35 友達と青いナイフ
セヴィスが美術館のエントランスに出ると、百人程の祓魔師が集まっていた。
「降伏? ふざけんな! オレはこの美術館を守るぞ!」
「悪魔が撤退するわけがないんだ! わたしは発電所に行くよ!」
モルディオは、ウィンズが悪魔を倒す計画を立てていると言っていた。
確かにその通りだった。
ウィンズをはじめとする降伏反対派の祓魔師は、クロエたちが会議をしている間にこの場所に集まっていたらしい。
彼らはセヴィスが何も言わなくても、勝手に美術館と発電所に防衛線を張るつもりだ。
その中にいたハミルは、セヴィスに気づいてこちらに向かってきた。
「こんなの、いきなりすぎるだろ」
と言って、ハミルはセヴィスの目の前をあくせくと動き回っている。
「おれ、信じられねえよ。ロザリアちゃんが悪魔だったなんて……」
ハミルは悔しそうな顔をしている。
彼の顔を見ていると、悔しさよりも悲しさの割合の方が多い気がした。
「どれだけ文句を言っても、お前が騙されたってのが事実だろ」
と、セヴィスはにべもなく言う。
ハミルは今までロザリアを人間だと信じ込んでいたので、ショックが大きいのだろう。
それに比べてセヴィスは悪魔のロザリアしか知らなかったので、ハミルが何故騙されたのか不思議に思っていた。
「よくそんな平然としてられるな。お前はロザリアちゃんに頼まれてお祖父さんのところまで行ったんだろ? 彼女、悲しそうだったじゃねえか。何も思わねえのかよ」
ハミルはロザリアがセヴィスを呼び出した本来の理由に気づいていない。
普段なら面倒だと言って終わらせるところだが、今は説明しない方が面倒だ。
「あれは俺を殺す為に仕掛けられた罠だ。ロザリアの爺さんじゃなくて、腐った悪魔爺がいただけだった」
「その人、殺したのか?」
「ああ。ロザリア達を騙して、健気な姿を見て喜ぶとんでもない爺だった」
セヴィスが正直に答えると、ハミルは一度息を吸ってたずねる。
「セヴィス、お前……ロザリアちゃんを殺すのか?」
「俺は別に好き好んで彼女を殺したいわけじゃない」
「じゃあ!」
「生かせって言うのか?」
図星だったらしく、ハミルは黙って頷いた。
「そんなの無理に決まってるだろ。悪魔にとって俺は敵でしかない」
「じゃあ、お前はどうするんだよ」
「彼女と決着をつけるのが、俺の役目だ」
「……やっぱり抵抗あるんだな。お前が女の子のこと彼女って呼ぶの初めて聞いた」
「……」
ハミルはしばらく黙り込んで、口を開く。
「おれはウィンズに制御室任せられたから発電所に行く。お前はS級だし、おれだってお前のことは頼りにしてるけどさ……お前ってさ、おれのこと頼りにしてんのか?」
「何で、そんなこと聞くんだ?」
「お前は昔から一人で何でもしようとするだろ? そういうのってさ、やっぱり自分の身を滅ぼすと思う。だからさ、頼りないけどおれのこと……頼ってくれよ。友達だろ?」
友達。
考えたことがなかった。
それでも、ハミルが頼ってほしいと言っているのならそうしておけばいい。
そんな気がした。
「……発電所は任せた」
ハミルは小さく笑顔を見せて、走り去った。
もし全ての祓魔師が降伏するという道を選んだとしても、セヴィスは一人で戦う気でいた。
どうしても決着をつけたい相手がいる。
その相手は、ロザリアだ。
彼女には一度運に頼ったという形で負けている。
それが昨日から頭の中に未練として残っていた。
ロザリアはグランフェザーを殺した犯人がセヴィスだと気づいているはずだ。
この総攻撃でロザリアが真っ先に命を狙う相手は自分に決まっている。
総攻撃までは時間がある。
彼らと話して時間を無駄にすることは気が進まない。
セヴィスはこの時間を悪魔対策に使うことにした。
日食と停電、小数という不利な状況で戦うのだから、自分が何をするかあらかじめ決めておいた方がいい。
今のところ思いついた選択肢は三つ。
一つ目は自家発電できる美術館で待ち伏せるという方法だ。
だが、美術館では逃げ回ることが難しい。
