18 無謀な攻撃
急な階段の先にあるリングに、ハミルと一年生の男子生徒が立つ。
藍色の髪の男子が持っているのは剣だ。
特に変哲もない普通の剣だとハミルは思ったが、剣の柄に小さなボタンが付いている。
あれは何か細工をしている特殊武器だ。
ハミルには見た目だけで武器を見極めるのは不可能だ。
頭の良いモルディオなら分かるかもしれないが、モルディオは今日棄権したのでいない。
特殊武器を発明したウィンズならほぼ確実に分かる。
セヴィスに至っては相手が特殊武器のボタンを押す程の隙を一切与えない。
それでも、今更特殊武器を見たって驚きはしない。
ハミルは幼い頃からこのトーナメントに出ることを夢見て、毎年観戦していた。
ほとんど無関心なセヴィスを誘って連れて行ったりもした。
その中でハミルは様々な武器を見てきた。
ボタン一つで変形する武器はもう見慣れている。
一番身近な存在が、一番奇妙な武器を持っているからだ。
ハミルはナイフ投げという大道芸に近いセヴィスの武器『ブラッディ・スパイラル』を見て以来、他の特殊武器を見ても大して驚かなくなっていた。
「お前、特殊武器持ってんだろ」
と、ハミルは挑発気味に言った。
藍髪の男子は初戦でB級のハミルと当たって緊張しているのか、図星なのか、黙って剣を構える。
「そういう武器って、相手の意表を突かねえと意味ないよなぁ?」
相手が称号を持たない候補生なら、見栄を張る。
ハミルの悪い癖であると候補生の誰もが思っている。
「おれは昔から祓魔師を見てるから……」
ハミルが喋っている間に、女教官がマイクを手に取る。
「では、一回戦を始めます! 3! 2!」
ハミルは口を閉じて、腰を低くして構える。
辺りに緊張感が漂う。
「1!」
ウィンズが叩いた大きなゴングの様な鐘の音が響く。
ほぼ同時に二人が地面を蹴る。
最初に攻撃を繰り出したのは藍髪の男子の方だった。
素早い突き攻撃を、ハミルはしゃがんでかわす。
しゃがんだ状態でハミルはそのまま腕を振り上げる。
藍髪の男子は避ける間もなく、まともに拳を受ける。
仰向けに倒れた藍髪の男子は、背中を地面にぴったりつけていた。
「一回!」
と、ウィンズの声がした。
藍髪の男子はすぐに立ち上がって、ハミルにもはっきり分かるぐらい思い切り柄のボタンを押した。
錆の付いた金属を擦り合わせるような音を立てて、剣の穂先が一メートル程伸びた。
嫌な金属音に観客は耳を塞ぐ。
ハミルも思わず耳を塞いだ。
その隙に、離れたところから剣の突き攻撃が襲う。
「うわっ!」
足を殴られたせいか、素早く動けない。
左肩を浅く斬られた。
少量の血と伸びた剣を全く気にせずに、ハミルは足の痛みを我慢しながら藍髪の男子の元に正面から突っ込む。
無謀な戦法だが、これがハミルが得意とする戦法である。
藍髪の男子は剣を恐れずに突っ込んできたハミルに、気が動転した。
A級の人間にとっては一撃で倒せるぐらい長すぎるが、ハミルにとっては一発攻撃できるくらいの僅かな隙が確かに出来た。
「もらった!」
顔面に拳を受けて、藍髪の男子は剣を落として倒れた。
「二回! 勝者、2116番!」
ウィンズの声と共に、歓声が上がった。
「やったぜ!」
ハミルは右腕を上に上げて笑う。
その目は南方向に向いている。
その先には友人が両手を上げて喜んでいるのが見える。
おそらく一番認めてほしい人物は寝ているだろう。
自分は褒められて伸びる人間だと自負しているハミルは、強くなって様々な人間たちに褒められて育った。
それは家族であったり、友人であったり、教師でもあった。
だが候補生でハミルを褒めない人間が三人いた。
それが、A級のモルディオとチェルシー、そして幼馴染のセヴィスだ。
候補生でB級を取れることは例年凄いことのはずなのに、この三人がハミルを超えた為に彼は褒められなくなったのだ。
この三人は目の上の瘤であると共に、ハミルが去年勝てないと初めて人の強さを認めた人物である。
しかし、ハミルが本当にライバルだと思っているのはその中の一人だけだ。
「へっ寝ていられるのも今のうちだぜ、セヴィス」
ハミルは二年A組の方を向いて、楽しげに言った。
「二回戦を始めます!」
後ろを見ると、ウィンズが再び箱に手を入れている。
それに気づいたハミルは堂々と胸を張って階段をゆっくり上がる。
「1321番、3133番」
一度戦えば、後はトーナメント表の一番下の段が埋まるまで戦うことはない。
トーナメントの戦闘は全部で三百回以上ある。
その中でA級は準々決勝戦が終わるまで、S級は準決勝戦が終わるまでカードが省かれている。
そして、決勝戦で残った五人が明日のトーナメントに出ることができる。
それに比べてB級にシードはないのか、とハミルは少し不満に思っていた。