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INNOCENT STEAL -First ECLIPSE-  作者: 豹牙
三章 恍惚の選闘
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20 暗闇と弱点

「……甘い」


水溜りが大量にできた地面に降り立ったセヴィスは、すぐに右手に握っていた四本のナイフをチェルシーに向け投げる。


「だから効かないってば!」


チェルシーは自分の正面に水の壁を作る。

そして、ナイフが当たった瞬間に魔力権を解除する。

ところが、撥ね返ったナイフは四本のうち三本だけで、一本は真直ぐチェルシーの右足に刺さった。


「なっ何で?」

 

戻っていくナイフを見て、チェルシーは驚愕している。

考える間もなく、セヴィスが左手の四本のナイフを投げる。


「何なのっ?」

 

何故かは分からないが、水の壁が効かない。

チェルシーは走れない右足を庇う為、一度前転してナイフから逃げる。


「一回!」

 

傷を増やすくらいなら、一度背中を付いた方がいい。

チェルシーが避ける為に背中をついたことに、観客は驚いている。

 

水の壁が効かないと判断したチェルシーが逃げ、ある場所に立つ瞬間がセヴィスの狙う一瞬である。

ここまでは順調だが、あとは一瞬を如何に狙うかが問題だ。

 

チェルシーは先程まで自分がいた場所を見て、失笑する。

そこには四本のナイフが落ちている。

それだけで、チェルシーは水の壁が効かなかった理由を知ることができたらしい。


「同時に投げたと思わせて、左手で一本遅れて投げる、か。フェイントなんて、考えたね。確かに、水が落ちる短い時間に全部当たらないと撥ね返せないからね。この方法を編み出すのにどれだけ時間費やしたの?」

「俺が考えた時はまだ一年生の二学期は終わってなかったな」

 と、セヴィスは微笑を浮かべて言う。


つまり、トーナメントから一ヶ月も経っていなかったということだ。


「あっそ」

 

チェルシーは一発の水弾を撃つ。

これは攻撃ではなくセヴィスの気を少しでも自分から逸らす為に撃ったものだ。

 

セヴィスは一歩右に動いて水弾を避ける。

チェルシーはその隙に痛む右足をぎこちなく動かして走り出す。

そうなることは分かっていた。

今まで何発も撃ってきたわりに、不自然に一発だけ撃ったことがそれをはっきりと示している。 

 

知っていてあえてチェルシーを攻撃しなかったのは、あの一瞬を狙う為である。

あの一瞬、それはチェルシーとセヴィスが同じ水溜りに経つ瞬間。

そしてチェルシーがその水溜りから抜ける前に、セヴィスはある動作を実行しなければいけない。

 

予想はできていたが、やはり至難の業だった。 

水溜りの数は多い。だが、一つ一つが小さい。

半径十メートル程の大きい水溜りは、あの逃げ方からしてチェルシーが通らないと思われる場所、中心付近にある。

その水溜りの上に立っているセヴィスは、水溜りに一本のナイフをそっと落とす。

この動作はチェルシーに見えていない。


「残り三分!」

 

ウィンズの声が響く。

観客が声をあげて驚いている。

あれだけ動いて、まだ二分しか経っていないのだ。

 

チェルシーは走りながら十発の水弾を撃つ。

しかし、焦っているのか静止しているセヴィスには掠りもしない。


「ああもう!」

 

セヴィスより先に焦れたチェルシーは、水弾を二発撃って中心の水溜りから一メートル程離れた場所で立ち止まる。

すると、突然闘技場の電源が落ちて真っ暗になった。


「何だ? 何が起こったんだ?」

 

マイクを通して少し動揺するウィンズの声が聞こえる。

会場全体が、ざわめきだす。

 

暗闇で見えてはいないが、その時チェルシーは今日初めて笑い、セヴィスは今日初めて冷汗を掻いた。


「あいつ、やべえな」

 

ざわめく観客の中で、シンクは冷静に呟いた。

洞窟に暮らしていた彼には、見えていた。

この言葉は混乱するマリやアルジオには聞こえていない。

 

現在も鉱山に暮らしているロザリアには、周囲の人間が動揺している理由が分からない。

彼女にはシンク同様見えている。

ロザリアは人間の体質についての知識が皆無に近く、悪魔の様に見えるのが普通だと思っていた。

 

