28 割れた葉
時刻は午前七時。
昨日より早めに食事を済ませたセヴィスは、学園に行く前に『クリムゾン・スター』に立ち寄っていた。
「これが六十カラットのルビーかぁ。はっ俺に合う『宝石』はルビーしかねえな」
シンクは貰った『宝石』を手に喜んでいる。
死骸から得られる礫岩の様な形の『宝石』とは違って、店に並んでいた『宝石』は綺麗に加工されている。
「ウル牧場の悪魔は殺したのか?」
セヴィスはただでさえ細い目をさらに細めて聞く。
これで寝ていたと言ったら半殺しだっただろうが、それはアルジオのおかげで免れた。
「おう、これだろ」
と、セヴィスにユイレルの『宝石』を渡そうとしたシンクはどこか違和感を感じて腕を止めた。
「どうした?」
「お前、それ」
シンクは腕を下して自分の耳を指差す。
それを見てセヴィスは自分の耳に着いたイヤーフックを見て異変に気づく。
朝着ける時は気づかなかったらしいが、いつもあった一枚の葉がない。
「まさか昨日『宝石』店に落としてきたとか? それだったら決定的な証拠だよな」
「いや、違う。多分ロザリアだ」
「ロザリアぁ?」
シンクは驚いてカウンターから身を乗り出す。
「お前ロザリアに会ったのか?」
「昨日俺のせいで悪魔が死んでるとか言って攻撃してきた。戦うのは危険だったから逃げた。これが切れたのは多分道路で攻撃された時だ」
少し焦った様子でセヴィスは状況を説明する。
「何で外して行かなかったんだよ。バカか」
「忘れてたんだ。それに馬鹿なのは生まれつきだ。認めたくないけどな」
「そんな真顔で言うなよ。まっロザリアもフレグランスがセビだということは気づいてないと思うぜ。あいつ鈍感だし、それに……あーこれ説明すると長くなるな」
「何かあるのか?」
「忠告。俺が何も言わなかったら、今日はお前の命日だったかもしれねえぜ」
「意味が分からない」
大抵の人間ならこの言葉で取り乱すはずなのだが、セヴィスは当然のようにその大抵に属していない。
「じゃあ最初から言うぞ。一回しか言わねえからな」
と言って、シンクはユイレルの『宝石』をセヴィスの前に置く。
「この話は昨日殺したユイレルから聞いたんだけどな。今日の正午に、俺がいた洞窟の悪魔どもがクレアラッツの祓魔師に総攻撃を仕掛ける。奴らの目的は平和な生活の保証と、人間との共存だ」
「総攻撃で平和の確立? そんなのおかしいだろ」
と、舌打ち紛れにセヴィスは言う。
「俺も最初はそう思ったんだけどよ、悪魔どもの目当ては祓魔師の命じゃねえんだ。奴らは祓魔師に認めてもらえればいいんだ。祓魔師を殺すわけじゃねえ。誰かさんは除くけどな」
「……俺か」
「そう。ロザリアは今日鉱山でお前を殺す気だ。どこの鉱山かは知らねえけど。分かったら俺に伝えてくれよな。奴等が何してるのか気になるんだよ」
珍しく、シンクは真剣な顔で言った。
「まあロザリアのことは措いておく。悪魔どもの計画は、まず発電所を壊すことだ。正午にレンが発電所を襲いに来る」
「レンって、ロザリアと同じくらい強い悪魔か」
「長い槍持ってるから分かりやすいけどな。で、レンはこの街を真っ暗にする気らしい」
「正午に発電所を壊したって、真っ暗にはならないだろ」
昨晩のシンクと似たようなことを言うセヴィスを見て、シンクはこのことを教えなければ祓魔師は負けていたかもなと思った。
「そうじゃねえ。お前は日食知ってるか? 知らねえよな」
「日食って何だ?」
「日食は太陽が衛星に隠される現象で、その間は暗くなるらしいぜ。五千年に一度だから、それが一時間以上続くらしい。だから停電が起きたら本当に真っ暗だな」
セヴィスの表情が、強張った。
今まで一度も見せることのない顔だった。
「それでも美術館の中は自家発電があるからな。だからお前を殺すことで祓魔師の自信を失くさせるつもりなんだろうな。で、どうするんだ?」
シンクが喋り終わる前に、セヴィスはユイレルの『宝石』を持って立ち上がる。
「嘘じゃないんだな?」
「嘘ついたって俺に得はねえよ」
「……とりあえず美術館に行って考える。今日のトーナメントは中止だ」
「それが一番妥当だよな。トーナメントで疲れてたら話にならねえし。でもよ、お前にトーナメントを中止にするとかそんな権利あるのか?」
今のセヴィスにそんな権利はないはずだ。
本来、クレアラッツのS級祓魔師は美術館館長となって全祓魔師の総指揮者になるのが普通である。
しかしセヴィスはまだ候補生であり、エルクロス学園を卒業するまで館長になることを許されていない。
例えセヴィスがエルクロス学園を卒業しても、戦闘能力ではなく学力と彼の性格で就任を見送られてしまうだろう。
そのセヴィス自身も館長という地位に興味はないのだが、当然S級でも館長でなければ館長の権限はない。
現在は去年二位を取った若い女性のA級祓魔師クロエ=グレインが美術館の館長を務めている。
一見は長髪の清楚な女性だが、先代の館長ソディア=ミーズと同じニ刀剣の使い手だ。
「館長のクロエはセビのことを人一倍嫌ってるしな。お前の言うことを聞かねえかもしれねえぞ? 去年のトーナメントの決勝戦覚えてるか? あの時のクロエの負け惜しみは面白かったよな。確か名言は『セヴィス=ラスケティアは悪魔だ。でないと一年生に私が負けるなどあり得ない』だったか? ウィンズがいなかったらお前完全に悪魔扱いだったよな」
「本物の悪魔に言われたくない。とにかくクロエに何を言われようとトーナメントは中止にさせる」
と言って、セヴィスは扉に向かう。
彼が扉に手を掛けると、扉が開いてアルジオが入ってきた。
「あっセヴィス君、おはようございます。こんな朝から悪魔店長に何か用ですか?」
「用は終わった。今から美術館に行く」
「そうですか。今度はマリがいる時にお越し下さいね。喜びますから」
早足で去っていくセヴィスに向けて、アルジオは小さく手を振った。
シンクはそれを興味深そうに眺めていた。
「店長の言っていた通り、悪魔って言葉にほとんど反応しませんでしたね」
「セビはな、てめえ邪魔なんだよクソヤロォって思う悪魔しか殺さねえよ」
と、シンクは当たり前の様に言う。
「それとアル、今日の店番任せた」
「えぇっ?」
シンクが突然発した言葉に、アルジオは驚いて声をあげる。
「今日の正午、悪魔がこの街の祓魔師に総攻撃を仕掛ける。その悪魔は、元々俺と同じ場所に住んでた奴らだ」
「そっ……そんなこと、一言も聞いていませんよ! 祓魔師も知らないのでは……」
「だから、今セビに伝えた。最初は興味なかったけどな、やっぱり何もしねえわけにはいかねえんだ」
アルジオは黙って話を聞いている。
レストランの店長で、悪魔。
そんな男がこんな身近にいたことに、何を感じているのだろう。
「自称長老のグランを除けば、優しい奴らだったかもしれねえ。そんな奴らに火を点けたのは、一人でこんな風に人間と一緒に生きてる俺だ。元は俺が蒔いた種なら、俺が落とし前をつけるのが普通だろ」
「……分かりました。ですが、死なないで下さい。セヴィス君以外にも、店長を必要としている方はたくさんいるのですから」




