19 水の銃弾
かなりの時間が経った。
制限時間五分を全て使うことはほとんどなく、戦闘はすぐに終わる。
大きなトーナメント表は埋まって、最終戦を迎えようとしている。
三回戦って全勝してきたハミルは全ての試合を逃すことなく観戦しているが、まだ戦っていないセヴィスは隣で爆睡している。
「次最終戦だからお前当たるぞ」
ハミルが忠告しても、セヴィスは寝ていた。
レベルの高い戦闘以外興味のないシンクとアルジオ、マリはどちらが勝つか予想して遊んでいる。
今のところアルジオは百発百中当てており、マリは半分以上当てている。
それに比べてシンクはほとんど外している。
シンクが敵の実力を見定めることはない。見定める前に殺すからだ。
「店長がギャンブルをしたらすぐにお金がなくなりそうですね」
とアルジオは何度も言っていた。
ロザリアはハミル以上に真剣に見ていたが、まだレベルが低い。
途中の候補生たちの戦闘はハミルとチェルシーを除けば大したことはなかった。
称号を持つ者だけが別格らしい。
そして、ウィンズがセヴィスのカードとある一枚のカードを引いた。
「2111番、2127番」
この番号を聞いた途端、会場が誰もいないのかと思うぐらいに静まった。
今まで寝ていたセヴィスが起きた。
そして、チェルシーが立ち上がった。
「仕組んだでしょ、あの眼鏡。兄弟揃って腹立つな」
チェルシーは腕を組んで言う。
ハミルは黙っていた。
これは偶然だとハミルは思えなかったが、ウィンズはカードに細工をしているわけではない。
ならば、これは偶然だ。
階段を降りようとしたチェルシーは顔を後ろに向けて、言う。
「早く来なよ。負けて泣きべそかいて、恥掻くんでしょ?」
チェルシーは先に階段を降りて行く。
偉そうに言う彼女が緊張しているのはこの場の誰もが理解できた。
今回負けたとしても、A級以上の称号を持っていれば明日のトーナメントに出られるのだが、チェルシーは緊張している。
「……っ」
目を擦りながら、セヴィスは再び椅子から落ちそうになった。
今度は腕で支えたが、前を見ても誰も笑っていない。
返り血を落とせるように加工した制服が滑りやすいからこんなことになるんだ、と思っても誰も共感しないだろう。
エルクロス学園の名誉あるこの制服で寝る人間など、後にも先にも彼しかいない。
そもそもセヴィスは人を笑わせるためにわざわざ椅子から落ちているのではない。
だが、やはり誰も笑わないのを見ると、会場全体が緊迫感に溢れているのが分かった。
自分がS級だから負けを望んでいるのか、幼馴染だから応援しているのか、ハミルが意味深な目でこちらを見ている。
「行ってくるか」
と言って、椅子から手を離して立ち上がったセヴィスは、チェルシーが降りた階段と同じ階段を降りる。
まだ一度も戦っておらず、一番緊張するはずのセヴィスは誰よりも平然としていた。
客席で、ロザリアは一人驚愕していた。
昨日見かけた細い男が、最強の男だと信じられなかった。
「おい! 眼鏡! 仕組んだだろ!」
何人かの観客が野次を飛ばしている。
それに対して、
「僕は仕組んでなどいない。それと僕の名前は眼鏡ではなく、ウィンズ=ラスケティアだ! 勝手に勘違いしてそう考えるとは、愚かな奴らだな! はーはっはっはっ!」
ウィンズはいつも通りの高笑いで答えた。
それから野次は一切飛ばなくなった。
先程まで静まっていたのが嘘のように、観客が今日一番の歓声をあげた。
今日この戦いを見る為だけに来ている人間は多い。
「あんたとは明日当たると思ってたんだけどな。まっ、あんたが最強っていうふざけた常識に、終止符を打ってあげるよ」
と、チェルシーが言う。
彼女は武器を持たず、魔力権のみによる戦闘をする。
それだけ魔力権が強いのだ。
去年、セヴィスは近接戦闘のモルディオよりもチェルシーに苦戦した。
