4 街へ
ここまで言われて、ロザリアはレンが言っている意味をやっと理解した。
「最近活発に活動している『宝石』怪盗フレグランス。名前からして女だと思うんだけど、そいつが『宝石』を盗むから、美術館や『宝石』店の祓魔師の奴らは夜中も警備してるんだ」
「なぜ、フレグランスは『宝石』を?」
「分からない。でも、一つだけ分かっていることがある。フレグランスはS級かA級の祓魔師に匹敵する力を持っているんだ」
「どうして分かるの?」
「フレグランスが『宝石』を盗んだ日は、必ず悪魔が殺されるんだ」
「っ!」
ロザリアは息を呑んだ。
今までフレグランスのことも知らなかったのに、そんな惨劇があるなんて知らなかった。
どうしてレンは今まで教えてくれなかったのだろう、とロザリアはレンを不審に思った。
「隠していてすまなかった。このことを話したらロザリアは必ずフレグランスを殺しに行くと思って、言わなかったんだ。でも、総攻撃が近づいている今ならいいかなって……」
と、レンは言う。
確かにそうだ。
自分は今フレグランスを倒さないといけないと思った。
「ええ、そうね。もしフレグランスが悪魔の飢餓を進めているのなら、私が行かないといけないわ」
「駄目だ。S級悪魔のロザリアを失ったら、総攻撃でS級祓魔師セヴィスに対抗できる悪魔がいなくなる。そうなったら悪魔はもう終わりだ。……まずフレグランスがどこにいるのかも分からないんだ」
「そうよね。居場所が分からなきゃ意味がないわ。でも私だけがS級を相手できるわけではないわ。たった一人に殺される程、悪魔は弱くないはずよ」
悪魔は、年に一度それぞれが住む洞窟で行われる伝統的な武闘会の結果によって格付けされる。
世界中に支部を持つ祓魔師たちもまた、悪魔の武闘会より一ヶ月早くそれぞれの街でトーナメントを行ない、悪魔と同じように結果で格付けされている。
武闘会で最強の悪魔がS級となり、人間の中で最強の祓魔師もS級となる。
その後はA級、B級、C級、D級と強さ順に振り分けられていく。
この格付けには祓魔師候補生も祓魔師たちと同じ扱いである。
しかし、街によってS級の強さは違う。
だからロザリアはS級を絶対無敵の存在だとは思っていない。
「でも、分かっているだろ。セヴィスはクレアラッツのS級だ。一人で悪魔の一族を全滅させることだって不可能じゃないんだ」
世界に対してあまり明るくないロザリアでもレンが言うS級祓魔師セヴィスは少しだけ知っている。
数少ないS級祓魔師の中で、最も人間離れした運動能力を持つ男。
それが、セヴィス=ラスケティアだ。
この鉱山の近くにある祓魔師本部で有名なクレアラッツの街は強者揃いで、称号を取るのは一番難しいと言われる中、去年S級を取ったのが彼だ。
彼の年齢は分からないが、悪魔を殺すことに一切の抵抗がなく、冷酷無比に悪魔を殺し続けると聞いた。
そんな彼が普通とは違った奇妙な戦い方をするのは有名な話だが、その内容をロザリアは知らない。
セヴィスについての知識は、レンに聞いたもので全部だ。
だが、レンが言う程強い存在だとは思わない。
人間は悪魔よりも戦闘経験が少ないからだ。
「例えフレグランスが死んでも、ロザリアが死んだら意味がない。たくさんの悪魔が住むこの部屋が人間たちに気づかれたら、虐殺する為にA級の祓魔師が来る。A級をなんとかできたとしても、ロザリアがいない状態でセヴィスが来たら終わりだからな」
レンはセヴィスを警戒しすぎだとロザリアは思った。
悪魔はセヴィス一人に殺される程弱くない。
ロザリアは、総攻撃でS級祓魔師セヴィス=ラスケティアを真っ先に倒してくれと頼まれている。
しかし、彼については名前と噂しか知らない。
総攻撃の前に調べた方がいいだろう。
総攻撃は近い。
そうだ、すぐにでも街に行って調べないといけない。
「シンクはどこに行ったんだろうな。あいつは前のS級祓魔師を倒せる程強かった。でもロザリアの親父さんの仇だからな、おれが倒さないと」
シンクのことなんて考えても仕方ない。
今は総攻撃のことに専念しないといけない。
だから、情報を集めないといけない。
レンが拳を作って意気込む隣で、ロザリアは少量の『宝石』を革袋に詰める。
「もういない悪魔の話をしても仕方ないでしょう」
そう言って、ロザリアは『宝石』が入った革袋を持って立ち上がった。
「おいロザリア、どこに行くんだ?」
「私は総攻撃に備えて敵情監察をしてくるわ。明後日に祓魔師のトーナメントがあるって風の便りで聞いたわ。何の準備もなしに人間たちに戦いを挑むのは無謀よ」
レンは形相を変えて立ち上がる。
「待ってくれ! もし見つかってお前が死んだら悪魔はどうなるんだよ!」
レンの言う通り、悪魔が単身で街に行くのは危険だ。
悪魔だと気づかれると、どんな言い訳をしても祓魔師に殺されるのだ。
だが、ロザリアは首を横に振った。
「誰かが情報を集めないと、負けてしまうかもしれない。負けてしまったら、私もレンもみんな飢え死にする。でも総攻撃に勝てば、私たちには明るい未来があるはず」
「じゃあおれが行くよ。ロザリアが行く必要はない」
「駄目。レンはここにいて。いつもレンに食料の調達を任せていたし……総攻撃までには帰ってくるわ。クレアラッツの祓魔師を相手に総攻撃を仕掛けるんだから、十分に準備をしないと返り討ちに遭ってしまう。その準備の段階で私たちは目立ってはいけない」
レンは何も言えなくなった。
心配してくれるのは嬉しいけど、自分だけ何もしないで総攻撃に挑むのは嫌だから。
シンクを除く鉱山の悪魔の中で最強であるロザリアの死は、悪魔の終わりを意味する。
まだレンはそう思っているのだろう。
でも、悪魔が総攻撃に失敗し、さらに飢えた状態でフレグランスが活動すれば、『宝石』は手に入らなくなり、悪魔は飢えて全滅する。
だから、私もみんなの役に立ちたい。
みんなが平和に生きられれば、私はどうなってもいい。
もしフレグランスを殺せばまだ生き延びることができるかもしれない、とロザリアはふと思った。
だが、フレグランスの居場所は分からない。
「ちくしょう、ただでさえロザリアが苦しんでいるっていうのに、シンクは何処にいるんだ! おれが、おれが仇を取ってやりたいのに!」
憎悪に満ちたレンの言葉も空しく、ロザリアは、黙って外に出て行った。
ありがとう。
でも、今はみんなの役に立ちたいから。