3 鉱山と悪魔
世界は、平等であると、この惑星『クレイル・トリニティ』に住む人々全員が思っていた。
法や宗教などにより、全ての生物は平等であると定められていた。
しかし、それは人間のみに与えられた権利だった。
大量の『宝石』が採れると評判のブレイズ鉱山。
人間たちは『宝石』を求め、日々鉱山を掘り進んでいる。
鉱山の裏側に近い深部に、人と呼ばれる形状をとった生物が約五百人と、木製の机とアルコールランプ以外何もない部屋があった。
人間たちが掘ってここに辿り着くのには、十年以上かかるだろう。
彼らがここに住み始めたのは最近のことである。
「お腹すいた……総攻撃の準備もそろそろ始めないといけないわ」
ため息と同時に、一人の女が呟いた。
鮮やかな黄色のキャミソールと黒いミニパンツを身につけ、こげ茶色の髪をポニーテールにまとめた、軽装な女性だ。
その腰には、鞘に入った鋭い細剣が差してある。
彼女の名を、ロザリアという。
この中で最も戦闘力を持つため、リーダー的存在とここにいる皆が思っている。
彼女らは、総攻撃の計画を立てていた。
生きる権利と、穏やかな生活を約束してもらう為、彼女らは計画を練っている。
何時かはまだ決まっていないが、その時は近い。
「ロザリア、今更だけど人間って酷いよな。おれらは『宝石』を食べないと生きていけないのに、人間はその『宝石』を掘り出して着飾ってる。この辺りは掘っても『宝石』は出ないし、おれらは食料を確保するのに必死で、最近は飢えて死ぬ子供も多い。このままじゃおれらは飢えて全滅してしまう」
と、男悪魔レンが言った。
レンはロザリアに次ぐ実力者で、槍術を得意とする。
いつも人間たちの街にも恐れずに行き、生活物資を調達してくれる彼は頼れる存在である。
『宝石』を乱獲する人間たちを襲うと、捕えられて処刑される。
それが、ロザリアたちが人間に見つからない様に鉱山に住む理由だ。
「餓えたのは、何が原因だったんだろ。『宝石』を奪う為に、人間に手を出したのがちょうど二十年前。それから人間たちは悪魔を倒すために祓魔師という戦闘集団を作った。最近の祓魔師は強くなりすぎて、人間を襲うのは難しくなったんだ。
本当に今更だけどさ、これじゃおれらは人間どもに生きるなって言われているようなものじゃないか?」
レンは人間への不満を口にする。
ロザリアは同感する。
これは他の悪魔も思っていることだ。
「総攻撃は早めに仕掛けた方がいいわね……」
「総攻撃を仕掛けたとしても、どうすればいいんだよ。おれがこの前取ってきた宝石の山もそろそろ尽きる。戦いは長引くだろうし、総攻撃の途中に飢えて死ぬなんて絶対に嫌だ。昔の悪魔の『宝石』なら食べるのに抵抗はなかったけど、今生きている悪魔を殺して共食いなんてしたくないんだ」
レンの目には、涙が浮かんでいた。
ロザリアが辺りを見回すと、泣いている悪魔がほどんどであった。
ロザリアがまだ生まれていない二十年前、人間を襲って『宝石』を手に入れようと、悪魔たちは意気込んでいた。
悪魔の存在を知らなかった人間たちは、最初脅えていた。
だが、今では形勢が逆転し、祓魔師と呼ばれる武装組織が悪魔を倒す形となっている。
悪魔が街に現れれば、人間たちは祓魔師を呼ぶ。
祓魔師の存在によって十年前の悪魔たちの威勢は既に消え失せていた。
「なあ、被害を出さずに今すぐ『宝石』を得る方法はないのか?」
レンが、ロザリアの方を見て尋ねた。
被害を出さずに『宝石』を得る方法。
『宝石』の調達はレンに任せていたので、考えたことがなかった。
ロザリアはしばらく考え込んで、顔を上げる。
「人間たちが、『宝石』店で『宝石』を売買しているのだったら、祓魔師に気づかれないように店主を押さえつけるのは?」
「何を言ってるんだよ。押さえつけるなんて……警察の半分は祓魔師だぞ。ロザリアならなんとかなるかもしれないけど、自殺行為だ」
再び、部屋が静かになった。
ロザリアは自分が思っている以上に世間知らずなことに情けなくなった。
ロザリアとレン以外は、話す気力もなく蹲っている。
「じゃあ、夜中に盗むのは?」
と、ロザリアが言うと、レンは信じられないものを見る目でロザリアを見た。
何故レンはそんな顔でこちらを見るのだろう。
ロザリアには分からない。
「夜中は警報機だけで、祓魔師はいない。おれたちもそう思っていた。でもな、人間にも祓魔師と敵対する奴がいたんだ」
「どういうこと?」
ロザリアが聞くと、レンはしばらく間を置いて言う。
「……『宝石』怪盗だ」