ほとんど未経験な近接戦闘で、衝撃波の使い手であるロザリアに勝てる自信はない。
二つ目はセヴィスが日食前に発電所に行って停電を止めるという方法だ。
だが、悪魔の数が多すぎると手が回らなくなり、停電が起こって窮地に立たされる可能性がある。
停電が起こった際に魔力権で発電できないかとも考えたが、発電機の都合上それはできないらしい。
逆に発電機を壊して停電を長引かせる、つまり逆効果だ。
三つ目は隠れた場所からロザリアを見つけ次第不意打ちをするという方法だ。
だが、失敗したら後は逃げ回るしかない。
考える時間がなかったとしたら、セヴィスは消去法で二つ目を選んだだろう。
しかし、二つ目はリスクが大きい。
成功すれば勝利に傾くが、失敗すれば敗北に傾く。
身体の奥から、劣等感が湧きあがって来た。
「俺が無能、か」
久しぶりに本心からの声が出た。
すると、
「その通りだな」
後ろから声がした。
声でウィンズだと分かった。
「僕は前から言っていた。今のままでは貴様の弱点を克服できない、とな。悪魔の総攻撃と祓魔師の分裂を前にして今更気づくとは相変わらず鈍い、いや馬鹿だな」
「もうアンタの嫌味は聞き飽きた」
振り返ると、黒いトランクを持ったウィンズが立っている。
「美術館の連中は降伏したと伝えて、安心していた。おそらく悪魔は計画通りに総攻撃を行うだろう。全く、誰が降伏なんていう馬鹿らしい意見を出したんだ」
「兄貴は悪魔の共存に反対しているのか?」
「ああ。愚かな奴らが共存など、できるわけがないからな! はーはっはっはっ!」
ウィンズは眼鏡を指で押し上げて、笑いだした。
その笑いはいつもと違って、あまり余裕が見られなかった。
「とにかく、貴様に死なれると僕の武器発明にも支障が出る。そう思って新型の武器を作っていたが、総攻撃が今日だったとはな」
「完成予定は明日だったか」
「そうだ。試作品は一本だけあるが、一本だけではな」
客用のソファーに座ったウィンズは、手に持っていたトランクを開ける。
その中には青色のナイフがあった。
「フッ、よく聞け! この武器の名前は」
「名前よりも機能を教えてくれ」
「黙れ。『Bloody・Spiral・DIAMOND-DUST』、格好いい名前だろう。僕の自信作だ。前作『Bloody・Spiral・FLAME-BLAST』よりも」
「前作の名前長くなってないか?」
「黙れと言っているだろう。初めからこの名前だ。まあ、今はそんな下等な争いをしている場合ではないがな」
「アンタが勝手に長くしたんだろ」
「だぁまぁれ馬鹿弟。相違点は電気抵抗を大幅に減らし、ワイヤーに薄い刃を巻き付けたことだ。だから振り回すだけで木が切れるという素晴らしい優れものだ。一つだけ注意点がある。無差別攻撃用だから味方のいる場所では使うな」
セヴィスは無言でナイフを取る。
ブレスレットがあった部分には、真直ぐな棒をそのまま捻ったような持ち手がある。
さらにその持ち手には特殊武器の証というべきボタンが二つだけ付いている。
「今回はワイヤーに刃が付いているからな。ブレスレットではなく鞭の様な持ち手にした。上のボタンを押して電気を流せば強烈な光を出す。下のボタンはワイヤーを回収するボタンだ。一本だけだが、役に立つはずだ。それは貴様にくれてやろう」
そう言ってウィンズはトランクを閉めて立ち上がった。
「日食が始まったら、僕は指令室に残ることになるだろうな。貴様は……」
「大変だ!」
突然大声が響いて、男の祓魔師が扉を開けて入って来た。
「何だ。慌ただしい」
ウィンズは呆れた表情で対応する。
周りに祓魔師が集まってくる。
「これ見て下さい!」
そう言って男の祓魔師が見せたのは、一枚のカードだった。
しかしそのカードを見た途端、その場にいた全員が凍りついた。
「『本日日食時間に、ジェノマニア美術館別館特別展示室のルビーをいただく』?」
最初にカードを声に出して読んだウィンズは眉をひそめた。
ウィンズの声をほとんど聞き流していたセヴィスの目に入ったのは、見慣れた花の模様だった。




