは聞いてきた。


 彼女の腕の中に倒れていたライは光に包まれ、黄色の『宝石』に変わっていく。


「違う。こいつは自殺した」

「ほら、またそうやって平然とした顔で嘘をつくのね」

「自分が人間だって嘘ついてた奴がよく言う」

「嘘をついてあなたを騙そうとしたことは謝るわ。でも、ライが死に際に嘘を言うわけないでしょう。あなたにはもう騙されない」

「死に際に嘘をついてアンタを騙すのがこいつの目的だろ。俺は何もしてない」

「シンクの言うことなんて信じたくなかったけど、あなたって相当の悪人ね。あなたのこと、信じようと思ったのに……ライを殺すなんて、ひどすぎるわ!」

 

 ロザリアに言われて、セヴィスは自分の制服とシャツに大量の返り血が付着していることに気がついた。

ここまで言われたら、これからセヴィスがどんな巧妙な言い訳をしてもロザリアは信じないだろう。


「そのイヤーフック、不自然に欠けているわ。やっぱりあなたがフレグランスだったのね。長老に嘘つきは泥棒のはじまりって聞いたことがあるけど、全くもってその通り」

 

 ロザリアは静かに剣をセヴィスに突きつける。


「言いなさい。あなたがそこまでして悪魔の全滅に執着する理由を。理由によっては、あなたの命が失われるわ」

 

 戦わない間の節約の為、セヴィスは魔力権を解除する。

すぐに僅かな静寂が訪れる。

その僅かな静寂の後、セヴィスは口を開く。


「悪魔に腹が立った」

「……え?」

 

 ロザリアは剣を下す。

セヴィスの言うことが、予想を遙かに上回っていたからだろう。


「悪魔の死体で、主食でもある『宝石』が無駄に綺麗だから、人間が欲しくなったんだ。人間が『宝石』を求めたことで、悪魔は隔離された。祓魔師が存在するのは悪魔が人間を襲うから。悪魔が人間を襲う理由は人間が『宝石』を奪うからだって、祓魔師になってから覚えさせられた」

「悪いのは人間だって分かってるのに、まだ理由があるのかしら?」

「……今まで誰にも言わなかったんだけどな、俺はスラム出身なんだ。両親なんて最初からいないし、食料は自分で手に入れるしかなかった。しかもその食料まで奪う傲慢な男が兄だったから、悪魔以上に飢えてたんだ」


 ロザリアは目を見開いた。


「兄貴は銃を持ってたから、どうやっても勝てなかった」

「あなたのお兄さんは、あなたを撃ったの……?」

「俺の右肩は銃で撃たれた痕だらけだ。見せたことないけどな」

「……ひどい」


 どういうわけか、ロザリアが口に手をあてて同情している。

セヴィスは悪魔がどれだけ腹の立つ存在かを教えたいだけだ。

それなのにこの反応、どこまでお人よしな悪魔なのだろう。


「だから昔の俺は兄貴に勝つことを諦めて、兄貴が食い尽くせないぐらい多くの食料があればいいって思った」

「それで、『宝石』泥棒を始めたの?」

「ああ。鍵の開け方とか、防犯設備についてはスラムの盗賊に教えてもらった。警備が手薄な店を狙って、安い『宝石』を盗んで闇商人に売って、猛毒と食料を買った。そしたら悪魔まで襲ってくるようになったから、俺は予告状を出して悪魔を祓魔師に任せた。悪魔は自分も同じ状況にあるくせに、盗む手間を省けるからとか言って俺を襲ってきて、『宝石』も奪われて、腹が立った」

 

 セヴィスはガラスケースを取って、中のルビーを取る。


「悪魔は俺のせいで飢えているなんて言ってきたんだ。悪魔が存在するから、俺は祓魔師の包囲網を作らないといけなかった。こんな、生きる為にわざわざ自分の首を絞める様なことをしないといけなかったのに、奴らは俺を利用した。

 だから、悪魔が俺のせいで飢えているなら……そのまま飢えて死んでしまえって思ったんだ」

「それが、悪魔の全滅を望む理由なの?」

 

