31 占う長老とタロットカード
「分かった。美術館に伝えておく」
「ありがとう、セヴィス」
ロザリアはこの時初めてセヴィスを殺したくない、と思った。
だが、セヴィスは彼女の言動を自分を殺すための演技としか考えていない。
そして、当然シンクのことを美術館に伝えるわけもない。
「祖父の家はこっちよ」
と言ってロザリアが歩いて行く方角は、鉱夫たちが住む家がある道とは正反対だ。
彼女が鉱山の中に案内しようとしているのはもう分かっている。
いつロザリアに攻撃するべきか。
セヴィスは歩きながら考える。
今か、鉱山の中か。
やはりロザリアが攻撃して来たら、が一番無難だろう。
鉱山の人間たちがいるちょうど反対側で、ロザリアは立ち止まった。
彼女の目線の先には人間が一人入れるぐらいの隙間がある。
セヴィスはここに悪魔が住んでいることに納得した。
人間がほとんど通らないこの場所なら、祓魔師に気づかれない。
「鉱山の中に住んでいるのか? 悪魔みたいだな」
こう言えば、襲って来る。
セヴィスはそう思ってナイフに手を伸ばそうとしていた。
だが、ロザリアは剣に手もかけず、
「ええ。祖父は病気で日光を浴びることができないの」
と言った。
いつまで嘘を貫き通すつもりなのだろうか、とセヴィスは駅を出てからそればかり考えていた。
「さあ、入って」
ロザリアが後ろから攻撃してこないか警戒しながら、セヴィスは鉱山に入る。
ロザリアは攻撃する素振りも見せずに、後に続く。
中には木製の机と、その上に置かれたアルコールランプ、そして机に手を置いて岩に腰掛ける老人の姿があった。
それ以外は本当に何もない。
他の悪魔は外にいるのだろう。
「おまえが、S級の?」
老人は言う。
「こんな若造だったのか……。ロザリア、わしは二人で話がしたい。クレアラッツに行ったレンもそろそろ帰ってくるだろう。森まで迎えに行ってやれ」
「分かったわ」
ロザリアは少し心配そうな顔を一度老人に向けて、足早に去って行った。
セヴィスは驚いて去って行くロザリアを見る。
自分を殺すはずの彼女がいなくなる理由が、セヴィスには分からなかった。
今分かっているのは、この老人には大した戦闘力も具わっていないということだけだ。
「失望した。悪魔が俺一人を殺すって聞いたから、どんな悪魔がいるのかと思ったらこんな爺だったのか」
と、セヴィスは言う。
そして、もう一度後ろを振り返ってロザリアを見る。
彼女の姿はない。
彼女を怒らせる為の挑発だったが、無意味だった。
「わしの名はグランフェザー。この通り何の戦闘力も持たない、この鉱山の悪魔の長であるだけのただの老いぼれだ。おまえも、名乗れ」
老人、グランフェザーはゆっくりと言った。
「成る程。アンタが自称長老の卑しい雑魚悪魔か。で、ロザリアは俺とアンタが話してる間に俺を殺そうとして行ったふりをした。違うか?」
「ロザリアもわしもおまえを殺すつもりはない」
グランフェザーはアルコールランプの灯に視線を落とす。
その表情はここにいるセヴィスだけでなく、祓魔師いや人間全員に対する侮蔑の表情だった。
「わしはおまえと話がしたかっただけだ。名乗れ」
「アンタは俺の名前も知らないのに呼び出したのか?」
セヴィスは、会いたいと言われたのに自分の名前を聞いてくるグランフェザーに違和感を覚えた。
もちろん、その手は背中のナイフの柄に触れている。
「どうした、自分の名前がそんなに嫌いか」
「別にそんなわけじゃない。セヴィス=ラスケティアだ。これで文句ないだろ」
「そうか。わしは悪魔の命名もしておる、だから相手が名乗らないと、どうも名前が嫌いなのではないかと気にしてしまうのだ。決しておまえの名前を知らなかったわけではないぞ」
「で、話したいことって何だ」
「そう急かすな。わしはわざわざここに来てくれたおまえに聞きたいことがある」
変な老人だ。
どうせくだらないことを聞いてくるに決まっている。
「わしは千里眼の魔力権を持っておる。だからわしはおまえがフレグランスとして『宝石』を盗んでいること、そしてシンクがおまえの代わりに悪魔を殺していることを知っておる。昨日奴がユイレルを殺したのも見ていた」
グランフェザーの言うことは、予想とは正反対だった。
千里眼という便利な魔力権があるとは、初めて聞いた。
最もそれは自分が勉強しないことに原因があるのだろうが。
