21 日食の恩恵
「て、てんちょー、途中見たかったです……」
客席で、マリが落ち込んでいる。
「俺は見えたぞ? なかなかおもしれえ戦いだったな」
と、シンクは笑いながら言う。
「えっ見えたんですか?」
「はーん。お前ら見えないんだな」
マリは意味も分からず首を傾げている。
「この戦いで負けてもA級のチェルシーには明日もありますが……優勝候補だった彼女があの怪我では、今年のS級も彼で決まりでしょうね」
アルジオは手を叩きながら言った。
「そうだな。セビも怪我してるけど、あれぐらいじゃあいつはやられねえよ。電気が落ちた時はてっきり
負けると思ったけどな」
と言うシンクをマリとアルジオが睨みつける。
「店長、よくS級に偉そうなこと言えますね。彼の強さはよく知っているのですよね? 失礼ですけど、身の程を知った方がいいと思いますよ」
アルジオはシンクから目を逸らして言った。
「へっ誰があんな奴に敬意なんか払うかよ」
「もし店長が悪魔だったら今ごろどうなっていたことでしょう」
生きて料理してるんだけどな、とシンクは思った。
相手との距離によって、投げると振るを使い分ける。
これが、中距離戦闘か。
しばらく呆然としていたロザリアは、我に返る。
思ったより奇妙な戦闘ではなかったが、明日の為に実力を悟られないようにしているのだろう。
つまり、セヴィスはまだ本気で戦っていないのだ。
ロザリアはセヴィスの強さよりも、重要なことを知った。
それはセヴィスを含む祓魔師たちの弱点だ。
祓魔師はチェルシーの様な例外もいるものの、暗闇に弱いのだ。
つまり、総攻撃は夜に行えばいいのだ。
「ロザリア、大丈夫か? 人間たちに気づかれてないか?」
ふと、頭にレンの声が響いた。
レンの魔力権だ。
レンは、遠くにいる悪魔の顔さえ分かれば頭の中で通話できる魔力権を持つ。
だが、拒否されることもある。
その例が、昔からレンの魔力権を拒否し続けてきたシンクだ。
「レン?」
この魔力権の利点は周囲からみれば黙っている少女にしか見えないことと、この魔力権を持たない悪魔とも会話できることだ。
「祓魔師はどう? これぐらいの時間なら候補生トーナメントも終わってるよな。セヴィスの戦闘は見た? それとも明日見に行くつもりだった?」
レンは確認程度に連絡してきたらしい。
しかもセヴィスが候補生だと知っていたことに、ロザリアは驚いた。
「彼の戦闘は見たわ。予想以上に強い、というより速いわ。彼は見た目で決めつけちゃいけないわね」
「もしかして、勝てない程強かったか? それだったら総攻撃の計画を考え直さないといけないよな」
と、レンは言う。
「普段なら負けるかもしれない。でもセヴィス、いえ祓魔師全員の決定的な弱点が分かったわ」
息を呑む音が頭の中でも聞こえた。
「本当か! それは何なんだ?」
「夜よ。人間は光に慣れた生活をしているから、夜目はほとんど効かないわ」
「夜なのか!」
レンは最初嬉しそうだったが、すぐに声は低い声に戻る。
「でも、夜だったら人間はみんな寝ているだろ? おれたちは人間を降伏させないといけないんだから、起きてくれないと意味がない」
「私が本部に行って宣戦布告をすれば、嫌でも起きるわ」
「駄目だ! そんなことをしたら祓魔師に殺される!」
レンの罵声を聞いたロザリアは黙って考え込む。
「それに、クレアラッツの夜は一晩中電気が点いているから明るすぎる。夜襲ってもそんなに変わらないんじゃないか? うーん、でもクレアラッツの発電所は美術館のすぐ近くにある中央発電所の一つだから、壊せば他の変電所とかも止まるよな」
