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INNOCENT STEAL -First ECLIPSE-  作者: 豹牙
六章 本能の裏用
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38 追想・人間への憧憬

「あー腹立つ。そろそろ脱走計画を実行してやろうか……ん?」


洞窟の前で頭を掻いていたシンクは、荒地を歩く一人の少年を見つけた。

ただの少年ならそのまま無視するところだったが、その少年は馬の肉、アルフェラッツを持っている。

腹いせにこの少年を殺してアルフェラッツを奪ってやろうか、とシンクは少年に近づいた。

 

シンクに気づいた少年は、足を止めた。

てっきり逃げ出すかとシンクは思っていたが、少年は特に逃げる素振りも見せない。


「これ」

 

少年は一言言って、肉をシンクに差し出す。


「何だ、俺にくれるのか」

「悪魔は嫌いだ。でも、借りは返したかった」

 

肉を手に首を傾げるシンクに、少年は淡々と告げた。


「俺、お前に何かしたか?」

「あんたがソディアを殺してくれたから、捕まらずに済んだ。ソディアは俺を見失った時に偶然あんたを見つけて、襲ってきたんだ」

「捕まる? 悪魔でもねえのに追われてたのか?」

 

少年は黙って頷く。

シンクはこの少年に興味を示したわけではなかったが、洞窟に戻りたくないという大人げない理由で話を聞いていた。


「何で追われるんだよ。いくらソディアでもこんなガキは捕まえねえだろ」

「どんなに小さくても、犯罪は犯罪だ」

「人殺しでもしたのか?」

「殺してない。でも、俺の犯罪で悪魔が死んでるのは確かだ」

 

少年の話で、シンクは昨日レンと話していた一人の犯罪者を思い出した。


まさかこいつが例の泥棒か。

半信半疑ではあったが尋ねるだけ聞いてみることにした。


「お前、もしかして最近有名な『宝石』泥棒か? まだガキのくせに何やってんだよ。ソディアを動かすって相当だぞ」

「……俺は、悪魔を全滅させたいんだ」

 

シンクはこの言葉に驚いて、しばらくの間黙っていた。


祓魔師のほとんどは市民を守る為に戦っているのに、この少年は悪魔の全滅を望んでいる。

話を聞いているうちに、この少年に対する興味が少しずつ湧いてきた。


「そうだよな。悪魔ってうぜえよな。俺も正直、こんなクソみてえな悪魔ばっかりいる洞窟より、クレアラッツに住んでみてえしな」

 

少年は細い目を見開いた。

シンクが発した言葉に、かなり驚いている様子だった。


「お前は家族とかいんのか?」

「一人だけ」

「そいつはお前が泥棒やってること知ってんのか?」

「知らない」

「ほら、俺と同じ穴の狢じゃねえか。普段は建て前で振舞ってるくせに、本音は他の奴らと正反対なくらい違ってる」

 

少年は、理解できたのかできていないのか、曖昧な表情をした。


「俺は前から立てていた脱走計画を、今日にすることにした。その後はクレアラッツに留まるつもりだけどよ、俺には人間を襲う以外に『宝石』を得る方法がねえ。でも人間を襲ったら祓魔師に殺される。俺はただ毎日美味いメシを食って暮らしたいだけだってのによ。

 で、今思いついた提案があってな。お前に協力してほしいんだよ」

 

今度は少年の方が首を傾げる。


「お前が予告状を出す理由って、祓魔師の警備によって悪魔に襲われるのを防ぐ為だろ? でも昨日みたいにソディアに追われてるようじゃ足りねえよ」

「俺は悪魔に敵わないから、そうするしかないんだ。もっと、強くなれたらいいのに」

「じゃあ俺がお前を鍛えてやる。その代わり、『宝石』をよこせ。それが提案だ」

 

少年はシンクの言っている意味を理解したのか、小さく笑った。


「決まりだな」

 と言って、シンクは笑う。


彼の瞳にあった迷いは、もう消え失せていた。


「今度お前が予告状を出した時に俺も行くからよ。よろしくな、えっと……」


少年は怪訝な表情をして紫色の髪を掻いた。


「えっと、お前の名前だよ」

「……セヴィス=ラスケティア」

 と、少年は告げた。


この頃はただのしがない泥棒だが、後にS級祓魔師となる少年である。


「へえー、変な名前だな」

「……」

「ああ悪い悪い、そう怒んなって」


おそらくセヴィスは怒っていないが、シンクは笑って謝る。

洞窟のクソどもと比べたら随分しっかりしたガキだ、と思ううちに馬鹿にするのが情けなくなった。

ただそれだけの理由で自然に謝っていた。


「俺のことはシンクでいいぜ」

「……分かった」

「お前が今度予告状を出した時に行くからよ。じゃあな」

 

そう言って、後のS級祓魔師と別れる。


シンクは将来セヴィスが祓魔師になることなど一切予想していなかった。

彼が、この頃のセヴィスに対して思っていたことはたった一つ。

呼びにくい変な名前をした、変わったガキだった。

そう感じるのはグランフェザーのネーミングセンスに慣れ過ぎたからだろう。

あのクソに自分が依存していると思うだけで、吐き気がする。



肉を持って、シンクは洞窟に戻る。

入口に、人間が来ないか見張っているロザリアの父親ナナテスが立っている。


「シンク、ロザリアが心配していた。お前は重傷なのだから一人で外に出るな。安静にしていなさい」

「うるせえよ、親馬鹿。てめえはロザリアに言われねえと何もできねえのか」

 

声をかけてきたナナテスに、シンクは目を向けなかった。

いや、向けたくなかった。


「いつまで経ってもお前は子供だな。人間は二十歳になったら大人になるために通過儀礼を受けると聞いたが」

 

ナナテスは、シンクに料理を教えた悪魔だ。

だから、血の繋がっていない自分にも親の様に接してくる。


今日の見張りがナナテスなら、邪魔な存在となる。

邪魔な存在は、殺す以外に対処方法を知らない。

こんなことを考えていたらまるで悪人のようだ。

 

だが、これは祓魔師が邪魔な悪魔を殺していることとあまり変わらない。

つまり善良に見える人間も、結局は偽善者。

悪人ということだ。

 

俺がやろうとしていることは、決して悪いことなんかじゃない。

俺が悪いのなら、人間も皆悪い。

 

なら、ロザリアやレンの様な者たちは悪人なのだろうか。

違う。

でも邪魔と思われている悪魔であるのなら、善人でもない。

じゃあ何だ。

考えるのが面倒くさくなってきた。


「バカみてえなこと考えてるな、俺」


『それ』が起きる十二時間前のことだった。

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