29 ロザリアの嘘
今日のトーナメントは見ることができない。
何としてもセヴィスを鉱山に連れて行かないといけない。
そう思ったロザリアは、闘技場が開く前から『宝石』の欠片だけという僅かな食事を済ませて入口に立っていた。
ここに来てから十五分程経って、レンの声が頭に響いてきた。
「ロザリア、今話せる?」
昨日に比べて、レンの声は暗い。
「大丈夫よ」
「聞いてくれ。ユイレルがいないんだ」
「ユイレルが?」
「今からおれが牧場で探してみるけど……ロザリアは計画通りにセヴィスを呼んでくれ。多分セヴィスでもロザリアが悪魔だとは気づかないよ」
「じゃあ、誰がユイレルの代わりをするの?」
「セヴィスを殺さないで説得するって長老が言ってるんだ。長老ならできるってみんな言っているし、おれもそう思う。ロザリアは連れて来るだけでいい。長老が鉱山で待っているから」
何故グランフェザーが関われば説得できるのか分からないまま、レンの声は聞こえなくなった。
だがグランフェザーなら、できるはずだ。
悪魔たちにとって長老は何でも出来る神様の様な存在だからだ。
とにかく、ロザリアは鉱山に行く前に少しでもセヴィスに悪魔への情けをかけさせないといけないと思った。
さらに時間が経つ。
そこでロザリアは早く登校してきた候補生たちの中から、ハミルの姿を見つけた。
「ロザリアちゃん!」
ハミルはロザリアに気づいたのか、駆け寄って来た。
ロザリアはこのままハミルと話していれば自然にセヴィスに会えると思った。
その予測は現時点では外れている。
今セヴィスが美術館に向かっているのは、ロザリアには知る由もなかった。
「来てくれたんだな!」
「昨日は楽しかったわ。誘ってくれてありがとう」
本当にロザリアが興奮していたのは最後の決勝戦だけだということを言う必要は一切ない。
ハミルには怪しまれない程度に話していようとロザリアは思った。
「おれは今日も出るからさ、見てくれよな!」
「……ところで、セヴィスはいつ来るの?」
と、ロザリアがたずねるとハミルは肩をすくめる。
「祓魔師のトーナメントの準備で、候補生は全員この時間に来ないといけないんだけど、あいつは仕事ないしゆっくり来ると思うぜ」
嫌々だが、頼まれたから仕方なく答えたのだとハミルの顔に出ている。
「そう……」
ロザリアはグランフェザーを待たせたくないという思いから、俯いた。
ロザリアの表情を見たハミルは、女の子を落ち込ませてしまったというショックからか、無性に焦り始めた。
「えっ何かあったか?」
「私の祖父が、重い病気に罹ってしまって、余命がもう僅かで……一生のお願いだからセヴィスに会いたいんだって言ってるの」
「それは大変だな……」
下手な嘘が通じたことでロザリアは少し安心した。
「くっそーあの無愛想どうでもいい電気ウナギ野郎め! 呼び出してやる!」
と言って、ハミルは携帯電話を取り出して電話を掛ける。
しかし、出ない。
エルクロス学園と隣接した場所にある祓魔師本部、ジェノマニア美術館は巨大な宮殿の様な形をしている。
セヴィスは携帯電話を気にしながら美術館の重い茶色の扉を蹴飛ばして豪快に開ける。
エントランスに立つ祓魔師が驚いて一斉に扉を見た。
「クロエはいるか」
少し息を切らしながら、セヴィスはトーナメントでいない祓魔師の代わりに受付を務めるチェルシーに強迫の様に聞く。
本部で働く祓魔師はほとんどがB級とA級で、訪れる一般人の中には畏怖して帰ってしまう人間もいる。その美術館で候補生が偉そうに口を叩くのはなんとも奇妙な光景だ。
「館長は不在なんだけど。S級のくせにそんなことも知らないの?」
チェルシーは皮肉気味に答えた。
セヴィスの態度に腹を立てているのか、昨日のトーナメントの結果に怒っているのか。
館長のクロエがいないとなると、全員に中止を伝える術はセヴィスが直々に放送するしかなくなる。
人前で喋るのは面倒だが、このまま何も伝えずにトーナメントを行えば悪魔に負けるかもしれない。
いや、負ける。
面倒だとか言っている場合ではない。
「放送室の鍵を貸してくれ」
と、セヴィスは言う。
チェルシーはすぐにセヴィスを睨みつける。
「何で?」
「説明してる暇はないんだ。今日悪魔がこの街の祓魔師を襲いに来る。俺がそれを全員に伝える。トーナメントは中止だ」
チェルシーと、その周辺の祓魔師が全員固まった。
「突然何を言い出すのかと思ったら。変な嘘ついてこのトーナメントを中止だなんて、そんな自己中心的なことを誰かが許すとでも思ってるの?」
チェルシーはため息をついた。
「あ、分かった。負けるのが怖いんでしょ。それじゃ貸すわけにはいかないよ」
「そうじゃない。トーナメントを中止にしないと悪魔が」
「はいはい分かったから。そもそも鍵は館長の許可がないと貸せないから無理だよ。それ以外に用がないのなら帰って」
「俺はクロエの電話番号を知らないんだ。アンタは知ってるんだろ。俺に必ず連絡するよう言ってくれ」
チェルシーは少し目を見開いた。
セヴィスが必ずと言ったことで、只事ではないと理解したらしい。
「一応伝えとくけど、いつ帰ってくるかは知らないよ」
チェルシーの返事を聞いて、セヴィスは祓魔師たちの視線を浴びながら美術館を後にする。
クロエが納得してくれればチェルシーや美術館の祓魔師たちも命令を聞くはずだ。
だがクロエが決勝戦まで時間があると言って別の町に行っている可能性もある。
彼女はウィンズ同様時間を決して無駄にしない。
全員に一番早く伝えられるのは放送だ。
美術館から放送できないのならば、いっそのこと鍵が掛かった闘技場の放送室に侵入するという手もある。
侵入は得意でも、そんなことまでして放送しても怪しまれるだけだ。
祓魔師に命令できる程の地位、または伝達系の魔力権を持たないセヴィスは、クロエがいなければ何も命令できない。
セヴィスが美術館から外に出た後、再び携帯電話が鳴った。
自分にわざわざ電話を掛けてくるのは悪魔の出没情報かハミルしかない。
大した用ではないだろうと思いながら、セヴィスは電話に出る。
「おい、セヴィス! 今すぐ闘技場の入口に来い!」
耳を離したくなるぐらいのハミルの罵声が携帯電話から聞こえたと思ったら、電話はすぐに切れた。
これは急用なのだろうか。
セヴィスは汗を手の甲で拭って、闘技場入口に向かう。