「やっぱり、夜は無理かしら」
「祓魔師全員が起きている夜なんてないよ」
残念そうなレンの声を聞くと、ロザリアはこの報告をしなければよかったと後悔した。だがすぐに、頭に今朝のニュースが頭に過った。
「祓魔師全員が起きている夜……そうだわ!」
「何かあったか?」
あまり期待していないレンの顔が頭に浮かぶが、ロザリアはその顔がすぐに変わると思って言う。
「レン、総攻撃の日を明日にして!」
「明日って……急だな。前から準備はしてきたから大丈夫だけど、突然どうしたんだ?」
ロザリアは頭の中で懸命に意見を伝える。
「明日の正午に、一時間以上の長い日食があるわ」
「日食があるのか!」
弱点を聞いた時より大きな声でレンは言った。
「ええ。暗闇を利用すれば、セヴィスも倒せない相手じゃないって確信できたわ」
ロザリアは話しているうちに自分の顔が笑っていることに気がついた。
「じゃあ、計画を立てよう。おれは日食が始まる直前に仲間を連れて、発電所で停電を起こすよ。多分悪魔に襲われたら一番困る場所だから、発電所も祓魔師が働いていると思う。
後の悪魔には暗くなってから美術館の祓魔師と戦ってもらう。
今まで見てきて思ったんだけど、団体行動が多い祓魔師に対してセヴィスは常に遊撃というか単独行動なんだ。だから彼の相手はロザリアに任せるよ」
「名案ね。でも、セヴィスがどこにいるかなんて分からないわ。私が探している間に、美術館に行った悪魔が彼に殺される可能性もあるわ」
「確かにあいつのナイフの投擲距離は長い。気づかず射程範囲に入ったら終わりかもしれない。
でもおれたちが発電所に行けば、誰かは絶対救援の祓魔師を呼ぶはずだ。その救援にセヴィスが来る確率は低い。セヴィスは狭い所には来ないし。美術館は多分余力を残す為に発電所にはA級祓魔師一人か二人しか使わない。来るとしたら、候補生のモルディオかチェルシーだ」
「モルディオは今日トーナメントにいなかったし、来ないと思うわ。だから来るのはチェルシーね。彼女には用心して。彼女もなかなか強敵よ。で、セヴィスはどうするの?」
「セヴィスを放っておくのは危険だ。だからロザリアは明日彼を鉱山に誘き出すんだ。おれは発電所の情報収集をするから、セヴィスはユイレルとロザリアで総攻撃の前に片づける。彼がいなくなれば祓魔師も混乱する」
レンの計画が完璧すぎて、ロザリアは総攻撃を楽しみとさえ思ってしまった。
もしシンクが仲間でこの場にいたら、レンの計画には少し誤算があると反対しただろう。
レンはセヴィスをC級のユイレルとロザリアの二人がいれば倒せるとなめている他、祓魔師の行動を勝手に予想し、さらに世界最強のクレアラッツの祓魔師たちを日食の一時間で制圧できると考えていた。
シンクがいなければ、レンの計画は滞りなく通ってしまうのだ。
「ロザリア、情報ありがとな。総攻撃には絶対勝って平和な町で……」
「えっ?」
「な、何でもない! じゃあみんなに伝えてくるから!」
レンとの通話を切って、ロザリアは席を立った。
総攻撃に勝った後のレンの願望が気になる。
これ以上レンを心配させたくないので、フレグランスのことは言わなかった。
フレグランスは倒してから報告すればいい。
その為に、しっかり『宝石』店やフレグランスの情報を調べなければ。
フレグランスが死んだという報告を聞けば、レンはさらに総攻撃に意気込めるだろう。
総攻撃に勝てば、平和に暮らすことができる。
ただの希望でしかなかった平和な生活が、だんだんと現実味をおびてきた。
ロザリアは歩きながら頭の中で何度も同じ言葉を繰り返していた。
日食が待ち遠しい、と。




