36 不本意の予告状
「……これは」
セヴィスは驚愕して祓魔師からカードを奪う。
しかし、どう見てもそれは怪盗フレグランスの予告状だ。
「相変わらずくだらんことばかり思いつく泥棒だな」
再びウィンズがカードを手に取る。
「怪盗フレグランスは、この騒ぎを利用するつもりです!」
と、祓魔師は言う。
そんなつもりはない。
現に自分がここで驚いている。
それに、美術館別館特別展示室という場所。
クロエが凶悪な悪魔を討伐して手に入れた六百カラットのルビーが展示されている場所だ。
分厚い壁があって逃げ道が限られる為、盗もうと考えたことはない。
そもそも、セヴィスが盗んでいる『宝石』は悪魔の手の届くものだけで、祓魔師の本部である美術館は盗まないと決めている。
シンクにもそう伝えてあるはずだ。
人々は総攻撃の日にフレグランスが美術館に予告状を出したことに驚いているが、このことに一番驚いているのはフレグランス本人だった。
「……」
騒がしい人ごみの中、少し動揺していたセヴィスは自分の携帯電話が鳴っていることに気が付いた。
画面を見なくても相手は分かる。
人ごみを抜けて、誰もいない武器倉庫に入ったセヴィスは電話に出る。
「セビ、予告状見たか?」
総攻撃まであと一時間もないというのに、シンクだけは楽しそうだ。
どこが楽しいのか、分かるのは本人しかいない。
「……どういうつもりだ」
「ルビーはいくらあっても足りねえんだよ。毎回悪魔を殺してるのに、食事は一週間ぐらいですぐ終わっちまうんだ。俺ばっかり利用させられて、割りが合わねえ」
「アンタは一日に食いすぎなんだ。それに俺だってお前のルビーで毎回苦労してる」
「セビは俺に会う前から泥棒やってるだろ。とりあえずこれは、俺がルビーを食うためだけに送ったんじゃねえんだ。もちろんお前にも得はある」
悪魔の思考回路はあまりあてにできない。
そう思いながらも、セヴィスは黙ってシンクの話を聞いていた。
「この予告状は、ロザリアを呼び出す効果もある。ルビーもいいけどな、俺はあいつの『宝石』が一番食いてえんだよ」
「そんなにロザリアの『宝石』が欲しいのならお前がロザリアを殺せばいい」
「駄目だ。ロザリアの名前はクロエの放送でもう全国に広まってる。ロザリアはS級悪魔だからな、倒すのはセビかクロエしかいねえってほとんどの人間が思ってるんだぜ。そんな相手を俺が殺したら怪しまれるだろ」
「それのどこが俺の得なんだ。俺ばっかり苦労させられて、損だ」
「元々総攻撃には興味なかったんだけどな、降伏とかいうクソみてえな意見を聞いたら気が変わった。今度は俺がお前を利用する。お前がルビーとロザリアの『宝石』を取って来てくれるなら、俺が手を貸してやる」
ここまで言われてもいまいち信用できないセヴィスはたずねる。
「手を貸すって、どうやって?」
「例えばレンの惨殺、とか」
「本当にできるのか?」
「何でそんなこと聞くんだよ」
悪魔殺しに抵抗がないのはセヴィスも同じだが、シンクは昔仲良くしていた悪魔でさえも抵抗なしに殺そうとしている。
自分には到底できそうにない。
そう思ったが、言うのは止めておくことにした。
自分からレンを殺してくれると言ったのだから、止める理由もない。
「他の祓魔師に気づかれないか?」
と、セヴィスは特に聞く必要のないことを聞いた。
「レンは俺を強く憎んでるからな。一人で勝負を挑んでくるはずだ。だから、あいつは遠くに誘き出す」
そんなに上手くいくものだろうか、と思いながらセヴィスは電話を切った。
扉を開けて武器倉庫を出ると、フレグランスの予告状で祓魔師たちが集まって騒いでいる。
セヴィスにとって信じられないのは、降伏の決断をしたクロエではなく簡単に幼馴染を殺めようとするシンクの方だった。
過去の彼に何があったのかは分からない。
だが、笑って幼馴染を殺せるようになる程の出来事がこの世界に存在するのだろうか。
「セヴィス、貴様はフレグランスの予告した別館に行け。そこにS級悪魔ロザリアが来る確率は90パーセントだ。もし来なかったら美術館前に来い。フレグランスはC級に任せておく」
ウィンズの予想は九割を超えるとよく外れるが、ロザリアが来るのはほとんど確実だ。
これは当たるだろう。
怪盗フレグランスの予告状のせいで、考えていた選択肢は全部使えなくなった。
自分の相手はロザリアだけだ。
そして、シンクはレンと戦うことで五年前からの悪魔たちとの関係に蹴りをつけるつもりでいるのだろう。
五年前、『それ』と同じ日に一つの事件が起きた。
クレアラッツのS級祓魔師ソディア=ミーズが、死体として見つかった。
ソディアは、現在のS級祓魔師セヴィス=ラスケティアの二代前にあたる女性で、悪魔に敗北し続けたクレアラッツの祓魔師たちを初勝利に導いた名高い祓魔師である。
彼女が亡くなってからセヴィスがS級になるまでの五年間は、クロエ=グレインがS級祓魔師の座を占領することとなる。
ソディアは、クレアラッツから離れた洞窟付近で多数の傷を負って倒れていた。
洞窟に悪魔が住んでいた跡があったことから、悪魔に殺されたと言われている。
悪魔はソディアへの恨みから殺したのではないかと誰もが思っている。
だが、悪魔は恨みからソディアを殺したのではなかった。
悪魔はソディアに襲われて、やむを得ず戦ったのだ。
この真実を知るのは現場にいた二人の悪魔と一人の少年。
その悪魔がレンとシンクで、事件当時少年についてはこの二人も知らなかった。
レンは今後知ることもないが、シンクは事件の後すぐに知ることとなる。
シンクは通行人が避難していなくなった大通りを歩いている。
歩きながら、シンクはこの事件のことを思い出していた。
あの時の自分にとって、今の自分の有様は許容範囲だろう。
だがあの時のレンは、今の自分の有様を知って何を思うのだろう。
きっと信じないだろう。
こんな未来を。