「この魔力権のことは誰にも言っていない。話したのはおまえが初めてだ。そして、この魔力権を持っているのも世界でわしだけだ」
グランフェザーは目を閉じて言った。
「つまりアンタは今まで知らないふりをして、ロザリアたちを騙してきたってことか?」
と、セヴィスは尋ねる。
「フレグランスが活動することで、悪魔は飢えに追い込まれ、食糧不足に喘ぐ。それでも誠実な悪魔たちは長老であるわしの食料を優先する。そんな健気で殊勝な姿を見るのがわしの最近の楽しみだ」
「アンタ、クズだな」
と言ってセヴィスはナイフを取り出して投げようとした。
「待て。わしの話はまだ終わっていない」
グランフェザーは目を閉じたまま言う。
セヴィスは一度舌打ちをして、ナイフを持った手を下す。
グランフェザーには魔力権でセヴィスが何をしているのか見えているのだろう。
ならば、セヴィスが列車の中でしたことにも当然気づいているはず。
「おまえはどうしてシンクの言いなりになってこの場所を伝えた。あやつは不吉な男だ」
グランフェザーはセヴィスが思っていることをそのまま聞いてきた。
しかし、セヴィスの意識は不吉という言葉に向かっていた。
「不吉?」
「おまえは奴が洞窟での暮らしに嫌気を刺した理由を知っておるか? 言っておくが、餓えではないぞ」
餓えではないと言われると、分からない。
セヴィスは今までずっと餓えだと思っていた。
「知らないようだな。ならば教えよう。奴を一番怒らせたのは、わしだ」
そういえば、シンクはグランフェザーのことをクソと呼んでいた。
名前で呼ばれていたロザリアやレンとは大きな違いだ。
今まで考えもしなかったが、彼の些細な言動にも理由があったのだ。
「わしはちょうど二十五年前まで、占いが趣味だった」
そう言って、グランフェザーは懐から古びたトランプとタロットカードを取り出した。
「二十五年前、洞窟で悪魔が産まれる度に、わしはトランプとタロットから二枚のカードを引いて占っていた。トランプは名前、タロットは運命を示す。そして、その占いは奇妙なくらい当たっていた。
例を挙げよう。わしが2のカードを引いたことからデュースという名前をつけた男の悪魔がいた。奴はすぐにS級を取るほど強かった。だが、そのタロットが示したのは『吊るされた男』。十年前、デュースは人間に吊るされて殺された。
他にも、『死神』のタロットを引いたS級悪魔が二人いた。すると二人とも何の病気でもないのに亡くなった。
S級になった悪魔は皆、奇しくもタロットの通りに亡くなった。後に、そのタロットは恐ろしい魔力権を持った悪魔のものと聞いたわしは、シンクを最後に占いを止めた」
占いを信じないセヴィスの頭には、くだらないの一言しか思い浮かばない。
「シンクは5のカードからつけられた名前だ。そして、奴のタロットは『悪魔』。不吉だと思ったわしは、奴を強くしないように拘束した。だが逆効果だった。奴はわしへの憎しみの一心で強くなっていった。その後ロザリアたちが産まれて、明らかになったわしの差別に耐えられなくなったのだろう。おそらくそれが脱走の理由だろう」
「分かっていながら、差別したんだな」
「おまえは昨日随分不運だったそうだな。あれはわしのせいだ。わしが気まぐれで占った、おまえの昨日の運勢が逆位置だったのだ」
昨日の行動まで見ていたのか。
この爺、一歩間違えば変態だな、とセヴィスは思った。
「俺の不運がアンタのせい?」
「そうだ」
「意味が分からない」
と言って、セヴィスは特に意味もなく一枚のタロットを引いた。
その絵柄を見た途端、グランフェザーは顔をしかめた。
「それは『正義』。世界からすれば、悪魔を飢えに追い込む者が正義なのか? おまえは虐げられる悪魔をどう思う」
「俺には関係ない」
セヴィスがカードを後ろに投げ捨てると、グランフェザーは息を吸ってため息をついた。
「何て奴だ。こんな男にクレアラッツのS級を取られているとは……祓魔師も随分落ちぶれたものだ。今の二年生が美術館の将来を左右すると民衆はほざいているが、馬鹿げた話だ。S級はこの通り偽善者、A級のモルディオとチェルシーは偉そうに嫌味ばかり、B級のハミルは毎日女に話しかけては断られて落ち込んでいる」
「黙れ」
グランフェザーは顔の皺が伸びる程口を開いて、ため息をついた。
「教えてやろう。今日、祓魔師は終わる」