水を操る魔力権がどれだけ強力なのか、身を持って知らされた。
チェルシーの魔力権の対策は、既に立ててある。
だがそれは、セヴィスの反射神経が物を言う程の一瞬が訪れるのを待たないといけない。
それはセヴィスの攻撃が成功すれば確実に訪れるが、チェルシーの攻撃を避けながらその一瞬を狙うのは至難の業である。
「3!」
カウントが始まっても、二人とも構えることなく立っている。
「2!」
ロザリアとマリは柵に手をかけ、身を乗り出す。
アルジオとハミルは静かに戦いが始まるのを待つ。
シンクはセヴィスが負けるのではないかと妙な期待をしながら見ている。
「1!」
ウィンズが鐘を鳴らす。
戦いが始まったにも関わらずセヴィスは動かない。
チェルシーを相手に自分から動くのは危険だと分かっているからだ。
チェルシーは先程一度だけ戦ったが、大波を発生させるだけで勝利した。
それは相手が弱い時にしか使わない戦法で、相手がセヴィスなら変えてくるだろうと皆思っている。
チェルシーは、人差し指だけをセヴィスに向ける。
初めて見る人間は何が起こるのか、とチェルシーを凝視している。
去年も見たセヴィスには何が起こるか分かっている。
チェルシーの指から高速の水弾が撃ち出される。
銃弾並みの威力を持ち、さらに弾切れすることもない弾だ。
これは普通の候補生からすれば厄介な攻撃だが、今のチェルシーは小手調べとしか考えていない。
去年は何が起こるのか分からず、まともに水弾を受けて血を流したセヴィスだが、今年は違う。
首を少し傾けて、チェルシーの水弾を避ける。
水弾は髪と髪の間を擦り抜けて、後ろの防護壁に穴を開けた。
この水弾は風の抵抗を受けない限り、チェルシーの人差し指から直線にしか飛ばない。
だから、チェルシーが指差す方向にいなければいい。
「一年経つと変わるね」
チェルシーは両手の人差し指を向ける。
「……両手も使えるようになったか」
と言って、セヴィスはチェルシーに見えないようにナイフを取り出す。
「だから言ったでしょ。泣きべそかくって」
さらに数発の水弾が撃ち出される。
セヴィスは大きく横に飛んでかわす。
トーナメントの時だけ張られる防護壁に六個の穴ができた。
それが水弾の威力をはっきりと示している。
チェルシーが足を狙おうと、セヴィスが着地する前に着地地点を予測して水弾を撃つ。
水弾が撃ち出される前には僅かな隙があり、少しでも早く撃ち出さないと間に合わないからだ。
足を狙うのは正攻法だ。
セヴィスの最強を支える逃げ足さえ封じてしまえば勝ちはすぐ近くに見える。
だが、チェルシーの水弾が達する前にセヴィスは着地し、そのまま視界から消えて見えなくなった。
チェルシーは辺りを見回す。
セヴィスは消えていない。足が速すぎて肉眼で把握できていないだけだ。
チェルシーの周りで地面の小石が飛ぶ音がするのがその証である。
「相変わらず速いな! もう!」
チェルシーはその場でしゃがみ、両手を地面にあてる。
その瞬間、チェルシーを中心に大波が発生した。
彼女の後ろで足を止めたセヴィスは波が来る前に高く跳躍して、波を飛び越えると同時に空中から四本のナイフを投げる。
チェルシーはセヴィスがどこにいるかは認識していない。
その必要がないのだ。
大波を発生させた直後にチェルシーは右手を上に上げて、自分の周囲に水の壁を張り巡らせていた。
しかし、それだけではナイフは水の壁を貫通する。
音速を軽々と超えた速さを持つナイフの先が、水の壁に当たった。
その瞬間に、チェルシーは魔力権を解除した。
水が流れ落ちた勢いで、ナイフが撥ね返されて地面に落ちる。
二、三秒経ってナイフは持ち主の腕に収縮した。
大波によって発生した水は複数の水溜りを残し、消えた。
「どうよ? あんたはこれに弱いでしょ? 去年みたいにまぐれは通用しないよ!」
チェルシーは勝ちを確信したような笑みを浮かべた。




