22 恐ろしき武器
時刻は午後十時四十五分。
『クリムゾン・スター』は既に閉店時間を迎えている。
マリは一時間前に帰宅しており、アルジオも掃除を終えて帰ろうとしていた。
その時、店の扉がゆっくりと開いた。
「すみません。今日はもう閉店……」
なので、と言いかけたアルジオは扉を見て言葉を詰まらせた。
入口に大きな人影が映っている。
しばらくして、緑色のつなぎを着た男が二メートル程の段ボールを持って入って来た。
「『紅蓮の翼』からお届け物です」
アルジオは、『紅蓮の翼』を知っている。
主に祓魔師の武器を作る店で、その設計をするのはセヴィスの兄ウィンズだ。
武器の値段は高いが、それだけ頑丈な特殊武器を作ると評判の店だ。
その武器屋が料理の店に来る理由が、アルジオには分からない。
「こんな時間に、ですか?」
アルジオは聞き返す。
「それは分かりません。ただ、シンクさんが今日の夜十時に届けろと言ったので、届けただけです」
この男に聞いても仕方ない。
アルジオは男から段ボールを受け取る。
段ボールが思ったより軽いことに驚いた。
「では、確かに渡したので」
男は丁寧に頭を下げて出て行った。
「この段ボール、何が入っているのでしょうか?」
現在シンクは奥で仮眠を取っている。
セヴィス同様、簡単に起きないことはアルジオも知っている。
「店に届いたのですから、見ても構いませんよね」
アルジオは、段ボールに貼り付いた茶色のガムテープをそっと外し、中を覗き込む。
中には衝撃を吸収する為の発泡スチロールが大量に入っている。
それをアルジオはそっとかきわける。
発砲スチロールの中から姿を現したのは、澄んだ水色をした二メートル以上の巨大な武器だった。
何だこれは、とアルジオは首を傾げる。
武器屋が持ってきたのだから武器だということは分かっているが、見た目はステーキナイフの柄を伸ばしたものに近い。
持ち手の部分には二つの小さなボタンが付いている。
それは、ウィンズが発明した特殊武器だという証である。
段ボールに貼り付いたシールには、『特殊武器 薙刀 Scarlet・Rock・GRIND-DOWN』と書かれていた。
「店長はこんなものを買ってどうするつもりなのでしょうか? もしかしてこれを使って料理パフォーマンスでもするつもりなのでしょうか?」
そう呟きながら、アルジオは段ボールからそっと武器を取り出す。
そしてそれを持ってシンクが寝ている部屋に向かう。
扉を開けると、シンクが布団を蹴っ飛ばして眠っていた。
このまま起こさなければ朝まで眠っているだろう。
「店長って思った通り寝相悪いですね。夜でも動かない流し台を見習ったらどうですか? でも流し台が動いたら恐ろしいですよね。怪談『動く流し台』なんて聞いたら夜恐ろしくて眠れませんよ」
と呟くと、アルジオはシンクに近づいて言う。
「店長! 起きて下さい!」
「あー?」
シンクは目を擦って起きる。彼のぼんやりとした視界に、武器を持つ人間が映る。
顔までは見えないが、自分を殺しに来た悪魔だとシンクは勝手に勘違いした。
よろよろと立ち上がりながら、シンクは言う。
「はっ、てめえが俺を殺そうなんてな、一億九千七百六十五万三千四百二十八年早いぜ。出直して来な!」
「えっ私は……うわっ!」
回し蹴りをまともに腹に受けて、アルジオは武器を持ったまま壁まで吹っ飛んだ。
建物が少し揺れた。
武器の刃の部分が壁に刺さって、アルジオはそのままずるずると音を立てて座り込む。
「あれ? 何でアルがいるんだよ?」
と、シンクは素っ頓狂な声をあげる。
「て、店長にお届け物が来たから知らせに……」
壁に刺さった武器を見つけたシンクは、アルジオの説明を無視して壁に向かう。
「おっ、ちゃんと時間通りに来たか」
シンクは力を込めて武器を壁から抜く。
アルジオが勝手に開封したことと、アルジオを蹴っ飛ばしたことと、壁に穴が開いたことをシンクは全く気にしない。
「思った以上に強そうだな」
「店長、それ何なのですか! まさか料理パフォーマンスでもする気ですか! 言わせて貰いますけど、店長がパフォーマンスをしたって多分誰も来ませんよ! 大体、薙刀って女性や僧侶の武器でしょう!」
怒ったアルジオはシンクを睨みつける。
だが、シンクは完全に無視して武器の様子を確かめている。
シンクが棒に付いた上のボタンを押すと、武器の刃の部分は収縮して手のひら程の大きさになった。
「店長!」
アルジオがさらに語気を強めると、シンクは頭を掻いてアルジオに顔だけを向ける。
「うるせえよ。帰るならさっさと帰れ。
でもアルが起こしてくれなかったら、俺明日セビに『言った端から忘れやがって』とか言われて半殺しにされるところだったな」
「セヴィス君はあの口調からして『やがって』とは言わないと思うのですけど、どうして彼に半殺しにされるのですか? 約束でもしたのですか?」
「あいつにウル牧場の悪魔殺して来いって頼まれててよ、だからこの武器を今日注文して……あっ言っちまった」
シンクは笑いながら口を塞ぐ。
とんでもないことを言ってしまった。
「祓魔師でもない店長にセヴィス君が悪魔退治を任せるって……頼りにされていますね。私も料理人を志す以前は祓魔師に憧れて剣術を習っていましたが、店長に勝てる気がしません」
「まっ、まあそうだろうな」
アルジオがあまり疑ってこなかったことに、シンクは少し安心した。
「ですが店長、ウル牧場まで行けるのですか? 店長は方向音痴ですよね。私もマリも家がウル牧場の近くなので車で送りましょうか?」
嬉しそうだったシンクの顔が、アルジオの『方向音痴』の言葉で一気に元に戻った。
「うっせえ。余計なお世話だ」
「では、私はこれで。鍵は閉めておくので、失礼します」
と言って、アルジオは腰に手をあてたまま部屋を出て行った。
「さーて、ユイレルをぶっ殺しに行くか」
シンクは電気を消して、裏口から外に出て人がいない道を歩く。
歩きながら、肩に星の光を浴びて光る武器を担ぐ。
彼の顔には、笑いではなく殺すことだけを楽しむ表情が浮かんでいた。