 セヴィスはルビーを革袋に入れ、それを制服のポケットに突っ込む。

ロザリアは、怒りに全身を震わせながら言う。


「あなたのやり方は間違っているわ。食料が欲しかった? ならどうして犯罪だと分かっておきながら『宝石』を盗んだの? 犯罪に手を染めなくても、食料は得られたはずよ。例え犯罪に手を染めたとしても、『宝石』以外にも高価で売れるものはたくさんあるわ。どうして悪魔の主食である『宝石』にこだわったの?」

 

 黙ってセヴィスは手の黒い手袋を口で銜えて引っ張る。

手袋は、少し伸びて取れた。


「知らなかったのでしょう? 昔のあなたは『宝石』しか、高価なものがないと思っていた。よくそんな思い込み、いえ生半可な覚悟でここまで強くなれたわね。泥棒として鍛えた体術があったからかしら? レンはあなたのことを幼い頃からこんな計画を立てているからすごいと言ったけど、あなたはその点では中途半端ね。罪を犯すにはまだ子供だったのよ」

「悪魔が偉そうに言うな。アンタ等だって人間を大量に殺してるだろ。俺だって悪魔に襲われたんだ」

「それはあなたが『宝石』を盗むからでしょう」

「悪魔が襲ってこなかったら、俺はここまで悪魔を憎まなかった。それに俺一人のわがままで泥棒をやってるわけじゃない。利点はある」

「利点?」

「悪魔が全滅すれば、人間が悪魔に襲われることはなくなるんだ」

 

 ロザリアは手を握りしめる。

セヴィスはそれに目も向けず手袋をポケットに入れ、代わりに取り出した指貫グローブを手にはめる。


 このグローブは長時間ワイヤーを振り回す際、手を保護する為にある。

セヴィスは長期戦を覚悟した時にだけこれを着ける。

だがセヴィスの戦法は瞬殺向きであり、長期戦になることは滅多にない。

つまりセヴィスが余程本気にならない限り、着けることはない。


「私たちは、あなたとは違う。あなたは人間だから、最低限生きることは許される。何よりも心強い存在である法が、人間の生きる権利を認めている」

 

 ロザリアはセヴィスの横を通り過ぎて、扉を開けて外に向かう。

彼女はこの狭い部屋よりも、外での戦いを望んでいるのだろう。

それを理解したセヴィスは彼女について外に出る。


「でも、私たち悪魔は生きることさえ許されないのよ! 悪魔が全滅することに、人間の安全という利点がある? ふざけないで!」

 と、ロザリアは叫ぶ。


 だが、彼女は泣いていなかった。


「やっと全部分かったわ。シンクがあなたのことを馴れ馴れしく呼んでいたのは、互いに利用し合っていたから。どうりで祓魔師でもないあなたが死ななかったわけね。シンクとあなたの話を両方聞かせてもらったけど、似ているわね。途中までは共感できても、途中から共感できなくなっていく。それはあなたたちのやり方が間違っている証」

 

 ロザリアは剣の刃先をセヴィスに向ける。

それに合わせてセヴィスは青いナイフを右手に、赤いナイフを四本左手の指に挿む。


「来なさい! 偽物の正義を振りかざすあなたに、私は倒せない!」

 

 放電の音を立てて、セヴィスの右手から光が放たれる。

ウィンズの武器のお陰で、暗闇の中でもロザリアの姿は確認できる。

衝撃波はロザリアの腕の動きを見て避けるしかないが、暗闇という条件ならこれで十分だ。


「アンタの『宝石』、いただく」

 

 チェルシーの時よりも二倍以上の速さで、駆けだす。

勝てる気がしない戦いは、いつも逃げて終わらせていた。

以前も運に頼って彼女から逃げた。

 

 普段なら、この勝算もない悪条件と聞いたら逃げた。

でも、今は逃げたくない。

例え偽物だとしても、S級祓魔師として、『宝石』泥棒として、彼女に負けるわけにはいかない。

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