41 劣勢、それぞれの戦い
正午まであと数秒。
ハミルは一人で悪魔たちが狙う発電所の制御室にいた。
携帯電話で悪魔が襲来したことは既に本部に伝えてある。
「やべえ……」
治っていない怪我への心配と、A級の様な強敵が来たらという緊張が止まらない。
先程から、扉の向こう側で肉が斬られるような、嫌な音がする。
誰かが来る。
まだ、総攻撃が始まってから少ししか経っていないのに。
クレアラッツの祓魔師は、例え少数でも破られないと思っていたのに。
「誰だっ!」
ハミルは扉に向けて言った。
扉が開いて、女の悪魔が入って来た。
「A級のフィーネよ! そこをどいてもらおうかしら!」
開いた扉の向こうで、制御室を守っていた祓魔師が倒れている。
まだ死んでいないが、かなりの重傷のようだ。
人の心配をしている暇はない。
A級の悪魔が来たのだ。
ハミルは椅子に携帯電話を置いて、身構える。
「駄目だ! ここはどけねえ!」
と、ハミルは大声で言う。
だが、この前の悪魔やトーナメントで受けた傷で足が思うように動かない。
ハミルが不自然に引きずる足に気づいたフィーネは、すぐに何かを投げた。
ハミルは、とっさにしゃがむ。
後ろを見ると、鋭い氷柱が刺さっている。
氷の魔力権だ。
あれが刺さったら、ひとたまりもないだろう。
フィーネはさらに氷柱を投げる。
避けるだけでこんなにも苦戦している。
これでは一分ももたない。
思うように動かないハミルの足を集中的に攻撃するフィーネ。
ハミルはしだいに避けられなくなってきた。
「うあっ!」
予想以上の痛みが走る。
足に、氷柱が刺さっている。
氷柱が、悪魔にやられた傷口に刺さっていた。
「ごめんなさい、私はセヴィス以外の祓魔師は殺したくないの。彼はロザリアの特権だけど」
フィーネは一言謝って、制御ボタンに氷柱を突き立てる。
蛍光灯が一度点滅して、発電所の電気が落ちた。
「まっ……待ってくれ!」
ハミルの言葉も空しく、フィーネはハミルの横にある鉄の扉を開けて中枢に向かう。
制御ボタンなら修復は可能だが、中枢を壊されたら日食どころか今日中にも直らない。
「くそ!」
悔しい。
この前モルディオと一緒にいなければ、こんな怪我を負うこともなかったのに。
でも、モルディオのせいにはしたくない。
見栄を張っていたが、あの時セヴィスが来なかったら自分は生きていなかったかもしれないのだ。
フィーネという女の悪魔は、中枢を壊した後は美術館に行くのだろうか。
それともセヴィスを殺しに行くのだろうか。
暗闇の中ロザリアとフィーネを同時に相手するのは、セヴィスでも難しい。
だが今のハミルが行っても足手まといだ。
あいつに初めて、認めてもらえたんだ。
その期待を裏切り、死なせるわけにはいかない。
携帯電話を使って、ウィンズに協力してもらおう。
そう思って無線に手を伸ばす。
「くそ……っ」
意識が薄れてきた。
やめろ。
やめてくれ。
このまま何もしないわけにはいかないんだ。
ハミルはその場に倒れ込んだ。
物音が地面を伝わって聞こえる。
まもなく中枢が壊されるだろう。
扉の開いた制御室に、携帯電話の呼び出し音だけが鳴り続けていた。
四六時中明るい経済都市から、波紋のように明かりが消えていく。
太陽が衛星に侵食されていく。
十二時一分、クレアラッツの街は暗黒に包まれた。
美術館はウィンズの指示で自家発電へと切り替わる。
発電所があっさりと破られたことに、司令室にいるウィンズは唇を噛締めていた。
隣には、青ざめた表情のクロエがいる。
「これ以上、悪魔を刺激するな! このままでは死者が出る!」
と、クロエは叫ぶ。
だが、ウィンズは首を振る。
「貴様こそ、いい加減にしろ。悪魔が襲いに来るのは分かっていたはずだ」
「確かに、放送では悪魔は止まらないとセヴィスも言っていた。だが……」
「悪魔の数は約五百。降伏派を動かせば勝てる量だ」
「悪魔が求めるのは安全な生活だ! 勝利ではない!」
ウィンズはクロエの話を聞かず、祓魔師へ指示を送る。
「発電所の祓魔師はすぐに帰還! 本部で応戦しろ!」
美術館前に防衛線を張る祓魔師たちは、前方に悪魔たちを確認する。
そして、すぐに戦闘準備に入る。
その最後尾に立つチェルシーは、戦いの始まりを告げる水弾を撃つ。
「みんな、クレアラッツ祓魔師本部を守るんだ! この戦いは絶対に勝つよ!」
チェルシーの声と共に、祓魔師たちが駆け出す。
前方に向けてチェルシーは大波を発生させる。
だが、悪魔たちは全員揃って飛び越えた。
すぐに水弾を撃つ。
倒れたのはほんの数人だけだ。
他の祓魔師も銃で迎撃しているが、命中率は低い。
「ちっ」
思ったより数が多い。
このままでは、全員撃ち抜くより先に接近される。
チェルシーは単独よりも複数を相手とする戦闘を得意とするが、今の悪魔の数は複数の枠を軽々と超えている。
「おい、ライはどこに行ったんだ!」
悪魔たちが何か喚いているが、チェルシーの知ったことではない。
チェルシーがさらに水弾を連射すると、突然目の前に氷の壁が出来た。
水弾は氷の壁に小さな穴を開けたが、視界が塞がれて当たったかどうかは分からない。
辺りを見回す。
正面の氷の壁がチェルシーだけを拒んでいる。
祓魔師の動揺の声が聞こえるが、チェルシー一人よりも悪魔を優先しろという誰かの声にかき消されていった。
「誰?」
視線を上に移す。
すると、上から女が飛び降りてきてチェルシーの前に立つ。
「A級悪魔、フィーネよ。お手合わせ願おうかしら?」
「ふーん、一対一でいいの? あたしはA級候補生チェルシー=ファリアント。望むところだね」
そう言ってチェルシーは、指をフィーネに向けた。
美術館はウィンズの指示で自家発電へと切り替わった。
だが別館には電力は供給されず、日食が終わるまで暗いままだ。
「電気が落ちたってことは、発電所が破られたのか」
と、セヴィスは呟く。
「……ハミル」
現在彼は警備に来たと嘘をつき、一人のC級の女祓魔師と共にルビーの前にいる。
部屋は小さく、入口は一つ。
別館入口とこの部屋はすぐ近くにある。
監視カメラの電源も止まった。
「おい、よそ見するんじゃねえ。奴は近くまで来てんだぞ」
カメラを見上げるセヴィスに、女が言う。
シンク並みに口の悪い女だが、その女が見ている方向にセヴィスはいない。
暗闇で、ルビーの位置しか分からないからだろう。
「監視カメラの電源が落ちた今、奴はいつ来てもおかしくねえんだ。警戒しろよ」
「俺にとってフレグランスはどうでもいい。俺がここにいるのはロザリアの相手をするためなんだ」
そう言いながら、セヴィスは女に背後から近寄る。
すると、
「詰めが甘いぜ。フレグランス」
女は振り返って、飛びかかって来た。
暗闇だと思って油断していたセヴィスは女に突き飛ばされて、倒れる。
いや、女の力が予想以上に強くて耐えられなかった。
「あたしの名はB級悪魔、ライ。今日をあんたの命日にしてやる」