このトーナメントには、悪魔が来ない限り何があろうとも続行するという規則がある。

それは候補生もウィンズも分かっている。


「おそらく水弾がブレーカーに当たったのだ。誰か壊れたブレーカーの様子を見て来い。戦闘は続行しろ」


見せろ、まだ戦うなという周囲のブーイングを浴びて、チェルシーは暗闇の中で魔力権を発動する。

水の音で魔力権が発動したことに気づいたセヴィスは、後ろに五メートル程飛んで様子を窺う。

 

チェルシーは自分の周りに水の壁や波を発生させるだけで防御ができるので、見えなくても関係ない。

だから彼女は笑ったのだ。

 

反対に人一倍夜を嫌うセヴィスは、今チェルシーが魔力権で何をしているのか分からない。

だから彼は冷汗を掻いた。


「なっ……」

 

水の塊が出来て、吹き飛ばされるのかとセヴィスは思っていた。

だが、自分の足に走ったのは痛みではなかった。足が濡れて、冷える感覚がする。

チェルシーは小さな波を発生させていたのだ。

これが何を意味するかは、嫌という程すぐに分かった。


「さーて、どこにいるのかな?」

 

チェルシーは、セヴィスがいる場所に何発も水弾を撃つ。

すぐに左腕を鈍い痛みが襲って、血が腕を滴る感触がした。

 

このまま逃げるべきか。

だが、水があっては思うように走れない。

それに、逃げれば水の音で場所が気づかれて魔力権による見えない攻撃を受けるだけだ。

チェルシーが焦ったふりをしていたのは演技。

外したと見せかけた水弾で電源を落としたのは、彼女の策略のうちだったのだとセヴィスは気づいた。

 

チェルシーの場所は分かっている。

動きを止めればすぐに攻撃できる。

彼女の背中が地面につけばこの戦闘は終わる。


「そこだね? 電気ウナギくん」

 

楽しげなチェルシーの声と共に飛んでくる水弾が頬を掠り、脚に命中する。


セヴィスは見えない分を補う為、耳を澄ます。

水の音がする。

チェルシーはまた波を発生させようとしている。

この水が自分とチェルシーとの距離を埋め尽くせば、チェルシーのいる場所まで自分の電撃が届くかもしれない。

もし届いていなかったら、また攻撃を受ける。

できるだけ運に頼るような真似はしたくなかったが、仕方ない。


「いくよっ!」 


チェルシーの魔力権が発動してからすぐに、セヴィスは腕に力を入れて左手から魔力権を発動する。

辺りが一瞬光って、青白い光が手からナイフ、そして水溜りを駆け抜ける。


「きゃっ!」

 

痺れを感じたチェルシーは思わず攻撃を止める。

再び水溜りを残して、水が退いた。

そしてすぐに、ブレーカーが復旧して明かりが点いた。


「まずい!」

 

チェルシーは復旧した時間が思ったより早かったことに驚いているのか、後先を考えず地面を蹴って逃げ出した。

その様子を見てセヴィスはワイヤーを手に、一本のナイフを振り回す。

回転の凄まじい勢いで、赤色の水溜りが霧の様に撒き上がる。

 

セヴィスの戦法には、ナイフを投げる以外にも鞭として使う方法もある。

投げる方が得意だが、相手との距離が近いと鞭の方が使いやすい。

 

明るい場所で、足に怪我をしたチェルシーがセヴィスの攻撃から走って逃げるのは不可能だった。

魔力権で攻撃した方がまだ勝算はあったはずだが、チェルシーは焦っていた。


「残り三十秒!」


ウィンズの声と同時に、勝負はついた。

 

赤色のナイフの峯が、大きく弧を描いてチェルシーの腹に直撃した。

その衝撃に耐えきれなかったチェルシーは背中を地面につけて倒れていた。


「二回! 勝者2111番!」

 

途中何が起こったのかは見られなかったものの、観客は拍手と叫び声の様な歓声をあげて喜んでいる。

 

ナイフを回収したセヴィスは、悔しそうな顔をするチェルシーに目もくれず客席に戻って行った。


勝った。

でも運に頼ったことが悔しかった。

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